‘14年夢日記 「国民救援会学習集会」

2014(H26)年7月4日(金) 曇り時々晴れ

   タイトル 「国民救援会学習集会」

 6月28日に、国民救援会岡山県本部の主催で、「会員1000名突破・記念学習集会」が開かれた。「えん罪を無くさなければならない」、「えん罪で苦しんでいる人を救いたい」、「裁判所を動かす救援会をつくろう」、の思いで、岡山県の救援会会員が1000名を突破した。それを記念しての学習集会であった。

 日本国民救援会は、1928年に創立された、国内でもっとも長い歴史をもつ、人権団体である。戦前は、治安維持法などで弾圧された人を救うために、みずからも弾圧をうけるなかで、獄中への差し入れや家族の激励などの救援運動をすすめてきた。

 戦後は、憲法と世界人権宣言を羅針盤に、言論弾圧事件、えん罪事件、権力犯罪責任追及事件、労働事件など、人権侵害とたたかう多くの人たちとともにたたかってきた。このたたかいは、憲法で保障された基本的人権と民主主義を守る力になっている。

 国民救援会の組織と運動は、全国にいる4万6千人の会員によって支えられている。全国の職場・地域に「人権の守り手」である救援会員がいることが、人権侵害を許さない力である。47都道府県に地方本部があり、約440の支部が全国の市区町村で活動しており、草の根のとりくみをしている。

 学習集会では、事件支援のあいさつがあり、倉敷民商弾圧事件の家族、須増伸子さんと小原佐夜子さんが紹介された。須増さんは、夫の和悦さんが岡山拘置所に勾留されて、4カ月半になること、いまだに家族さえ接見することのできない悔しさを語った。

 また、和悦さんは、独房に入れられ、風呂は週2回であるが、かけ湯は13回と決められている。それを誤って、かけ湯を14回したら、裸のまま立たされて、ひどい叱責を受けたという。ただそれだけで、始末書のような文書を書かされ、屈辱的な扱いを受けていることが報告された。それを聞いて私は、胸がつまるような思いにさせられた。

 「獄中29年・私と救援会の出会い」と題して、布川(ふかわ)事件の元被告、桜井昌司さんが講演をした。布川事件は、1967年8月茨城県利根町布川で1人暮らしの老人(62)が殺された事件だ。検察によって40年間も証拠を隠し続けられ、21歳で逮捕され29年間も獄中に留置された。そして、2011年5月に再審で無罪を勝ち取った事件である。

 桜井さんは、「私利私欲でなく、支援してくれる人がいる。救援会という組織があることが不思議でした。大事なことは真実なんだよ、正義なんだよって活動している人が不思議でした。えん罪を背負ったおかげで、救援会の人などたくさんの善意の人と出会えました。そういう人から与えられる『無償の思い』というんでしょうか。それに支えられ自分自身を貫くことができました。今があるのはそのおかげだと思います」と語って、参加者に感銘を与えた。

 次に講演をされたのは、国民救援会の中央本部の副会長、伊賀カズミさんだった。伊賀さんは、戦争をする国づくりへ加速する安倍政権、アメリカ・財界優先の政治がすすめられる中で、国民監視・統制、抑圧が強まっていることを明らかにした。そういう中で、生活と健康を守る会や民主商工会などの民主団体への弾圧が強まっていることを述べた。だからこそ、人権侵害に対してたたかう団体・個人への救援会の支援活動は、ますます重要になっていることを訴えた。

 私は、いままで救援会の活動について無関心できたが、倉敷民商事件に関わるようになって、その接点ができた。当面は、倉敷民商弾圧事件のえん罪をはらし、弾圧をはねかえしてゆく活動に関わってゆきたい。また、救援会の歴史と理念を深く学んで、日本の警察・検察・司法の在り方について問うてゆくつもりである。



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