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‘14年夢日記 「『小林昭の評論』を読む」

2014(H26)年8月4日(月) 曇り時々雨

   タイトル 「『小林昭の評論』を読む」

 「野火」(発行・日本民主主義文学会東久留米支部)第10号、支部結成10周年記念号を戴いた。小林昭の評論「小説の核心にあるもの」を真っ先に読んだ。彼は若い頃、右遠俊郎、朝日茂などとともに岡山に在住していたことがあり、岡山とは縁の深い関係がある。だから、岡山支部の「まがね」などもよく読んで下さり、交流もつづいている。

 岡山支部主催の「文学研究会」にも講師としてお招きしたこともある。その中で彼の文学に対する基本的な態度、考え方を教えられ、私はそれに触発されていくつかの小説を書いてきた。それは、「人間讃歌を描こう」というものだった。その提唱によって私は、「赤い傘」、「ビー玉」など、人間讃歌をテーマにした作品を書いた。

 「まがね」が発行されるたびに、彼は必ず丁寧な批評を寄せてくれた。いつも的を射た批評で、私たちはいつもそれを心待ちにしてきた。また、「民主文学」に彼の評論が掲載されると、真っ先にそれを読んだものである。「野火」第10号の評論は、書き手に向かっての実践的な文章となっており、改めて文学とは何か、小説の書き方の基本などが論じられている。

 その中で、私の心を惹いたのは、文学について縷々(るる)述べたうえで、小説を書くときに私たちが考えなければならないことが三つある、としているカ所だ。その三つというのは、①何を書くのか ②なぜ、それを書くのか ③それを、どう書くのか、ということである。

 それについて、少し触れておきたいと思う。何を書くのか。これは小説の題材のことである。これまで、一部にはよく思い違いがあった。民主主義文学だから、労働組合のこと、市民運動のことなど、それらしい題材を選んで書かなければいけないと考える人たちがいた。しかし、彼はそれをきっぱりと否定している。

 自分が、いま、いちばん書きたいことを書く、それが作家というものだ。書きたいものをそれぞれが書いたらよいにきまっている。題材は自由なのだ、と述べている。第二に、それをなぜ書くのかという問題である。ここで彼は、民主主義文学だから、という課題が出てくるとしている。

 民主主義文学運動に参加しているのは、いのちや暮らし、平和や民主主義を守るという思想や考え方、生き方を私たちが選んで生きているということだろう。その立場から見れば、題材の中にある社会的な真実、現実の中にひそんでいる本質がそこから見えてくる。それが見えることは、人間として民主主義文学として書く作品の主題が見えてきたということだ。

 第三の、どう書くのか。ここでも民主主義文学だから、という課題がそこに関わってくる。民主主義文学ならば当然の、現実に向き合った批評、現実を変革する批評精神がそこに働かなければならない。眼の前にこの現実がある。これでよいのかという批評。

 世界を変えていこうとする意志。現実の中には、ささやかだが、こんなに美しいものがある、これが私たちの未来を作っていくのではないかという希望。いろいろあるだろうが、現実を見る見かた、現実を描く描き方の中に、民主主義文学らしい見かた、描き方があるはずだ。

 小林昭の評論は、まだまだ多岐にわたっているが、私の関心のある問題だけを掬い上げて、ここに記してみた。最後に、彼の持論を拾いあげてこの稿を終えることにしたい。「何よりも文学だから、文学作品として恥ずかしくないものを書く、芸術的にすぐれたものを書くこと。そのためには何が必要だろうか。必要なことは、第一級の文学作品をいくつも読むことだ」。

 このように述べて彼はこの論考を閉じている。簡潔で平明、すぐれた文学評論であり、書き手を鼓舞するものとなっている。



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 1947年生まれの68歳で、
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 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
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