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短歌「千代紙の折り鶴」


2019年9月1日(日)

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光ふる
八月六日
千代紙の
折り鶴ひとつ
慰霊碑に添ゆ


光ふる八月六日千代紙の折り鶴ひとつ慰霊碑に添ゆ

これはある新聞に掲載された短歌です。八月六日というのは、いうまでもなくヒロシマに原爆が投下された日です。今年のヒロシマは光がふっていませんでしたが、あの日を思い描いて詠んだものです。

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短歌「高齢化を生きる」


2019年8月31日(土)

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高齢化を生きる


鍛えんと赤きシャツ着てデパートをほつほつ歩く七十二歳

三十部の日曜版の配集金 伊藤千代子のこころざしを継ぐ

ようように自分のことができる妻同行二人で生きゆくふたり



たれが傍観者で、たれが変革者か、石川穆海にその言葉をそっくりそのまま、熨斗をつけてお返しします。

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短歌「手紙」


2019年8月30日(金)

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かの女(ひと)に
しばしば文(ふみ)を
出したれど
返事はなくて
嫁ぎてゆきぬ


かの女(ひと)にしばしば文(ふみ)を出したれど返事はなくて嫁ぎてゆきぬ

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短歌「叱ってくれる人」


2019年8月29日(木)

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一心に
叱りてくるる
ちちははは
逝きてしまえり
つくづく愛(かな)し


一心に叱りてくるるちちははは逝きてしまえりつくづく愛(かな)し

わたしを叱ってくれる人は、人生の中で何人もいました。学校であったり仕事場であったり、色々のところでありました。しかし最も心に残っているのは、やはり父ははです。そこには心からの愛情にもとづいたものです。しかしその父ははは、もう黄泉の国に旅立っていなくなっています。淋しく愛(かな)しいものがあります。

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短歌「父の出兵」


2019年8月28日(水)

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赤紙の
届きし父は
はろかなる
南の島へ
渡りてゆきぬ


赤紙の届きし父ははろかなる南の島へ渡りてゆきぬ

先の戦争で、父にはみたび赤紙が届き、それぞれに赴いていったようです。ようです、というのはわたしはまだ生まれていなかったので、詳しくは分かりません。ただ、県庁で父の軍歴を取り寄せてみると、三度招集されて出兵しています。ただ一枚の赤紙で、人の人生を狂わせるようなことが行われていたのです。

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短歌「ウォーキング」


2019年8月27日(火)

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華やげる
デパート歩いて
足腰を
鍛えんとする
老いを感じて


華やげるデパート歩いて足腰を鍛えんとする老いを感じて

わたしは近くのデパートに出かけてウォーキングをしています。この夏から始めたものです。猛暑の夏でも、デパートは冷房が効いており、快適に歩くことができます。もちろん屋内ですから、雨の日も欠かさず歩いてきました。注意を受ける、という声を聞くことがありますが、デパートの営業に差し障るようなことは、一切しておりませんし、注意を受けることもありません。ただ、ぶらぶらと歩くだけです。

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短歌「僧侶がくる」


2019年8月26日(月)

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苦しみを
救済するとう
ちちははよ
僧がきたりて
経を唱える


苦しみを救済するとうちちははよ僧がきたりて経を唱える

わたしの地方ではお盆を前にして、棚経というおつとめをしに、お寺が各檀家を回ってきます。各家の門近くに、棚をつくってお供えをして僧侶のくるのを待ちます。一説には、死者の苦しみを救済するためだと言われています。そのための棚経なのです。

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短歌「夕虹の町」


2019年8月25日(日)

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夕虹の
かかる遠くの
町へ越す
大事な食器を
ていねいに包み


夕虹のかかる遠くの町へ越す大事な食器をていねいに包み

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短歌「茶碗を割りて」


2019年8月24日(土)

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父親の
花に埋もるる
なきがらに
茶碗を割りて
別れを告ぐる


父親の花に埋もるるなきがらに茶碗を割りて別れを告ぐる

わたしの地方だけの風習でしょうか。死者を葬送するとき、茶碗を割って見送ります。それは、死者との最後の別れということのようです。死者が黄泉の国へと旅立ってゆくのでしょう。もう帰るところはない、彼岸で過ごすようにということのようです。

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短歌「花柄の食器」


2019年8月23日(金)

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花柄の
食器そろえて
新しい
君との暮らし
始まらんとす


花柄の食器そろえて新しい君との暮らし始まらんとす

これは遠い日の思い出です。彼女との新しい生活を始めるにあたって、花柄の食器をそろえたのです。まさに「君との暮らし始まらんとす」という、新しい生活に夢や希望を抱いています。

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短歌「紙ヒコーキ」


2019年8月22日(木)

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軍用機
飛び交う空に
平和への
思い込め紙
ヒコーキ飛ばす


軍用機飛び交う空に平和への思い込め紙ヒコーキ飛ばす

ここでいう空というのは、沖縄、岩国、横田などいろいろ想像されるでしょう。とくに特定して書いたわけではないのですが、軍用機の飛び交う空というより、子どもたちが紙ヒコーキをつくって空に飛ばすイメージで詠んだものです。どこの基地でも騒音が烈しく、その音に悩まされています。それよりも、紙ヒコーキを飛ばそうという思いからです。

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短歌「灰色の海と空」


2019年8月21日(水)

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灰色の
海と空とを
ひとすじの
水平線が
分かちて延びる


灰色の海と空とをひとすじの水平線が分かちて延びる

梅雨の海と空は灰色にけぶっています。したがって、それを分かつ水平線は、ぼやけて定かではありません。しかし、弧を描く水平線は、かすかに海と空を分かちて延びています。晴れたときの海と空も美しいものですが、寡黙な灰色の景色もまた、何か心に静かにうったえるものがあります。なぜか心をしずめるような趣があります。

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短歌「浮かぶ島々」


2019年8月20日(火)

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わだつみの
果てに浮かびて
島々は
黙(もだ)したままに
佇みている


わだつみの果てに浮かびて島々は黙(もだ)したままに佇みている

わたしの村の前は、瀬戸内海がゆったりと広がっています。この歌は梅雨のころのものですが、灰色の海に、島々がかすんで佇んでいるのを詠んだものです。島はもちろん何もいわず、黙したままです。そんな情景でもなぜかわたしの心を癒してくれるから不思議です。自然にはそんな力がひそんでいるのでしょう。

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短歌「ちちはははふる里」


2019年8月19日(月)

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ふる里は
懐かしかりき
山ありて
わだつみありて
ちちははがいる


ふる里は懐かしかりき山ありてわだつみありてちちははがいる

わたしの棲む村は、青い海と青い山があります。わたしは青春時代に、街に暮らしていました。その街から思い出すふる里は、懐かしいものでした。ふる里の象徴は、山であり海でしたが、それ以上に、ちちははの存在はとても大きいものでした。ふる里は、ちちははと言ってもいいでしょう。それは、ずいぶん懐かしいものです。

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短歌「紙ヒコーキ」


2019年8月18日(日)

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子どもらに
紙ヒコーキの
折り方を
教えてやりて
空に飛ばせり


子どもらに紙ヒコーキの折り方を教えてやりて空に飛ばせり

私たちの時代には、紙グライダーや紙ヒコーキを自分たちで作って、大空に飛ばしたものです。いまの子どもたちはどうなんでしょうか。紙ヒコーキを作ることができるのでしょうか。空に飛ばして遊んでいるのでしょうか。スマホやゲームに夢中のように思えます。あの時代はなつかしく、良き時代であったように思えてなりません。

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短歌「叱ってくれる人」


2019年8月17日(土)

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折々に
叱りてくれし
ちちははは
哀しからずや
逝きてしまえり


折々に叱りてくれしちちははは哀しからずや逝きてしまえり

わたしの人生の中で、叱ってくれる人というのは、幾人もいたのですが、やはり、ちちははの叱りというのは、特別のものがあります。とくに、そこには叱るという行為の中に、愛情というものが存在していました。その、ちちははも黄泉の国へと旅立ってゆき、淋しく、哀しい思いでいっぱいです。

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短歌「グラジオラス」


2019年8月16日(金)

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朱に染まる
グラジオラスは
雨にぬれ
鮮やかなりし
路傍に咲きて


朱に染まるグラジオラスは雨にぬれ鮮やかなりし路傍に咲きて

参院選挙が行われている頃、候補者カーから政策と名前の連呼が遠くから響いてきていました。わたしの支持する候補者のものでした。そんなとき、朱に染まるグラジオラスが目にとまりました。なぜか、その候補者の勝利の予感のようなものを感じたものです。

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短歌「くだもの」


2019年8月15日(木)

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わたくしは
もういつからか
果物を
食(は)むこともなく
暮らしています


わたくしはもういつからか果物を食(は)むこともなく暮らしています

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短歌「和紙つくり」


2019年8月14日(水)

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伝統の
和紙をつくりし
少女子(おとめご)の
凛と立ちたる
姿は清(すが)し


伝統の和紙をつくりし少女子(おとめご)の凛と立ちたる姿は清(すが)し

伝統の和紙をつくる後継者が不足しているそうです。日本の独自な伝統産業である和紙つくりは、しっかりと守られる必要があると思います。そんな中で、和紙つくりに挑戦する少女子の姿はとても印象的です。凛として、しなやかに、つよく、ひたすらに、真向かう姿は美しいものです。

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短歌「母子心中未遂事件」


2019年8月13日(火)

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母子心中
未遂事件を
語りたる
辰巳氏思わず
涙あふるる


母子心中未遂事件を語りたる辰巳氏思わず涙あふるる

あるところで、母子心中未遂事件がおこりました。その原因は、県営住宅の家賃滞納でした。たしか十数万円の滞納だったと思います。そのために、その住宅を出なければならないところまで、追い詰められていったのです。生活保護の申請にいきましたが、認められませんでした。そこで娘をいさめて、母親も死ぬるつもりだったのですが、母親は死ぬることができず、娘だけが亡くなったのです。痛ましい事件でした。

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短歌「折り鶴を添ゆ」


2019年8月12日(月)

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光ふる
八月六日
千代紙の
折鶴ひとつ
慰霊碑に添ゆ


光ふる八月六日千代紙の折鶴ひとつ慰霊碑に添ゆ

八月六日というのは、もちろん74年前にヒロシマに原爆が投下された日です。その惨禍というものは、筆舌に尽くし難いものがあります。いまなお、被爆に苦しむ人も多く、亡くなる人も少なくありません。どうしてもこの地球から、悪魔の兵器を廃絶させてゆくことが必要のように思います。

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短歌「パブロ・ピカソ」


2019年8月11日(日)

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父の日に
パブロ・ピカソの
「花束を
持つ手」を購(あがな)い
娘がきたる


父の日にパブロ・ピカソの「花束を持つ手」を購(あがな)い娘がきたる

わたしはピカソが好きです。それを娘は知っていたのでしょうか。父の日に「花束を持つ手」という小さな絵を持って訪ねてくれた。普通、ネクタイや男物の小物を買ってきてくれるのだが、今年はピカソの絵だった。わたしとしても、その贈り物の方を歓迎するところです

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短歌「一日一首をめざして」


2019年8月10日(土)

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ひたぶるに
一日一首の
詠み人と
ならんと欲す
幸(さきわ)いとして


ひたぶるに一日一首の詠み人とならんと欲す幸(さきわ)いとして

俳句の世界では、一日一句つくるというのをめざす会は多いと聞きます。しかし、それが出来ている人は決して多くはありません。それは短歌の世界でも同じことが言えると思います。一日一首もなかなか容易なことではありません。しかし、わたしは苦労しながら、一日一首を実行してきたように思います。これからもそれをめざしてゆきたいものです。

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短歌「老いに向かいて」


2019年8月9日(金)

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にちにちに
負けてならじと
しのびよる
老いに抗して
われ生きんとす


にちにちに負けてならじとしのびよる老いに抗してわれ生きんとす

古希を迎えてとたんに老いを感ずるようになってきました。膝は痛くなり、腰も曲げると痛むようになってきました。記憶力もなんともおぼつかなくなってきたのです。そこで生活習慣を規則正しくするように心がけています。ウォーキングも始めました。しのびよる老いには負けたくありません。にちにちが老いとのたたかいです。

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短歌「外食をする」


2019年8月8日(木)

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妻老いて
炊事ができなく
なりにけり
やむなく外食を
することにする


妻老いて炊事ができなくなりにけりやむなく外食をすることにする

妻は老いたといっても、まだ72歳ですから、老いる歳ではないのですが、身体のあちこちを骨折しており、その後遺症に苦しめられているのです。そのために、炊事が苦痛となりその仕事を軽減するために、わたしは外食にすることにしました。多少、家計にひびきますが、それよりも妻の炊事は限界を越えているので外食を選択したのです。

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短歌「ウォーキング」


2019年8月7日(水)

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リハビリと
思いてなしたる
ウォーキング
華やかなりし
デパートのフロア


リハビリと思いてなしたるウォーキング華やかなりしデパートのフロア

わたしは健康の増進のために、ウォーキングをしています。その場所は華やげるデパートの中です。それを思いついたのは、「徹子の部屋」のゲストの吉行和子がそれをやっていると、聞いたからです。デパートでのウォーキングは快適です。この猛暑でも冷房は効いていますし、汗も出ることがないので、格好の場所です。

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短歌「原爆の日」


2019年8月6日(火)

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原爆忌
雲ひとつなき
青空に
佐々木禎子の
像ひかりおり


原爆忌雲ひとつなき青空に佐々木禎子の像ひかりおり

佐々木禎子というのは、原爆に遭い病床で元気になることを祈って折り鶴を、亡くなるまでつくり続けました。その少女をモデルにして、原爆の子の像が広島平和公園に建立されています。その像は、真夏の日射しを受けて、光を返しています。この像には、たくさんの千羽鶴が全国から届けられています。

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短歌「折り鶴」


2019年8月5日(月)

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千代紙の
鶴をつくりて
進みくる
平和行進の
少女(おとめ)に託す


千代紙の鶴をつくりて進みくる平和行進の少女(おとめ)に託す

平和行進というのは、8月6日の原爆の日をめざして、広島まで行進するというものです。二度と原爆の惨禍を許さじと、わたしの町をゆくコースは東京からです。核兵器の廃絶をめざして炎天下のもと、東京から広島をめざすのです。東京から通し行進をする人も何人かいます。その人々に多くの折り鶴が託されるのです。

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短歌「夾竹桃」


2019年8月4日(日)

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薄紅の
夾竹桃の
咲く道を
登りてゆけば
ちちははの墓


薄紅の夾竹桃の咲く道を登りてゆけばちちははの墓

わたしの父母の墓は、菩提寺が開いた霊園の中にあります。わたしは石材店の営業をしていましたので、父と共同(父母の墓は生前墓)して、五輪塔と先祖墓を二基つくりました。山に囲まれた静かな霊園です。その墓を訪ねる道の辺に、夾竹桃が咲いています。その坂を登って墓参りをするのです。

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短歌「砂の器」

2019年8月3日(土)

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名声を
築き上げたる
ピアニスト
もろく崩れる
『砂の器』は


名声を築き上げたるピアニストもろく崩れる『砂の器』は

松本清張の「砂の器」という小説はもちろん優れた小説ですが、それに劣らず映画も素晴らしい作品です。わたしの好きな日本映画のなかでも、十本の指に入るような作品です。作品の背景にハンセン病が横たわっており、その偏見と差別に対する清張の視点がしっかりしています。それを歌にしてみましたが、いかがでしょうか。

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 住所は岡山県浅口市です。

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