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‘14年夢日記 「盲目のランナー」

2014(H26)年2月14日(金) 曇りのち雪

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 立憲主義を否定する集団的自衛権への暴走は許されない 
 志位委員長が首相を批判 「海外で戦争する国」への暴走

     タイトル 「盲目のランナー」

 2月9日(日)、「50センチの温もり――ブラインドランナー 道下美里」という、テレビのドキュメンタリー番組を観賞した。とてもいい内容で、観る者の胸を熱くするものだった。私ははからずも、瞳から溢れるものを抑えることができなかった。

 深夜1・05分からの放映だったが、寒いダイニングルームを暖め、眠いのをこらえてテレビ画面に向かった。放映時間は30分の短い番組だったが、視聴者を充分に惹きつけるだけの、内容の濃いものだった。

 美里さんは、現在37歳である。小学校4年の頃から左目に異常が現れるようになった。この目の病気は、後天的に進行してゆくもので、3万人に1人が罹るといわれている。非常に稀な目の病気である。

 歳を経るにしたがって、病状は悪化してゆき、20代でほとんど視力を失うという悲劇に襲われることになった。明るい場所では、視界が真っ白になって何も認識できないという。したがって、部屋の中の明かりは、薄暗くして家事などをこなしている。

 調理の場面が、映し出されていたけれど、薄暗くしておくと僅かにものの形・輪郭が分かるという。番組では、ニンジンを調理していたが、上手にさばいていた。しかし、それはほとんど手探りと同じようなものだが、経験がそれを為さしめているのだろう。

 美里さんは、目が悪くなって、人から傷つくような言葉を投げかけたりして、厭になったこともあった。そして、自分は人に迷惑をかけるだけだと、自分の存在を否定したくなったこともあるそうだ。

 その頃、家族で営む書店が倒産したのだった。姉は祖父が起こした書店を、畳まなければならない悔しさのために涙を流していた。その悔しさはひとり姉のものではなく、両親、美里さんも同じ気持ちだったに違いない。

 そんな美里さんを救ったのが、ランニングである。はじめは、ダイエットが目的であったが、しかしすぐに走る喜びを知るようになる。そしてまもなく、障害者陸上の日本記録を更新し、フルマラソンへの挑戦も始めるようになる。

 障害者のランニングは、ひとりで走るというわけにはいかず、必ず伴走者がいる。そして、伴走者と美里さんを結ぶロープが必要なのである。この番組の題名になっている、「50センチの温もり」というのは、ここからきている。他の走者と交錯したりすることのないように、ロープの長さは50センチ以内と決められている。

 彼女がフルマラソン、42.195キロを走るのに3時間余りで走るのだから驚異的である。その日本記録も更新することができた。このように活躍する美里さんは、今では自分ひとりだけの喜びのために走っているのではない。

 伴走者の考え方を変えたり、周りの障害者ランナーを励ましたり、助言をしたりしている。また、現在では、さまざまなところから招待されて、講演活動などに精を出している。

 美里さんの笑顔はすばらしい。人間の可能性が無限であることを知らしめる。彼女の生き方・走りに大きな勇気をもらい、「人間はここまで輝けるものか!」と、「盲目のランナー」に大いに励まされている。



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 1947年生まれの68歳で、
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