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‘14年夢日記 「『しあわせの六十越え』を読む」

2014(H26)年6月25日(水) 晴れのち曇り

   タイトル 「『しあわせの六十越え』を読む」

 他人(ひと)は、定年退職をして仕事から離れたらどんな過ごし方、生き方をしているのだろうか。たいていは60歳定年だが、まだまだ働いている人も少なくない。

 仕事が生き甲斐という人もなくはないが、そのほとんどは生活のためのように思われる。国民年金の人は満額支給になったとしても、それだけでは暮らしていけない。厚生年金の人でも60歳からは満額支給されず、働からずをえない。

 が、おおよその人は60歳を越えると、仕事の第一線から退き第二の人生を歩むようになる。人は第二の人生をどのように過ごすものなのか、それに私は少なからず興味をもっている。

 私はいま66歳である。63歳で仕事から離れ、「サンデー毎日」の日々を送っている。つまり、毎日が日曜日なのである。人は仕事という座標軸を失ってしまうと、とたんに何かしら心もとなさと、戸惑いを感じてしまう。

 「さあ、毎日が日曜日だよ、お好きなように生きて下さい」と言われても、どうも突き放されたように思ってしまう。果たして自分の行き場はどこなのだろう、立ち位置をどこに定めたらいいのだろう、となんとも頼りない心持ちになってしまう。

 いまも私は「生き方探し」をしているような日々である。それなりに規則正しい生活リズムを保って、日々を送っているつもりなのだが、「果たしてこんな生き方でいいのだろうか?」という疑問が消えることはない。

 そんな問題意識を持って、近藤勝重の「しあわせの六十越え」という本を見つけ、図書館から借りてきた。副題に「いい気分で生きる48のヒント」となっているが、いくつかの点で触発される言葉に出合うことができた。

 まず、スイスの心理学者、ユングの提唱した「幸福の五条件」というものである。

1、 心身ともに健康であること
2、 美しいものに感動する能力を持つこと
3、 幅広く豊かな人間関係を有すること
4、 朝起きた時、その日にやるべき仕事があること
5、 自分で程よいと思う程度のお金を持っていること

 私は3と5、つまり「幅広い人間関係」と「程よいお金」ということが欠落している。「幅広い人間関係」をつくろうとは思わないけれど、「程よいお金」というのは切実である。

 「人生の持ち時間に大差はない。問題はいかに深く生きるか、である。深く生きた記憶をどれほど持ったかで、その人の人生は豊かなものにも、貧しいものにもなるし、深く生きるためには、ただ受身なだけではなく、あえて挑むとか、打って出ることも、肝要となろう」

 これは作家の城山三郎の言葉である。この言葉はもっともだけれども、「深く生きる」ということは、いったいどういうことなのかとなると、首をかしげてしまう。

 城山三郎は、だから、「あえて挑む、打って出る」という生き方を薦めている。受身ではない、時間に流されることなく、みずから人生を創造してゆくような生き方を唱えている。

 人生80年の時代である。まだまだこれからだ。怠惰に生きることもできるし、「何をするにも遅すぎるということはない」と心に決めて、新しいことに挑戦することもできる。なにはともあれ、「しあわせの六十越え」でありたい、と切に願っている。



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