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‘14年夢日記 「今、憲法を考える」

2014(H26)年7月6日(日) 曇り

   タイトル 「今、憲法を考える」

 ――はじめにやつら(ナチス)は共産主義者に襲いかかったが、私は共産主義者ではなかったから声をあげなかった。
 そして、やつらは社会主義者と労働組合員に襲いかかったが、私はそのどちらでもなかったから声をあげなかった。
 つぎにやつらはユダヤ人に襲いかかったが、私はユダヤ人ではなかったから声をあげなかった。
 そして、やつらが私に襲いかかったとき、私のために声をあげてくれる人はもう誰もいなかった。

 これは、マルチン・ニーメラー牧師の告白である。7月2日に水島で「今、憲法を考える ~解釈改憲や集団的自衛権に触れながら~ 」と題する講演会があった。この中で紹介されたのが、牧師の告白である。私はこの言葉に強い衝撃と感銘を受けた。それは私たちが、この牧師と同じような経験をよくするからである。

 たとえば、生活保護基準の引き下げや一定の収入のある労働者の残業代をゼロにする問題、集団的自衛権行使容認で自衛隊員が海外へ派兵されたり、非正規労働者のさらなる拡大をしたりすることに対して、自分のこととして受けとめられないということである。つまり、社会や政治問題で「対岸の火事」として、自分は少しも痛痒(つうよう)を感じないで、「声をあげない」ということはよくあることだ。

 マルチン・ニーメラーの牧師の告白を聞いただけでも、講演会に参加した意義があった。講師は、「憲法の伝道師」といわれる、日弁連憲法問題対策本部副本部長の伊藤真(まこと)氏である。昨日、安倍政権は「集団的自衛権行使容認」の閣議決定をしたばかりで、まずそれに触れて話をされた。

 集団的自衛権とは何か? 「自国と密接な関係にある外国に対する武力攻撃を、自国が直接攻撃されていないにもかかわらず、実力をもって阻止する権利(1981年5月29日)」であると政府は答弁してきたが、しかし、日本国憲法によって、「戦闘地域には行かない、武力行使はしない」という歯止めがかけられていた。

 が、このたびの閣議決定は、「他国に対する武力攻撃が発生し、これにより我が国の存立が脅かされ、国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根柢から覆される明白な危険がある」場合には、集団的自衛権の行使容認がされるとした。

 これは、いままでの憲法解釈の180度の転換であり、 1、立憲主義の意義を失わせる。 2、国民を危険にさらすことになる。 3、近隣諸国との緊張を高め、軍拡を助長する。 4、外交上のカードを失い、より困難に直面する。 5、「平和国家」というジャパンブランドを失う ということを明らかにした。

 日本国憲法の理念と基本原理として、 1、個人の尊重を中核とする立憲主義の理念 「すべての人々が個人として尊重されるために、最高法規としての憲法が、国家権力を制限し、人権保障をはかるという立憲主義の理念を基盤としている」 2、基本原理 「立憲主義に立脚し、国民主権、基本的人権の尊重、恒久平和主義を基本原理としている」

 このたびの閣議決定は、クーデーター的手法によって、憲法を破壊するものである。断じてこれを容認することはできない。が、閣議決定によってことが終りというわけではない。実際に自衛隊を海外に派兵し、武力行使を行うためには、周辺の法整備が必要である。したがって、閣議決定はことの終りではなく、ことの始まりである。この歴史的暴挙を許さず、牧師の告白を戒めとして、「声をあげて」ゆくことの必要性を痛感した講演会であった。



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 1947年生まれの68歳で、
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