スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

‘14年夢日記 「里海 SATOUMI」

2014(H26)年3月29日(土) 曇りのち雨

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 「原発ゼロ」官邸前行動2年 
 「川内」再稼動はダメ

     タイトル 「里海 SATOUMI」

 NHKスペシャル「里海 SATOUMI 瀬戸内海」という番組を観た。瀬戸内海というのに惹かれて、テレビのスイッチを久し振りに入れたのだが、いろんな発見をさせてくれる内容であった。里山というのは、聞き慣れていたが、里海というのはめずらしい言葉である。

 里山というのは、住民が森や畑、田圃と共生する地域のことである。里山もずいぶん衰弱してきているが、それを再生する試みもなされており、それが一定成功している地域もある。

 里山の森には、ひとつは災害を防ぐ役目がある。高い木々が台風などをやわらげてくれたり、木々が根を張る大地は、スポンジのように水を蓄え、土砂崩れや洪水を防いでくれたりする。

 また、森は空気を浄化する役目ももっている。植物は光合成によって、二酸化炭素を吸って酸素を供給する。これらの役割を再認識して、森や畑、田圃とともに暮らすことが里山とともに生きることである。

 里海というのは、里山の沿岸海域版ともいえるものである。私が子どもの頃は、まさに瀬戸内海は里海であった。水質もきれいで豊富な魚介類が生息しており、沿岸住民は海を慈しみ、海と共生してきたのである。

 漁師たちは海の恵みによって、生かされ生活してきた。私たち子どもも学校から帰ると、いち早く海に入り、魚やシャコ、カニ、エビ、タイラギ、モガイなどを獲って、夕食の食卓を彩らせた。漁師たちや子どもも海とともに生きてきたのである。

 ところが1970年代になり、コンビナートの建設などによって工場廃液が垂れ流され、そして経済の発展にともない、洗剤などの有害な生活排水が海へと流入していったのである。そのために、瀬戸内海は「死の海」と化しつつあった。

 そして、赤潮の発生によって、魚の養殖やノリの養殖などに甚大な被害をもたらした。もちろん、魚介類も激減していったのである。まさに、瀬戸内海は「瀕死の海」と言われるようになった。船から降りる漁師たちも少なからず出た。

 その「瀕死の海」を甦らしたのが、カキの養殖や漁師たちの地道な努力であった。カキの養殖や海草のアマモを育てることによって、水質が浄化されていったのである。カキが赤潮の原因となるプランクトンを食べ、透明度が増した海域では光合成がすすみ、アマモが酸素を供給する役目を果たした。

 そこには、さまざまな魚が集まり、漁場が復活しつつある。里海をSATOUMIと表現するのは、海外で日本の経験が広がりつつあるということである。アメリカやインドネシアでも、日本の里海の経験から学び、新しい試みがされている。

 海は自然のままにまかせておけばいい、という「常識」があったが、そうではなくて、海とともに生きる人々のたゆまぬ努力が、里海を甦らせたのである。



スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

FC2USER634322BTA

Author:FC2USER634322BTA
FC2ブログへようこそ!

 1947年生まれの68歳で、
「新日本歌人協会」の会員です。
 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

♪♪♪リンクは、ご自由に!

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。