スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

桐の花

2016年5月1日(日) 晴れ

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【桐の花】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 自然の移りかわりはまことに手順をおってぬかりがない。白木蓮や桜の花が散ったかと思えば、ハナミズキが咲き出す。いまはハナミズキの薄紅や純白の花が咲いている。白木蓮がいきおいよく若葉を繁らしているとなりで、ハナミズキが咲いている。ハナミズキのあとは、藤の花や桐の花である。もう藤の花や桐の花が咲き出している。どちらも薄紫の花をつけて村のそちこちで見ることができる。

短歌

高枝に咲く桐の木に鶯が止まりてさやけし声で啼いている

桐が咲く周りを鴉が群れて飛ぶ不吉な予感が吾が胸にくる


 いまは桐の花が高枝に薄紫の花をつけている。その桐の木に鶯が止まって啼いている。鶯ならいいけれど、桐の周りを鴉が群れて飛び交っている。鴉というのはむかしから不吉な予感を呼び起こすといわれている。それが高い木の桐の周りを飛んでいる。鴉が群れて舞うと死人が出るとむかしからいわれているが、そんな不吉な予感が我が胸にくる。藤の花も桐の花も白木蓮や桜が終わり、そのあとにやってくる花である。



スポンサーサイト

筍の生命力

2016年4月30日(土) 晴れ

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春




♪♪♪ 【筍の生命力】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 植物の生命力には驚かされることがよくある。荒草などはもちろんであるが、百合やタンポポなどもアスファルトのちょっとした隙間から芽を出し、育ち花をつける。わが家の周りはアスファルトで舗装されているが、いろんな植物が隙間から芽を出し成長している。これが雑草となると、草取りが大変である。深く根を張り、なかなか引き抜くことができない。茎や葉っぱは取る事ができても、根っこまでは処理できないのである。

短歌

アスファルトを破りて伸びる筍は萎えた心を励ましくるる

アスファルトを破りて伸びる筍はためらう吾を励ましくるる


 先日、散策していると、アスファルトを突き破って筍が顔を出しているのに出遭った。筍は他の植物のように、アスファルトの隙間から芽を出すというのではなくて、アスファルトの道を突き破ってでてくるのである。アスファルトは盛り上がり裂けて、筍の若芽が顔を出している。その勢いに筍の生命力を感じ、わたしの心も励まされる。萎えた心やためらう心を、叱咤激励するかのようである。筍の生命力に預かりたいと思う今日この頃である。



不動の滝

2016年4月29日(金) 晴れ時々曇り

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【不動の滝】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしの村は海のある村であるけれど、その背後には山が連なっている。したがって、海と山の村である。青い海、青い空、青い山をもつ自然豊かなところである。ただ大きい川はなく、山から流れてくる水を海へと放出する小さい川は沢山ある。その川のひとつが滝となって流れている。その滝は不動の滝といって不動明王・不動尊の信仰の対象となっているようである。しかしいまはお社なども存在しているが、そこへ足を運ぶ信者はほとんどないようである。

短歌

山奥のしじまを破り音立てて一気にくだる白き滝なり

憂うつな心を持ちて家を出るさやかな滝の流れる音を聴く


 わたしは読書などに疲れると、時々その滝を訪ねるようにしている。その滝は比較的高くて3~40メートルもある。その高さから岩を伝わって一気にくだっている。決して山深いところではないが、山の静寂を破ってしぶきを上げ流れ落ちている。さわやかな滝の音が聞こえてきて、心が洗われるようだ。家にこもっていて、気分が優れなくなったりしたら、これからも足を運んでゆきたいと思っている。



世界一周の船旅

2016年4月28日(木) 曇り時々雨

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【世界一周の船旅】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 先日、小さな電器店の前を通ったら、あるポスターが張られていた。近寄ってみると、世界一周の船旅のポスターだった。わたしはそのポスターに惹かれて近寄っていった。なんて心をときめかすポスターだろうか。夢を大きく膨らますポスターである。104日間の船旅で99万円と記されている。よく見ると、30歳以下で4人の相部屋とある。もちろんこれには該当しないので、ポスターを眺めてゆくと、それ以外の方は4人部屋で129万円となっている。

短歌

行けもせぬ世界一周の船旅のパンフを貰い開くも悲し

行けもせぬ世界一周の船旅のパンフを貰い開いて眺む


 そこにパンフが置かれていたので、わたしはそれを貰って家に帰った。世界一周なので、各地各所に停泊して、観光地を巡るようになっている。わたしはそのパンフを眺めながら、複雑な思いになった。104日間で129万というのは痛いけれど、大きく夢を広げる企画である。行って見たいという思いが膨らんでくる。夢はどんどん広がり強くなってゆく。しかしわが家にはそれだけの余裕はない。それを考えると夢はしぼんでゆくのである。楽しくも悲しい世界一周の夢を見たひと時であった。



藤の花

2016年4月27日(水) 曇りのち雨

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【藤の花】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 いま藤の花が咲き誇っている。藤の花の名所はいくつもあるが、わたしの村でも藤の花が咲いている。そこは名所でもなんでもないが、藤の枝から紫の花が垂れ下がっている。いままで気づかなかったけれど、わたしの家からすぐのところにそれはあった。いままで倉敷の鶴形山や渋川の海水浴場、明王院という寺などの藤の名所を訪ねたが、ここの藤は手入れがされてなくて、自然にまかせている。

短歌

そよ風にさざ波のごと揺れる藤われは歩みて花を見上ぐる


 そんな藤があってもいい。もちろん手入れの行き届いた藤の花も美しいが、ここの藤は発見という感動があった。こんな近くで藤の花が見られるということが嬉しい。雑草のなかに枝を伸ばして、たくましく咲いている藤の花もまたいいものだ。わたしの村はほんとうに小さな面積の村だが、ひと通りの草木や花木、花々が揃っていて、村をひと回りすれば、目を楽しませてくれる。ここの藤の花もそのひとつである。



盛り上がる山々

2016年4月26日(火) 晴れ

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【盛り上がる山々】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 いま村の山々の新緑がとても美しい。しかしひと口に新緑と言っても、その緑の色はさまざまである。小学・中学生の頃、写生といって外に出て、風景を描かせられたものだが、その頃は緑一色で画用紙を塗り潰していた。山や林をみればひといろのクレヨンで足りていた。山の輪郭を描いて、そのクレヨンでさ、さっと塗ってもうそれで終わりだった。なんと大雑把な自然の見方であったことだろうか。目で見ていても、深くは見ていなかったのだろうと思う。

短歌

濃いみどり淡きみどりと重なりて村の山々新緑に萌ゆ

新緑が勢いまして盛り上がり村の山々動くが如く


 だが、実際の自然はとても複雑なものである。濃いみどり、淡いみどりはいうまでもないが、とても一色、二色では描ききれない。いうなれば、無数の色で山々は彩られている。その新緑の萌える勢いは、早く、盛り上がるようである。「山が動く」と言った人がいたが、まさに新緑から青葉の季節は、山が盛り上がり動くようである。わたしはその新緑の山々に感動して日々を過ごしている。日本の美しい自然・四季を誇りとしている次第である。



小手毬

2016年4月25日(月) 晴れ

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【小手毬】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 いまは小手毬の季節である。純白の小さい花を無数につけている小手毬は、とても可憐で美しい。わたしの好きな花のひとつである。また、わたしの村を歩いていてもよく出合うことのできる花だ。その名前を知ったのはずいぶん前のことである。子どもたちを連れて山の自然公園へ遊びに行ったとき、その花に「小手毬」というプレートがかかっていたので、そこで覚えたのである。それから可憐な「小手毬」の魅力に惹きつけられたというわけである。

短歌

小手毬に出合えばいつも思い出す遠くに嫁ぐ娘の真理子


 その花の名前を覚えたのは、決して偶然ではないように思う。わたしの娘の名前が「真理子」だったので、「毬」と「真理」の名称が重なって、わたしの内にすっと入ってきたように思う。娘はもう嫁いでいるが、「小手毬」に出合うたびに、その娘に想いを馳せるのである。いま彼女はどうしているだろうか、倖せでいるだろうかという想いが甦ってくるのである。難しい青春時代を経験しているだけに、倖せでいて欲しいという希望は、他の子どもたちよりも強い。「小手毬」のように、可憐で純真であって欲しいものである。



渚の鷗

2016年4月24日(日) 晴れ

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【渚の鷗】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 先日、生きている化石といわれるカブトガニの生息しているところへ行った。むかしには、カブトガニはいくらでも生息していた。わたしが小学・中学生の頃は、潮が沖へと引くと、みんな海でよく遊んだものだ。遠浅で潮が1キロくらい引いたから、海は格好の遊び場所だった。海に入ると、カレイやハゼ、カニやタコなどを取って遊んだものである。遊びとはいえ食料難だったので、それらの獲物は夕食のテーブルに載った。

短歌

寄せ返す渚の上を綿のごと翔びたちている鷗のひと群れ


 それらの獲物とともに、捕まえて遊んだのはカブトガニである。大げさではなく、その頃カブトガニはいくらでもいた。それを捕まえて、大人たちは焼いて食べていた記憶がある。しかしとても食べられるような代物ではなかったけれど、遊び心でやっていた。いまはそのカブトガニが絶滅寸前である。海が汚れたのと、砂浜のような泥地が少なくなったのが原因だと言われている。が、まだかすかに生息している泥地があり、そこへ行って見た光景は、カブトガニではなく鷗の飛翔する姿だった。まさに綿を撒き散らしたように、鷗が飛翔する光景はとても見事なものだった。白い鷗が群れをつくって群舞する姿に感動した次第である。



鳥居歌集

2016年4月23日(土) 晴れのち曇り

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【鳥居歌集】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 いまメディアで話題になっている人は、「セーラー服の歌人」と呼ばれる鳥居(ペンネーム)である。彼女はもう成人しているらしいが、生年月日を明らかにしていない。本名も伏せている。あえてそうしているのである。彼女はメディアなどで明らかになっているが、小学校中退である。しかし日本の国は義務教育のある国なので、形式的には小学校も中学校も卒業したことになっている。

短歌

カミソリの刃がそっと頬を触れてゆくような鋭き鳥居の歌集


 彼女は拾った新聞で字を覚えたといわれている。小学校の時、目の前で母親が大量の薬物を飲んで自殺した。その後彼女は養護施設に保護されるが、ここでは子どもたちや職員にひどい虐待を受ける。親族のなかでも苛酷な生活を強いられる。やはり虐待である。そうしたなかで、DVシェルターやホームレスも経験した。そして彼女の唯一の居場所となったのが図書館で、そこで短歌に出会ったのである。彼女は短歌に出会って4~5年だろうか、ほとんど独学で短歌を学び歌集を出すまでになった。彼女の短歌を読むと、カミソリのような鋭さがあり、読むものの心を撃つ刺激的な歌である。これからも彼女が歌人として、優れた歌を生み出すことを期待するものである。



映画「ひまわり」

2016年4月22日(金) 晴れ時々曇り

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【映画「ひまわり」】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 イタリア・フランス・ソ連合作映画「ひまわり」は、わたしの好きな映画のひとつである。戦争によって引き裂かれた夫婦の悲哀をリアルに描き切っている。第二次世界大戦が終結しても妻のもとに夫は帰ってこなかった。その夫を捜して妻は奔走する。すると夫は生きの延びていて、助けられたソ連の娘とともに暮らしていた。この厳しい現実、戦争を静かに告発しているこの映画は哀しく切ない。

短歌

戦争に駆り立てられて北の地で多くの兵士は「ひまわり」となる


 「ひまわり」の映像と音楽も忘れられないものである。この映像と音楽がこの映画のテーマを象徴的に表現している。第二次世界大戦で、多くの死者を出した兵士とだぶらせて、無数のひまわりはスクリーンを黄色に染めた。この映像はいまでもわたしの脳裏から消えることなく甦ってくる。また、音楽も決して忘れることのできないものである。映画音楽には優れたものが多くあるが、この音楽も秀逸なものである。戦争は夫婦や恋人、家族を無惨に引き裂くものであることを、この映画は訴えている。



自転車泥棒

2016年4月21日(木) 曇りのち雨

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【自転車泥棒】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 イタリア映画、「自転車泥棒」は心に刻まれる印象的な映画である。社会の背景もきっちりと描出されていて、その時代のようすがよく分かる。監督はその背景のなかで、人間を描こうとしたに違いない。イタリアの失業が社会に蔓延している情況を映画は描いている。失業していたアントニオ、やっとありついたポスター張りの仕事だが、アントニオは自転車を盗られてしまう。自転車がなければ、ポスター張りの仕事はできない。

短歌

やっと得たポスター張りの仕事なり自転車盗られさ迷う父子


 アントニオは息子ブルーノとともに、自分の自転車を必死で捜す。ところが見つからない。追い詰められたアントニオは、他の自転車を盗むのだが捕まってしまう。しかし彼は許されて解放される。ところが自分の自転車は、やはり戻ってこない。アントニオはブルーノとともに街をさ迷う。アントニオは街を歩きながら目に涙をためている。それを見たブルーノは、父親の手をぎゅっと固く握りしめる。ふたりの哀しみ、ふたりの愛、それを見事に描き出している優れた映画である。



幸福の黄色いハンカチ

2016年4月20日(水) 晴れ

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【幸福の黄色いハンカチ】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 「幸せの黄色いハンカチ」は、わたしの好きな映画のひとつである。まず何よりも脚本がいい。脚本は山田洋次と朝間義隆が携わっている。そして監督がいい。監督はいうまでもなく山田洋次である。そして、次は配役が申し分ない。主人公の島勇作に高倉健、その妻に倍賞千恵子を当てている。高倉健の演技は極めて優れている。網走刑務所から出所した人物像を見事に演じ切っている。

短歌

「幸福の黄色いハンカチ」青空に高くはためき「島」を迎えぬ


 そして武田鉄矢、桃井かおりのふたりの青年男女を配して、その恋の行方も追っている。武田と桃井のふたりに偶然高倉健が関わって、ストーリーは展開する。高倉健が刑務所を出所して、最初に食べるラーメンは迫真の演技である。そして布団に寝る時の仕草は、とてもリアルである。倍賞には、もし高倉を受け入れる意思があるなら、「黄色いハンカチ」を掲げておいてくれと手紙を出している。しかし高倉健は帰るのを逡巡する。ここも見せ場である。そして武田と桃井に背中を押されて、夕張に帰るのである。すると、棹には無数のハンカチが風にはためいていた。「お帰りなさい」という、倍賞の歓迎のハンカチである。この映画は観るものの心をとらえて離さない優れた映画である。



小さな酒場のママ

2016年4月19日(火) 晴れ

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【小さな酒場のママ】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 小さな漁師町の小さな酒場、そこに美人のママがいた。切れ長の目でいつも濡れているような瞳をしていた。そのママは離婚をしてひとりの子どもを育てていた。彼女は多彩な女性だった。歌人で詩人、そして画家でもあった。この小さな酒場には多くの人が来るようなところではなかった。漁師や村の住民が2~3人、止まり木に座ってちびりちびりとやっているような風情だった。

短歌

歌を詠み詩人で画家の居酒屋のママが突然消息を絶つ


 その酒場には、詩人や俳人、作家をめざす若者たちがよくたむろしていた。わたしも作家をめざしていたので、時々その店を訪れた。わたしたちはそこで酒を飲みながら文学談義をして、楽しい夜を過ごした。ママの歌や詩、絵画はとても鋭いものだった。ゴッホのように病的とも言えるほどの情熱と感性を持ち合わせていた。彼女にはその芸術の師といえるような人がいなかった。もし芸術の師がいたら、彼女は芸術家として生きていったかも知れない。しかし彼女は心を病んで、突然わたしたちの前から消息を絶っていなくなった。彼女の才能を考える時、とても残念でならない。



映画「息子」

2016年4月18日(月) 曇り時々晴れ

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【映画「息子」】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしが参加している短歌会で「題詠」として「映画」という題が決められた。わたしは映画が好きなので、すぐにいくつかの映画の題名が頭をよぎっていった。「カサブランカ」、「ひまわり」、「自転車泥棒」、「鉄道員」、
「ローマの休日」、「幸福の黄色いハンカチ」、「東京物語」そして「息子」などなどである。挙げればきりがないほど、多くの名画を観てきている。どの映画を選んで短歌を作ろうかと悩んだけれど、結局、最終的に決めたのは、山田洋次監督の「息子」だった。


短歌

たよりない息子が惚れた乙女子が聾者と知れてもひるまぬ「息子」


 この映画も決して忘れることのできない映画のひとつである。フリーターの息子が鉄筋を、工場に運搬するという仕事につき、ある日ある工場に出向く。すると倉庫には可愛い乙女が受付をしていた。息子はその娘にひと目惚れするが、彼女は聾者だった。ふつう青年は、聾者の娘に会うとたじろぐだろうけれど、彼は決してそういうことがなかった。父親からみれば、非常に頼りない息子だけれど、その息子は、聾者の娘というハードルを乗り越えて、愛をつらぬくのである。この映画もわたしの心に深く刻まれた映画のひとつである。



三次短歌会

2016年4月17日(日) 雨のち晴れ

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【三次短歌会】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 先日、わたしは広島県の三次市へ行った。短歌会に出席するためである。この短歌会には50年近く短歌をやっている村雲貴枝子さんという指導者がいる。彼女は啄木コンクールに入賞したり、歌集「水滴の華」で新日本歌人協会賞を受賞したりしている。三次短歌会は彼女が6~7年前に立ち上げたものである。それまでまったく短歌と縁のなかった人たちが、いい歌を作るようになっている。

短歌

雪解けの水を集めて江の川日本海へと流れは早し


 三次短歌会にはわたしのファンの歌人、錦武志さんもいる。彼の歌をわたしは楽しみにして読んでいる。この歌会でわたしは多くの示唆を受けた。歌の狭い批評だけでなく、大きい視点で批評するという、批評のあり方も学ぶことができた。村雲さんの家の前には江の川が流れていた。いまはもう雪解け水という季節ではなかったが、江の川は日本海に向けて流れは早かった。三次は広島県北の山間地の街である。そこを江の川が勢いよく流れている。



青春時代

2016年4月16日(土) 晴れ後曇り

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【青春時代】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしの青春時代は、長かったようにも思えるが、一瞬だったように感ずる今日この頃である。若かったあの頃、何も怖いものがなかったような気がする。老後の生活、老いての健康などまったくわたしの視野の中に入る余地などなかった。まさに自分の想いのままに、ある時は無謀な生き方をしてきたように思う。それが青春だろうと思うけれど、しかしそれは長くは続かなかった。

短歌

一瞬に舞い落ちてゆく桜ばな青き時代の去れる如くに


 わたしの青春も桜の花のように、輝いていた時があった。考えてみれば、桜の花は365日のうちのたった一週間だけ見事な花をつけるけれど、その他の季節は人に顧みられることもない。その桜に人間の青春時代もよく似ている。青春時代は桜と同じように輝くのは一瞬である。しかし桜がまた新しい季節を迎えれば、甦るように人間の一生は、身体的には衰えるけれど、精神が凜としていれば、心は青春でいられる。今思えば、青春時代に「ああしていれば良かった、こうしていれば良かった」という思いがないわけではないが、しかし今生きている「今をこそ」大切にして生きてゆきたいものである。



ベートーヴェン

2016年4月15日(金) 晴れ

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春




♪♪♪ 【ベートーヴェン】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 最近、厭なことばかりがわたしの周りで起こっている。約束を守らないとか、人に嫉妬して嫌がらせをするとか。人間の世界とはこんなにも難しいものなのだろうか。人間が集団をつくれば、何らかの問題が起こり得ることは想像に難くない。わたしの友人はきれいさっぱり人間の集団と縁を切って、家に閉じこもって読書に勤しんでいるが、そんな生き方もあってもいいのだと思えてしまう。人間というのはなんと厄介な存在なのだろう。

短歌

人間の醜さ見たりそんな夜はベートーヴェンの第九を聴きぬ


 人間の醜さを見るというのは、わたしの心を騒がせ、遣り切れない思いにさせる。そんな日は、信頼のおける友人に会いたくなったり、美しい音楽や絵を観たくなったりする。しかし人間の醜さの影は執拗にわたしにとりついて、わたしの心を尖らせてしまう。そんな時、色彩の魔術師といわれるマティスの画集やベートーヴェンの音楽に触れたいと思う。しかし最も切実に思うのは、やはり親しい友人に会いたいと思うことだ。人間の問題は人間によってこそ解決できるように思う。そんな時に話し合える友人はとても大切である。



小さな船

2016年4月14日(木) 晴れ時々雨

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【小さな船】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしの村の島影(今は陸続きになっている)には、比較的長い砂浜が続いている。東西合わせれば100mくらいの砂浜である。冬を除けば憩いの場となっている。もちろん最も賑わうのは夏の海水浴シーズンである。多いとも言えないが、かなりの人が訪れて海水浴を楽しんでいる。ここの砂浜はとてもいいのだが、いま一つ人気がないのは、遠浅でないからである。なだらかな遠浅ではなく、いきおい海が深くなっているので、子どもたちにとってはとても危険である。

短歌

エメラルドグリーンの海に一艘の小型の船が繋がれており

紺碧の渚に一艘繋がれて小さな船が雨に濡れてる


 その渚にいつも一艘の小さな船が繋がれている。漁船ではなくレジャー用の船に見えるけれど、わたしはその船が動くのを見たことがない。その渚はエメラルドグリーンに染められてとても美しい。そこに鳥が羽を休めるように、一艘の船が浮かんでいる。晴れた日には、小さな船はゆったりと楽しむように揺れているが、雨の日の船はとても淋しそうである。雨に打たれ濡れて孤独さが漂っている。晴れた日と雨の日の小さな船の趣はずいぶんと違うものである。



家計簿

2016年4月13日(水) 曇りのち雨

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【家計簿】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしは家計簿をつけているが、そんなに手間隙をかけているわけではない。一日、1~2分もあれば十分である。最近はレシートや領収書があるので、それをパソコンに入力するだけだ。家計簿をつける効用は、いうまでもなくわが家の経済の管理という側面が大きいけれど、一方では家計簿から世の中見えるということだ。台所から政治、経済が手に取るように見えるのである。

短歌

家計簿の集計をして今月も赤鉛筆で数字を記す

先月も今月もまた赤字なり家計簿開き溜め息をつく


 年金の減額を自公政権が押し付けて、受給する年金が年々下がっている。また、消費税を初めとする、軽自動車税などの引き上げによって、わが家の経済はピンチである。先月も赤字、今月も赤字という事態が今年になって続いている。わたしの村の庶民の生活もわが家と同様、大変厳しい情況におかれている。わたしは「しんぶん」の拡張という仕事もしているが、823円の日曜版を勧めると、「お兄さん、800円は2日分の食費だよ」と言って断られることがよくある。台所から政治や経済をよく見て、7月の参院選では投票先を決めたいものである。



「しんぶん」を配りつつ

2016年4月12日(火) 晴れ

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【「しんぶん」を配りつつ】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 次の短歌は、木曜日に「日曜版」を配りながら作ったものである。読んで頂ければ幸いである。

短歌

リビングの窓辺に寄ればウグイスの啼き声聞こゆ早春の朝

人間て桜が咲けば騒ぐけど眠っていると見向きもしない

山桜咲く丘の上眺むれば遠くかすみて瀬戸の海見ゆる

丘陵に桜の花が満ちみちてウグイスの声遠くで聞こゆ

桜咲く野山の道を老いを乗せデイサービスの車が走る

ウグイスの啼き声の降る坂道を「しんぶん」持ちて登りゆくなり

瀬戸のはて海霧が立ちて島々が幻想的に浮かびておりぬ

桜咲く丘陵のうえ空高くとんびが群れて輪を描きおり

境内の周りを囲む桜ばな寺のきざはし登りて眺む

ゆるやかなカーブを曲がればなだり一面菜の花の咲く

丘陵の桜の花を見あぐれば竜王山が聳え立ちたり


 「日曜版」は、普通1時間くらいで配り終えることができるのだが、短歌を作りながら配ると、2時間くらいかかってしまう。「あ!」と小さな発見をすると、車を道路の脇に停めて、メモ用紙を出しすぐに書き留めるのである。ここに挙げた短歌はまだ推敲のできていないものであるが、わたしがひと通り読んでみて、とくに直さなければならないようなものはないような気がする。車を走らせながら、指を折って作ったものである。



花散らしの雨

2016年4月11日(月) 晴れ時々曇り

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【花散らしの雨】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 「花散らしの雨ですね」とコンビニのレジ係の店員が言った。「花散らしの雨」、わたしは「あ!」と思った。これで短歌がひとつ創れると一瞬のうちに感じた。それで桜の咲く駐車場に車を停めて一首創った。駐車場の前の桜は、雨と風で桜吹雪となって舞い落ちていた。桜の季節は「花曇り」、「花冷え」という言葉があるように、桜にとっては受難の時かも知れない。そのうえに「花散らしの雨、風」とくると、桜の運命のように思えてくる。

短歌

花散らしの雨が降りしきる花びらが吹雪となりて舞い落ちてゆく


 しかし「花散らし」を辞書で調べると、「3月3日を花見として、翌日若い男女が集会して飲食すること」と記されている。だが、いまは本来の意味と違って、テレビなどの天気予報で、ごく普通に「花散らしの雨」というふうに使われている。それに対して、クレームの電話が入ったりしているが、桜の満開の時期に降る雨を「花散らしの雨」と呼んでもいいのではないだろうか。いずれにしても、コンビニの店員の言葉に、「あ!」と感動したしだいである。



一本のペンと紙

2016年4月10日(日) 晴れのち曇り

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春




♪♪♪ 【一本のペンと紙】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 短歌を始めて一年余が経つ。短歌は非常に難しいという側面をもっているが、それは上級者に言えることだろう。わたしなどは始めて間がないから、怖いもの知らずである。とにかく五、七、五、七、七の三十一音を守ってつくればいいのだから、誤解を恐れずに言えば、簡単な文学(芸術)である。しかしその短歌の上達の道は険しいということを覚悟しておかなければならない。どんな芸術であろうと、決してたやすい道がないのと同じである。

短歌

一本のペンとメモ紙があればいい吾は平和の願いを託す

一本のペンとメモ紙があればいい平和・人生・希望を記す


 しかし短歌の必要とする道具はきわめてシンプルである。音楽家をめざそうとすれば楽器がいるし、画家になろうと思えばそれなりの道具が必要となる。だが短歌の場合は、一本のペンと一枚の紙切れがあればいい。ちびた鉛筆で広告の裏に書いてもいいのだ。実際わたしは、車に一本のペンと使い古した紙の裏を利用したメモ用紙を積んでいるだけだ。そこで「あ!」と思ったら、車を停めてメモ紙に五、七、五、七、七を書きつけるのである。一本のペンとメモ紙で、平和や人生、希望や世界、自然や地球を表現できるので、なんて素敵な芸術だろうと思う。



孫たちの桜

2016年4月9日(土) 晴れ

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【孫たちのさくら】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 女高生の孫の名前は「希良々(きらら)」、中学生の孫の名前は「空良(そら)」と言う。彼女たちが幼い日に、公園に植えた桜がずいぶん大きくなって、枝を広げている。もちろん彼女たちが植えたのではなく、息子が植えたのだが、その桜に名札がついている。希良々と空良と刻んだ名札がついて二本並んで植わっている。わたしはその公園の遊歩道を時折歩くことにしている。

短歌

幼き日孫の植えたる桜の木枝を広げて花開きおり

卯月には空に向かいて花開く孫の名札のつきたる桜


 その孫たちの桜がいま満開である。ここの桜は少し咲くのが遅いのである。桜が大きく成長したように、孫たちも大きく育って、将来の進路を考える年頃になった。希良々は大学に進んで、保育士をめざすと語っている。しかし保育士の労働条件は厳しく、低賃金、重労働である。保育環境を整えることは急務であり、認可保育所をつくることや低賃金の解消が求められている。彼女たちが桜のように、健やかに育って欲しいものである。



コーヒーを飲む

2016年4月8日(金) 晴れ

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【コーヒーを飲む】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 隣の街の市議選挙に友人が立候補する予定である。4月10日(日)告示、17日(日)投開票で行われる。それでわたしはビラ配りや電話かけの応援に時々入っている。この友人は4年前にも立候補して、僅か75票の差で次点になった。今回もとても厳しいたたかいを強いられている。定数22で立候補予定は26人である。つまり4人「はみ出し」の選挙になる予定で、新人3人の有力候補が立つとされている。したがって、現職が落ちなければ当選できない情況である。

短歌

二百枚のビラを配りて帰りくる疲れて飲みたるコーヒー旨し


 わたしに出来ることといったら、電話かけとビラを配ることくらいである。電話かけは、わたしはあまり苦にはならない。仕事で約20年間、電話外交をしてきたので、言ってみれば得意の分野である。いま電話かけで支持を広げている。そしてビラ配りである。一軒一軒、支持を広げるために政策ビラを配って歩いている。ビラ配りも意外と疲れるものである。二百枚配るとそれなりに疲れが出る。そうすると、家か事務所に帰って甘いコーヒーを飲む。このコーヒーがとても旨い。投開票まであと少しである。引き続き応援をしてゆきたいと思っている。



春立ちて

2016年4月7日(木) 曇り時々雨

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【春立ちて】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 いよいよ春の盛りがやってきた。野の道をゆけば、深紅の花、黄色の花、白色の花や、とりどりの色の花が咲いているのに出くわす。名前は分からないが、梅のような花びらで深紅の花をつけている木やチューリップの真っ赤な花を見かける。黄色の花といえば、菜の花が一番である。隣町の干拓地には500万本の菜の花が咲いている。白い花で鮮やかなのはスモモの花である。この花は純白でとても清々しい。桜の花はいうまでもないことである。

短歌

野に立てば赤、黄、白と花開き故里はいま春の盛りなり


遅咲きの海に面した山桜花を開きて潮騒聞こゆ


 このように、春立ちて色とりどりの花々が一斉に咲いている。わたしも季節の移り変わりに合わせて、冬の衣装から春の衣装に衣替えをしたところである。衣替えはわたしの心を一新して、心持ちが前向きになるから不思議である。まさに今は春真っ盛りである。宮本百合子が言ったように、「うららかな春はきびしい冬のあとに来る。可愛い蕗のとうは霜の下で用意された」、という春の到来である。



目覚めゆく山

2016年4月6日(水) 晴れ

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春




♪♪♪ 【目覚めゆく山】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 もう山々は木が芽を出し、新緑の兆しが見えるようになった。今はもう冬枯れの山々ではなく、緑に色づき始めている。車で走って山々を眺めるのだが、緑が少しずつ山をおおい始めている。木々の花々で春は感ずることができるけれど、山々の緑の色づきでもそれを感ずることができる。それがはっきりと車の窓から伺える。眠っていた山が深い眠りから覚めたような趣である。

短歌

早春の山を染めゆく竹林が青い芽を出し風に揺れてる


 緑の兆しが早いのは竹林である。早春の山を真っ先に染めてゆくのは竹林のような気がする。竹林は少しの風が吹いても大きく揺れるのですぐに分かる。早春の山々がしだいに、緑色に盛り上がってきている。5月になるとその緑の盛り上がりは極めて顕著になる。山全体が新緑で隆起するような感じになる。わたしは秋の紅葉も好きだが、それに劣らず新緑の山々も好きである。今は早春の山々をほんのりと緑に染めていっている段階だ。もうじきに新緑の季節がやってくる。



花曇り

2016年4月5日(火) 晴れ時々曇り

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春




♪♪♪ 【花曇り】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしの町の桜はだいたい開花が遅いようである。しかしいま一斉にあちこちの桜の木々が見頃となっている。わたしの町は小さな町だけれど、ずいぶん桜の木々があちこちにある。とくに遠くへ花見に出かけなくても町をめぐれば、いい「お花見」ができる。小高い丘の上や島の頂上、公園などなどに桜の木々が植わっている。

短歌

おちこちに一斉に咲く桜ばな空は曇りてうす紅が立つ


 しかし、「花曇り」とはよく言ったものだ。今年は「花冷え」ということはないようだが、4月に入って、空模様は曇りや雨の日がずいぶん多い。4月9日までで陽が射すのは3日間のみとなっている。あとは曇りか雨である。「花曇り」という季語があるくらいだから、むかしから桜の咲く頃には、うす曇りの日が続くのだろう。しかし「花曇り」の日々は、桜のうす紅がより一層際立つので、美しく感じる。桜の花が終わり葉桜になるころには、空模様は安定してくるのだろう。皮肉なものである。



圧迫骨折

2016年4月4日(月) 雨のち曇り

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【圧迫骨折】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 もう1カ月も前のことになるだろうか。わたしが外出から家に帰ると、「自転車から降りるとき、背骨がポキッと鳴って、背中がとても痛む」と妻が言った。あいにくその日は日曜日で、通院している病院では診て貰えなくて、他の病院へ行った。そしてレントゲンを撮ったのだが、骨には異常が見られないということで、何の処方もされずに帰ってきた。そして後日、通院している整形外科で医師に「ポキッと鳴った」と訴えたのだが、レントゲンを撮ることさえせず、痛み止めの薬を処方されただけだった。

短歌

脊柱の骨折写真を見せられてようやく痛さの原因を知る

脊柱の骨折をせし妻なれど見抜けぬ医師は手当てもなさず


 そして強い薬の副作用で、全身に湿疹が出て、皮膚科へいくはめに陥った。これではその整形外科は信用できないと思って、むかしわたしがお世話になった病院へ行って診てもらった。すると、MRIを撮ってみようということになって、そのフイルムには脊柱が3本も折れているのが映し出されていた。痛みの原因はこれだったのだ。1カ月も痛みで苦しんできたのに、前の整形外科では適切な処置がなされずにきたのである。脊柱が3本も骨折しているのに、見抜けなかったのである。見抜けなかったというよりは、レントゲンも撮らず放置してきたのだから、医師の怠慢というより他にない。こんな医師がいるのだから、患者はたまったものではない。医師はもっと患者の声に耳を傾けて、適切な処置をするべきである。



優しい医師

2016年4月3日(日) 曇りのち雨

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【優しい医師】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしは30歳のころ、体調を崩してずいぶん苦しんだ。身体が鉛のように重くなり、朝目覚めても倦怠感に囚われていた。そして耳鳴りが起きわたしの集中力を奪っていった。その症状の原因がまったく判らず、わたしは内科や耳鼻科でおおくの検査を受けたが、異常なしとのことで、なんらの処方もしてもらえなかった。

短歌

精神科の優しい医師の声かけが悩む患者の心を癒す


 そこで思いついたのが、精神科の受診だった。医師はこれといった病名を伝えてくれなかったけれど、精神安定剤のような薬を処方してくれた。それをしばらく飲むと身体の倦怠感も消え、鉛のような身体もずいぶん楽になった。しかし頑固な耳鳴りだけは今でも時折鳴る。そのために2カ月に1回精神科へ出向き、薬を貰っている。そこの精神科の医師はとても優しくて、患者の言うことに耳を傾け、適切な助言をしてくれる。現代は患者の顔を見ずに、パソコンの画面ばかり覗いている医師が多いが、精神科の医師は患者と真向かって、その声を丁寧に聞いてくれる。それがどれほど患者の心を癒すことになっているだろうかと思う。他の科の医師もこのような姿勢で患者と向き合って欲しいものである。



君の黒髪

2016年4月2日(土) 晴れのち曇り

 ようこそ、当ブログにご訪問いただきまして、誠に有り難うございます。心より感謝申し上げます。

 拍手コメントには、ご返事できていませんが、拝読させて頂いています。これからもどうぞお気軽にお寄せ下さい。 千春



♪♪♪ 【君の黒髪】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 ある短歌会で「濡れる」という題が出されて、むかしを思い出して創ったのが下記の短歌である。短歌の題詠というのは、大変難しくわたしなどは苦手である。しかし題詠を苦もなく創られる方も少なくない。が、難しいけれど、想像を掻き立てられて大変楽しいものだ。これからわたしも題詠に親しみ、楽しく創ってゆけたらと願っている。

短歌

浴室のつやけしガラスに映りたる濡れてしたたる君の黒髪


 この短歌はわたしの若い時代を回想して創ったものである。いくぶん恥ずかしく照れるところがあるが、思い切ってブログに載せることにした。わたしにもこういう青春時代があったのだなあという感慨がある。もう二度とこういう時代に還れないことが残念でならない。しかしいくつになっても、恋心というのは失いたくないものである。



プロフィール

FC2USER634322BTA

Author:FC2USER634322BTA
FC2ブログへようこそ!

 1947年生まれの68歳で、
「新日本歌人協会」の会員です。
 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

♪♪♪リンクは、ご自由に!

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。