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自分史(少年時代【7】)

2017年12月12日(火)晴れ

 ♪ご訪問いただき誠に有り難うございます。


 わたしの町は東学区と西学区とがあり、東小学校、西小学校というふうに分かれていた。わたしは東小学校に通っていた。

 東学区は漁師の町で、3つの漁港を持ち漁業に携わる人々が、たくさんいた。東学区の方が活気に満ち、荒くれの人も多かった。

 町長選挙になると、いつも東学区と西学区に分かれてたたかわれた。この選挙は町を二分しての烈しいものだった。子どもも自ずと自分の属する学区の候補を、応援していた。

 このように、日頃から東学区と西学区は対抗心があり、あまり仲がよくなかった。それが下地としてあったのだろうか、わたしが6年生のとき大事件が起きた。

 東小学校の生徒5、6人が、西小学校に乗り込んで、殴り込みをかけたのである。西小学校に、「生意気な奴がいる」というただそれだけのことだった。

 西小学校に行って、その「生意気な奴」を、階段周辺で袋叩きにして帰ってきたのだった。わたしもその仲間に加わっていた。どんないきさつでわたしが加わったのか、いまも思い出すことはできない。

 その事件は大変な騒ぎとなった。先生にはひどく叱られ、竹の物差しで烈しく叩かれた。

 また、わたしの母が学校にきて、教室のみんながいる前で、引き倒され烈しくなぐられた。わたしの母は、子どもが悪いことをすると、見境がなくなるのだった。

 そうしてこの事件は一件落着したが、東学区と西学区のにらみ合いは、大人の世界でもずっとあとまで続くのだった。町長選挙はのちのちまで、町を二分した烈しいたたかいが繰り広げられた。

 この暴力事件はわたしの人生でも最初で最後のものだった。それからは、人を傷つけなぐるということはまったくなかった。それは母の必死な思いが、わたしの胸に刻まれることになったためだろう。



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 「人生七十古来稀なり」の古希です。
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 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

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