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‘14年夢日記 「『ポスター』を読む」

2014(H26)年8月19日(火) 曇り時々晴れ

   タイトル 「『ポスター』を読む」

 「ポスター」は、「民主文学」9月号に載っている短編小説で、加藤節子の作品である。ポスターというのは、2011年3月下旬、東日本大震災支援活動の支援物資として、百台の自転車を積み込んだときの記念に撮った写真である。そのポスターには、主人公の香川直子、吉岡光子をはじめ、男女9名が写っている。

 この小説は、視点をもった香川直子の心理や行動を描くことではなく、吉岡光子の行動や性格を描くことで、その人間像に迫るというテーマである。直子は光子の人間像を浮き彫りにするという、視点を与えられているに過ぎない。光子は、京都南部の民主商工会の婦人部副部長を務めている。直子が婦人部長である。

 光子は、ポスターの左端に立って写っている。背が高く男性たちに引けをとらないので、目立っている。彼女は唇をきゅっと引き締め前方を見つめていた。真剣そのものの表情は、写真全体をも引き締めている。2011年3月26日土曜日に、支援物資搬送の準備に集まった。山積みされている自転車の中から、百台を選び東北へ送ろう、という活動である。

 左官業の夫の仕事を手伝っている光子は、自動車の運転も、荷物運びもなんでもこなすのだった。「一般道が通行可能になったら、東北へなと行けるわな。私らみたいな建設業者の手伝いが必要やと思うけどな。困っている時は、だれでもお互い助け合わなあかん」と、光子は言った。直子たちは自転車をトラックに積み込む作業に移った。

 直子は小柄で力仕事が苦手である。そのうえ、持病のリュウマチがあり、自転車1台運ぶのが精一杯だった。が、光子は大柄で背も高く、自転車を両脇に1台ずつ抱えて、さっさと運んでゆく。そして、作業は小一時間で終り、記念写真を撮ることになった。そのときに撮った写真が、ポスターになったのである。

 「私な、結婚する時に、両親に言い聞かされたんや。職人の嫁になるんやさかい、どんなにしんどうても、体を使うて、なんでもせんとあかん」と、光子はそれを心得ていて、よく働くのである。5月の連休明けに第2次の支援活動を行うと決め、野菜を送ることになった。その作業には、直子と光子たち6名の婦人部員が参加した。

 野菜は畑から収穫し、集荷場で洗って支援物資として送るのである。しかし、その作業が大変だった。直子たちは疲れてしまって、思うように動けない。が、光子だけは違った。野菜を誰よりも早く洗い、トレーに積み込むのもひょいひょいとやってのけた。「私な、新幹線の工事現場に、子どもを背負って、ひとりは手えを繋いでな、行ってたんや」と、光子は言った。

 支援活動は、第12次、13次と回を重ねていた。ところが、そんな光子だったが、2013年7月直子に電話が入った。光子の長男、光信からであった。「今朝、4時半に息を引き取りました」という、電話である。直子は言うべき言葉を失った。しばらく呼吸ができなかった。光子は、くも膜下出血で、救急車で病院に運ばれたが、駄目だったそうである。

 民主商工会の事務所には、入って左側のすぐ目につく所のホワイトボードに、あのポスターが貼ってある。それには、口をきゅっと結んで正面をまっすぐ見つめる光子の姿が写っていた。この小説では、光子の在りようが描かれているが、しかし光子の心の葛藤がないために、光子の人間像が平板になっているきらいがある。もっともっと深く、人間は描かれるべきだろうと思う。



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