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エッセー

2017年11月21日(火)晴れ

 文系人間


 わたしは文系人間だろうか、あるいは理系人間だろうか。わたしは理系に属する建築を学び、仕事も建築の設計や現場監督に携わってきた。また、最後の仕事は石材関係の営業で、石材や墓石の設計・現場管理をしてきた。そういう意味では、理系人間であると言えるかも知れない。
 が、わたしは高校時代に文芸部に出会って、それ以来50年間、文芸に親しんできた。とくに、小説、エッセー、詩、短歌といった創作活動にいそしんできた。もちろん、そうした創作活動をしようと思えば、読書というものは欠かせない。したがって、文芸書の読書も決して少なくはない。
 そうした歩みが、現在のわたしという人間を、有らしめているのである。その歩みをわたしは決して後悔はしていない。むしろ、その生き方を肯定しているといわなければならない。晩年の生き方も、それを引き継ぎ進化、発展させたいと願っている。
 ところが、政府、文科省は、大学の設置に関して、文系の縮小を考えているらしい。文系は社会に役立たないということだろうか。たしかに、文系は社会に直接に、ただちに役立たないかも知れない。
 人間とは何か、人間らしい生き方とは、人間はいかに生き死すべきか、というような学びは、ただちに社会に活かされることではないかも知れない。が、今こそまさに、この哲学的な問いを学ぶ必要性が生まれているように、思わずにはいられない。
 人類史的、歴史的にこの社会を俯瞰するとき、資本主義社会の弊害が顕著になっている。そのひとつは、原発の稼働が人間の存在と共存できるかという問題がある。そして、地球温暖化の問題は、決して腕をこまぬいて看過できない問題である。
 こういう問題は、理系に属することであるかも知れないが、文系の人間にとっても、決して見逃すことのできない問題なのである。人間とは何か、と哲学的に考察する人間にとって、未来社会はいかにあるべきか、と考える文系の人間もまた、貴重な存在なのである。
 政府、文科省のいう役立つ人間とは、資本主義社会を肯定し、それに奉仕する人間群ではないのだろうか。産業、ビジネス、軍事などの社会的要請に答える人間を、社会に役立つ人間と言っているように思えてしかたがない。わたしは文系人間として、哲学的に、文学的に、人間的に生きてゆきたいと思っている。



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