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エッセー【父 の 人 生】

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2018年1月4日(木)曇り時々晴れ

 ご訪問いただき誠に有り難うございます。


 父は1904(明治37)年に隣町で生まれ、1996(平成8)年に、92歳で亡くなりました。今は菩提寺の墓地に安らかに眠っています。生前に自分で建立した大きな墓の中です。

 父の青壮年期は戦争のただなかにあって、過酷な人生を送っています。父は21歳から41歳までの20年間に3度徴兵され、兵役についています。

 最初に徴兵されたのは21歳の時です。1925(大正14)年に、野砲兵として韓国の連隊に入営しています。それから2年間韓国で兵役に就いています。韓国併合の時代です。

 2度目は1938(昭和13)年、34歳の時中国へ派遣されています。1937年には、盧溝橋(ろこうきょう)事件を契機として、日本の全面的な中国への侵略戦争が始まりました。それに父は派遣されたのです。

 3度目は終戦の年、1945(昭和20)年5月、41歳の時です。福岡の連隊に入営し終戦までそこで兵役についていました。

 このように父は20年間に3度徴兵され、都合5年間兵役に就いていました。父からは戦争のことは殆んど聞いていないので、どんな状況だったのか知る由もありませんが、書物や映像によって想像することはできます。

 父の軍歴が分かったのは、わたしが県庁に問い合わせをして、資料を送ってもらったからです。その資料のコピーには、父の厳格な署名、捺印がくっきりと刻まれていました。几帳面な父の面影が偲ばれます。

 我が家は戦前、戦後きびしい貧窮のなかの暮らしを余儀なくされますが、父のこの軍歴をみれば納得がゆきます。やはり戦争は決してあってはならないとつくづく思います。憲法を守って、平和な日本、世界をと願わずにはおれません。

 父は菩提寺の墓地に眠っていますが、わたしは花を手向け、父の過酷な人生に想いを馳せています。どうか「安らかに眠って下さい」と、手を合わせるのです。



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 「人生七十古来稀なり」の古希です。
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 名前は「千春」ですが、男性です。

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