スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

‘14年夢日記 「『校庭に東風吹いて』を読む」

2014(H26)年5月2日(金) 晴れ

     タイトル 「『校庭に東風吹いて』を読む」

 この本の著者は、日本民主主義文学会会員の柴垣文子である。今までに、「おんな先生」と「星につなぐ道」を著している。「星につなぐ道」は、感銘深い本で、私の心に深く刻まれている。「校庭に東風吹いて」もまた、印象深い本で、いい仕事を残したと言える本である。

 この本の結末部分を引用して話を進めようと思う。「その日は土曜日だった。午後、知世は学級園を見にいった。柿の木の傍に梨の木があり、その向こうにぶどう棚がある。傍に二人の子どものうしろ姿が見えた」

 「ショートカットの赤い縮れ毛、背中までたらした黒い髪、和久夏海と蔵田ミチルだ。二人は少し離れて立っている。知世はゆっくりと梨の木の方へ歩いた。『ナッちゃん、ナッちゃん』 突然、女の子の声がした。知世は息をのんで立ちすくんだ」

 声を出したのはミチルである。ミチルは場面緘黙症(ばめんかんもくしょう)で、学校ではなぜか声が出せない。そのことについて、養護教諭の静香は「失語症の原因は、ほとんどが病気だと思います。が、場面緘黙症の場合は、話すことができるのに話せない。多くの場合、家では話せます」と知世に説明した。

 そのミチルのいる三年生のクラスを知世は担任することになった。この本のテーマは、障がいをかかえたミチルが、主人公、知世の「教育の力」でどう変わってゆくかを追いながら、「教育とは何か」について迫ってゆくところにある。

 つまり、知世の三年生のクラスに、そのステージにミチルを登場させることで、「教育とは何か」「教育の力とは何か」を考えようとしているのである。したがって、ミチルの成長・変化もさることながら、知世が試されている。そして学校が試されているのである。

 学校の中には、成果主義というのがあって、ミチルの存在をうとましく感じている雰囲気がある。また、父兄のなかにも、ミチルに手をかけすぎるという声があって、知世に対して非難めいた言動もある。

 そういう中にあって、知世はミチルの成長・変化を信じて、温かく見守ってゆくと同時に、ミチルの両親や生徒たちに辛抱強く働きかけてゆくのである。この小説の見どころは、知世の「教育観」が実に弱者に寄り添っているところである。

 現代の教育は、成果主義、成績主義、競争主義を推し進めている。たとえば、不登校の生徒の多い少ないを競わせたり、テストの点数を競わせたりしているのである。そういう観点から教育をすすめてゆけば、ミチルのような生徒は、うとましいということになる。

 だが、知世はそういう学校教育の逆流の中にあって、ミチルへの温かい援助はもちろん、子どもたち、両親や父兄、教職員の心の中に知世の考えを理解してもらうために努力するのである。それが、周りの人々に深く浸透してゆくことになる。

 そして、ついにミチルは、
 「ナッちゃん、ナッちゃん」
 と、声を挙げるのである。

 ここにこそ、教育の原点がある。それを、柴垣文子は見事に描き出したのであり、すぐれた長編小説となっている。



スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

FC2USER634322BTA

Author:FC2USER634322BTA
FC2ブログへようこそ!

 1947年生まれの68歳で、
「新日本歌人協会」の会員です。
 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

♪♪♪リンクは、ご自由に!

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。