‘14年夢日記 「『雨上がり』を読む」

2014(H26)年6月15日(日) 晴れ時々曇り

   タイトル 「『雨上がり』を読む」

 これは、有田博の作品で、「民主文学」7月号に収載されている短編小説である。比較的短く、さして葛藤もないスケッチ風の作品となっている。

 この作品は、現在、過去、現在というふうに、サンドイッチの構成となっている。が、現在の部分はプロローグもエピローグも非常に短く、過去がほとんどの内容である。

 2013年の夏の朝、主人公のわたしは、新聞の見出しを見て驚いた。「生活保護基準引き下げ」という記事が目に飛び込んできた。そして、考え込んでいるわたしの脳裏に、ある記憶が浮かび上がった。

 これは、小説のプロローグではあるが、作者・有田博のモチーフともいえるものだ。この記事に触発され、小説を書く動機になって、「雨上がり」という作品が生み出されたのだろう。

 過去というのは、40年ほど前の話である。その頃、主人公は中学校の新米教師であった。そのエピソードがふたつ描かれ、それによってテーマに迫ろうとした作品である。

 そのひとつのエピソードというのは、主人公のクラスの生徒が、生徒指導主任の大石先生の授業のとき、寺本という生徒を殴って、辻野が教室を出ていったことである。

 主人公は中学2年生の担任をしていた。辻野はそのクラスの生徒であった。辻野は問題行動をよく起こしていた。万引きをしたり単車に乗ったり、授業中に突然出て行って、校内を徘徊するような生徒である。

 わたしは教室を出て行った辻野を捜して、校内を一巡した。が、見つからず自転車で校外へと捜しに行った。すると、辻野は海岸にいた。しかし、彼は辻野を学校へ連れて帰ることはできなかった。反発し、逃げ出したのである。

 辻野の家庭は、生活保護を受給していた。両親とも揃っていたが、父親は糖尿病で働けない身体だった。ふたつ目のエピソードというのは、辻野の家を訪問するということである。

 辻野の家は、ひと間きりの粗末な家だった。天井もない、風呂や洗面所もない家だった。そのようすを作者は、詳しく描写しており、生活保護家庭の在りようを浮かび上がらせている。

 父親は、辻野を高校へはやれない、中学校を出たら働いてもらう、と言うのだった。わたしは、高校へ行くのもいろんな方法があることを告げたが、「この子には少しでも早く稼いでほしい」と言う。

 わたしは「辻野が貧しさの中で手段を奪われて、将来を描くことができなくて苦悩している」のが分かるような気がした。そのとき、辻野はテレビに夢中でわたしの方を見向きしなかった。

 この作品は、問題行動を起こす生徒の視線まで主人公が降りていって、それに寄り添おうとする姿を描いている。と、同時に貧困の連鎖、教育格差の問題、希望を失った生徒の在りようを探っている作品である。

 が、今日の「生活保護基準の引き下げ」と、辻野の問題がどう関わっているのか、そこにまで筆は延びていない。弱者の在りようを掬(すく)い上げようとした作者の意図は分からないわけではないが、もっと掘り下げて欲しいと願うものである。



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