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‘14年夢日記 「『文章術の千本ノック』を読む(1)」

2014(H26)年4月24日(木) 晴れ

  タイトル 「『文章術の千本ノック』を読む(1)」

 「文章術の千本ノック」の著者は、林望である。文章の上達のために、文章作法の本など読んだってしようがない、とよくいわれる。私もそう思う。そんな本をいくら読んだって、畳の上で水泳の練習をしているようなものだ、という指摘もある。

 そんなことは百も承知で、私は文章作法の本を見つけると、手にとってみたくなるのである。もう十指に余るほど、このたぐいの本に眼を通してきたような気がする。それが果たして自身の文章によい影響を与えているかどうか、それは分からない。

 文章の上達のためには、「よく読むことと地道にコツコツと書いてゆくこと」、と言われているが、その通りだと納得したうえで、文章作法の本にも手を出してみたくなる。この本も気軽に手にしたものだが、私にとって、とても刺激的な内容の本だった。そこで少しくそれに触れてみたいと思う。

 まず、著者は「お金と文章はけちなほどいい」と述べている。いろいろなことを書きたいという気持は分かるが、あれも書きたい、これも書きたいと思ってやっていると、結局何を言いたいんだか分からない文章になってしまう。とにかく文字はけちって、できるだけ最小限に書く。あとにもさきにもそれが最大の要諦だ、と結論づけている。

 文章を書くときの最大の要点は何か、それはほんとに単純なことなんだけれども、客観性ということだと述べている。文章は、その文章がどのようなものであれ、客観的な「批判」というプロセスを通過したものでないと、他人が読むには耐えないということです、と説いている。

 いい文章を書こうと思えば、世間一般の通俗な人と同じように眺めていたのでは、どうしたって良い文章は書けません。人が見ないようなところまでよく観察し、発見するという心がけがないと、人が読んでくれるような文章は書けっこありません、と観察の大切さに触れている。

 文章全体の構造として、結論を先に言ってしまうか、それとも結論は謎のまま持ち越して、最後にあっと驚く結論を導いて読者を喜ばせるか、そういう二つの行き方がある。作者はそのどちらを選んでゆくか、よく吟味しなければならない。

 文体として、敬体で書くか常体で書くかということが大きな問題です。敬体というのはいわゆる「です・ます調」といわれているもので、常体というのは「だ・である調」と言われているものです。これはどっちでもいいようなものだけれど、文章の原則は常体だということです。敬体は、本来からいうと例外的な行き方です。

 書き出しと締めくくりというのは、いつも対応していて、書き出しで読者の心をとらえて、締めくくりで納得させる。この二つは、どうしても最大の努力を払って、きちんと書かなければいけません。

 繰り返し強調しておきたいのは、適切な語彙を総動員して、しっかりした描写ができたときには、読者は自動的に「おいしそうだな」「ああ、かわいいな」「あっ、すてきだな」というように思ってくれるので、作者が概念を押し付ける必要はなくなります。

 品格のある文章というのは、中止法、体言止め、そして、流行語とか紋切り型の言い方、いわゆる手垢のついた表現の安易な使用、これらを極力避けるようにしなければならない、と述べている。

 著者は最後に、文章にユーモアをとりいれるということと、悪口は書くな、ということを述べて、「文章術の千本ノック」を終えている。この本の魅力は、実際に添削した文章を載せている実践的な文章作法で、それを次回の夢日記で取り上げようと思っている。



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