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‘14年夢日記 「ぶらりぶらりと歩く」

2014(H26)年7月12日(土) 晴れ

   タイトル 「ぶらりぶらりと歩く」

 「散策」といえば、「ぶらぶらと歩くこと」とある。朝から断続的に強くなったり弱くなったりしていた雨が、午後4時ごろにはほぼやんだ。毎日4時30分にウオーキングへ出ることにしているので、ちょうどタイミングがよかった。この日はウオーキングというより、ぶらぶら歩いてみようと心に決めて家を出た。

 わが村の道を歩いていて、まず気づかされるのは小川の水の流れる音だ。川の水が勢いよく流れていて心地よい。その音のひびきに心を惹かれる。が、「さらさら」でもなく、「ざあざあ」でもなかった。その流れの音を聞いて、擬音語をつくろうと思って耳を澄ませ、立ち止まって考えたが、いい言葉は見つからなかった。が、その流れと音を聞いていると、心が洗われるような思いになる。

 いくつかのツバメが電線に止まって、羽根を休めている。そのようすを村上春樹は音符にたとえていたが、言い得て妙である。その音符がしばらくすると、地上すれすれを飛び交うようすに心が奪われる。雨が近くなると、ツバメは地上付近を飛ぶが、それは虫たちが低いところに下りてくるからだ。ツバメの滑空は速くて鋭い、そして小気味いい。

 ウグイスが盛んに啼いている。「ホーホケキョ」となくのはオスで、縄張りを主張しているという。メスへのアピールでもある。ぶらぶらと歩いていると、ウグイスの啼き声に心がときめく。繁殖期には森の中に入ってゆくようだ。初春に啼きはじめたウグイスは、秋ごろまでさえずり続けるらしい。

 稲が青々として、力強くなってきた。田植えをしたばかりの苗は薄緑だったが、いまでは濃緑にかわって、その葉に勢いがある。生命力を感じる。田圃の脇の道を歩いていると、緑の海である。作家の旭爪あかねは『稲の旋律』という小説を書いて好評をえたが、引きこもりの娘が稲の鋭く伸びるようすに感動して、ふたたび歩みはじめるという物語だ。

 野菜や果物が実をつけ、成長するさまを見るのもまたいいものだ。その実を見つけて一瞬「あ、」と声を上げそうになる。スイカが葉陰で大きくふくらんできている。その花は闇に点る電燈のように明るく輝いている。そのとなりの畑では、とうもろこしが、育っている。まだ小さいが、実の先にひげをつけて、懸命に伸びようとしている。

 トマトはもう色づきはじめたものがある。早いものはもう収穫できるようになっている。近所の畑作りをしている人が、たくさんトマトを持ってきてくれた。わが家の夕食に出されるが、新鮮で美味である。が、散策路の脇の畑では、緑色をした実が光っていてこれから色づくのだろう。

 ザクロは花の時期を終えてようやく実をつけはじめたばかりである。花の下部がふくらみ始めている。幼い頃、実家の庭にザクロの木が植わっていて、それが実るのが楽しみだった。ザクロが実ってはじけると、われ先に木に登って採ったものだ。その頃は食料不足だったから、ザクロの熟れた実は貴重だった。

 イチジク、ナスなども実をつけている。このようにわが村を散策してみると、野菜や果物、鳥などの生命力を強く感じることができる。小川のせせらぎも耳に残る音である。自然と触れ合うことは、人間にとってとても大切なことだと痛感する。私の心に自然の息吹を吹き込んでくるようだ。「散策」は自然の命と人間の命がひびき合う、そのひと時である。



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 1947年生まれの68歳で、
「新日本歌人協会」の会員です。
 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

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