スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

‘14年夢日記 「『墨ぬり』を読む」

2014(H26)年7月17日(木) 曇り

   タイトル 「『墨ぬり』を読む」

 「民主文学」8月号に掲載されている短編小説で、作者は寺田美智子である。作者の紹介がないので、「民主文学」初登場ではないらしいが、私は彼女の記憶がない。が、ネットで調べてみると、昨年の10月号に「朝焼け」という短編小説を書いている。私は確かに読んでいるのだが、その内容が思い出せない。多分、印象が薄かったからだろうと思う。

 「墨ぬり」という作品も印象の薄い作品で、1年も経たぬうちに、その内容を忘れてしまうかも知れない。が、読んだからにはその作品に触れておきたいと思う。時代背景は終戦直後のことで、墨ぬりというのは教科書に墨をぬることである。主人公の京子は、17歳で5年女子組の担任をしている。17歳で小学校の担任をしているというのは、いま考えると不思議であるが、その辺の事情については作品に書かれている。

 京子は女学校を4年で繰り上げ卒業し、国民学校の教員になった。男性教員の多くが軍人として出征し、教員の不足を補うため、終戦の年の5月に採用されたのである。そして、8月15日に終戦となった。9月1日、新学期、京子が学校にいくとそのようすが変わっていた。「八紘一宇」、「大東亜共栄圏」、「忠君愛国」などと書いた紙が全部はがされていた。

 京子は5年女子組の教室の前で足が止まった。深く息を吸ってから、震える手で戸を開けた。教壇に立つと京子は、「すずり箱を出して」と生徒に指示した。生徒に墨をすらせて国語の教科書を出させた。前に座っている生徒の教科書と筆を取って、京子は「一、 明治神宮」の、題の一行に一気に筆を走らせた。子どもたちは、口々に「えっ」「なにっ」「なにっ」と声を上げた。

 十月、GHQから、教育制度に対する管理政策、神道教育の排除、修身、日本歴史、地理の停止と次々に指令が出された。市の教育委員会は、国語教科書の墨ぬり要領を作成し各学校に配布した。その指示に従って、京子は子どもたちに墨ぬりをさせているのである。京子はそれに疑問を持っていた。一心に教えてきたことが、うそだったというのか。感動して受けとめた子どもたちの心の中に、墨をぬりたくっていくのか。

 京子は悩んでいた。もう子どもたちの前には立てない。教師を続けることなどできない、と思っていた。そんな折、生徒の陽子の父から手紙が届いた。陽子が「これ、おとうさんからのお手紙」といって、学校にもってきたのだ。それには、「我が家に寄って下さい」という言葉がしたためられていた。ここのところが、この小説でいえば、起承転結の「転」にあたるところである。

 陽子の父というのは、平田雄三である。彼は戦前教師をしていたが、治安維持法によって検挙され、教員を辞めされられていた。治安維持法違反とされたのは、教育科学研究会に関わっていたためである。その会は、子どもの生活をみつめるために、綴り方教育を中心に学習していた。ところが、国策に反する非国民だとされたのである。

 後日、また雄三から手紙が届いた。それには、教育科学研究会の再建学習会への誘いが書かれていた。しかし、京子は「私にはとても参加する資格も力もない」と、いったんは断ったが、雄三の言葉を聞いて、その学習会へ参加することを決めた。京子が戦後の教師として第一歩を踏み出すところで、この物語は終えている。京子の戦後の生き方、その歩みの第一歩を切り取った作品である。



スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

FC2USER634322BTA

Author:FC2USER634322BTA
FC2ブログへようこそ!

 1947年生まれの68歳で、
「新日本歌人協会」の会員です。
 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

♪♪♪リンクは、ご自由に!

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。