‘14年夢日記 「『向田邦子の小説』を読む」

2014(H26)年5月19日(月) 晴れ

     タイトル 「『向田邦子の小説』を読む」

 向田邦子の小説を初めて読んだけれど、実にいい。今まで彼女の作品は、エッセーを少し読んだくらいのものだった。「父の詫び状」というエッセーが良かったので、全集の中の小説集を図書館で借りてきた。

 全集には、4巻の小説集があって、今回読んだのは「小説三」である。明日にでも次の巻を読みたいという思いでいっぱいだ。「小説三」には、9編の短編が収載されているが、それをいちいち論ずるわけにはいかない。

 したがって、彼女の小説を読んでの概論を述べてみたいと思う。まず、そのひとつは、人間の形象がリアルであるということだ。ふたつには、作品の中ですべてを語らず、余韻を残して読者の想像力にゆだねるという作風である。みっつは、男と女の心の機微をうまく掬いとっていることだ。

 まず、人間の形象化であるが、登場人物が生きている。物語の中で生き生きと活写されているのだ。私たち素人が書くと、紙人形のような平板な人間しか造形できないのだが、彼女の場合は違う。

 三次元、つまり、人間が立体的なのである。丸太の木材から、ノミやナタで彫り出したような人間が、物語の中で動くのである。だから、読後感はその人間をいつまでも忘れることができない。

 これだけ存在感のある人間像を生み出すということは、並大抵のことではない。素人が書くと、薄っぺらな人間になってしまうのだ。彼女の描く人物は、言葉によって描写されているのだが、それがまさに彫像のように、浮き彫りにされている。

 ふたつには、余韻を残すということである。だいたい、文学を志す人たちは、読者にはもう分かっていることなのに、すべてを語ろうとするのである。語るだけならまだいい。ところが、すべて説明してしまうのだ。

 余韻を残す、ということはずいぶん難しい。というのは、書き込み不足ということと、隣り合わせだからである。書き込み不足になると、読者には何のことを書いているのか分からない。余韻を残す、というのは諸刃の剣である。

 みっつは、男と女の心の在りようと、動作の描き方が実にうまい。それは、男と女の心の機微を過不足なく描出してゆく腕は、冴えている。また、心の機微だけでなく、男と女のちょっとした仕草や動作の描き方も、ちゃんと心得ている。

 だから、男と女の物語を読んでも、読者はハッと発見させられることがよくある。ここまで、男と女の心、男と女の仕草・動作を描くことができれば、読者の心を掴んで放すことはないだろう。

 全集の小説集は、1から4巻まであるので、それをまた図書館で借りて読むことにしたい。そして、彼女の小説作法を学びとりたいと思っている。

 が、彼女と私のそれは根本的に違っているので、そううまくはいかないだろう。だから、掬いとることのできるものだけを、自身の内に吸収できればいいと思っている。



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