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‘14年夢日記 「『残った松笠』を読む」

2014(H26)年6月4日(水) 曇りのち雨

   タイトル 「『残った松笠』を読む」

 「残った松笠」は、右遠俊郎の短編小説だ。これは、「民主文学」5月号で、評論家の小林昭が「人間を描く、ということ」と題して、触れているものである。

 これは、右遠俊郎の「告別の秋」の続編ともいえるものだ。いずれも朝日茂を主人公にして、「人間裁判」に踏み込む前の、序章という位置づけができるだろう。

 小林昭は、このふたつの作品について、こう語っている。「この小説は、事柄を背景にして、事件ではなく人間を描いている」

 「ほんとうの敵を見抜いていた朝日茂の心の葛藤とたたかいを描いて、当時の国の非情な政治のありかたと対峙する仮借のない批評になっている」

 この小説は、人はどう生きるのか、人が『にもかかわらず、あえて』なぜ選んだのかを描いている。小説が、人間を描くということは、こういうことだろうと私は思う。

 「残った松笠」とはいったいなんだろう。「残った松笠」とは、おそらく主人公の朝日茂自身に違いない。右遠俊郎は、その松笠を次のように描いている。

 「あ」
 とつぜん彼は、唇の形だけで、声にならぬ叫びをあげる。仰臥したままぼんやりと眺める窓を、黒い糸のようなものが流れたのだ。それは上から下へ垂直に走って、一瞬に消える。

 この黒い糸のようなものとは、松笠である。松笠が落ちる情景を、このように象徴的に表現する右遠の腕は冴えている。この小説の核ともいえる松笠を鋭く描写している。

 「松笠じゃ」と彼は声に出して言ってみた。
 「昨夜は風が烈しゅう吹いたけん」
 彼は優しい気持に浸されながら、松笠の形や色、感触、手の平の上の頼りない重さなどを思い出してみる。

 が、松笠はだれからも相手にされず、一人で黙って落ちてゆく。だれからも相手にされないでひっそりと死んでゆく重症患者のように。

 実際、もっとも信頼し、慕っていた僚友でもあり、患者自治会や細胞でともにたたかってきた、榊が死んだのだ。それを聴いた朝日茂の描写は、息詰まるような、リアリティーに満ちている。

 朝日茂は、厚生大臣に生活保護患者の不服申し立てをしていた。日用品費600円以内ということだが、重症患者の場合、それではやってゆけない、1000円に増額してくれるようにというものであった。

 月400円(内訳、果物甘味料200円、卵十ケ110円、バター四分の一ポンド90円)を日用品費の追加として支給してくれ、というものである。

 それが、却下されたのである。患者自治会の同志、吉行も先月末、医療券を打ち切られて退所していた。また、兄のように慕ってきた榊も死んだ。朝日茂は「残った松笠」である。

 榊が死んで茫然としていた朝日茂であったが、(厚生大臣が何と言おうと、月600円では生きてゆけんのじゃ。それは真実じゃ)その真実を、彼は重症になって初めて、身にしみて知ったのである。

 榊や吉行がいなくても、彼のまわりには多くの生活保護患者たちがいた。吉行が去ったあとの患者自治会にも、新しい活動家が生まれつつあった。坂田がいた。広子もいた。そして、共産党王山細胞の同志がいた。

 朝日茂は孤独ではなかった。孤独ではありえなかった。朝日茂は、生活保護行政訴訟に踏み切ろうとする心持ちを、自身の胸の内側と対峙して問いかけるのだった。決して、「孤独な、残った松笠」ではない。

 この作品は、朝日茂を描きながら、右遠俊郎自身を描いている。朝日茂に自身を投影させ、その中で自身を生き切っているのである。ゆえに、カミソリのように鋭く、濃密な短編小説として屹立している。



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