‘14年夢日記 「寺の鐘」

2014(H26)年6月8日(日) 曇り

   タイトル 「寺の鐘」

 午前6時に目覚まし時計のチャイムが鳴る。布団をけって、私は起き上がる。こういう習慣になって、かれこれ数年が経つ。それから2階のトイレへ上がってゆく。

 1階にもトイレがあるのだが、便座の保温やシャワーの温水のスイッチを切ってある。節約のためである。1階は来客がある時にのみスイッチを入れる。

 2階に上がると、寺の鐘が聴こえてくる。わが家の裏の峠にその寺はある。6時から鐘を打つ。低く太い、おごそかな鐘の音が朝を告げる。一日も欠かすことはない。

 一日の始まりを報せるものである。今日もまた、おだやかな一日の始まりだ。66歳の、変化にとぼしい暮らし。が、それが何にもまして、かけがえのない倖せの日々である。

 海があり、山がある田舎暮らしはおだやかに過ぎてゆく。おそらくこの村は終(つい)の棲家となる故郷(ふるさと)だろう。それでいい、何の不足もない、と私は思う。

 けれど、都落ちという想いがないわけではない。高校を卒業すると、中都市の市役所に勤めるようになった。その市役所を数年で辞め、いくつかの仕事についた。

 その間(かん)、いくつもの恋をして、いくつもの別れがあった。スナックのママとも恋をした。彼女は深夜にアパートへやってきた。ところが私はこわかった。

 結婚という言葉が浮かんだ。しかし、結婚はとても考えられなかった。彼女の求めに対して、私は烈しく忌避した。彼女は私を残してアパートを出て行った。玄関のドアの音が高く鳴って響いた。

 保母さんとも恋をした。彼女はクッションをつくってくれたり、弁当を用意してくれたりした。心づくしの品々を贈ってくれた。彼女の想いが負担になることもあった。

 朝、ジョギングでアパートを出ていると、彼女がやってきて、ドアのノブに手づくり弁当をぶらさげて帰っていた。ピアノの上手な素敵な保母さんだった。

 が、その街に飽き、仕事と恋に疲れ、私はその街から逃げ出すようにして、故郷に帰ってきた。つまり、それは青春の挫折だった。心の病にもかかって、死のうとしたこともあった。

 高校を卒業して、逃げるようにふるさとを脱出したのに、その街からもまた逃げ帰ったのである。街に飽き、疲れて帰ってくると、わが村は温かく迎えてくれた。

 ふるさとは、都会で挫折した人間のいやしの場所だった。心の病もしだいに快方に向かった。新たな仕事も捜して、懸命に働いた。そのおかげで、貧しくとも今の年金生活がある。

 ふるさとの寺の鐘は、今日も静かに鳴っている。



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 1947年生まれの70歳で、
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