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‘14年夢日記 「小説を書き始める」

2014(H26)年4月4日(金) 曇り時々雨

     タイトル 「小説を書き始める」

 やっと、という感じである。やっと、「小説を書き始める」心持ちになってきた。やっと、手をつけ始めたばかりである。1年ぶりだ。昨年の2月に12編の掌編小説を書き、3月に5編書いて以来である。

 が、小説といっても、ショート・ショート、つまり掌編小説である。400字詰め原稿用紙で、5枚から10枚くらいのものを、しばらく書いてゆきたいと思っている。ほんとうは30枚前後の短編を書きたいところだが、そこまで心が踏み出せないでいる。

 ブログを開設して、文章を書くということも、いずれそれを創作につなげてゆくという思いがあった。文章を書いてゆくうちに、小説づくりへの「創作意欲」も湧いてくるだろう、という思いである。

 それが一応、実を結んだような格好になった。これからは、「一日一句の俳句に対して、一日一枚原稿用紙を埋める」ということをめざしたいと思う。しかし、だからといって、1年に365枚の小説が書けるかというと、決してそうではない。

 「一日一枚」というのは、たしかに、原稿用紙は「一日一枚」埋めてゆくけれども、それは決して完成稿というわけではない。いってみれば、草稿ともいうべきものである。だから、正しくは「一日一枚、小説の草稿を書いてゆく」ということになる。

 「一日一枚の草稿を書く」ということは、小説を書くことをめざす人にとって、とても大切なことである。それは、想像力を豊かにしてゆくうえで、「一日一枚」は大きな意味をもっている。「一日一句」の俳句が俳人の感性を磨くように、「一日一枚」は創作の想像力を磨くのである。

 作家が小説を志す人々に必ずいう言葉がある。それは、「毎日原稿用紙の前に座って、毎日書け」ということである。それは、小説は虚構の世界を構築してゆくので、想像力が決定的に重要だ、だからその練磨のためだ、おそらくそういう意味だろうと思う。

 私は「一日一枚の草稿を書く」ことをめざすことにしたが、まだ掌編小説にしばらく留まるだろうと思う。5枚から10枚の作品である。それを、このブログにも発表してゆくつもりである。近いうちにそれは叶えられると思う。

 しかし、私はあくまでも、30枚以上の短編をめざしている。しかし、今はまだなぜか書けないでいる。だから、しばらく掌編小説を書いてゆくなかで、短編につながってゆくことを願っている。

 掌編小説は、詩でも書くつもりで、気持ちを楽にして書いてゆこうと思っている。「気楽に詩でも書くつもりで」というと、たぶん詩人たちの怒りを買い、「詩はそんなに甘いものではない」と反論されるに違いない。しかし、私は詩を決して軽くみているわけではないが、そんな心持ちなのである。

 やっと、小説の世界へと踏み出せる。それは約1年待ちつづけてきたことである。「一日一枚の草稿」を書くこと、それをめざして、新しい出発を開始しよう。



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