エッセー【花を手向けて】

suisen15.jpg



2018年2月5日(月)晴れ時々曇り

 ご訪問いただき誠に有り難うございます。

  ちちははの
   眠る奥津城
   雨にぬれ
   花を手向けて
   山道くだる


♪ この短歌は「新日本歌人」という歌誌に掲載されたわたしの歌です。

 父は戦前3度徴兵され, 戦地に赴(おもむ)いています。今年は明治維新から150年ということで、各地で催しも計画され、お祝いのムードもあるようです。

 しかし、150年のうち負の遺産も少なからずあります。他国への侵略という歴史を、決して忘れてはならないと思います。また国内においても、平和と民主主義がないがしろにされてきた歴史もあります。

 父はそういう歴史の、負の遺産の時代に青春時代を送ってきたのです。それは自ずと我が家の暮らしをも過酷にしてきたように思います。我が家の戦前戦後は、厳しい貧窮を余儀なくされてきたのです。

 父は木造大工でしたが、戦後30年代になって、鉄筋コンクリートの建築物が多くなり、型枠の大工に転身することになります。型枠の大工というのは、鋳型(いがた)と同じように、コンクリートの枠をつくることです。

 わたしも父の仕事を手伝ったことがありますが、設計書を見ながらその枠を造るのは、それなりの知識と経験が求められます。父は岡山県の著名な建物の仕事に、棟梁として携わってきたようです。

 母は一時期、助教をしていたようですが、大半は農業、内職をして家計を助けていたようです。父も母も働きづめの一生を送ってきたように思います。その姿はわたしの人生にも少なからずよき影響を与えています。

 その父と母のお墓は、菩提寺の墓苑のなかにあります。わたしは折に触れて、ちちははのお墓を訪ねてゆきます。お墓に手を合わせれば、生前のちちははの姿が鮮やかに甦(よみがえ)ってきます。

 ちちははの生涯はいったい幸せだったのだろうか、という思いが不意に湧いてくることがありますが、4人の子どもを育て孫やひ孫へと命を繋(つな)いできたのですから、それは意味ある生涯だったということができるのではないでしょうか。



 よろしければポチっとお願いします。


スポンサーサイト
リンク
プロフィール

FC2USER634322BTA

Author:FC2USER634322BTA
FC2ブログへようこそ!

 「人生七十古来稀なり」の古希です。
 日々の暮らし・想いを自由に 綴って
 ゆきたいと思います。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

♪♪♪リンクは、ご自由に!

最新記事
カテゴリ
月別アーカイブ
カウンター