‘14年夢日記 「走る人生」

2014(H26)年5月20日(火) 曇りのち雨

     タイトル 「走る人生」

 倉敷革新懇の記念講演会に参加した。ウルトラマラソンの女王、貝畑和子さんの話が聞けるとあって、わくわくしながら出かけた。彼女は1953年生まれの60歳で、倉敷市在住の主婦である。

 「走り続ける人生から見つけたもの」と題して話されたのだが、感動を超えて驚きの連続だった。彼女の講演で、私はみっつのことに心を打たれた。ひとつは、ウルトラマラソンにまつわる話だった。ふたつには、日常生活の在りようである。みっつには、自身を含めた家族の病気などとたたかいながら、走り続けてきたことである。

 彼女は、大阪国際女子マラソンに18回連続出場という記録をもっているが、ウルトラマラソンとは、42.195km以上の50kmとか100kmの距離を走ることをいう。

 ウルトラマラソンでは、何といってもシベリア大陸の横断に成功したということである。距離はなんと、10417kmだそうだ。が、私にはぴんとこないので、マラソンの42kmで換算すると、実に248回ということになる。それを217日間で走破したというのだから驚くべきことだ。一日平均48kmである。

 シベリア大陸横断は、2004年2月から10月にかけて挑戦した。マイナス35度という日々が続いたかと思うと、夏になると一変、38度という苛酷な気象条件の中を走りぬけたのである。

 また、視覚障がい者と日本列島を縦断をしたこともある。全盲の宮本武さんと宗谷岬から佐田岬まで駆けぬけたのである。全長3300km、一日50~60km、63日間の旅であった。そして、北米大陸横断レースに出場して女子の部で優勝を果たしている。4961km、一日約70kmを走り、砂漠では10日間、57度という酷暑の中を走りぬけたのである。

 このように、彼女は超人的な走りを続けてきているが、私は日々の生活のほうにも興味をもった。彼女は、朝9時頃から午後5時まで、毎日走り続けているというのである。実に毎日7、8時間走るというのだから驚異的である。

 私は毎日、3、4kmウオーキングをしているが、ともすれば、サボる口実を見つけて休むことも少なくない。それを、一日7、8時間、毎日走るというのだから、俄かには信じがたいほどである。

 みっつめには、家族と自身の闘病を乗り越えて、走り続けているということである。彼女は小学校から高校まで、腎臓が悪くてほとんど運動はできなかったそうだ。学校でも体育の授業は見学のみという状態だった。また、大腸ガンを患ったが、もう一度走りたいという執念で、それを見事に克服したのである。

 家族は、次男が白血病に罹り、3年間の治療のかいもなく、6歳の時に黄泉の国に旅立ったという。また、長男は、脳性小児麻痺に罹り学校に行っても、歩けない、喋れないということだったが、養護学校ではなく一般の小学校に入学したそうだ。

 この家族には、困難が次々と起こるのだが、それを一つひとつ克服してゆく力が漲っているように思える。長男は、今ダイビングを始めているらしく、この家庭には、マイナスをプラスに転化する不思議なものが存在するように思えてならない。不幸と思えるものが、舌を巻いて逃げ出すのである。

 が、それは不思議でも何でもなく、彼女の走る人生が、次々に襲ってくる困難を克服しているのだろう。次男が逝って、一年くらいは精神的に落ち込んでいたのだが、それがきっかけで、30歳の時から走り始めたのである。初めて走った距離は、200mだったという。彼女は語っている。「大変な道こそ、面白い」というのである。

 私は彼女の話を聴いて、どれだけ励まされたことだろうか。人間というのは、限りない可能性を持っているということである。人間は闇の中でも「光を放って」、周りの人々に勇気と希望を与えることができる存在だということを学ぶことができた。素晴らしい講演だった。



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