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夢日記 「人はパンのみにて生くる者に非ず」

2013(H25)年12月18日(水) 雨

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 「戦争する国」へ大転換 安保戦略など閣議決定 
 海兵隊能力を新設 敵基地攻撃能力に道

     タイトル 「人はパンのみにて生くる者に非ず」

 「鬼藤千春短編小説集」の最終校正を終えた。あとは印刷所が訂正してきたのを、最終チェックして校了である。それでいよいよ印刷の運びとなる。が、年内に完成するかどうか微妙のところだ。別に私は急がないので、年が明けてからでも一向に構わない。

 が、かなりの経費をかけてなぜ自費出版をするのだろうか。それだけあれば、ヨーロッパ旅行だって3、4回はゆうにいけるだろう。あるいは、フランス料理のフルコースだって、数十回はゆうに通えるだろう。日々の暮らしでは、1円でも安い店舗を探して眼の色を変えるというのに、なぜ自分の本を上梓することにこだわるのだろうか。

 それは、そもそも小説をなぜ書くのか、というところからひもといてゆかなければならないだろう。そもそも、小説を書いて、「世のため、人にためになるのか」ということへの疑問が横たわっている。が、その疑問に答えることは容易ではない。きわめて難しい問題である、といわなければならないだろう。

 右遠俊郎の妻はこのように語ったと伝えられている。――「小説家よりも教師のほうが世の中の役に立つ」――民主主義文学作家のなかでも、きわめて優れた資質と才能と実績をもつ右遠俊郎の妻にしてこうである。この言葉は、真理を言い当てているように思うし、ちょっと違うな、という思いも抱かざるを得ない。

 が、ひとつの角度からみれば、それは当たっているし、真理でもある。だが、その言葉は右遠俊郎の資質と才能と実績を、妻が認めているという証左でもあるに違いない。ヘタな素人作家には、決してこのような言葉を吐かなかっただろう。

 だから、その言葉は私たち素人作家には、痛く胸がうずくのである。「ヘタな小説を書くよりは、秘密保護法のチラシを一枚でも撒いたほうが世の中の役に立つ」ということもいえるのだ。が、そうとばかり言えないのも、またひとつの真理なのである。「ヘタな素人作家には、ヘタな素人作家なりの役割を持っている」から、これまた不思議なものである。

 報道写真家の石川文洋は、「先に亡くなった私と同年の友人は、『お金にならないことを一生懸命やるのは最大の贅沢』といっていました。私もそう思っています」――石川文洋と私たちを一緒にすることは、そもそも間違いだけれど、が、「素人作家が小説を書くということは、その最大の贅沢」をしていることになるように思う。

 先に挙げたように、自費出版すれば、かなりの経費がかかる。ヨーロッパ旅行もできるし、フランス料理店にも足しげく通える。しかし、自費出版する人間はそれ以上の贅沢を、その営為のなかに見い出しているのである。それが、人間の不思議さというものであろう。

 秘密保護法のチラシもまくし、ヘタな小説も書く、そういう方向で生きていったらいいと思うし、自費出版は「お墓」をつくるようなものでもある。自費出版しても、これが「世のため人のため」になるとも思えない。お墓の建立も同じようなことが言える。お墓は一面から見れば虚栄の象徴でもあるのだ。

 自費出版もお墓づくりも、その人の心の在りようを形にして残すということである。お墓づくりもそうだが、自費出版のそこに虚栄がないとは決していえない。それもまた人間の在りようだ。「人はパンのみにて生くる者に非ず」である。人間の「最大の贅沢」をしてみたい、ということの証でもあるだろう。それが人間だ!

 ちなみに、私が所属する日本民主主義文学会は、「文学の創造を通じて、文学と芸術の民主的発展に寄与することをめざして」いる。私はこの言葉をよりどころにして書いているし、文学運動に携わっている。その事業の発展に、わずかでも貢献することが私の仕事である。



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 1947年生まれの68歳で、
「新日本歌人協会」の会員です。
 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

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