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‘14年夢日記 「『村の墓』を読む」

2014(H26)年6月14日(土) 曇り時々晴れ

   タイトル 「『村の墓』を読む」

 これは、「民主文学」7月号の巻頭小説で、作者は井上通泰である。今月号は短編小説が3編と少ない。全国文学研究集会の特集を組んでいるためだろう。

 この「村の墓」は、今日的テーマを扱っている。つまり、田舎の墓を誰が引き継ぎ、守ってゆくのかということを問いながら、故郷(ふるさと)とは何かに迫ろうとしている。

 主人公は井村裕治である。その妻、芳江は小説の冒頭でこんな風に言っている。「私は、あなたの実家のお墓に入りたくありませんからね。実家の墓守をするなんて、絶対言わないでよ……」

 私(鬼藤)は、定年まで墓石店に勤めていたので、このような話はよく聞いていた。「あの姑(しゅうとめ)と一緒の墓に入りたくない」、ここには、嫁姑の人間関係がその底にある。

 また、田舎の墓守を墓石店に頼んだり、シルバー人材センターに任せたりということも少なくない。それは子どもたちが都会へ出て、墓守が困難になっているという情況が背景にある。

 この小説もそれと同様な背景をもっている。もっといえば、日本の社会の歩んできた歴史や、その在り方まで視野に入れて考えなければならない問題でもある。

 裕治の実家には、継母がひとり住んでいる。継母、ハルは80歳である。病院に行くにもひとりでは駄目で、裕治が時折ハルの面倒をみに帰っている。

 村の墓には、裕治の両親と兄、それに異母弟の武雄が埋葬されている。武雄が死んだ今となっては、武雄の妻、佳子とその子どもたちが、墓守をしてゆくべきだろう、と裕治も思っていた。

 しかし、佳子は村の家を出ており、墓守はしないという。子どもたちにも遺産相続を放棄させて、村の家とは縁を切るというのだった。すると、父松造と先妻の子の二男、裕治がおもてに出ざるをえない格好になる。

 しかし、妻芳江は墓守をしない、という。そこには、嫁姑の関係もあったが、村のこと、家のこと、墓のことは、自分はもちろん、子どもたちにも引き継がせないで下さい、と固い意思を示している。

 しかし裕治は、継母が亡くなった後のことについて、村の家をどうするのか、村に住みつづけるか、別々の家に別れて暮らすか、について結論が出せないでいる。

 芳江の考え方もひとつの見識であるだろうと思う。「かつては、引き継ぐべき家というものがあったかも知れない。が、新しい住宅団地で、いわば都会で、核家族として暮らしてきた私たちに、引き継ぐべきものがあるのか」と疑問を投げかけている。

 あるいは、芳江の考え方は、一般的で合理的な思考であるかも知れない。世間ではそういう風潮になっており、彼女の考えが特異で不条理だとは思えない。

 が、裕治はその芳江の考えに、すぐに同意することはできない。村って何? 家って何? と考える。文学というのは、いっけん不合理とも思えることを、掬(すく)いあげて、読者に提示する役割をももっている。

 この小説は、ただ単に墓守を誰がするか、というように思える。だが、日本の歴史の在り方や現代社会の在り方にまで触れる、底の深い問題に迫ろうとしている。作者はそれを、自身と読者に突きつけている。



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 1947年生まれの68歳で、
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 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
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