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‘14年夢日記 「『探偵倶楽部』を読む」

2014(H26)年5月4日(日) 晴れのち曇り

     タイトル 「『探偵倶楽部』を読む」

 「探偵倶楽部」は、東野圭吾の推理小説で、1990年の作というのだから、24年も前の作品である。私は図書館に行って、肩の凝らない気軽に読めるものをと探していたら、この本にぶつかったというわけだ。

 私は、推理小説というのは得意でなく、いくらも読んではいない。松本清張、宮部みゆき、東野圭吾などの作品を多少読んでいるに過ぎない。その中に私の琴線に触れてくるものもなくはなかったが、トリックものは苦手である。

 松本清張の「天城越え」、「砂の器」、「張り込み」、「鬼畜」、宮部みゆきの「火車」などは印象深い作品として、心に残っている。私はどちらかというと、推理小説といえども社会性を持った作品に惹かれる。「砂の器」や「火車」などは、私の胸を打つ優れた推理小説である。

 東野圭吾の作風も以前と比べたら、ずいぶん変わっていて、今は社会性のある作品も書いているらしいが、私はまだいくらも読んではいない。この「探偵倶楽部」は24年も前のものだから、トリックに重きをおいて書かれている。

 「探偵倶楽部」には、「偽装の夜」、「罠の中」、「依頼人の娘」、「探偵の使い方」、「薔薇とナイフ」が収録されている。私は作品の良し悪しというよりも、気軽に愉しませてもらったという心持ちがしている。そして、小説作風、文章作風について学ばされたという思いが強いのである。

 「チェーホフの銃」というのがあるが、これは「壁に掛けられた銃は、必ず発砲されなければならない」ということである。これは、言ってみれば伏線ということだろうと思うけれど、伏線を張っておきながら、それが結末までに明かされないとすれば、それは伏線でも何でもなく無意味なだけである。

 この「チェーホフの銃」を生かしているのが、「偽装の夜」である。この中で、殺された藤次郎の前歯、「差し歯」が物語の前半部分で出てくるが、それを結末部分で再度描いている。

 つまり、結末の文章は「決定的な証拠は、高明の車のトランクから発見された、藤次郎の差し歯だった」となっており、「チェーホフの銃」に従った描き方をしているのである。

 だから、逆にいえば、物語の中で登場した、登場させた人物や小道具は、必ず処理されなければならないのである。まだ、書きなれてない人の小説を読むと、登場させた人物や小道具が、物語の途中で消えるということがよくある。つまり、正しく処理されず、決着がつけられていないのである。これでは、読者の期待を裏切ることになる。

 そして、私が「探偵物語」を読んで感じたのは、しっかりした物語の構築がなされていることである。推理小説の作者は、物語を書き出す前に十分構成し、構築し、設計してから書いてゆくということだ。それを痛感させられた読書であった。

 純文学を目指している私たちも、このような推理作家の創作方法から学ぶことが、強く求められているように思う。私たちはそうした創作方法がまだまだ生かされていないのである。推理小説から、物語を構築してゆく方法を大いに学ぶべきだ。



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