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‘14年夢日記 「『告別の秋』を読む」

2014(H26)年5月27日(火) 晴れ時々曇り

     タイトル 「『告別の秋』を読む」

 これは右遠俊郎の短編小説である。小林昭が、「人間を描く、ということ」と題して、「民主文学」5月号で取り上げた作品だ。

 「人間を描く」、ひとつの典型として紹介されている。そこで私も改めて読み返してみたが、小林昭のお薦めの通り、優れた作品である。

 これは、かつて「人間裁判」とよばれた朝日訴訟を題材にしている。その訴訟へ踏み込んでいく、朝日茂という人間を描いている。

 この中で、私は三つの点に心を惹かれた。ひとつは右遠俊郎の文章・文体である。二つは、登場人物たちの形象化だ。三つは、国・行政機関の非人間的な行為に対する告発である。

 まず、文章・文体であるが、緊張感のある濃密な文で綴られている。一点のゆるみもなく、息詰まるような文体で読者に迫ってくる。

 この作品の中で、「ン?」と疑問を感じさせるようなところは、まったくなかった。紋切り型の言葉、手垢のついた言葉などの乱用は皆無である。

 それは、一流の作家なので、当然といえば当然であるが、文章・文体もこの作品の魅力である。繰り返しの言葉の処理、文末の処理もきちんとなされている。

 が、文章・文体の問題は、ひとり作品の中で独立して論じられるものではない。それは、作品の内容と深く関わっているということである。

 作品の内容が、文章・文体を規定しているともいえるし、また、文章・文体が内容を決定づけているともいえる。それは、相互に弁証法的に関連しあっている。

 二つには、登場人物たちの形象化である。この作品の中で名前をもって登場する人物は、四人いる。その四人の存在感は、読者の心を捉えてはなさない。

 まず、朝日茂、そして、奥村紅人、木谷広子、原知子の四人である。この四人の人物形象が優れていて、「人間を描く」ということに成功している。

 物語の中で、一人ひとりが紙人形のように薄っぺらでなく、血と肉をもった立体的な人間として描かれている。とりわけ、朝日茂の人物形象は、読むものの心を、作品世界へといざなう。

 三つは、国・行政機関の結核患者に対する、非人間的な扱いへの告発である。まさに、憲法でいうところの「健康で文化的な最低限度の生活」を営む権利を、ことごとく踏みにじるさまを浮き彫りにしている。

 まず、「付添制度廃止」、重症患者を個室から枕頭部屋(四人部屋)へと移行させる処置である。重症患者を相部屋にすることによって、さらに症状は悪化し、患者は次々に死んでゆく。

 そして、朝日茂への兄からの1500円の送金が、彼のところに残るのではなく、そっくりそのまま、厚生省に納められるという事態が起こる。

 このような、国・行政機関のあり方は、私の怒りを抑えることができない。その非人間性、だから、朝日訴訟が「人間裁判」といわれる所以である。

 このように、私は三つの角度からこの作品をみてきたが、まごうことなき佳編だ。二度、三度と読むに値する作品だろう。私にとって、心の底にいつまでも残る短編小説である。



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 1947年生まれの68歳で、
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