‘14年夢日記 「『せつなげな手』を読む」

2014(H26)年5月17日(土) 晴れのち曇り

     タイトル 「『せつなげな手』を読む」

 この作品は、第11回民主文学新人賞受賞作である。作者は、竹内七奈で1974年生まれ、今年40歳になる。今まで、様々な文学賞に応募してきたようで、その努力が実ったということであろう。

 私は、この作品を三つの角度から見てゆきたいと思っている。ひとつは、主人公「私」の心の在りようをさぐってみたい。ふたつは、「私」の仕事についてである。みっつは、桜木拓真との関わりだ。このみっつに迫ることができれば、この作品の全体に切り込むことができるだろう。

 この主人公の「私」は、とても魅力的な人物として形象化されている。むろん、こういう人物に共感が持てない人がいるかも知れないが、私はこういう危うく心が繊細な人間に心が惹かれる。「私」は、未熟児で生まれ、摂食障害があったため、周囲から差別されてきたが、それでも一生懸命生きている。

 彼女は二十歳のとき、死のうとして失敗したことがある。薬を大量に飲んだのだ。一時は昏睡状態となったが、一命を取り留めた。その後、日常生活もままならないほど程衰弱し、外に出ることすら出来なかったのである。そして、精神病院へいったが、効果はほとんどなかった。

 「私」は、人間関係に揉まれず、生身の人間を避ける日々が続いた。元々口下手だったのが更に進行してしまうという事態が起こった。停滞する「私」を尻目に、進んでゆく一方の世の中は、「私」を必要としていないような気がするのである。

 このような彼女は、人間や社会の現象に対する様々なことに対して、鋭利な感覚でとらえ、それがとても新鮮である。この社会の功利主義的な現象について、しなやかな心で見つめるところなどは、彼女の人間性の魅力となっている。

 「私」は、都内の郵便局に非常勤職員として働いている。郵便局で小包等の処理をする部署だが、単に小包を扱うといっても、なかなか複雑な仕事の内容である。決して単純でない仕事の内容を描写して、私は新しい発見をさせられた。

 彼女は、郵便局の民営化後の利益至上主義について、何かが歪んでいるように感じている。たとえば、年賀状の販売のノルマは、局員は一万枚、非常勤職員は千五百枚さばかなければならない。それができなければ、上司に呼ばれて事情聴取される。

 そこで、ノルマをこなすために、売れない人は自分で買い取り、金券ショップに売ったりしている。そして、暑中見舞、「ふるさと小包」なども同じようなことがやられ、これによって、従業員を追い込んでゆくというやり方などに、疑問を持っている。

 さて、最後になるが、桜木拓真のことである。拓真は、タレントであった。タレントといっても、拓真は口数が少なく、進んで前に出るタイプではなく、全てに於いてタレントとはかけ離れているような存在だった。そういう彼に「私」は好感を持っていた。

 その彼が、「私」と同じ郵便局で働いていることが判明した。しかし、拓真は最早タレントとしての面影すらない、しぼんだ風船のように弱っていた。そして、彼は言った。「事務所は俺を、飼い殺しにしているだけです。だから、こんなふうにバイトしないと、やってゆけないんです」

 そして、拓真が自宅マンションで死亡していたという新聞記事を見た。死因は蜘蛛膜下出血ということだった。「私」が好感を持っていた拓真が死んだ。「私」は、今一度彼の痕跡を辿ることで、生を省み、これからの糧を得たいと思うのである。

 まだまだ、書き足りないことはいっぱいあるが、紙幅が尽きてしまった。拓真はタレントとして、華やかな世界に身を置いていたように見えるけれど、しかし、彼はどこか違っていた。握手会で手を合わせた時も、郵便局で彼の手に触れた時も、なぜか「せつなげな手」をしていたのである。

 この作品は、主人公の「私」の人物形象が優れており、それが作品の奥行きを深くしている。「私」は「砂の器」のように、ちょっとした風や波によって、崩れてしまいそうな人物だけれど、だからこそ、人間や社会を見る眼は透き通っていて鋭い。

 「私」は内部に鬱屈したものを持ちながらも、人間や社会に対して、つながろうとする心をもっており、それが「こわごわ触れた拓真のせつなげな手」であった。実は「私」も「せつなげな手」なのである。青い果実として登場した竹内七奈が、紅く実ることを願ってやまない。



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