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エッセー【花を手向けて】

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2018年2月19日(月)曇り

 ご訪問いただき誠に有り難うございます。

  ちちははの
   静かに眠る
   奥津城に
   花を手向けて
   坂道くだる


 この短歌は「新日本歌人」という歌誌に掲載されたわたしの歌です。

 わたしの人生はまだまだこれからだという思いが強いのですが、これまでの人生を振り返ったとき、倖せな人生だったような気がします。

 吾が人生はそれぞれの時代、局面を見れば負の部分が決して少なくはないのです。少なくないばかりではなく、小さくもありません。

 幼少期の極限の貧しさは、わたしの心身に深く深く刻まれています。米のめしを食べることが出来ず、メリケン粉を溶かしたものをフライパンで焼いて食べていました。

 家は雨漏りがして、雨が降る日には家の中には洗面器、バケツなどが並べられて、それらで雨だれを受けてそれを凌いでいました。

 そして決して忘れることができないのは、税金が納められなくて、自転車やタンスに差し押さえの紙を貼られたことです。その自転車に乗ろうとして、母にたしなめられたことをよく覚えています。

 青春期になれば、手にヤケドあとが残っていて、それのコンプレックスはわたしを悩まして、卑屈に生きていたように思います。

 その手をポケットに隠して、人に見られないように生きてきたのです。このような生き方は、わたしを小さな小さな世界へと押し込んできたのです。

 このような生き方をしてきたわたしでしたが、ちちははの生き方はわたしの人生の根っこに深く刻まれています。ちちははの貧しさとたたかう生き方は、わたしの人生に大きな影響を与えています。

 今あるわたしの人生の倖せ感をもたらしているのは、少なからずちちははの生き方を引き継いでいるからです。それ故、感謝の気持をいだいてちちははのお墓に参り、花を手向けて坂道を下るのです。



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エッセー【コスモス】

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2018年2月18日(日)曇り時々晴れ

 ご訪問いただき誠に有り難うございます。

  コスモスを
   烈しく揺らし
   明けぐれに
   君の乗りたる
   電車は去りぬ 


 この短歌は「新日本歌人」という歌誌に掲載されたわたしの歌です。

 ここに出てくる「君」というのは、わたしの青春時代に付き合っていた恋人のことです。わたしの人生の中で最も輝き、深く結ばれていたのはこの「君」です。

 この彼女とはある青年運動のなかで、偶然に出会うことになります。わたしが住んでいた街に、彼女は大学を卒業して小学校の養護教諭としてやってきます。

 彼女も学生時代に青年運動をやっていて、それでわたしと出会うことになります。わたしはその街の市役所で組合の青年部活動をやったり、うたごえ運動をやったりしていました。

 彼女と出会ったのは、わたしが市役所を辞めた頃と重なっていたように思います。わたしは市役所を辞めて民間の建築会社に勤めていました。その会社でわたしは現場監督をしていたのです。

 その頃、ふたりは近くのアパートにそれぞれ住んでいて、仕事を終えてはよく会ったものです。お互いのアパートによく行き来するようになりました。

 わたしのアパートの横丁に銭湯がありました。時々、わたしたちはその銭湯に一緒に出かけました。それはまるで、南こうせつの「神田川」の世界です。

 そんな青春時代を送っていましたが、やがてふたりに別れの時がやってきます。わたしのアパートは、線路沿いに建つ古ぼけたアパートでした。

 六畳ひと間のアパートで、電車が通るたびに大きく揺れるような部屋でした。やがて彼女は、小学校を変わってわたしの住む街を去っていったのです。線路沿いのコスモスを烈しくゆらして、列車は明けぐれに遠くの街へと消えてゆきました。それはわたしのひとつの青春の終りともいうべきものです。



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エッセー【海 を 裂 く】

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2018年2月17日(土)晴れ時々曇り

 ご訪問いただき誠に有り難うございます。

  図書館の
   前に広ごる
   蒼き海(み)を
   切り裂きすすむ
   漁船なりけり


 この短歌は「新日本歌人」という歌誌に掲載されたわたしの歌です。

 わたしは図書館をよく利用します。むかしは、本代に毎月1万円くらい支出していましたが、今は殆んど本を求めるということがありません。

 読みたい本を思いつくと、まず図書館にあるかどうかをネットで調べます。岡山県のすべての図書館の検索ができますから、ネットは非常に便利です。あればネットで申し込めば、最寄りの図書館に届くようになっています。

 最寄りの図書館は、我が家から1キロほどのところにありますから、とても便利です。その図書館では、本を読んだり短歌を創ったり、エッセーを書いたりしています。

 図書館は冷暖房がついているので、暑さ寒さをしのぐことができます。快適に色んなことができるのです。わたしの町の図書館は、海辺に建っているので、瀬戸内海を見渡すことができます。

 「海の見える図書館」として町はピーアールしており、来館を促しています。まさに閲覧する机は、海の見える窓辺にしつらえられており、素敵なところです。

 わたしは読書などに疲れると、本を閉じて海を眺めます。図書館のすぐ前をカモメが群れて飛翔したり、堤防に降り立って羽根を休めたりしています。

 沖に目を投げると、蒼い海が広がっています。蝶が乱舞するように、陽射しを受けて海は光輝いており目を奪われます。いつまでも目を細めて眺めることがあります。

 そんな海を漁船が行き交っています。海を切り裂き、白いしぶきを上げてゆきます。まさに滑るように、瀬戸の海をゆくのです。わたしはいつまでもその漁船を目で追って、岬の先に消えるまで眺めるのです。そんな海の見える図書館は、わたしの心地よい居場所となっています。



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エッセー【深 き 白】

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2018年2月16日(金)曇りのち晴れ

 ご訪問いただき誠に有り難うございます。

  見上ぐれば
   水平線の
   上空に
   深き白なる
   雲湧き出ずる


 この短歌は「新日本歌人」という歌誌に掲載されたわたしの歌です。

 わたしの住んでいる町は、瀬戸内海をふところに抱く「海を抱く村」です。町の東と西の端にちょっと突き出た岬があって、ちょうど海を抱くように、入り江になっているのです。

 そんな町にわたしは住んでいるのですが、その町の前には瀬戸内海がゆったりと広がっています。瀬戸内海は多島美で有名ですが、わたしの前の海も多くの島が浮かんでいます。

 その町からは四国山脈も望めますし、瀬戸大橋も望めます。町の広報などでは、瀬戸大橋の見える町として、ピーアールしているくらいです。

 海辺に立って瀬戸内海を眺めると、瀬戸大橋が白く輝いて、島々を縫い岡山県から四国へと延びているのがよく見えます。海辺に建つ喫茶店に入ると、「あっ、瀬戸大橋!」と声を上げている、町外の人をよく見かけます。

 そして瀬戸内海の水平線が、弧を描いて水島灘(なだ)から笠岡諸島へと延びているのがくっきりと見えます。オレンジ色のフェリーボートが笠岡諸島を行き交っています。

 その水平線の上空に、折々に白い雲が湧くことがあります。それは殆んど夏に見られる光景ですが、目を奪われるような白い雲です。盛り上がるように白い雲は「湧き出ずる」のです。

 わたしが感動するのは、その雲の色です。単なる白い雲ではないのです。その雲は「深い白」なのです。深い白というのはどういう色なのだろうかと思うのですが、言うなれば乳色をした白色です。

 その深い白色をした雲を眺める時、深い感動に包まれます。しばらく海辺に立ち尽くして、その雲を眺めている自分がいるのです。それはまさに、自然と人間との深い交流です。



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エッセー【認 知 症】

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2018年2月15日(木)曇り時々晴れ

 ご訪問いただき誠に有り難うございます。

  ご主人の
   ことをぽつりと
   主婦が言う
   「わたしのことが
   分からなくなった」と


 この短歌は「新日本歌人」という歌誌に掲載されたわたしの歌です。

 わたしのごく親しい人が、軽度の認知症になり、今施設に入っているのですが、軽度でも大変なようです。軽度ですから、積極的に何でもやりたがるそうです。

 しかし施設の人の言うには、何でも積極的に手をつけるのはいいのですが、後始末ができなくてその後の処理で、困っているということでした。

 先日、ある集会があって、それに参加するかどうかでひと波乱ありました。当初は、娘に送迎して貰うということでしたが、もう3日後にはそのことを忘れて、自分で歩いてゆくというのです。

 さらに、その集会への参加を親せきや友人に呼びかけるので、チラシを持ってきてくれというのです。わたしの隣町に施設はあり、少々時間もかかるし、「もう周りの人は誘わなくてもいいよ!」というのですが、しつこくチラシを要求するのです。

 仕方なくチラシは届けたのですが、結局誰も誘ったようすはなく、わたしの行為は無駄だったようです。それは初めから分かっていたのですが、これが軽度の認知症の方の実際の姿のようです。

 それでも軽度の認知症の方はまだいいほうです。我が家の隣の奥さんが散歩をしているのに出会って、立ち話をしました。ご主人は介護施設に入所しているのです。

 「ご主人はどうですか?」と訊くと、「わたしのことが分からなくなった!」とポツリというのです。奥さんは落胆してそうわたしに言いました。奥さんのことが分からなくなったのですから、もうほんとうの認知症でしょう。

 認知症は増えつづけています。さらに高齢化が進むともっと認知症の方は増えてゆくように思います。それは決して他人事(ひとごと)ではなく、自身の問題でもあります。今から、認知症をさける生活習慣をしてゆくようにしたいと思っています。



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