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‘14年夢日記 「追悼 右遠俊郎」

2014(H26)年2月17日(月) 曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 大雪 暮らし寸断 関東甲信 
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     タイトル 「追悼 右遠俊郎」

 「民主文学」3月号に、右遠俊郎の追悼特集が組まれている。追悼文を寄せた作家や評論家の文章は、それぞれに豊饒な内容のものであるが、とりわけ私には作家の草川八重子の「文学の地平」という文章が心に残った。

 私の最近の問題意識とも合致している内容だったので、眼に留まったのであろう。少し長くなるけれど、その部分を引用させていただくことにしたい。それで、いくらかでも右遠俊郎に追悼の意を捧げたいと思うものである。

 ――私が最初に右遠俊郎という名を目にしたのは、1967年10月号の「民主文学」だった。「告別の秋」をひっさげての登場である。それまでに同人誌に作品を書かれ、芥川賞候補になられたこともあった等、私はまだ何も知らなかった。

 ――作品を読んだ時の、脳天から竹刀で打ちおろされたような衝撃と感動は、今も鮮明である。目の前にあった壁のような空間が、音立てて後退し地平線まで見える気がした。作品の舞台は、朝日茂の狭い個室の中なのに、私は広い水平に連れ出されたのだ。

 ――岩面に彫りこんだような力のある文体、硬質で的確な美しい日本語、胸苦しくなるまでのリアリズム。そして緊迫した状況で発せられる、なにやらのびやかな岡山言葉。それらが織られ、形づくられて立ち上がる。

 ――これこそ文学だ、と私は感じた。道場で構えた、一分の隙もない剣士の姿が思い浮かび、私はこの人を「文学の師」と仰ごうと、即座に一方的に決めたのだった。

 長くなってしまったが、以上が草川八重子の追悼文の書き出しである。芸術作品、文学作品、作家との出遭いは、さまざまであるだろうが、このような出遭いも決して稀ではない。否、むしろ芸術作品との出遭いは、こうしたものだろう。

 「衝撃と感動」、これこそが優れた芸術作品に触れたときの想いである。そこには言葉はいらない。「なぜ感動したの?」、「どこが良かったの?」、このような問いかけは、あまりにも愚問という他ない。いちいち説明することができないほどに、「衝撃と感動」を受けたのである。

 とにかく黙っていてくれ、ひとりにさせといてくれ、という痛切な想いである。恋人とふたりでその芸術作品を観たのであれば、恋人と別れてひとりで電車に乗って帰りたい心境なのである。草川八重子はそのような「衝撃と感動」を右遠作品から感じとったのだ。

 私は彼からそこまでの衝撃を受けることはなかったけれど、「民主文学」の作家のなかでも、異才を放っていたように思う。彼の作品のなかには、「哲学」があったし、「独自の眼」を持っていたし、「彼自身の魂」が込められていた。

 彼は岡山の出身でもあったし、何かと「まがね文学会」に対して、厳しさと温かさで見守ってくれていた。私の作品に対しても、辛辣な批評でありながら、心のこもった励ましの言葉を贈ってくれたのだった。

 彼の死は残念でならない。が、彼は多くの果実を残して逝った。それは私への宿題でもある。彼の残した果実から、私はまだまだ多くのことを学びとらなければならない、と誓っているところである。



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 1947年生まれの68歳で、
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