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‘14年夢日記 「人間とは」

2014(H26)年3月22日(土) 晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 ストップ消費税増税 現場からの告発 
 千葉・松戸市で「会」結成 飲食店・書店組合も共同

     タイトル 「人間とは」

 約50年前のことである。高校2年か、3年の頃だったが、その時代、「人間とは何か、人間らしく生きるとは」ということで、ずいぶん悩んだことを憶えている。その頃の生き方、暮らしぶりの情景も鮮明に甦ってくる。

 私にとって、高校時代というのは、文芸復興・人間復興という、ルネッサンスの時代であった。それまで、幼・小・中といろんな悩みに囚われて生きてきた。ルネッサンスは、神中心の中世文化から人間中心の近代文化への端緒をなした、といわれている。

 私もまた、いろんな悩み、呪縛に囚われていたが、「人間とは、人間らしく生きるとは」を考える中で、ある高校教師に出会った。そして、自身の生き方と社会変革の事業を、結びつけて生きることへの示唆を受けて、新しい歩みを開始したのである。

 その時代は、私の飛躍の時代であった。それまでの呪縛から解き放たれて、自由に飛翔する翼を自らのものにしたように思う。が、「人間とは、人間らしく生きるとは」、という命題が解決されたわけではなかった。

 その命題は決して解決されるわけではなく、老境にさしかかった今も、その問題は私の追求すべき課題である。高校時代から今日まで私はそれを、文学を通して考えてきたように思う。

 私は「詩作から小説へ」と文学のジャンルは変わったけれど、いずれも人間について、人間の在りようについて考えるということについては、いささかも変わっていない。人間について考えてゆくという営為は、広く深い世界に足を踏み入れてゆくことである。

 小説は、人間を描くことである。私がめざしているのは、「時代と社会と人間」ということだ。時代の中における人間の在りようを追求してゆきたい、と願ってきたしこれからもそうである。

 したがって、時代は不変ではなく、絶えず動いてゆくものであるから、人間をその中で捉えようとすると、決して追求する課題が枯渇するということはない。

 「文学あるいは人間を追求する生き方をしたい。そのために自分の一生を棒に振っても悔いはない」、という作家がいたが、彼はこの世にいい仕事を残して永遠の人になった。

 高校時代に「人間とは」という哲学的な自問をして、やがて50年である。もちろん、その自問から離れて、目の前の生活と仕事に忙殺されてきたこともあったが、しかし私の心の奥からその火種が消えることはなかった。

 これから時代は、ますます激動の時代に入ってゆく予感がする。そういう中で、人間はどのように生きるのか、その人間の在りようから眼を離すことができない。人間への興味は尽きることがないのである。「人間とは」は、永遠の命題である。



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 1947年生まれの68歳で、
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