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日記

2017年11月30日(木)曇り

 ♪ご訪問いただき誠に有り難うございます。


 わたしの短歌をご紹介します。

こと足りて心の晴れる休日に赤のシャツ着て映画を観にゆく

♪ 今日は朝いちばんに、病院に出かけた。ピロリ菌の検査結果が出るというので、今日来いと指示されていた。

 もともと胃液が逆流し、胸やけなども起こすので、胃や食道に異変が起こっているのではないかと、病院を訪ねたのだった。

 そして、「胃カメラで調べてみましょう」ということになって、カメラを呑んだのである。カメラを呑むといっても、鼻から挿入して検査するようになっている。

 胃カメラでは、胃も食道も異変は見られなかった。しかし、ピロリ菌の存在が明らかになり、除菌の薬を1週間処方されたのである。その後、ピロリ菌の検査にゆき、今日その結果が出たという次第である。

 ピロリ菌は、中高年の多くの人々がかかえている菌で、放置していると、十二指腸潰瘍や胃潰瘍、胃がんを引き起こす要因になるということである。

 検査結果はマイナス、つまり、ピロリ菌の除菌に成功したのである。見事にピロリ菌を退治することができた。この成功率は約80%だと言われている。

 あらかじめ、その成功率は医師にも聞き、ネットでも調べていたので、不安でいっぱいだった。実はひやひやものだったのである。ところが、医師から結果を告げられて、思わず「ヤッター」と声を上げるところだった。わたしは病院の廊下を清々しく、足取り軽く帰ってきた。



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エッセー

2017年11月29日(水)雨

 おとうと


 わたしの短歌をご紹介します。

弟はがんと真向いたたかいて生きてゆかんと手紙をくるる 

 「賢弟愚兄」という言葉があるが、まさにわたしと弟の関係を言い表しているように思えてならない。

♪ 弟はわたしと3つ違いの67歳である。成績は良かったけれど、大学にはゆかず大手建設会社に就職し、営業部長まで務めたことがある。

 わたしは何をしても弟に勝つということがなかった。学校の勉強はもちろん、野球をしても、相撲をしてもいつも打ち負かされていた。3つの齢の差なんてまったく関係なかった。また、いまブームを起こしている将棋をしても、わたしはいつも負けてばかりだった。

♪ 弟はいま北海道の札幌にいる。20代で北海道に転勤になって、それ以来である。したがって、彼に会うということは滅多にない。父や母が亡くなった時に帰郷したくらいで、彼に会ったのは数度くらいのものである。

 その弟が、肺がんになったという知らせを寄越したのは、夏も過ぎ少し秋めいた頃である。わたしの兄のところに、手紙が届いたのである。便箋2枚にびっしりその様子を書いてきた。

 弟の肺がんは随分すすんでおり、もう手術ができないという状態らしい。そこで手術を施さずに、抗がん剤投与などの治療をするということである。先日便りがあって、抗がん剤の副作用に苦しんでいるということだった。

 しかし、彼の手紙には、がんと真向かってたたかいぬく、という言葉が綴られていた。「賢弟愚兄」の兄弟であればこそ、なおさら彼には長生きをして欲しい、と愚兄のわたしは痛切に祈るばかりである。



日記

2017年11月28日(火)晴れ

 ♪ご訪問いただき誠に有り難うございます。


 わたしの短歌のご紹介をします。

「しんぶん」を待ちいる人がおる限り吾は出でゆく星明りの中

♪ わたしの住む町は、山と海の町である。晩秋の山々は黄色に染まり、やがて冬を迎える趣である。

 暦の上では、立冬から立春までを冬というが、一般的には、12月、1月、2月の3カ月が冬とされている。あと2日で師走を迎えるが、いよいよ冬の到来である。

 「海を抱く村」のわが町では、牡蠣(かき)の水揚げの最盛期である。わが町の風物詩である。牡蠣いかだと港を幾度となく、漁船がゆききしている。

 12月3日には、「海と魚の祭典」が予定されている。マグロの解体ショーや牡蠣の安売りも行われ、遠くの街から多くの人がやってくる。

 わが町はすでに冬の趣であるが、我が家にも冬がじわじわと近づいている。冬のために、妻の部屋に新しいエアコンを求めたり、電気ストーブを出したりと、慌ただしく冬の支度をしている。

♪ わたしはとりわけ冬が苦手なので、もう電気毛布を出して、寒さ対策をしている。灯油のボイラーも大活躍で、灯油の使用料がぐんぐん上がっている。

 何よりもわたしは健康で過ごしたいと思っている。



日記

2017年11月27日(月)晴れ

 ♪ご訪問いただき誠に有り難うございます。


 今日から、わたしの短歌を1首ずつご紹介してゆきたいと思う。

あけぐれに露地を曲がりて「しんぶん」を配りてゆけば潮の香のする

♪ 今日は「しんぶん」の配達があったので、午前5時に起床。通常はわたしの配達の日ではないのだが、友人が出張のため、代わりにわたしが配達をした。風邪気味で少し辛かったが、目覚まし時計が鳴ると、布団を蹴って跳ね起きた。

 よく晴れた日で、出かける時は西の空に星が輝き、少し経つと東の空が、茜色に染まってきた。「しんぶん」配達は辛いけれど、こういう風景に出合うと、心が癒される。

 わが街では来春、市議選挙がある。その選挙に、わたしの知人が立候補する予定だ。知人は、39歳の子育て中のシングルマザーである。彼女はいま、病院の健康事業部に勤務しているが、いったん休職して市議選に立つ予定だ。

 その市議選の手伝いとして、今日は政策ビラを配って歩いた。わたしは地元なので、小さな集落もよく分かる。その集落をすべて配り終えることができた。一軒いっけん、訪ねて約4キロ歩いた格好だ。

 足腰が少し痛くなったが、何よりも天気に恵まれて、とても気持よく配ることができた。こういう日を「小春日和」というのだろう。



日記

2017年11月26日(日)曇り

 ♪ご訪問頂き誠に有り難うございます。


新聞のコラムに、精神の健康のためには、教育・教養がとても大切であると、書かれていた。

教育とは、「今日、行くところがある」ということである。また、教養とは、「今日、用がある」ということだ。

ところが今日は、低い雲が垂れ込めて、ずいぶん鬱陶しい日だった。とても外出するような気分になれなかった。

しかし午後になって、思い切って車のガソリンを入れに出かけ、ついでに買い物をして帰ってきた。

つまり、教育・教養を果たしたわけである。そうすると、不思議なことに、憂うつな気分が、霧が晴れるように消え去った。

確かに、新聞のコラムの主張は、当たっていると思った次第である。

来春、大学生になる女高生の孫がやってきた。この孫がやってくると、我が家はいっぺんに明るくなる。

この孫は、勉強が嫌いらしいのだが、社交性があり、祖父母にもとても優しく、気配りのできる子である。

わたしは、「勉強、勉強の学生生活でなく、たくさんの友達をつくって、視野を広げるような行動をするといいよ!」といって、彼女に話したら、笑顔でうなずいていた。



日記

2017年11月25日(土)晴れ

 ご訪問いただき有り難うございます。


今日はとてもいい1日だった。少し肌寒かったが、陽射しもあり、いい天気で心も晴れやかだった。

「しんぶん」の未集金のところも、すべて終えることができた。とくに、午後9時にアポをとって、集金に行ったら「非常識だ!」と叱られたお宅が、前納で来年の6月まで支払ってくれた。わたしの心を温かくしてくれた。

実は痔疾できのう下血をしたのだが、今日は痛みもなく下血もなかった。思わず「ヤッター」と声をあげた。

頭髪が伸びすぎて、見苦しかったが、理容院にいってカットして貰い、さっぱりした。正月前にもう一度、カットしないといけないかも知れない。

町の電気屋さんの「感謝フェアー」に足を運び、ジャガイモの土産を貰った。我が家を新築したのは、ちょうど20年前である。その時に求めた洗濯機、冷蔵庫がそろそろ買い替えの時期を迎えている。

電気屋さんも「20年もよくもっているなあ!」と、驚いていた。わたしもそう思う。冷蔵庫が約18万、洗濯機が約10万と、おおよその見積りをして貰った。

もう少し、「頑張って働いてくれ!」というのは、わたしの思いだ。それまでいくらか蓄えたいと思う。

今日は充実した1日だったように思う。



日記

2017年11月24日(金)晴れ時々曇り
 
① わたしは「しんぶん」配達のボランティアをしている。今日がその日にあたる。もう一人のボランティアは、仕事を持ちときどき出張するので、そうなるとわたしは、月曜日、火曜日、金曜日を受け持つことになる。
 
それで、今朝は午前3時に目が覚めた。いつもは5時に起床しても配達に支障はないのだが、今日は何故か早く目覚めた。あまりに早いので、1時間ほど布団のなかにいて、4時に起きた。それから身支度をして、配達に出発した。まだ、今の季節はいいけれど、車のフロントガラスが凍ったりするようになると、配達は楽じゃない。

② また、月末の金曜日には、「しんぶん」の集金も担当している。この集金は厄介なもので、最初の訪問では約半分の家が留守なのである。そこで、いったん家に帰って、ひと休みしてまた出かける。しかし、留守のうちのまたその約半分が留守なのである。結局、3度、4度足を運んで、ようやく会えるということになる。

わたしにとって、月末の金曜日は「魔の金曜日」なのである。今日もまだ未集金のところが残ったし、明日また訪ねなければならない。午後9時に電話してアポをとって、家を訪ねると「非常識だ!」と怒られる始末である。

わざわざ、電話してアポをとって訪問したにもかかわらず、お叱りを受ける。どんな集金でもそうだろうが、この仕事はたいへん骨の折れる仕事である。ねぎらいの言葉のひとつも欲しいものである。



日記

2017年11月23日(木)晴れ

① 「新日本歌人」の12月号に、わたしの短歌が掲載されたので、ここに紹介しておきたいと思う。

ちちははの静かに眠る奥津城に花を手向けて坂道くだる

憂うつな痔疾になりてコスモスの風にゆれいる草原にゆく

啄木の歌に魅せられ図書館に足を運びて歌集を開く

弟はがんと真向いたたかいて生きてゆかんと手紙をくるる

市議選のビラを配りてあかときに潮の香のする村をゆくなり

これらの歌は、選者がいて一定の水準に達している場合に、とってもらえるので、いつもハラハラドキドキしながら、歌誌の届くのを待っている。

② 今日は勤労感謝の日で、たいてい病院は休みなのだが、妻の通院している病院はいつも通りやっていた。妻は2月に転んで、左手首を骨折してしまった。それからもう10カ月になる。すでに治っているように思うのだが、今も通院の指示が出ている。

今日もレントゲンを撮り、医師の診察を受けたが、何の異常も見られない。もう終わりかと期待していたのだが、3カ月後にもう一度来いと言われて、がっかりしてしまった。

③ 小林多喜二の小説「安子」を読了した。時代背景は1930年頃で、安子は貧農の出身で、小樽に出て飯屋の女給として働いていたが、組合と関わるようになる。その安子と姉の成長の物語である。魅力のある小説である。ぐいぐいと惹かれて、最後まで読んだ。


日記

2017年11月22日(水)雨

① 昨夜も浅い眠りだったけれど、二度寝をしないで済んだ。だいたいわたしは不眠症で、睡眠薬を処方して貰っているが、しばらくそれを呑んでいない。これからは、もう服用しないでも大丈夫のようだ。

② 朝食を摂り、コーヒーを飲みながら、エッセーを書いてブログにUPした。題名は「市議選の勝利をめざして」というもので、わたしの知人が立候補する予定なので、来春まで支援してゆきたいと思っている。

③ いつものように昼寝をして、多喜二の「安子」という小説を読んだ。次の章がエピローグなので、明日のうちには読了できそうだ。

④ わたしは痔疾の持病をもっているのだけれど、この半月ほど、痛みもなく下血もない。とても清々しい気持で過ごしている。しかし、油断するわけにはいかない。便秘などすると、すぐに再発するからである。このままの調子でいって欲しいと願っている。

⑤ 雨が降って、外出がおっくうだったが、思い切って、スポーツジムに出かけた。ウオーキングと自転車をそれぞれ15分、筋トレを30分、そしてストレッチを30分やった。今日は筋トレの負荷を大きくしてやってみたが、それほど苦しいとは思わなかった。

⑥ 夕食を摂り、2階の書斎に上がって、この日記を記している。この時間というのは、わたしにとって、至福の時間である。フォークソングを聴きながら、ゆったりと過ごしている。



エッセー

2017年11月22日(水)曇り時々雨

  市議選挙の勝利をめざして


 わたしの住む街で来春、市議選挙が行われます。現在、JCPの議員は一名ですが、二議席めざして新人が立候補する予定です。

 立候補予定者は、知人の沖原ゆみさんで、三十九歳の女性です。とても明るく、溌剌とした子育て中のシングルマザーです。母と子の願いを市政に届けようと、日々頑張っています。

 いま沖原さんは、地元や支持者の家庭を訪問して、市民の要望を聞いたり政策を訴えたりして、精力的に活動しています。

 先日、わたしは沖原さんを案内して、地域の支持者宅を回りました。どこの家でも温かく迎えてくれました。「消費税の10%の引き上げはやめて欲しい」、「子どもたちの給食費を無料にして」、「保育料の軽減を」などの願いが出されました。

 沖原さんは、「財源はありますよ」と言って、「皆さんの声を必ず議会に届けます。実現に向けて一緒に力を合わせましょう」と呼びかけていました。わたしは衆院選で一八〇人余の支持拡大をしてきましたが、それ以上の支持を広げようと頑張っています。



日記

2017年11月21日(火)晴れ

① わたしはいつも午前0時30分に床に就くようにしている。しかし昨夜は、眠くなって午後10時に就寝した。そして、午前5時に起床した。少し勝手が違うので、戸惑いながら身支度をした。

② 朝食までは早いので、書斎の電気こたつに入って、エッセーを書いた。「文系人間」という題名のものだった。政府・文科省が大学の文系を縮小するというような検討がなされているからである。それがモチーフになっている。

③ いつものパンと牛乳、ヨーグルト、野菜ジュースで朝食を摂った。昼食はいつも決まっている「うどん」というささやかなものだが、太って困っている。夕食もごはんは、小さな茶碗一杯にすぎない。なのに、メタボになって、保健婦さんからも指導を受けたが、太るのが止まらない。177センチの身長で79キロである。80キロにならないように気を付けているところだ。

④ 昼寝をして、来春の市議選挙のビラを配りに出た。予定候補者はわたしの知人であり、なんとしても当選をと願っている。今日は4キロメートルくらい歩いたような気がする。腰が痛くなって柔軟体操を少しした。

⑤ ピーナッツのお八つを食べて、多喜二の「安子」を読んだ。だんだん面白くなってきた。物語の佳境ともいえるところに差し掛かっている。もう2、3日で読了できるだろう。

⑥ 夕食を摂りながら、EテレのハートネットTVを観た。外国人の介護従事者がテーマだった。それにしても、日本の福祉に関わる労働者の賃金は、なぜこうも安いのだろう。日本社会の歪みのひとつである。



エッセー

2017年11月21日(火)晴れ

 文系人間


 わたしは文系人間だろうか、あるいは理系人間だろうか。わたしは理系に属する建築を学び、仕事も建築の設計や現場監督に携わってきた。また、最後の仕事は石材関係の営業で、石材や墓石の設計・現場管理をしてきた。そういう意味では、理系人間であると言えるかも知れない。
 が、わたしは高校時代に文芸部に出会って、それ以来50年間、文芸に親しんできた。とくに、小説、エッセー、詩、短歌といった創作活動にいそしんできた。もちろん、そうした創作活動をしようと思えば、読書というものは欠かせない。したがって、文芸書の読書も決して少なくはない。
 そうした歩みが、現在のわたしという人間を、有らしめているのである。その歩みをわたしは決して後悔はしていない。むしろ、その生き方を肯定しているといわなければならない。晩年の生き方も、それを引き継ぎ進化、発展させたいと願っている。
 ところが、政府、文科省は、大学の設置に関して、文系の縮小を考えているらしい。文系は社会に役立たないということだろうか。たしかに、文系は社会に直接に、ただちに役立たないかも知れない。
 人間とは何か、人間らしい生き方とは、人間はいかに生き死すべきか、というような学びは、ただちに社会に活かされることではないかも知れない。が、今こそまさに、この哲学的な問いを学ぶ必要性が生まれているように、思わずにはいられない。
 人類史的、歴史的にこの社会を俯瞰するとき、資本主義社会の弊害が顕著になっている。そのひとつは、原発の稼働が人間の存在と共存できるかという問題がある。そして、地球温暖化の問題は、決して腕をこまぬいて看過できない問題である。
 こういう問題は、理系に属することであるかも知れないが、文系の人間にとっても、決して見逃すことのできない問題なのである。人間とは何か、と哲学的に考察する人間にとって、未来社会はいかにあるべきか、と考える文系の人間もまた、貴重な存在なのである。
 政府、文科省のいう役立つ人間とは、資本主義社会を肯定し、それに奉仕する人間群ではないのだろうか。産業、ビジネス、軍事などの社会的要請に答える人間を、社会に役立つ人間と言っているように思えてしかたがない。わたしは文系人間として、哲学的に、文学的に、人間的に生きてゆきたいと思っている。



日記

2017年11月20日(月)曇り

① 昨晩、ゴミステーションにゴミ出しにいって、イノシシと出くわした。ゴミステーションは、我が家の近くにあり、県道に沿っており山深いところではない。わたしが車から降りると、ガサゴソと音がした。何だろうと思って、目を凝らしてみると、ステーションの裏の雑草をかき分けて、イノシシが出てきた。わたしに向かってこないだろうかと、一瞬身構えた。すると、雑草に沿って花畑の方に行ったので、急いでゴミを出し、帰ってきた。目の前でイノシシを見たのは初めてだった。ほんとうにびっくりした。
② 昨夜の睡眠は、比較的よい眠りだった。5時に一度目が覚めたが、7時まで眠ることができた。
③ 朝はピロリ菌の検査のため、絶食である。朝食を摂らずに、新聞に目を通した。
④ 9時少し前に病院について、9時からピロリ菌の検査をした。前回、胃カメラを呑んでピロリ菌の存在が明らかになり、除菌の薬を一週間服用した。今日は除菌に成功したかどうかの検査だった。頼りない検査のようで、それで確認できるのかどうか疑問を持ったが、10日後に検査結果が出るということだ。
⑤ 年賀状をパソコンで作成した。文章も宛名も書き上げ、すっかり終えることができた。こんなに早く年賀状を作成したのは、初めてのことだ。いつもの年賀状とは違った趣のものを作った。写真や絵を入れずに、ほとんど活字にした。その方が、近年では新鮮のように思ったからだ。
⑥ 今日はシャンプーの日である。少し寒いので億劫である。髪も伸びてきたので、いつ理容院に行こうかと考えている。いま行けば、年末もう一度散髪の必要が出てくるので、もう少し待つかも知れない。



日記

2017年11月19日(日)晴れ

① 昨夜は比較的ぐっすりと眠ることができた。なぜ、睡眠のことを記すかというと、わたしは睡眠障害があるので、夜の眠りというのは、とても気になることがらであるからだ。
② 起床してまずポストに新聞を取りにいった。わたしの投稿した記事が載っているような気がして、そそくさといったのだが、残念ながら掲載されていなかった。なかなか載らないので、没になってしまったのだろうか、と心配している。
③ 朝食を摂り、新聞を読んで、寒かったので二度寝をしてしまった。少し後悔している。が、二度寝というのは、心地よいものだ。
④ 「短歌との訣別」という少々過激な題名でエッセーを書き、ブログにUPした。
⑤ 昼食までに少し時間があったので、「しんぶん赤旗」の集金と市議選のビラを同志のところに届けた。
⑥ 昼食をとって、ノートパソコンの具合が悪いので、自分で知恵を絞って、使い勝手の良いように修正をした。修正というより工夫である。その工夫によって、随分使い勝手がよくなったように思う。
⑦ 多喜二の「安子」を読んだ。あと半分くらい残っているが、多喜二の人間、社会、世界を観る、その広さと深さに心を打たれている。
⑧ 明日は、ピロリ菌の検査である。わたしの胃の中にピロリ菌がいるというので、除菌の薬を呑んだ。その経過の検査である。薬での除菌は、完全ではないので、成功しているかどうか分からない。除菌に成功していることを祈るのみである。
⑨ したがって、夕食は簡単なものにして、書斎に上がってきた。



エッセー

2017年11月19日(日)晴れ

 短歌との訣別


 短歌を始めて2年6カ月になる。この期間は、短歌に夢中で他のことは横において、ひたすら歌集を読み、歌論を学び、各地の歌会に参加をし、歌を創ってきた。
 短歌を始めたきっかけは、短編小説集を上梓し、それをひと区切りにして創作活動をやめたことである。小説から離れ、何かわたしに相応しいものはないかと考えていた時、ふと閃いたものが短歌であった。
 短歌を学びたいと思って、山口、神戸、三次、近くは岡山市、倉敷市へと足を運び、歌論や批評、作歌の在り方などに触れてきた。
 2年6カ月で歌を詠んだのは、約5000首にのぼる。俳句では一日一句、短歌では一日一首が呼びかけられているが、これができている人は稀である。
 しかしこの間、わたしは殆ど毎日6首の歌を詠んできた。それを積み上げたのが、5000首である。短歌は紙切れ一枚と鉛筆一本あれば、詠むことができる。だからわたしは、車の中、トイレの中、書斎にその準備をして、いつでも創れるようにしてきたし、実際詠んできた。よく図書館にも足を運んで、一日六首を守ってきた。
 が、最近、その気持が急に萎えてきたのである。歌集を読んでも、胸を打つ作品にめぐりあえなくなったし、わたし自身いい歌が創れなくなった。そして、何よりも自身の想いを三十一文字(みそひともじ)の定型に、おさめることに、窮屈さを感ずるようになった。
 やはりわたしには、散文が合っているように、思え始めたのである。そこでしばらく、短歌から離れてみようと思った次第である。「短歌との訣別」というと、過激な言葉のように思えるけれど、少し距離を置いてみようということである。
 2年6カ月にわたる短歌への情熱と努力は、わたしの身の裡に今も生きているし、それは捨て難いものがある。したがって、これからは、いい歌ができたとき、新聞に投稿するような人になりたいと思っている。歌人というより短歌愛好者である。
 短歌との訣別をしたわたしは、これからは散文、小説やエッセーに軸足を移したいと思っている。



日記

2017年11月18日(土)雨のち晴れ

① 昨夜は浅い眠りで午前4時に目が覚めて、それから7時までうつらうつらとしていた。
② それでも、二度寝をすることもなく、朝食を摂って「しんぶん赤旗」に目を通した。「しんぶん」は、最初に見出しと中見出しを全部読み、そのあとで興味のある記事だけを読むようにしている。
③ エッセーを3枚書いて、ブログにUPした。これから浅口市議選の取り組みがあるので、毎日エッセーが書けるかどうか分からないが、日記だけは毎日書くつもりである。
④ 昼食を摂って1時間ほど昼寝をし、そのあと多喜二の「安子」を読んだ。題名が「安子」なのに、今までその安子が登場してなかったが、3分の1くらい読んで、ようやく登場してきた。「安子」は魅力的な女性で、これからの展開が楽しみである。
⑤ わたしは間食というものをほとんどしないが、唯一の間食は午後4時前後にピーナッツを食べることだ。つまり、お八つである。
⑥ 今日は北風が吹いて少し寒かったが、トレーニングウエアに着替えてスポーツジムへいった。
⑦ 今週は、火、水、金そして、今日の土曜日と、週4回ジムに足を運んだ。ウオーキングと自転車、そして筋トレとストレッチを1時間30分やった。汗をかいたといいたいところだが、わたしは汗がほとんど出ない体質である。
⑧ 夕食前に、JCPの地区委員会から常任委員がやってきて、市議選の打ち合わせをした。
⑨ 出川哲朗のテレビを観ながら、夕食を摂った。このテレビは人間味があって好きである。NHKは政府の広報機関のようになって、つまらないし、他の民放の番組も面白いのがない。さあ、これから書斎に上がり、ゆっくりしたいと思っている。



エッセー

2017年11月18日(土)雨

 書くということ       


 古希を迎えて一日いちにちを大切に生きていこうと思う。その生き方をするうえで、日々の行為の一つひとつが意味のあることだという捉え方が必要である。したがって、日記にはその日あったことを、克明に一つひとつ綴ってゆきたいと思っている。
 その日記はとても意味のあるもので、日記を書くために生きているということもできるし、生きるために日記を書くということもできるのである。つまり、書くという行為は生きることそのものである。よく歌手に「あなたにとって歌うということは、どういうことですか」などと質問がされることがある。
 すると歌手は、即座に「生きるということです。人生そのものです」というふうに答える。それと同じように、わたしにとって、書くということは、「生きるということであり、人生である」ということができる。
 わたしはいろいろな書くという舞台を持っている。まず、日記とエッセー、そして、「しんぶん赤旗」の読者欄、短歌欄などがある。そのステージにふさわしい文章を書いてゆきたいと思っている。詩もまたいいかも知れない、「赤旗」の詩のコーナーに投書ということも考えている。
 このように、書くということは、わたしの生きているという実感を、たぐり寄せることである。この書くということは、高校時代からのもので、もうかれこれ五十年になる。それをまだまだ、続けたい。
 わたしの晩年の仕事として、終焉のときまで書き続けてゆきたいと思う。ただ自慰行為としてではなく、「赤旗」の舞台を充分活用して、「赤旗」読者に読んで欲しいと思う。そこが、わたしの表現の舞台である。


エッセー

2017年11月18日(土)雨

 新しき旅立ち        鬼藤千春


 私の生まれは、1947年10月26日である。したがって、今年の誕生日で70歳を迎えたことになる。「古代稀なり」の古希である。わたしはこの誕生日を、喜びをもって迎えたわけではない。むしろ憂うつな気持で迎えたといった方が、当たっているだろう。
 「とうとうここまできてしまったか」という想いであり、武田鉄矢の「思えば遠くへ来たもんだ」という楽曲の題名の通りである。自身ではまだ若いつもりでいるが、人から見れば老人の域に入ったと捉えられているに違いない。
 確かにあと10年経ったら、わたしは80歳になる。80歳ということになると、まぎれもなく老人といえるだろう。しかし、90歳になっても、スポーツジムに通っている人もおり、とても元気である。わたしにとっては、その人は目標とすべき人であり、大いに励まされてもいる。
 古希を迎えて、「わたしはどう生きたらいいのか」という思いに突き上げられて、数日虚ろな日々を送ることになった。その間はなんとも悶々とした、苦しい日々だった。そんな思いに耐えられなくて、自身の生き方をいろいろと模索して過ごしてきたのだった。
 そこでたどり着いたのが、日記とエッセーを書くということだった。その間、ネットで趣味の講座をいろいろと調べてみた。絵画、絵手紙、陶芸、英会話、ピアノ、歌声などが少し興味を惹いたが、やはりわたしには合ってないという思いに至った。
 そして、日記とエッセーにたどり着いたのである。書くということは、今日まで中断は何度もあったけれど、高校時代から50年余も関わったことであり、これを継続することが、自分に最も合っているように思えたのである。
 しかし、書くという営為を新たに始めるとしても、自慰行為になってはいけないと思って、発表の舞台を「しんぶん赤旗」にしようと思ったのである。そして、投稿を始めたのである。が、採用されるのは、そんなに多くはないので、そこで思いがけず閃いたのが、ブログの再開である。
 ブログは昨年の10月30日で、ひとまず中断することになったのである。ちょうど1年である。70歳を記念してブログを再開し、日記とエッセーをUPしてゆこうと思った次第である。
 わたしの「新しき旅立ち」である。70歳から80歳へ向けて、一日一日を大切に、丁寧に生きてゆきたいと思っている。皆さん、どうかご愛顧のほどよろしくお願いいたします。



日記

2017年11月17日(金)晴れ

① 昨夜は随分浅い眠りに終始した。浅い眠りだけではなく、頭が痛かった。
② 「しんぶん赤旗」と日曜版の配達をした。したがって、起床は5時で身支度をして家を出た。
③ 朝食のあと、眠りが浅かったので二度寝をした。あまり好ましいことではないけれど、次の仕事にかかる気力が湧かなかった。
④ エッセーを3枚書いた。新年の抱負にも一部触れたもので、来年の方向性がいくらかイメージできた。
⑤ 1階から妻の呼ぶ声がしたので、また身体の故障が起きたのかと思って、びっくりした。降りてみると、ガスコンロに火がつかないということで安堵した。調べてみると、火花が散ってないので、乾電池が原因だとすぐに分かった。
⑥ 昼食後、30分昼寝をして、多喜二の「安子」を読んだ。まだ読み始めたばかりで、ようやく内容が少し分かりかけたところである。
⑦ お八つを食べて、ガソリンを入れに車を走らせ、そのあとスポーツジムに行った。
⑧ ジムには月、火、金と今週3回足を運んだので、明日出かければ週4回になる。週4回が目標だ。
⑨ シャワーを浴び書斎へ上がってきて、これを書いている。
⑩ 8時からEテレの人生レシピを観て、そのあとはのんびり過ごそうかと思っている。インターネットの動画を観ることになるだろう。
⑪ 今夜はいい眠りが来ますように、と祈っている。



エッセー

2017年11月17日(金)晴れ

 新しい年に向かって 
    

 早いもので、もう年末、年始に向けてものごとが進み始めている。今日はわたしの団地に、獅子舞がやってきて、新年に向けての舞いを、各戸を訪ねてやっている。笛が鳴り太鼓を叩いて、獅子舞が舞っている。二階の書斎にいてわたしは、それを聞いている。
 すでに、年賀はがきは売り出され、クリスマスの飾りつけも行われている。正月飾りの作り方の講習会なども実施されている。紅白歌合戦の司会や出演者の発表もなされた。百貨店では、おせち料理の販売が開始されている。このように、ゆく年くる年の準備が急ピッチで進んでいる。
 そんな動きをわたしは冷めた目でみているが、しかし自身の生き方については、無関心ではいられない。いったい2017年は、わたしにとって、どんな年だったのだろうか。そして、新しい年はわたしにとって、どんな年になるのだろうか、という思いでいっぱいである。
 今年、新たに始めたことといえばどんなことだろう。ひとつは、スポーツジムに入会し、トレーニングを始めたことである。ジムに入ったのは二月のことで、もう十カ月になろうとしている。ふたつには、日記とエッセーを書き始めたことである。これは十一月から始めたもので、まだいくらも経っていない。これは新しい年に向かっての営みといってもいいかも知れない。
 それに、新たに始めたことではないが、人生の節目の七十歳を迎えたことである。これは、ここまでよく生きたというよりも、いよいよ晩年を迎えたという感慨の方が大きい。晩年とは、「一生のおわりの時期。死に近い時期。年老いたとき」と言われるように、決して歓迎すべきことがらではないように思えるのである。「ここまでよく生かせてくれた」という思いもないわけではないが、「とうとうここまできてしまったか」という思いの方が強いのである。
 さて、新年はどんな年になるのだろうか。新たに始めることは何も考えてないが、今年やり始めたことを引き続き、進化・発展させてゆくということに尽きると思う。
 それは、スポーツジムに週四回足を運ぶということ。日記とエッセーを毎日書いてゆくということ。読書を旺盛にすること。そして、「赤旗」に投稿をするということである。わたしの発表の舞台は「赤旗」であり、年何回掲載されるか、ということに大いに関心がある。
 2017年残る日々を、新たな年につなげることができるように、一日一日を大切に生きてゆきたい、というのがわたしの願いである。

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 「人生七十古来稀なり」の古希です。
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 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

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