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‘14年夢日記 「倉敷民商事件第2回公判(2)」

2014(H26)年6月13日(金) 晴れ時々曇り

   タイトル 「倉敷民商事件第2回公判(2)」

 倉敷民商の小原事務局長、須増事務局次長が税理士法違反とされている、第2回公判が岡山地方裁判所で開かれた。この裁判所でもっとも広い傍聴席は埋め尽くされて、支援の輪の広がりをうかがわせた。

 小原、須増さんが、税理士法違反の容疑で逮捕されたのは2月13日である。それ以来、勾留され続けており、すでに4カ月になる。これは、否認・黙秘をつらぬいているからで、それをもって、長期の拘束はきわめて不当だといわなければならない。

 ふたりが勾留されているのは、岡山刑務所である。食事は麦飯で、妻や家族の面会も許されていない。これは、「人質司法」といわれているもので、容疑を認めなければ、釈放しないという冤罪(えんざい)を生む温床にもなっている。ふたりとも体の具合がよくないそうだ。

 傍聴席から見ると、右側の席に弁護団、左側に検察官の席がある。それぞれ席に座ると、後部の扉が開いて裁判官が入ってくる。そうすると、傍聴席も含めて全員が立ち上がって、礼をする。

 裁判官は3人。検察官は2人、弁護士は8名である。弁護団が8名というのは異例のことで、弁護士はこの事件の重要性を認識して、国家権力に立ち向かっている。「倉敷民商を支える会」の並々ならぬ決意もまた示されている。

 弁護団が8名というのは、禰屋(ねや)さんの、法人税違反(ほう助)が冤罪(えんざい)であり、三人の税理士法違反というのが、倉敷民商への弾圧であるという、事件の本質と性格からくるものである。

 この冤罪と弾圧から三人の被告を守るというのは、ただ単にそれだけにとどまらず、日本の民主主義を守るというたたかいでもある。だからこそ、岡山県だけでなく、全国から支援の手が差し伸べられている。

 裁判官、検察官、弁護士が全員揃うと、小原、須増さんは、腰縄、手錠という痛々しい姿で入廷してきた。これが「人質司法」の不当な象徴である。(小原さんは3時、須増さんは4時からの公判だった)

 私はこの光景をみて、戦前の治安維持法による逮捕・勾留・裁判のようすが甦(よみがえ)ってきた。もちろん、私は戦後生まれなので、戦前のそれを経験しているわけではない。

 が、書籍や映像によって、その光景は私の脳裏に刻まれている。もとより、この事件と戦前の治安維持法を同一視するわけではない。おのずから、事件の本質と性格は違うけれども、腰縄、手錠によって入廷してくるふたりのようすをみると、それが思い出される。

 したがって、日本の民主主義を守るたたかいである、倉敷民商事件の冤罪と弾圧に勝利してゆかなければならない。そのための鍵は「本人と家族、弁護団、支援者」のたたかいにかかっている。

 第2回公判では、公訴事実に対する弁護団の意見陳述と検察官の冒頭陳述がおこなわれた。弁護団は、この事件の本質と性格を述べ、争点を明らかにした。

 弁護団は、民商の誕生から今日までの歴史に触れ、その運動の理念を述べた。そして、民商活動の原点は、自主記帳・自主計算・自主申告であり、それにもとづいて運動を展開していることを主張した。

 だから民商活動は、税理士、商工会や農協や漁協のようにすべて請け負って申告する(臨時税理士制度)という立場とは、その理念を異にしている。自主記帳・自主計算・自主申告をすすめることで、日本の税制についてまで理解を深めてゆくことをめざしている。

 弁護団の主張・論理は道理にあっており、これから法廷外での運動の広がりを強めることによって、裁判闘争を有利に展開できることを確信させる第2回公判であった。

 小原、須増さんのふたりは、傍聴席の奥さんや母親とアイコンタクトをとっていた。心の底ではどれだけ声をかけかっただろうか、ということが思いやられる。しかし、ふたりの表情はゆるみ、瞳は光って無言の言葉を交わしていたのが印象的である。



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 1947年生まれの68歳で、
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 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
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