スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

‘14年夢日記 「合歓の木を探して」

2014(H26)年6月22日(日) 雨のち曇り

   タイトル 「合歓の木を探して」

 私が自然と親しんできたというのは、66年の半生の中でごくわずかの期間に過ぎない。おおよそ小学・中学時代の9年間である。
 が、この9年間というのは、自然との関わりは濃密であった。いや、自然との関わりというものではなくて、私自身が自然に溶け込み、自然そのものであったような気がする。

 学校から帰ると、潮が引いているときは海に入り、シャコやタコ、モガイやアサリ、ハゼやカレイといった魚介類を獲(と)った。
 夏、潮が満ちているときは、夕闇に包まれるまで海で泳いでいた。唇が紫色に変わるくらいまで海とたわむれるのだった。

 また、海だけではなく、山野をよく駆け回った。春には、シャッポン(いたどり)やツクシ、ワラビなどを採った。秋には、アケビや木の実、いたずらで柿やミカンなどもこっそりいただいたりした。茸や松茸引きに夢中になって、山を這ったり、登ったりの日々だった。

 このように、小学・中学時代は、私自身が自然であった。ところが、高校時代から今日まで、自然とともに暮らすということが、ほとんどなくなってしまった。
 高校を卒業すると、仕事といろんなことに忙殺されて、自然と触れ合うことがなくなった。うたごえ運動や演劇活動、青年運動や組合活動に懸命だった。

 自然に触れることを取り戻しつつあるのは、ごく最近のことである。ウオーキングというか、散歩というか、それをするようになって、自然との関わりを持つことができるようになった。
 草花や野菜が、日々成長するのを目にするのはとても愉しい。散歩の途中でしばし足を止めて、花々に見とれたり、野菜の実がふくらむのを見たりすることが多くなった。

 先日は、合歓(ねむ)の花を探して、3キロほど散歩をした。私の好きなブログを覗いたら、合歓の花の写真が載っていた。そこで、わが村にも合歓の木があるものと思って、歩いたのである。
 サルビアやタチアオイ、バラやアマリリスは咲き誇っていたが、合歓の木が見つからない。私はいままで合歓の木を見た覚えがない。あるいは、見ていても遣り過ごしてきたのかも知れない。

 櫛のような、筆が開いたような花と聞いていたので、それを手がかりに村を歩き回ったけれど、見つからない。しかし、その途中で、トマトやイチジク、ザクロの実を見ることができた。
 ザクロはようやく実をつけた幼いものだったが、トマトとイチジクは青い実がふくらんで、光っていた。このような実を発見するのも心躍るような気がする。

 わが村の田植えもほとんど終わり、小さい苗が、張られた水の中で、風にそよいでいる。まだ勢いは弱くこれから青々と、そして葉先は鋭く育ってゆくのだろう。
 田圃の水面には、山が映し出され、曇天の空が灰色に映っていた。やがて稲は力強く田圃を一面、緑色に染めるだろう。また、その清々しさが人の心を打つに違いない。
                       
 ついに、合歓の木に出遭えることはできなかった。けれども、わが村の自然と触れ合うことのできた散歩であった。いずれ、合歓の木に遭えるのを愉しみに、日々を過ごしてゆきたいと思う。後半生は、自然との共生を意識的にして、有意義な人生としたい。



スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

FC2USER634322BTA

Author:FC2USER634322BTA
FC2ブログへようこそ!

 1947年生まれの68歳で、
「新日本歌人協会」の会員です。
 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

♪♪♪リンクは、ご自由に!

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。