芙蓉の花

2016年10月8日(土) 曇りのち雨

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♪♪♪ 【芙蓉の花】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 いま彼岸花(もう萎れてきた)、金木犀、コスモスなどとともに、わたしの目を惹くのは芙蓉の花である。淡紅色の花がおちこちで咲いている。この花はなんて優しい花なのだろう。ふうわりと空から舞い降りたように、枝々にとまっているという感じなのだ。風が吹けばまた空に舞い上がってゆくような趣がある。わたしが車で村々を走っていると、誠によく見かける。ふうわりと淡紅色の大きな蝶がとまっているように見える。

短歌

ふうわりと芙蓉の花が咲いているたれも棲まない故里の家に 


 その芙蓉の花がたれも棲んでいない廃屋の敷地に咲いている。この家はもう絶えてしまったのだろうか。あるいは子どもたちが都会へと出ていって、両親はもう亡き人となっているのだろうか。雑草におおわれた敷地に、優しい芙蓉の花が綺麗に咲いている。わたしの心を惹きつける魅力ある花である。わたしの村には、廃屋があちこちに見受けられる。もう絶えた家もあるし、子どもたちが転居していった家もある。そんな家に芙蓉の花が健気に咲いている。



とんぼ

2016年10月7日(金) 晴れのち曇り

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♪♪♪ 【とんぼ】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 いま蜻蛉を見ることはとても珍しいことである。赤とんぼなどは近くの野山で見ることができるが、オニヤンマなどとんぼの王様などはほとんど見ることができなくなった。とんぼの数が減少しているのは確かなことのようである。それはとんぼの幼虫のヤゴが育つ環境が極めて少なくなったからである。わたしの村でも小さな川に至るまで、コンクリートが張られ、ヤゴが育つ環境が奪われたためだ。

短歌

蒼き稲蜻蛉が飛んで子どもらがそを追いかける遠き夏の日


 むかしは川にコンクリートが張られてなかったし、自然が豊かだった。だからとんぼの幼虫の育つ環境はめぐまれていた。子どもたちにとって、とんぼはよき遊び相手だった。その頃の子どもたちは貧しかったから、母親の内職の手伝いを済ませてから、すぐ野山へ出かけていった。蝉やとんぼを摑まえるためである。蒼い稲のそよぐ田んぼや池の周りは、とんぼたちにとっても、格好の場所だったに違いない。わたしたちは池辺にいって、オニヤンマをよく摑まえたものである。



秋祭り

2016年10月6日(木) 晴れ

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♪♪♪ 【秋祭り】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしの町の秋祭りは有名で近隣からも見学の人がくるほどである。わたしの町には東西に二つの神社があって、それぞれの地区で祭りが行われている。ヤッコ、お船、神輿、千歳楽がそれぞれの部落から出されて盛大に執り行われる。神輿や千歳楽は何台も出て町を練り歩く。しかし少子化の影響で、いまでは高校生から中学生までかりだされる。ヤッコは女人禁制であったのに、今では中高生の女子も舞っている。

短歌

神苑で繰り広げたる秋祭り白馬が走り神輿がめぐる


 わたしの小中学生の頃はもっと賑やかだった。ケンカ祭りと言われるくらい、神輿がぶつかり合ったり、あちこちで喧嘩騒ぎが起こったりしていた。それだけ町には活気があった。人口もいまの2倍もいたし、青年の数もずっと多かった。そして漁業もいまよりもっと盛んで、元気のいい漁師たちが祭りの主役だった。しかしあれから50~60年経過したが、わが町の秋祭りはいまも盛んである。



公孫樹

2016年10月5日(水) 曇り時々雨

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♪♪♪ 【公孫樹】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 公孫樹(コウソンジュ)というのは、イチョウの漢名である。わざわざこんな名称をつけて呼ばなくてもいいと思うけれど、短歌の世界ではよく使われている。その公孫樹の黄葉はまだまだ早いけれど、たとえ黄葉に染まっていなくても、公孫樹の大樹には圧倒される。それはわたしの家の近くの、峠の寺の境内に聳えている。わたしはその寺に折々にでかけるが、その寺を訪ねると真っ先に公孫樹を見上げることにしている。

短歌

鄙びたる寺の境内に天穹をめざして伸びる蒼き公孫樹

鄙びたる寺の境内に朝陽うけ天穹を突く蒼き公孫樹


 その公孫樹は、山門をくぐってすぐ右手に立っている。この寺の象徴のような存在である。仮に丈が20メートルあるとすれば、6階建ての建築物に相当する。この樹はこれくらいの高さはゆうにあるだろう。まだ黄葉には早いけれど、蒼き葉をまとった樹が天穹をめざして伸びている。これが黄葉に染まる時、とても美しい。また、かすかなる風にはらはらと落ちる黄金の葉は人の心を魅了する。そんな季節がやってくるのは晩秋である。



ひたぶるに生く

2016年10月4日(火) 曇り

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 ♪♪♪ 【ひたぶるに生く】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 短歌をつくるのは愉しいか、と訊かれたらわたしはどう答えるだろうか。自身の詠んだ歌が、歌誌や「しんぶん」に掲載されると、とても嬉しいし鼓舞される。そのことを思えば、愉しいと言えるのではないだろうか。しかし作歌の段階では苦しい方が多いと言えるかもしれない。その苦しさの中に、少しだけつくる愉しさや喜びが宿っている。ただ、わたしの日々の暮らしから短歌をとったら、抜け殻のような生活を送ることになるだろう。

短歌

ひたぶるに短歌を学び生くるべし吾が晩年の仕事となして


 晩年に短歌に出会えたことは幸運だったと言えるかもしれない。短歌を詠むということは、短歌的好奇心で日々を送るということである。自然や社会に対して、すごく前向きに向き合うという生き方が求められる。たとえばいま自然を感ずるのは、芙蓉の花や彼岸花、金木犀やコスモスである。それらに対して、とても敏感にわたしの心は反応する。また社会や政治の在り方や地域社会に起こる様々なことに対しても、無関心ではいられない。晩年というには、少し早いような気もするが、これからの人生をひたぶるに、短歌とともに生きてゆきたいと思っている。



曼珠沙華

2016年10月3日(月) 曇り時々晴れ

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♪♪♪ 【曼珠沙華】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 いまわが家の県道を挟んだ向かいの田んぼの畦には、彼岸花が群生しており深紅の花がもゆるように咲いている。ちょっと前に、田んぼの畦の草を草刈り機で刈っていたので、これでは彼岸花は全滅だと思っていたのだが、それはまったくの杞憂であった。田んぼの畦には見事な彼岸花が群生している。お彼岸はとうに過ぎ去ったけれど、彼岸花は自己主張するように凜と咲いている。

短歌

彼岸花深紅に染まり陽を浴びて自己主張するごと凜と立つ

深紅なる花弁がもゆる彼岸花父ははの眠る墓地へとつづく

白磁なる壷に眠れる父ははよ深紅にもゆる曼珠沙華さく


 その彼岸花が、父ははの眠る菩提寺へゆく道のほとりにも咲いている。わたしは「しんぶん」を配っているので、その道を毎日通るのである。その道を通るたびに父ははを思い出す。父ははは白磁の冷たき壷に眠っている。その父ははに呼びかけたいと思う。墓地につづく道には、深紅にもゆる曼珠沙華が、咲いていることを告げたい。「父ははよ! 安らかに眠れ」と祈る気持である。



爪を剥ぐ

2016年10月2日(日) 曇り

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♪♪♪ 【爪を剥ぐ】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 爪を剥いでしまった。右足の指一本である。畳の上にあぐらをかいていて、何かの用事を思い出し立ち上がろうとして、転んでしまったのである。その時、たぶん爪を引っ掛けて剥いでしまったのだろう。その瞬間には気づかずにいて、用事を済ませて部屋に入ると、畳が血で赤く染まっている。それで改めて見ると、指も血で染まっている。そこで初めて爪が剥がれていることに気づいたのである。

短歌

足指の爪を剥ぎたる吾なれど「しんぶん」配りに出でてゆくなり


 爪が剥がれているのに気づいたときには、痛みもそれほどなくて、カットバンで処置してそれで直るのを待つつもりでいた。爪は剥がれてぶら下がっている。そして夕食を摂った。そこで冷静に考えてみると、自己流で処置して膿んだりしたら大変だと思いなおし、病院へいくことを思いついた。あいにく日曜日の夜である。わたしは電話をして症状を話すと、来て貰っていいという病院の返事である。それでやっと腰を上げたようなしだいである。偶然の出来事だったので、わりと平気でいられたが、もしペンチで爪が剥がれるようなことになっていたら、あるいは気絶するかも知れないような、大変な事態であったに違いない。信じられないようなことが起こるものである。



短歌は詩である

2016年10月1日(土) 雨のち曇り

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♪♪♪ 【短歌は詩である】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしは三つの短歌会に所属して、短歌の勉強をしているが、そこで感ずることは短歌のとらえ方である。それはわたしにも言えることであるが、あまりにも短歌を軽く扱ってしまっている場面に出合うことである。わたしは短歌を始めてまだ二年にも満たない初心者で、短歌の何たるかを分かっているとは決していえない。自身の作るものが短歌と呼べるものかどうか、いつも疑問をかかえたままで出詠している状態である。

短歌

あなどるな歌は詩であり心して歌に向かいて格闘すべし


 そこで、上記のような短歌を作るようになったしだいである。わたしがいま心得ていることは、短歌というのは57577という五行詩だということだ。詩というからには、詩の心というものがあるだろう。ところが、その詩心の感じられない短歌が少なくない。わたしはこれから詩心のある短歌をめざして、勉強をしてゆきたいと思っている。短歌をやっている人の中には、50年、60年という経験を持つ歌人が決して少なくない。それらの先輩たちから学びながら、ひたぶるに短歌の道を歩んでゆきたい。



寺めぐり

2016年9月30日(金) 曇りのち雨

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♪♪♪ 【寺めぐり】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしは寺めぐりが好きである。それはあるいは現役の時の仕事と関係しているかも知れない。わたしは定年で退職するまで石材店に勤めていた。そこである時期、寺めぐりを仕事として与えられたことがある。寺を訪ねていって、石材製品を売ったり墓石の紹介をして貰ったりするのである。そう簡単に石材は売れなかったけれど、わたしは寺の境内をめぐって、寺のようすを見て回ったものである。

短歌

鄙びたる寺を訪ねて境内を巡れば心が静もりてくる

折々に寺を訪ねて巡りゆく日々の暮らしに心かわいて


 そして、いま仕事から離れても、折々に寺を訪ねるのである。寺の境内を巡ると、いろんな樹木が植わっていて、それを見て回るだけでも愉しい。公孫樹、楓、松、杉、藤などを見ることができる。その寺を静かに回っていると、渇いた心に潤いが甦ってくるから不思議である。時には本堂から僧侶の読経が聴こえてくることがある。その意味、内容は分からなくても、何故か心が落ち着くのである。これからもわたしは、折々に寺を訪ねてゆくつもりである。



墓参り

2016年9月29日(木) 雨のち曇り

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♪♪♪ 【墓参り】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 おちこちに曼珠沙華が咲いている。この曼珠沙華は季節を違わずに、決まったように彼岸の中日の前後に深紅の花を咲かせる。(白い花もあるが……)この花はお彼岸の墓参りを無言で知らせてくれる。わたしはこの花が好きである。わたしの村では赤い花を敷きつめたような曼珠沙華の群生は見られないが、岡山県のあちこちでそれは見られる。しかし、わたしの村では草刈りと称して、草と一緒に曼珠沙華も刈ってしまう。惜しまれて仕方がない。

短歌

線香と花を手向けて掌を合わす吾が父ははよ安らかに眠れ


 そんな曼珠沙華の道を登って、わたしは墓参りにいってきた。菩提寺にある墓地には父ははと兄が眠っている。秋分の日の前日だったので、墓参の人も何組かきていた。台風一過の翌日だったので薄日が洩れていた。わたしはホームセンターにいって、菊の花を求め菩提寺に行った。墓地には父ははの墓と兄のふたつの墓がある。そのふたつの墓に、花と線香を手向けて掌を合わせ、墓参を終えた。線香の煙が風にただよいながら、空に昇っていくのを眺めていた。父ははよ、安らかに眠れ!。



視界

2016年9月28日(水) 雨時々曇り

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♪♪♪ 【視界】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしの今の短歌の作りかたは、そのほとんどが題詠である。時には自然を見たり、人間の在りように触れたりして作ることはあるけれど、しかし題詠はとても愉しいのでそれを試みている。その題詠の方法は、短歌辞典というのがあって、その辞典を無作為に開いて、そのページの用語から連想して、短歌を作るのである。この方法は題材に困るということがなく、原稿用紙の前に座るのが愉しい。

短歌

若き日は視界が狭く判断も幼く狭い悲しかりけり


 今日の辞典のページを開いたら、「視界」という言葉が出てきた。まったく偶然である。この方法はどんな言葉が出てくるか分からないので、ひとつの冒険でもある。だから、「視界」などという、難しい言葉も出てくるのである。「視界」という言葉に思いを巡らせて、色々と考えてゆく。そうしてできた短歌が上記のものである。こんな作りかたは虚構のように思えるけれど、自身の体験や経験が色濃く反映している。しばらくは、この方法で短歌を作ってゆくつもりである。



石榴の実

2016年9月27日(火) 曇り時々晴れ

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♪♪♪ 【石榴の実】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 石榴は漢名で「セキリュウ」という。下記の短歌では、「セキリュウ」と読んで欲しい。短歌というのは厄介なもので、古名や漢名、異称や別称が多く使われる。わたしも勉強不足で、知らない言葉が多くある。「鬼の子」と言えば、ミノムシの異称だし「セイレイ」と言えば、蜻蛉の別称である。ただ、57577という音数に合わそうとすれば、それらは便利ではあるが、読者のことを考えれば、疑問に感ずるところである。

短歌

弾けいる石榴の実を樹に登り捥いで食みたる遠き日の記憶


 ところで、むかしわたしの実家には、庭の隅に比較的大きな「セキリュウ」があった。戦後の食料難の時だったから、わたしたち兄弟は、「セキリュウ」の実が裂けると、先を争って、樹に登り実を捥いだものである。甘酸っぱい種子を、口を赤くして食べたものである。最近の子どもたちが、「セキリュウ」を口にするのを見たことがない。「セキリュウ」だけではない。イタドリやアケビ、山葡萄やスイバなどを食べたことのある子どもは、ほとんどいないだろう。そう考えると、むかしの子どもたちの方が健全だったと言えるかも知れない。



虚無感

2016年9月26日(月) 曇り

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♪♪♪ 【虚無感】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 若い日々わたしは幾度となく虚無感に襲われた経験を持っている。「虚無的」という言葉を、辞書で引いてみると、「人生や世の中をむなしいものと考えるさま」と、記されている。まさにわたしの青春時代は、この通りだったように思う。わたしの人生が、そういう想いに引き込まれていきそうになることも、少なくなかった。

短歌

虚無感に襲われる日がやってくるされど光りを求め吾は生く


 しかし、そうはならなかったのは、一方でわたしは「光り」というものを見つめていたからである。「光り」とは、希望であり夢であった。虚無と希望、あい矛盾する心をわたしは持っていたのである。それがせめぎ合い、烈しい葛藤がわたしの裡にあった。したがって、かろうじてわたしは虚無的にならずに生きてこられたのである。やはり人生にとって、希望や夢というものは、なくてはならないもののようである。



父ははの教え

2016年9月25日(日) 曇り時々晴れ

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♪♪♪ 【父ははの教え】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしは1947年10月26日に産まれた。戦後2年を経た年である。この時期はもっとも食料が不足しており、大工の父はまともな仕事もなかったに違いない。だからこの時代の家々は、どこの家庭でも貧しかった。とくにわが家は窮乏の底であえいでいたようだ。大工の家でありながら、雨漏りがいたるところでしていたし、そんな家で所得もほとんどなかったのに、税金の取立てはとても厳しくタンスや自転車などを差し押さえされるような有り様であった。父ははの遣り繰り、とくに四人の子育ては困難を極めたに違いない。

短歌

父ははと暮らしし日々に学びしは誠実なること夢を持つこと


 そんな家庭に育ったわたしだったが、父ははの教えは、今でもわたしの記憶に残っている。そのひとつは、人を陥れるようなことをせず、人に迷惑を掛けることのないようにと教えられたことである。特別な教育というものはなかったけれども、父ははの生き方そのものが教えだった。それは人生を誠実に生きるということだった。ふたつには、夢を持って生きるということだった。わたしはそのふたつの、父ははの教えを今も抱いて生きている。それが生涯のわたしの生き方である。



家族

2016年9月24日 (土)晴れ時々曇り

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♪♪♪ 【家族】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 現代の日本の家族の在りようは大きく変わってきている。それは今に始まったことではないが、核家族化になって久しい。とくに子どもたちが都会に出たり、近くにいても親から独立したりして生活するようになったからである。それは子どもたちが親から独立して、自らの生活を築くという、前向きな指向であるといえるかも知れない。したがって、老いた夫婦ふたり暮らしや独りくらしの家がきわめて多くなっている。

短歌

子どもらは家を去りゆき老い二人されどつましい暮らし愉しむ

「家族ってなんだ」子どもらは去りゆきて家に残るは老いたるふたり


 それはわが家でも例外ではない。わが家に棲んでいるのは、妻とわたしのふたりのみである。わざわざ二世帯住宅の家を建てたのだが、長男は近くに家を建ててわが家から去っていった。しかし、だからといって、夫婦ふたりの暮らしが淋しいかというとそんなこともない。何よりも静かでつましい生活を愉しむことができるので、否定面ばかりではない。どちらかというと、わたしは今の暮らしの方が合っているように思う。が、もっと老いたたらどうなるのかという懸念はあるが、それはその時に考えればいいと思っている。いまわたしは、穏やかな夫婦ふたりの生活をこよなく愛し愉しんでいる。



栗の実

2016年9月23日(金) 曇りのち晴れ

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♪♪♪ 【栗の実】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 栗の実はまだ熟れてはいない。が、枝に成る実は大きく太ってきている。その実は丸く鋭い棘に包まれている。そして清々しい緑が秋の陽を浴びて輝いている。その栗の木は瀬戸の海を一望できる丘の上に立っている。実が熟れて、地上に落ちるのはもう少し秋が深まってからである。そこから眺める瀬戸の海は、大きく広がりとても美しい。島々が薄紫色をして海に浮かんでいる。

短歌

瀬戸の海望める丘の林にて媼がわれに栗を与うる

栗の木は悠然として立つけれど風に揺られて実を落とすなり


 もうしばらくすると、かすかな風に揺られて、栗の実は落ちてくる。たとえ風が吹かなくても、熟れてくると棘ごと栗の実は落下する。栗の木の下は一面、栗の棘の実がいっぱいになる。すると、媼がその実を拾いにやってくる。栗は育てやすい果樹である。袋かけもいらないし、消毒などもいらない。自然にまかせておけば、沢山収穫できるのである。栗の実が採れる頃になると、本格的な秋がやってくる。(この記事を書いた9月17日の昼下がりに、妻の友人が栗の実を収穫して届けてくれた。もう秋である)



父はは

2016年9月22日(木) 曇りのち雨

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♪♪♪ 【父はは】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 今日はお彼岸の中日である。ものぐさのわたしでも、正月、春彼岸、お盆、秋彼岸の四回は、お墓参りをする。もうすでにお墓参りは済ませたが、父母の眠る墓に花を手向け、線香を捧げて帰ってきた。わたしは特に仏教を信じているわけではないが、先祖に対する思い入れは人並みにもっているつもりである。特に、父母は戦後の貧窮の時代にわたしたち四人兄弟を、必死で守り育ててくれた。

短歌

菩提寺の石碑に眠る父ははの白磁の壷は冷たかりけり


 よくも男ばかりの四人の子どもを、育ててきたものだと感慨深い。四人の子どもは貧しくても父母の愛情によって、ぐれることもなく、比較的真っ直ぐ生きてきたように思う。ただ、躾けだけははとても厳しかったことを覚えている。躾けに厳しかったのは母である。父はほとんど子育てに関与しなかった。母は昔、助教員をしていたこともあり、そのことが関係しているのだろう。その父ははは、いま菩提寺の石碑に眠っている。



銀杏

2016年9月21日(水) 晴れ時々曇り

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♪♪♪ 【銀杏】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 まだ銀杏が黄葉に染まる季節ではない。ただ、先日わたしは峠の寺の古刹を訪ねた。わたしは心が渇いた時や時間のあるときは、時々この寺を訪ねるのである。先日は僧侶の墓、無縫塔という卵型をした墓が並ぶところへも足を運んで、年代なども調べてみた。読み取れる無縫塔では、嘉永の時代のものがあった。いまから160~170年前のもので、そんなに古いものではない。その墓を巡っていると、つくつく法師が鳴いていた。もうこの蝉の寿命も僅かだろう。

短歌 

鄙びたる寺の銀杏は空高く黄に染まりてはらはらと落つ


 その寺の境内に銀杏の大樹がある。建物でいうと、ゆうに三階建ての高さを超えるほどである。この銀杏はこの寺の象徴だ。枝は横に張り出してはいないが、天穹を突き上げるように伸びている。晩秋になると、この銀杏が黄葉に染まる。そして、銀杏の葉がはらはらと落ちてくる。与謝野晶子は、このひとひらを、小鳥に例えたがまさに小鳥が舞うように、銀杏の葉が落ちてくる。晩秋にわたしは、もう一度訪ねることになるだろう。



平和行進

2016年9月20日(火) 雨

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♪♪♪ 【平和行進】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 8月6日をめざして、被爆地、ヒロシマへ向かって平和行進が行われる。山陽路をすすむ平和行進は、東京を出発してヒロシマまで、核兵器廃絶、戦争ノー、平和を求める行進として行われる。東京からヒロシマまで、各府県市町村の自治体をめぐって行進はなされる。この平和行進は、とても有意義なものである。おそらくこうした取り組みは、世界的にみても例のないものである。

短歌

わが町に平和行進がすすみきて媼は憑かれた如く歩めり

被爆地へ向かいて進む行進に憑かれた如く媼はくわるる


 その平和行進がわが市にもやってきた。労働組合や医療生協などと共に、市民も参加して行われた。この行進は真夏の炎天下のもとでなされる。わたしは行進に参加できなかったけれど、わたしの町の傘寿の媼は、なにゆえか毎年参加している。認知症予備軍のような症状をかかえている女性だが、この行進だけは、憑かれたように参加する。おそらく、核廃絶、世界平和への想いが体現化されているのだろう。今年の平和行進も無事成功をおさめることができた。



虫の鳴き声

2016年9月19日(月) 曇り時々雨

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♪♪♪ 【虫の鳴き声】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 虫の鳴き声は立秋を迎えた頃から聴くことができるようになった。わたしは気づかなかったのだが、友人が「もう虫の音が聴こえるよ」と教えてくれた。その話を聞いたのは、立秋といっても連日、35度前後の気温に辟易していた頃である。立秋と言っても、実際は真夏の盛りのようだった。わたしは友人の言葉に疑問を持って聞き流していたが、その数日後、わたしも虫の鳴き声を聴いた。

短歌

秋立ちて虫の鳴き声聴こえくる残暑きびしく眠れぬ夕べ

眠れない秋の夜更けに聞こえくる爪を切りつつ虫の音を聴く

眠れない秋の夜更けにさんざめく虫の音を聴く爪を切りつつ


 真夏のような日がつづいていたが、季節は確実に動いていたのだろう。月並みだが、これを「小さい秋」というのだろうと思う。その小さい秋も、ずいぶん感ずることが出来るようになった今日この頃である。彼岸花が咲き、太陽は高度を下げて部屋に光りが斜めに入ってくるようになった。そして夜明けが遅く、暮れるのが早くなってきた。虫がさんざめく夜は、秋のひとつの象徴である。



曼殊沙華

2016年9月18日(日) 雨時々曇り

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♪♪♪ 【曼殊沙華】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 もう彼岸花は野のおちこちに咲いている。彼岸の入りは明日である。彼岸花はシビトバナとも言われ、忌み嫌われる花でもあるが、田のあぜ、墓地など人家近くに自生するわたしたちにとっては親しみのある花でもある。今年は猛暑の日がつづいた筈なのに、例年よりも彼岸花の咲くのが早いように思える。友人のブログには、9月11日に満開の彼岸花の写真がアップされている。

短歌

おちこちに群がり咲くは曼殊沙華 深紅の花は季をたがわず


 自然とは不思議なものである。春の蕗の薹然り、秋の彼岸花然りである。これらの花々は、春を告げ秋を告げるのである。彼岸花はわたしの近くの田のあぜに群がって、深紅の花を咲かせている。わたしが子どもの頃は、この彼岸花の球根を掘って、タコ釣りによく出かけたものである。白い球根にタコが食いついたところを、ハリで釣り上げるのである。懐かしい幼い頃の思い出である。



事足りる

2016年9月17日(土) 曇りのち雨

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♪♪♪ 【事足りる】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 「事足りる」とは、不足しないですむ。十分用がたりる、ということである。しかし日常生活で、その日々の暮らしのなかで「事足りる」ということは、そんなにたやすいことではない。わたしなどは、いつも不満や心残りなことをかかえて生きている。それほどわたしは楽観的な性格に産み落とされてはいない。何をするにしても、何らかの不足を心に抱きながら生きている、というのが実際の姿である。

短歌

こと足りて心の晴れる秋の日に落日を見に海に出でゆく

こと足りて心の晴れる休日に赤のシャツ着て映画を観にゆく


 ところが時折、「事足りる」日が訪れることがある。極めて稀に、倖せのひとときを迎えることがあるのだ。そんな日には、落日を海に見に行ったり、赤いシャツを着て映画館に出かけたりする。憂うつな心が解放されて、心が軽くなるのである。いまのわたしの小さな倖せのひとつは、自身の歌が短歌誌に掲載されることである。短歌誌には選者がいて、より多くの歌が選ばれることを願っているが、それがなかなか難しい。投稿歌の全部が掲載されたりすると、わたしは倖せになる。それが「事足りる」という、ひとつでもある。



夕暮れ

2016年9月16日(金) 曇りのち晴れ

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♪♪♪ 【夕暮れ】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 夕暮れの村々にぽつりぽつりと明かりが点ってゆくのは、何となく風情がある。今日一日、何事もなくその家は過ぎて行ったのだろうか。もしかして、些細なことで烈しいいさかいがあったかも知れない。あるいは、病人がいて重苦しい一日を過ごしたかも知れない。あるいは、子どもの誕生日でこれから愉しい夜を迎えるかも知れない。一つひとつの明かりの点る家には、なんらかのドラマが潜んでいるように思える。

短歌

紺色に夕暮れてゆく村々の家の明かりが郷愁をさそう


 白い光りに満ちていた村々は、陽が落ちて紺色に染められてゆく。そして村々の家々には、一つふたつと明かりが点いてゆく。あの山裾の家々に、明かりがつきだすと、空には星が輝きだす。そのようすを眺めていると、何となく郷愁を誘い、わたしの心も切なくなってゆく。あの家々の明かりの下に、ささやかな倖せが舞い降りてくることを祈らずにはいられない。村々が紺色に染まり、明かりが点りだすと切なく郷愁を誘うのである。



ピアノ

2016年9月15日(木) 曇り

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♪♪♪ 【ピアノ】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 いま石川啄木の「一握の砂」と「悲しき玩具」を、再読、再々読している。この歌集は読めば読むほど、わたしの心を惹きつける。啄木の歌は、彼自身の心を詠った極めて個人的な歌のように思えるけれど、わたしの心の在りようを余すことなく表現しているように思える。彼自身の感傷の歌とひややかに言われることもあるが、彼の歌には個人の感傷の垣根を越えて、すぐれて普遍性をもった歌のように思える。

短歌

秋の夜に本を開きておればまたピアノの音がかすかに聞こゆ


 このように秋の夜にわたしは啄木の歌集を読んでいるが、そんな折りに近くの住宅からピアノのメロディが流れてくる。わたしは本を閉じて、しばらくそのピアノの音を聴いている。弾いているのは誰だろうか、曲の内容からして、子どもではなさそうである。クラシックの楽曲なので、たぶん大人なのだろう。秋の夜にピアノの音を聴くことができるというのは、とても倖せなことである。そしてまた、啄木の歌集を開いて読み始めるわたしである。



岬に立つ

2016年9月14日(水) 曇り時々雨

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♪♪♪ 【岬に立つ】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしの棲む村は入り江の漁村である。東西にはちょっと突き出た岬がある。瀬戸内の海はふだん穏やかで凪いでいる。その海に光りが降り注ぐと、キラキラと輝いてまるで蝶が舞っているように見える。はるか沖には大きな貨物船がゆっくりと動いている。島々も紫色をして、浮かんでいるように見える。それは平和そのものの海である。

短歌

荒磯を波が咬むごと打ち寄せる吾はおののく岬に立ちて


 しかし、台風や冬の木枯らし、春の嵐がやってくると、その海は一変する。多喜二が『蟹工船』で描いた、兎が跳ぶように白波が立ち荒れるのだった。村の岬に立つと、荒磯を咬むように波が襲ってくる。波とともに風も吹きぬけてゆき、身体が揺れる。そんな日は岬に立たないほうがいいに決まっているが、わたしはおののきながら、岬に立つのである。瀬戸内海のもうひとつの貌である。



秋近し

2016年9月13日(火) 曇り時々雨

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♪♪♪ 【秋近し】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 最近、しだいに秋らしくなってきた。朝夕は幾らか涼しくなってきたし、夜になると虫の鳴き声が聞こえるようになった。まだ昼間だと暑いと感ずるが、夜の風は爽やかである。そしてわたしが「おやっ」と思うのは、太陽の陽射しが部屋のなかに差し込むようになってきたことである。冬になると、その陽射しは部屋の奥まで届くけれど、今はまだ部屋に僅かに差し込む程度である。

短歌

秋近し朝日の伸びるリビングで画集を開き珈琲を飲む

秋近しそよ吹く風が心地よくカーテン開き珈琲を飲む

秋近し斜めに射しいる朝日にて部屋が明るみ画集を開く


 しかし、確実に太陽は斜めになって部屋へ光りを降り注いでいる。夏は太陽の高度が高いので、部屋まで差し込むことはない。太陽の高度は、これからしだいに低くなってゆくだろう。それにしたがって、陽射しは斜めに伸びてゆく。このようすを見ても、秋近しという想いを強くする。春を待つと同じような気持で、秋を待っているわたしである。



サルビア

2016年9月12日(月) 曇りのち雨

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♪♪♪ 【サルビア】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 仕事で寺を訪ねたときのことである。門前の畑に一斉にサルビアが咲いていた。わたしはそのサルビアを目にして立ち尽くした。深紅のサルビアに魅せられたのである。古びた寺とサルビアという取り合わせもわたしの心を惹いた。古刹とサルビア、そのアンバランスがなんともいえなかった。古刹だからこそ、サルビアが映えているようにも、深紅のサルビアだからこそ、古刹が映えているようにも思えたのだった。

短歌

サルビアが赤く染まりて揺れている鄙びた寺の山門の前


 わたしはサルビアが好きである。この情熱的な花は、わたしの心を捉えてはなさない。辞書で調べてみると、ブラジルが原産だということである。あの情熱的なサンバを持つ国にふさわしい花ということができる。わたしも日頃はおとなしく暮しているが、その根っこには情熱的な心を宿している。情熱的な性格とサルビアが、奥深いところで繋がっているように思う。サルビアの深い朱が、わたしの琴線に触れて、ハーモニーを奏でるのである。



新しき畳

2016年9月11日(日) 曇り時々晴れ

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♪♪♪ 【新しき畳】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 ここでいう畳とは、本物の畳のことではない。イグサでつくった上敷きのことである。今年は特に暑い夏だったので、わたしはイグサの上敷きを求めてきた。それを敷いて昼寝や夜眠るのである。この上敷きを利用すれば、体感温度は1~2度低くなるような気がする。これで寝ると布団を湿らすこともなく、汗もかかずに過ごすことができる。夏を快適に過ごすには格好のツールである。

短歌

新しき香りを放つ畳にて眠ってみたき秋の日の午後

新しき畳は強き芳香を放ちて吾を眠りに誘う


 この上敷きのいいところは、体感温度を下げるだけでなく、香りがとてもいいことである。編み上げたイグサから心地よい芳香を放つのである。その匂いをかぐと、とてもいい気持になる。疲れが安らぐような気持になるから不思議である。この上敷きを使って眠ると、安らかな眠りに落ちてゆく。このように日本の畳という文化は、暑さ寒さに効用があるだけでなく、身体を優しく包み込むようなところがあって、日本文化の優れた特徴である。



餅つき

2016年9月10日(土) 晴れ

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♪♪♪ 【餅つき】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 この頃は年末に餅つきをする家はほとんどなくなった。私の棲む住宅団地でも皆無である。ただ、最近東京から引っ越してきた若い家族の家では、餅つき機を使って賑やかにやっている。わたしの幼い頃は、どこの家でも年末には餅つきで大わらわだった。どこの家からも餅つきの音が聞こえてきていた。日頃、貧しい暮らしをしていても、不思議なことに餅つきだけは欠かさなかったようだ。たとえ借金してでも餅つきだけはしていたのである。

短歌

大年の餅つきの音が懐かしくそを聞きにゆく村の神社に


 時代が移り変わったとしても、この餅つきは忘れがたいものとして、心に深く刻まれている。この餅つきがなくなっていったのは、様々な要因があるだろうが、ひとつには餅は今ではいつでも手に入るというのもあるだろう。また、核家族化や住宅事情というのもあるし、正月というものの様変わりというのもある。いまは多くの家庭で、正月用の餅はスーパーなどで手に入れている。しかし、やはり年末の餅つきは忘れがたいものである。



黙秘

2016年9月9日(金) 晴れ時々曇り

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♪♪♪ 【黙秘】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしの知人(女性)は脱税幇助と税理士法違反という理由で、警察に逮捕され検察に送致された。もう2年8カ月くらい前になるだろうか。いまは釈放されて裁判でたたかっているが、それまでの検察の処遇が尋常ではない。脱税幇助というけれど、脱税をした本人は逮捕もされず、留置場に拘束もされなかった。しかしわたしの知人は、幇助という名目なのに脱税本人とはまったく違った扱いだった。

短歌

吾が友は檻に囚われ一年余無実をとなえ黙秘をつらぬく
 

 わたしの知人は脱税幇助という理由で、428日間も勾留されたのである。脱税者本人との扱いの違いは明らかである。それは知人が無罪を主張し、黙秘をつらぬいてきたからである。検察は罪を認め、黙秘をやめれば勾留を解くというようなことをほのめかしていたが、彼女はそれを拒否してきた。そのために、一年余、正確には428日間も独房に閉じ込められてきたのである。彼女はいまも無罪を主張して、裁判で毅然としてたたかっている。



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 1947年生まれの70歳で、
 日々の暮らし・想いを自由に 綴って
 ゆきたいと思います。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

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