スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

‘14年夢日記 「小説のある暮らし」

2014(H26)年3月16日(日) 晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 ストップ消費税増税 現場からの告発
 大型店開店と二重の打撃
     タイトル 「小説のある暮らし」

 私の友人に俳人がいる。その彼は次のように言っている。「合歓の会では、一日一句を提唱している。実行できている人は皆無に近い。一日一句が習慣になれば、感性が磨かれ、ときには十句できたりもするだろう」

 五、七、五という十七文字の短詩型文学であっても、毎日一句詠むということは、相当難しいということだ。

 私たち創作を志している人たちは、どうだろうか。私たちも一日一句に対して、一日一枚を提唱したいと思う。それは私自身が、仕事に就いていたときに、書いておけばよかった、という痛切な思いに駆られているからである。しかし、書くという営為は、なぜこうも難しいのだろうか。

 「わからないものを、書くからこそ、創作というのであり、作家は書くという実行で、考えにしっかりした形をあたえる」。――小林秀雄はこのように語っている。

「詩人の作詩法に、詩が書けないときは、何時間でも壁を見つめる」。――ある詩人の言葉である。

「今でも原稿用紙の一行目は怖い。書くことは苦しい。うれしいのは、ほんの一瞬」。――こう語るのは、竹西寛子である。

 このように、プロの方たちでさえ、書くことの苦しさを語っている。私などの素人はなおさらである。書こうと思い立つと、「寝ても覚めても」そのことを思いつづけるのだが、一向にイメージが浮かび上がってこないことがある。苦しい時間を刻むことになる。

 「小説は現実にあった事だけ書くのでなく、表現することだ。それは突然分かるものではない。小説は芸術で創造物だ。それを書くには沢山読むことだ。辛いのになぜ書くのか。仲間が得られるから書くのだ。努力すれば必ず目指す所に行ける」。――ある作家の言葉である。

 「地味な活動だが、コツコツ勉強しないと文章はうまくならない」。――これは、ある同人誌の主宰者の言葉である。

 おそらく創作という営為は、登山にもたとえられるような気がしてならない。文学という芸術の山は、高く険しい。いい加減な準備でその山に登ろうとすると、無慈悲に拒絶される。が、三合目、五合目、胸突き八丁の難所を越えれば、頂が待っている。頂に立ったときの爽快感、達成感、そのために、私たちは辛いのに、書くという営為がやめられない。

 俳句の一日一句に対して、散文の一日一枚をめざしたい。そして「小説のある暮らし」をしてゆきたい、と願っている。



スポンサーサイト

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

FC2USER634322BTA

Author:FC2USER634322BTA
FC2ブログへようこそ!

 1947年生まれの68歳で、
「新日本歌人協会」の会員です。
 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

♪♪♪リンクは、ご自由に!

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。