‘14年夢日記 「映画『息子』を観る」

2014(H26)年8月6日(水) 曇り時々雨

   タイトル 「映画『息子』を観る」

 「息子」は、山田監督の撮った人間讃歌の映画である。まず、息子・哲夫の恋が美しいし、その恋を通じて人間的にも大きく成長する姿をよく描き出している。それを見守る、三国連太郎演ずる「父」の姿が、リアルに捉えられている。それにしても、山田洋次監督は、「幸せの黄色いハンカチ」や「同胞」、「学校」などのように、人間讃歌の映画がなぜ創れるのか、不思議でならない。

 私も「人間讃歌の小説を書きなさい」と、ある評論家から言われて、いくつか挑戦してみたが、これがなかなか難しい。単なる「美談」では小説にはならない。人間讃歌の小説を描こうと思えば、よほど計算し尽された「たくらみ」がいる。美談を単なる美しい話で終わらせるのだったら、芸術作品とはならない。

 芸術作品にするためには、読者をある意味で裏切らなければならない。美しい話を美しい話として読者の前に提示しても、それは読者のほとりをすり抜けてゆくだけだろう。読者は「あ、そう」と、遣り過ごすに違いない。映画もまた然りである。その人間讃歌を観客が受けとめるためには、決して軽い美談に終わってはならない。

 「息子」の哲夫は、兄と違って成績もよくないし、浅野家にとって厄介ものだった。しかし、兄は成績もいいし、大学を出て一流会社に勤めている。哲夫は職を転々とし、いまだに定職というものがない。居酒屋に勤めていたが、それも辞めてしまう。母の1周忌には色物の普段着で、しかも遅れて寺へやってくる。

 そういう哲夫を父は快く思っていない。1周忌のあと、哲夫ひとり岩手の実家に残るのだが、父は「お前は頼りにならない」と小言をいい、哲夫を莫迦にしている。実際、哲夫はそういう男だった。居酒屋を辞め哲夫は、金属会社にアルバイトで入った。いわゆる3Kといわれるような職場だった。きつい、危険、きたないの典型的な職場である。

 従業員たちは、1日目の仕事を終えたあと、哲夫が明日来るか来ないか、賭けをするほどだった。しかし、哲夫はやってきた。それには理由(わけ)があった。金属を運んで行った会社で、ひとりの女性に会ったのだ。非常に美しい女性で征子(和久井映見)という名で、倉庫番をしていた。哲夫はその会社に行くのが楽しみとなった。

 が、彼はいさんで金属を倉庫に運んでいったが、征子は休みでがっかりする。すると、会社の女の人が出てきて、征子は聾唖者(ろうあしゃ)だと告げ、耳が聴こえないし話もできないという。しかし、一目ぼれしていた哲夫は聾唖者だと聞かされても、決して動じることがなかった。より一層彼の心は燃えた。哲夫は彼女に手紙を書いて自分の心を伝える。

 征子からは、梨のつぶてだった。彼は征子が職場から帰るのを追跡する。そして、手紙を渡すのだった。征子は聾唖者だという周りの人に対して、「それがどうしたというんだ、いいではないか」と、哲夫は食い下がる。

 父が上京してきた。父の今後について兄と相談するためだった。しかし、父は東京でマンション暮らしはできないとして、兄の話をけった。岩手でひとり暮らしをするというのである。ついでに、哲夫に会って帰ろうということになって、アパートへやってきた。すると何も知らない征子から、夕食を持ってゆくというファックスが届く。

 哲夫はアパートにやってきた征子を、父に紹介する。父は征子が聾唖者だというのを承知のうえで、「ほんとうに哲夫と一緒になってくれるのか」と問い、「よろしく頼む」と頭を下げる。父はその夜とても機嫌が良かった。なかなか寝付けない。哲夫を起こしてビールを一緒に飲み、歌を唄ったりする。

 父は、岩手に帰ってゆく。ファクシミリを買って、雪に閉ざされた古里へ。雪を掻き分けて家にたどり着いた父は、薪ストーブに火を入れ、家に灯を点ける。真っ白な雪の中に、橙色の温かい灯が浮かび上がるラストシーンは、観るものの心まで温かくし、瞳がうっすらと滲んでくる。まさに、「息子」は人間讃歌を謳(うた)いあげたすぐれた映画である。



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