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‘14年夢日記 「『浜野博の短歌』を読む」

2014(H26)年6月18日(水) 雨のち曇り

   タイトル 「『浜野博の短歌』を読む」

 浜野博の歌集、「今を生きて在り」を読んだ。彼の主たる仕事は創作(小説)だが、少し前に詩集を編んで、今回歌集を上梓した。その創作意欲を喜びたいと思う。

 私はこの歌集を読みすすむうちに、多くの短歌をいくつかの分野にくくることができるように思えてきた。それは後半になって初めて気づいたしだいである。

 1、自己の生き方 2、自身の身体のこと 3、外へ出ること 4、家・家族のこと 5、旧友たちのこと 6、季節のこと 7、僚友たちのこと 8、障がいのこと 9、施設のこと 10、社会のこと 11、ふる里のこと、に分類することができるように思う。

 もちろん、季節を詠っているものでも、そこには浜野博という人間がおり、その息遣いが聴こえてくるので、単純には分けることは妥当ではないように思えるが、しかしあえてそれを試みてみたい。

 「自己の生き方」
 深呼吸してからものを言えと思うできたためしのないこの我は
 われここに生きて在りとの旗印おずおず掲げ起ちつづけたく

 「自身の身体のこと」
 買い物にくつろぎ戻り来し夕べまた床擦れの再発を知る
 骨にまたひびの入れりと告げられてよそ事を聞くごと遠き声

 「外へ出ること」
 刺すほどの痛みなき東風(こち)やや強き午後おずおずと外に出てみる
 冷え残る外へ出たそれだけの今日抱き締めるごと日記へ書き留む

 「家・家族のこと」
 ふた親に先立つ不孝だけはせず今在るを言い訳として生きる
 夕餉には必ず箸と茶碗持ち居眠りしわれと母は言いたり

 「旧友たちのこと」
 「ちょっと寄った」旧き友人来て語る束の間施設暮らしを忘れ
 半世紀隔てて旧友と並ぶとき打ち消しようもなき老い二人

 「季節のこと」
 散り急ぐ桜間近に見つめおりわれは散る日を急くこともなく
 もう春が来たと緩みしこの胸の隙間を狙うごとき遅霜

 「僚友たちのこと」
 冬景色への幾度目の揺り戻し歌の仲間と過ごす昼過ぎ
 言葉出せぬ者ら芯からカラオケを愉しむを見る今日の幸い

 「障がいのこと」
 動かぬと動けぬの違い身に沁みて思い知る日の午後の鬱屈
 素直には医師の指示にも従わず重度障害もつ身は生きる

 「施設のこと」
 まだ散らぬ桜あるらし後ろ向きの姿しか見せぬ施設重たし
 また一人人として信じ得ぬ者の出でて施設を生き難くする

 「社会のこと」
 焦らされて来ぬ春を待つ障害者われらをいたぶる為政者の業
 原発で死者出ずと代議士の言い加害者はなおのさばり続く

 「ふる里のこと」
 出漁をすれば損失増すのみのイカ漁の痛苦もろに聞く今日
 ふるさとに大雨洪水警報が出て事もなく過ぎる危うさ

 このように見てくると、この歌集の題材が多岐にわたり、多彩であることが分かる。が、それらのことどもも、ひとつところへ収斂(しゅうれん)している。それは、歌集の表題にもなっている「今を生きて在り」ということである。

 浜野博は、激流の魚のように、流れに逆らってのぼっている。高校3年のとき、首の骨を折って車イスの生活になった。が、彼は半世紀以上「前へ前へ」、「上へ上へ」と向かって生きてきた。その結晶ともいえるものが、この歌集である。



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 1947年生まれの68歳で、
「新日本歌人協会」の会員です。
 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

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