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‘14年夢日記 「『ETV特集』を観る」

2014(H26)年6月5日(木) 雨

   タイトル 「『ETV特集』を観る」

 NHK、ETV特集「学ぶことの意味を探して」という番組を観た。胸に迫りくるものがあり、いつのまにか、テレビに身体を乗り出して観ていた。

 ふたりの主人公、峯永昭子(まさこ)さんと宮城正吉さんの人生について考える時、その人生はじつに重く、胸を焦がさずに観ることができなかった。

 東京の神田一橋中学校に、通信制教育課程があり、そこの生徒が峯永さんであり、宮城さんだ。そのふたりが、この3月に中学校の卒業を果たしたのである。

 ふたりはともに72歳である。ふたりは諸事情によって、義務教育を受けることができず、中学校の教育課程を終えていなかった。これは、ふたりの人生と「学ぶことの意味」を探ってゆく良質な番組である。

 峯永さんは、昭和29年12歳のとき、蕎麦屋へ奉公に出された。働きながら中学校へ通学させてもらっていたが、奉公という身でその両立は叶わなかった。

 彼女は働きづめの人生だった。23歳のとき結婚し、子どもも授かった。が、中学校で学ぶということは諦めて、生きてきた。そして、通信制教育課程に出遭って入学したのである。

 いっぽう宮城さんは、8人兄弟の5男で、12歳のとき奉公に出され、中学校への道は閉ざされた。彼の人生は苛酷で、よく今まで生き抜いてきたと思えるほどである。

 奉公先ではよく叱られ叩かれた。彼は4年後に奉公先を飛び出し、それ以来30以上の仕事に就いたという。塗装工、タイル工などさまざまな仕事であった。

 中学校を出ていないということで卑屈になり、酒に溺れるということも少なくなかった。そして彼もまた、通信制教育課程に出遭い、入学したのである。

 ふたりの中学校生活は、新しいことの発見と出会いの連続である。方程式が苦手という峯永さんが、それを解いたときの喜びが、画面を通じて伝わってくる。

 宮城さんが、理科の授業で顕微鏡を覗き込む姿は、まさに中学生である。顕微鏡に映し出される木の葉の真の姿に感動する場面は、学ぶことの喜びが伝わってくる。

 英語の授業で、マララさんの言葉を訳す場面も印象的である。マララさんは、パキスタン北部で女の子が教育を受ける機会を奪われたことに対して、異議を唱えた少女である。

 ふたりは、英語教師とともに彼女の言葉を、辞書を引きながら訳す。「私が欲しいすべてのことは教育です」。教育を受ける権利を訴え続けてきた少女の言葉である。

 この言葉は、ふたりにも通じる言葉であった。峯永さんは、「学校に行くと青春になっちゃう」、「学ぶと目の前が開けてくる」と学校生活に目を輝かせる。

 宮城さんは、「今がいちばん幸せ」といい、「学校へ行くと楽しい」と、笑顔で答える。妻は、「学校に行って変わりましたよ」、「優しくなり、丸くなった」と語っていた。

 ふたりは、高校の通信教育課程の受験に合格し、晴れ晴れとした顔が喜びで溢れていた。峯永さんは、「挑戦しないとつまんないじゃない」と学習への意欲をみせている。

 この番組は、今日の学校教育「愛国心」と「競争主義」をおしつけることへの、アンチテーゼでもある。学ぶ喜び、新しい発見の驚き、世界が広がるという「教育の原点」を問うもので、すぐれた内容であった。



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