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‘14年夢日記 「花めぐり」

2014(H26)年4月9日(水) 晴れ

     タイトル 「花めぐり」

 桜の樹の下には屍体が埋まっている!
 これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか。俺はあの美しさが信じられないので、この二三日不安だった。しかしいま、やっとわかるときが来た。桜の樹の下には屍体が埋まっている。これは信じていいことだ。

 これは、梶井基次郎の「桜の樹の下には」という短編小説の冒頭部分である。たしかに、彼のいうように桜のあまりの美しさに説明がつかないような、そんな心持ちは分かるような気がする。

 そこで、彼は美と醜を対置させることによって、自身の心のバランスを保とうとしたように思われる。まさに、桜は屍体の化身ではなかろうか。そう考えることで、初めて自分の心を納得させることができる。しかし、「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」という想像力に感嘆する。

 私はそんな彼の言葉を心に留めて「花めぐり」をした。私の住む町にも近隣の町にも桜の名所はいくつもある。まず、私の町の「三郎島」というひと昔前まで島だった標高60~70メートルという山に登った。

 ここには、山の南側、つまり瀬戸内海に面した方の斜面に、一面桜が咲き乱れていた。坂道の急な登山道を登ると遊歩道が東西に走っている。西へ行っても東へ行っても、桜の淡紅色に山は染まって、思わず眼を細めてしまうほどである。

 この「三郎島」の桜はなんといっても、山の頂上から眺めることである。山頂には展望台があり、そこから眺める桜と瀬戸内海の美しさには圧倒される。梶井基次郎なら、どんな表現をするだろうか。

 瀬戸内海の沖合いには、春霞に包まれた島々が浮かんでいる。青い海には大小の船が、白い波の尾を引いて行き交っている。「春の海 ひねもすのたり のたりかな」の風情である。空を見上げると、青い空に画布を切り裂いたような、飛行機雲が鮮烈に伸びてゆく。

 三郎島を下りて、私はとなり町の「明王院」という寺に向かった。明王院は、伝教大師最澄が入唐の際、立ち寄って開いた天台宗の寺である。ここの寺は四季折々に私が足を運ぶ寺で、それぞれに趣のある雰囲気をかもし出してくれる。

 ここの桜は、三郎島の桜とはずいぶん趣が違っている。本堂がありいくつかの棟の建物が連なり、庫裏がある。その前の境内は庭園のようになっており、四季折々の木々が来訪者を迎えてくれる。本堂から読経が流れたりすると、心が清められるような気がするから不思議である。

 私は多宝塔のある丘に登り、境内を彩る桜を眺めたが、ここでは桜に圧倒されるという心の動きではなく、いかにも心がしっとりと癒される感じである。桜の配置が自然で、寺全体のなかにそれが溶け込んでいるのである。

 桜の美しさを押し付けるのではなく、人の心をやさしく包み込むような趣なのである。それでいて、その桜の美しさは説明がつかないような不思議さなのである。思わず「桜の樹の下には屍体が埋まっている!」と呟いてしまう。



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 1947年生まれの68歳で、
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 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
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