スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

誕生日

2016年10月26日(火) 曇りのち晴れ

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。


♪♪♪ 【誕生日】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 今日はわたしの誕生日である。69回目の誕生日だ。現在ただいまの心境はもうこれ以上、歳はとりたくないということである。いつまでも60代でいたいという心持ちである。したがって、たとえ吾が誕生日であろうと、決して嬉しいという感情は芽生えるべくもない。振り返ってみれば、永いようにも感ずるが、アッという間に六十九歳を迎えてしまったような気がする。幾つかの小さな倖せの思い出もないわけではないが、その大半は後悔の連続だったように思う。いまも後悔しきりである。

短歌

快晴で気温二十度の爽やかな秋に授かりし吾が生なりし

爽やかな秋に授かりし吾が生は険しき道を歩みてきたり

これ以上歳はとりたくないと思う六十九の誕生日なり


 わたしが生まれた日は、1947年10月26日である。岡山気象台に電話して尋ねてみたら、この日は快晴で最高気温20度くらいということだった。なんて爽やかな日にわたしは生を授かったのだろうか。が、社会の在りようは戦後のもっとも食料難の時代を迎えていた。気候は穏やかで平安であったけれども、時代は大変厳しいなかにあった。戦後そのものの時代だったのである。そんななかを生き抜いてきたのである。そしてこれ以上、歳はとりたくないと思うけれども、現実は決してそうはいかない。時の流れは止むことがない。そうであるならば、健康寿命をより長く保ちたいものである。80歳、90歳と健康で自立して生きたいというのがわたしの願いである。



手紙

2016年10月25日(火) 曇り時々雨

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。


♪♪♪ 【手紙】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 もうずっと前の話である。わたしの初恋ともいえるものである。初恋の定義はなかなか難しく、どんな心持ちを初恋といえるものだろうか、わたしにはよく分からない。憧れの人は小学校の1~2年生にはもういたものだ。それは誰にでもある女性の先生である。大学を出て最初の赴任先が、吾が学校だったように思う。まずその先生に憧れた。そして同級生の誰からもマドンナと言われていた娘(こ)である。時々机から後ろを振り向いたりしたものである。

短歌

別れたる君の手紙に火を放つ蒼き焔が噴き出しもゆる


 そんな心の在りようを初恋と言えるかも知れないが、短歌に詠った女(ひと)は、相思相愛の関係だった。しかしわたしの優柔不断によって、その恋は破綻したのであった。彼女はわたしのもとから郷里へと去っていったのである。彼女からは幾通もの手紙や写真を貰っていたが、別れてずいぶんのちに整理をした。そして庭先でその手紙や写真に火を放ったのである。それはわたしの心の整理でもあった。しかしその女(ひと)のことは、今でも忘れることができないでいる。

会いたい

2016年10月24日(月) 晴れ

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。


♪♪♪ 【会いたい】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 繊細で剃刀のような鋭い感性を持った女(ひと)だった。したがって、鋭い視点を持って詩や短歌、絵を描いていた。そんな彼女だったが、心を病み海に身を投げたのである。幸いに助け出されて病院に搬送されたのだが、しばらく入院してある街に還り暮らしているという。わたしが知っているのは、海に身を投げる前までの彼女である。その後の消息は人から聞いた話に過ぎない。

短歌

心病み海に身を投げたる君に逢い芸術を語りてみたし


 そんな彼女だったが、いまどんな暮らしをしているのだろうか。短歌も剃刀のような鋭い歌を詠んでいた。わたしはその短歌にとても惹かれて、しばらくは彼女の短歌にずいぶん影響を受けていた。詩も絵もとてもうまかった。その彼女を捜して見たけれど、ついに捜しあてることはできなかった。だからなおさら彼女に会いたいと思うのだった。会って芸術について語り合いたい、と切に願っている。たとえ会えないとしても、元気で暮らしていることを願うばかりである。



新しき爪

2016年10月23日(日) 曇り

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。


♪♪♪ 【新しき爪】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 床の間のある座敷で転んで、右足の指の爪を剥いだのは、9月25日だった。あさってでちょうど1カ月になる。その間、何回か病院にいって治療して貰ったが、もうすっかりよくなった。とはいっても、その部分を庇いながら生活している。「爪を剥ぐ」で思い出すのは、戦前、治安維持法違反で逮捕された人々のことである。特高は戦前さまざまな拷問をやったが、その中に「爪を剥ぐ」ということも行った。

短歌

爪を剥ぎ足を庇いて三週間新しき爪かすかに覗く


 爪をペンチなどで引き剥がしたのである。治安維持法違反といっても、左翼の傾向の本を持っているだけでも逮捕されたり、勉強会などの集まりを持ったりしただけで逮捕されたものである。わたしの経験から言っても、畳のうえで転び爪を剥いでも激痛が走ったのだから目の前で、ペンチなどで爪を引き剥がされたら、失神するほどの拷問だったに違いない。そんな世の中の再来は決して許してはならない。さいわいわたしの指には新しき爪が、ほんのちょっと覗いている。



ああ

2016年10月22日(土) 曇り

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。


♪♪♪ 【ああ】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 今日の短歌の兼題は「ああ」である。短歌辞典を開いたら、この文言が目に留まった。この言葉でいつものように六つの短歌をつくった。今年になってわたしは毎日六首の短歌を詠むように心がけてきた。いままでほとんど毎日六首をつくってきたように思う。このままいけば、今年2000首以上の短歌を詠むことになるだろう。わたしは「多作多捨」を信念にしているので、その目標はたぶん叶えられるだろう。

短歌

あかときに竜王山は浮かびくるああシルエットとなりて聳え立つ

懐かしき故里の海はああ深く沈む心を慰めるなり


 「ああ」で詠んだ歌を二首ご紹介させていただくことにする。ここで詠んだのは、海と山の歌である。わたしの町には、青い海と青い山がある。竜王山はこのあたりでもっとも高い山で、その山の裾野が青い海に滑り込むように、海につづいている。夜明けには竜王山がシルエットとなって、朝焼けの空を切りとって聳え立つのである。また、町の前に広がる瀬戸内海は、わが心の故里である。



プロフィール

FC2USER634322BTA

Author:FC2USER634322BTA
FC2ブログへようこそ!

 1947年生まれの68歳で、
「新日本歌人協会」の会員です。
 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

♪♪♪リンクは、ご自由に!

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。