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溜め息をつく

2016年2月1日(月) 曇り

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♪♪♪ 【溜め息をつく】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 先日の日本列島を襲った猛烈な寒波は、瀬戸内に積雪こそもたらさなかったものの、気温はマイナス4度という水道管の凍結などの被害を引き起こした。わが家にもその被害をもたらすことになった。つまり給湯器が毀れ、台所、洗面所、浴室などへの湯の供給ができなくなったのである。寒波襲来の明朝、台所の蛇口をひねっても、冷たい水しか出てこなかった。そこでリモコンの操作盤を見てみると、画面が消えていくらスイッチを押しても正常には戻らなかった。


短歌

給湯器もガスのレンジも毀れたり通帳開いて溜め息をつく

八カ月酒も飲まずに貯めし金いち夜で毀れ給湯器を購う


 結局、給湯器を替えなければならなくなったのである。メーカーに来てもらって、見積りをしてもらえば、予想外の金額だった。それはわたしが八カ月、酒も飲まずに蓄えた金額に相当する。痛い!。が、止むを得ない不慮の事故である。定期にしていた預金を、事情を言って解約したようなしだいである。昨年末のシステムキッチンのガスレンジ、そして今回の給湯器の買い替えは、わが家の経済を脅かしている。とんでもない寒波襲来である。



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くれないの朝日

2016年1月31日(日) 晴れ時々曇り

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♪♪♪ 【くれないの朝日】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 このたびの猛烈な寒波には、ずいぶん心配させられた。中国地方でも40~70センチの積雪があり、瀬戸内の平野部でも10センチの積雪の予報が出されていたからだ。実際、山陰ではかなりの雪が降ったらしいが、瀬戸内では10センチに届かず1センチ未満だった。が、朝起きると窓がぼーっと白く見えたので、いちはやく玄関のドアを開けて外に出てみた。外に出てわたしは安堵した。塀に積もった雪を眺めてみると、うっすらと積もっているに過ぎなかった。これで自転車置き場の屋根を突き破られることもないと、ひと安心した。

短歌

雪ふりて白く染まりし故里に紅おびし朝日の射しくる


 しかし、家の周りは一面白く染まって、眩しいほどだった。雪が周りのものを隠して美しいような光景だった。その白く染まった大地に、朝日が射し込んでくれないに染まりゆく光景は、なんともいえないものだ。わが家の自転車置き場の生命線は、積雪10センチなのである。それ以上降ると、二階の屋根からの落雪で、自転車置き場の屋根を突き破るからだ。それにしても白い雪にくれないの朝日が射しくるのは、じつに美しい。



猛烈な寒波

2016年1月30日(土) 曇り

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♪♪♪ 【猛烈な寒波】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 24日(日)、25日(月)と猛烈な寒波が西日本を襲っている。30~40年に一度という寒波らしい。奄美大島では115年ぶりの雪が降ったということである。25日の午後4時現在、岡山南部では小雪はちらついたが積雪までには至っていない。しかし問題は、24日の夜から25日の早朝にかけてである。わたしは雪というものに、ずいぶん敏感になっている。雪よ降るな! と祈りつつ、天気予報を繰り返し繰り返し聞いている。空を見上げれば、青空も覗いており積雪をもたらすような気配は感じられない。

短歌

雪降れば自転車置き場の屋根こわす雪よ降るなと空を見上ぐる


 なぜこうまで、わたしが雪に敏感になったかといえば、昨年の雪のせいである。昨年にはわたしの町でも10センチ余の積雪があった。わが家は総二階建ての造りなので、屋根の上までは10メートル前後ある。そして雪が降って解けるときが問題なのである。屋根の上から「ドド、ドドドーッ」と音を立てて落雪する。そうして昨年は、自転車置き場の屋根を突き破ったのである。修理に5万円以上の痛い出費となった。わたしはそれが怖いのである。だから、わたしは積雪にはひどく敏感になっている。



書き写し

2016年1月29日(金) 雨

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♪♪♪ 【書き写し】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしが短歌を始めてまもなく1年が経とうとしている。右も左も分からなかったわたしだが、いくらか短歌というものに親しみがもてるようになった。だが未だに指折り数えて、31音の歌を苦労しながら創っている。昨年の2月に入って、歌を詠むようになり、それから殆んど毎日欠かすことなく、創りつづけてきた。しかし上達の方はなかなかできなくて、先輩に添削などもしてもらっている。

短歌

にちにちに三首と決めて書き写す万葉集から現代歌まで

震えつつコタツに入り書き写す一日三首力を込めて


 いまわたしが心がけていることは三つある。ひとつは、毎日一首以上歌を詠むこと。ふたつには、毎日数十首の短歌に親しむこと。それに、すぐれた歌を一日三首書き写すことである。冬は電気ゴタツに入っていても、部屋の空気が冷たいので上半身は寒い。本を読むおりは、両手をコタツに突っ込んで目を通すのだが、書き写しとなるとそうはいかない。卓上に手を出して作業をすると、手がかじかんでくる。震えながらの書き写しである。が、この苦労はいつかきっと実ると信じて、コツコツと忍耐強くやっている。



ランドセル

2016年1月28日(木) 曇りのち雨

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♪♪♪ 【ランドセル】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしには7人の孫がいるけれど、いままで殆んどといっていいくらい、何もしてやっていない。ランドセルひとつ贈ったこともないのである。冷たい祖父といえるかもしれないが、贈りたくても贈れないのである。18年前に新築した家のローンが数千万あったので、定年までに済ますつもりで、退職金や預金をすべてローンにつぎ込んだ。そうすると、手元には何も残らなくなったのである。

短歌

そと孫にランドセルでも贈りたし低年金でそれも叶わず

カラフルなランドセルひとつ贈られず低年金の悔しき思い


 このたび、そと孫が小学一年生になる。何か祝いをと思うけれど、その思いは叶えられない。ランドセルさえ贈ってやれないのである。年金はいくらかあるけれども、思いがけない出費を見越して、それなりの貯蓄も必要だ。したがって、孫たちには事あるごとに僅かな祝い金を贈ることくらいしかできない。低年金の哀しさ、庶民に冷たい政治のあり方などによって、孫たちには淋しい思いをさせている。カラフルなランドセルでも心をこめて贈ってやりたいものである。



紅梅の匂い

2016年1月27日(水) 晴れ時々曇り

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♪♪♪ 【紅梅の匂い】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしには「しんぶん」を配達・集金するだけでなく、増やすという仕事もある。この増やすという仕事は、なかなか難しくなっている。若い世代が「しんぶん」を読まなくなって久しい。それは必要があればネットで読むということもあるからだ。また、高齢者は目が霞んで読めなくなっているし、低所得者が多くなっているということもある。国民年金だけという世帯も多く、そういう家庭では「しんぶん」をとるという余裕すらなくなっている。

短歌

「しんぶん」を増やして歩き紅梅のかすかに匂う村道に出る


 しかし、わたしたちは「しんぶん」を増やすという仕事を、絶えずすすめてゆかなければならない。増やしてゆかなければ、必ず減るという宿命を負っているからだ。亡くなる人もいるし、目が衰えて読めなくなる人もいる。また、経済の悪化によって出費をおさえるという人も少なくない。だから、わたしは「しんぶん」を増やすという仕事に関わっている。「しんぶん」の拡大は決して楽ではないが、ロマンのある仕事である。短歌のように紅梅・白梅の咲く道に出ると、いい香りが匂ってくる。それがわたしの心を癒し、新たな勇気を与える。そして、「しんぶん」の拡大は、わたしの短歌のテーマのひとつである。



主婦ひとり立つ

2016年1月26日(火) 晴れ時々曇り

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♪♪♪ 【主婦ひとり立つ】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 先日の寒波襲来(19日)のときには、わたしの海の町でも小雪がちらついた。この瀬戸内では風花が舞うということも滅多にないのだが、この日には北風に乗って小雪がちらついていた。隣りの町で国道2号線のバイパスを建設中でそこに偶然出くわした。土木現場に目をやったら、男たちに混じってピンクの服を着た人が動いているのが見えた。わたしには主婦のようにしか見えなかった。その主婦が男たちに混じって、懸命に働いている。

短歌

風花の舞う寒き日に男らの土木現場に主婦ひとり立つ

喰うがため土木現場に主婦ひとり男に混じりスコップ握る


 小雪がちらつく中で、ピンクの服の主婦が土木現場でひとりあちこちと動いている。わたしはその主婦とその家庭のことが、すぐに頭をよぎった。どうして彼女は、土木現場で男たちに混じってひとり働いているのだろうか。今は「土木・建築女子」といって、男たちの中で現場監督をしている人、めざしている人も少なくない。それを「どぼじょ」というらしいが、しかしそれを志している人にとっては希望があるが、「喰うがため、生きるため」に土木現場でスコップを握るというのは、少し辛いに違いないと思えてしまう。わたしにはその主婦が健気に思えて仕方ない。まさに「健気なり」である。



上弦の月

2016年1月25日(月) 曇り時々雪

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♪♪♪ 【上弦の月】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 19日の寒波襲来のときには、暖かいわたしの海の町でも風花がちらついていた。わたしの幼いころには、冬に何度か雪が積もったものだが、近年ではめったにない。これも地球温暖化の影響なのだろう。世界経済が「あとは野となれ山となれ」とばかりに、利潤追求に明け暮れているためだろう。おそらく地球は悲鳴を上げているに違いない。あるいは人間社会に向かって、地球は牙をむいているかも知れない。その傾向はすでに現れていて、ゲリラ豪雨や苛酷な猛暑をもたらすようになっている。

短歌

青空に風花が舞い冴えざえと白く光りし上弦の月


 わたしの町には積雪はめったにないが、北の降雪地からやってくる風花は時々舞うことがある。風花が舞えばいかに瀬戸内といえども、震えるほどに冷える。しかし風花がちらついても、上空は晴れ上がっているということが多い。先日も風花が舞っているので、空を見上げたら、青い空が広がっていた。北の空は灰色の雲が垂れ下がっていたが、瀬戸内海の上空は澄んだ青い空に彩られている。そして東の空を望むと、上弦の月が青い空に貼りついていた。冴えわたり白く光る上弦の月である。



水仙

2016年1月24日(日) 曇り

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♪♪♪ 【水仙】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 恥ずかしいことだけれど、数年前まで水仙という花を知らずに生きてきた。水仙を知ったのは、友人が水仙をテーマに詩を書いたのを読んでからであった。それでインターネットで調べて、初めて知ったようなしだいである。それ以来、水仙の花が好きになった。何よりも、真冬に背すじを伸ばして凜としてさくところがいい。

短歌

水仙が風に吹かれて震えおり冬陽を浴びて光りを放つ


 先日、歌友のところに短歌会の相談に行った。歌友の家は山の上の集落にあるのだった。そこは瀬戸内海を見下ろす場所であり、どんな津波がこようとも大丈夫なようなところだ。その歌友の家からの帰りに、山の斜面に咲いている水仙をみつけた。水仙は風に揺れながら、やはり爪先立ちするように咲いていた。冷たい風に真向かうように咲く水仙は健気で、ある種の強さを秘めている。水仙も青い海を見下ろしているようで、冬陽を返して光りを放っていた。



風花

2016年1月23日(土) 曇り時々晴れ

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♪♪♪ 【風花】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 いま日本列島を寒波が襲っている。暖冬だといわれてきたが、もうしばらく寒さはつづきそうである。風花というのは、晴天にちらつく雪のことであるが、風上(かざかみ)の降雪地から風に乗ってやってくる。19日の寒波襲来のときには、わたしの町では積雪はなかったが、近隣の町では田畑にうっすらと積もったそうだ。やはりわたしの町は瀬戸内に面した海の町なので、うっすらとも積もらない。

短歌

晴天に風花が舞いちちははの墓の上空に鴉が群れ立つ


 しかし風花はちらついて、寒い一日であった。この日は短歌の会があったので、それに出向いて終えたあと、車のエアコンを強にして身体を温めるために、少しドライブをした。わが町のスカイラインを走ったのである。町の背後の山の中腹を道路が走っていて、そこをわたしはスカイラインと呼んでいる。そこからは瀬戸内海が一望できる格好の場所である。スカイラインを少しいくと、村墓地があってその周辺に鴉が群れていた。不気味な光景である。わたしは瀬戸内海よりも、鴉の群れに目を奪われていた。風花の舞い散るなかで、鴉が声を絞り出すように啼くのは不気味である。



凍りつく窓

2016年1月22日(金) 曇り時々晴れ

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♪♪♪ 【凍りつく窓】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 一週間ほど前から急に寒くなってきた。わたしにとっては、とても厭な季節である。それは「しんぶん」配達をしているからだ。わが家の駐車場には屋根がない。したがって、氷点下まで気温が下がると、たちまちフロントガラスをはじめ、車の窓が凍りついてしまう。「しんぶん」配達の前にする仕事は、窓ガラスの氷を溶かすことである。

短歌

凍りつくフロントガラスを湯で溶かしさあ出かけるぞ「しんぶん」配達

湯をかけて溶かせど凍る窓ガラス氷点下の朝「しんぶん」配る


 その方法は魔法瓶の湯を掛けたり、水道水をホースで掛けたりしている。いまはほとんど、ホースで勢いよく水を噴射させて溶かしている。しかし気温は氷点下なので走っていると、また凍ってくる。そこでワイパーを作動させたり、エアコンを使って氷を溶かしたりしている。車の窓が一部でも凍りついていると、周りがよく見えなくてとても危ない。蛍光帯などつけないで、ウオーキングをしている人や犬の散歩をさせている人がいるからだ。ひやりとすることも少なくない。が、わたしは凍りついた窓に水道水をかけて、「さあ、出かけるぞ」と呟いて、「しんぶん」配達に出発する。



腕立て伏せ

2016年1月21日(木) 曇り

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♪♪♪ 【腕立て伏せ】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 体力づくりのために、ストレッチ体操を始めたのだが、その体力の衰えに愕然(がくぜん)としている。腹筋や片足立ち、スクワットやラジオ体操を取り入れてやっているが、とりわけ問題なのは、腕立て伏せである。試みにやってみたけれど、なんと一回もできないのである。足を伸ばして床につけ、腕を曲げて伸ばそうとしても、上体が上がらない。何回挑戦しても起き上がれないのである。


短歌

試みに腕立て伏せに挑戦し一度もできず呆然とする

ああ悲し腕立て伏せが出来なくてせめて十回めざして励む


 これにはわたしも呆然としてしまった。あきれかえって、床に座り込んだ始末である。ここまで、自分の体力が落ちているとは思いもしなかった。高校時代は陸上部の長距離ランナーだった。そして上半身の筋力トレーニングも随分やったのにこのありさまである。腹筋にしても、片足立ちにしても心もとない。確実に体力の衰えが、わたしを襲っている。これからわたしは、コツコツと体力づくりに励んでゆくつもりでいる。ストレッチ体操を軸にして、いろんなものに挑戦してゆきたいものである。



シャンソンライブ

2016年1月20日(水) 曇りのち晴れ

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♪♪♪ 【シャンソンライブ】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 もしわたしの人生に音楽というものがなかったら、それはつまらない人生になっていたのではないだろうか。わたしのすきな音楽というのは、クラシック、フォークソング、ポップス、シャンソンなどであるが、それらの音楽がわたしの人生を彩っている。しかし、自分では楽器がほとんど出来ないし、唄えば音痴そのものである。いくらか唄うこともするが、やはり聴く方が性に合っている。


短歌

愁い持つわれの心に響きくる別府葉子のシャンソンライブ

初めてのシャンソンライブ心地よく胸に響いて 小さな倖せ


 そんなわたしがシャンソン歌手の別府葉子さんと、いつからかブログで交流するようになった。彼女は関西、四国を拠点にしてライブ活動を展開している。その彼女のライブが新倉敷のホテルで催されると知って、居ても立っても居られない思いで出かけた。そのライブと別府葉子さんの歌ごえはわたしを魅了した。伸びやかな声が素敵で、人柄もとても魅力的である。わたしは舞台の真ん前で、食い入るように聴いていた。愁いが少しあったわたしだったが、そのライブに触れて元気になって帰ってきた。会場で求めたCDを繰り返し繰り返し聴いている日々である。



病院の歌友

2016年1月19日(火) 曇り時々晴れ

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♪♪♪ 【病院の歌友】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 同じ短歌会に入っている人が入院している。かなり重い病気で、一時は危ないのではないかと思われたくらいであったが、その峠は乗り越えて、転院が可能になるまでに回復している。わたしは直接お見舞いできていないのだけれど、仲間から色んな情報が入ってくる。短歌会では菓子やコーヒーの準備など何くれとなく世話をやいていた。彼女がいないことでちょっぴり淋しい短歌会になっている。

短歌

病院の歌友は物も言えないがノートに歌を懸命に書く

床に伏す歌友は物も言えないが枕許には歌稿がいっぱい


 転院した彼女ではあるが、まだ物が言えない状態である。お見舞いに行っても会話はまだできないでいる。その彼女が枕許のノートに、短歌を書き付けているという。それも幾つも幾つもノートに刻むように書き記している。短歌というのは、歌びとの生き方がはっきりと表現されるので、彼女の強靭な精神がそうさしているのだろうと思う。物も言えないのに、自分の内面を刻むが如く書き付けている。重い病気とたたかいながら、わたしたちを限りなく励ましているのである。



菜の花

2016年1月18日(月) 曇り時々雨

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♪♪♪ 【菜の花】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 今週から2週間ほど真冬なみの寒気がやってくるという。が、21日が大寒なので真冬なのだが、いままでが暖かすぎたということだろう。先日、わたしはブログで交流のある別府葉子さんのシャンソンライブに出かけた。それは新倉敷であったので、わたしは瀬戸内の海岸べりの岬を巡りながら車を走らせた。海を見ながらのドライブもなかなかいいものだ。

短歌

菜の花の黄色に染まる畑なり冬の陽射しが優しく包む

柔らかい陽射しを浴びて菜の花が黄色に染まり風に揺れいる


 そして、岬をいくつか廻って驚いたことがある。カーブを左にとって車でゆくと、目の前が急に開けて畑が広がっていた。その畑の菜の花が満開なのである。畑は全面黄色に染まり、冬の柔らかい陽射しを浴びて輝いていた。この道は病院への通院や短歌会へ参加するために、よく利用する道だ。例年ならここの菜の花は3月になってから咲き出すのだが、今年はやはり異例の早さである。1月中日本列島は寒気に覆われるらしいが、そのあとはまた暖かくなるという。冬日のなかで咲く菜の花は貴重なものであり、何度も振り返りながら、眺めたしだいである。



明けの明星

2016年1月17日(日) 曇りのち雨

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♪♪♪ 【明けの明星】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 暖冬といわれてきたが、この1週間は平年よりも寒いといわれている。最低気温が氷点下になる日もあり、最高気温が6度まで下がる日があるという。いよいよ真冬がやってきたかという感はするが、長期予報ではやはり暖冬気味であることにはかわりないそうだ。しかし大寒もまもなくやってくるので、それなりの冬の覚悟はしておくべきなのかも知れない。

短歌

氷点下明けの明星かがやいて我は出でゆく「しんぶん」配り

「しんぶん」を配りて空を見上げれば凜とかがやく明けの明星


 そんな、セ氏0度、あるいは氷点下での「しんぶん」配達は辛いものである。これからはその心の準備もしておかなければならない。しかし、「しんぶん」の配達途中や配り終えたあとの「明けの明星」のかがやきに出会うと、憂うつな気持も解き放たれる。東の空にきらめくその星を見上げると「あ!」と思わず声を挙げてしまう。その瞬間の感動は、「しんぶん」配達の疲れを解き放ってくれる。「早起きは三文の徳」といわれるが、まさにその通りである。



小さな小さな決意

2016年1月16日(土) 晴れ時々曇り

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♪♪♪ 【小さな小さな決意】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしと同じ短歌会に入っている百歳の歌人は、今でもひとりで風呂に入り、食事や洗濯をしている。百歳といえば、102歳の画家、篠田桃紅さん、104歳の医師、日野原重明さんが有名だが、歌友の彼女は篠田さんや日野原さんよりも元気そうに見える。105歳には第二歌集を出すような心意気だ。まあ、わたしなどから見ると、超人的な存在である。

短歌

新年に小さな小さな決意をし部屋を片付け運動をする

いつまでも自分ひとりで靴下がはけ風呂に入れるようでありたい


 わたしも彼女に倣(なら)って、いつまでも元気でいたいというのが新年の抱負である。85歳の作家の先輩は、もう2~3年前から、風呂にひとりで入れなくなっている。風呂に入ろうと思えば、介助がいるのである。それを聞いて、わたしはいつまでも自分ひとりで靴下がはけ、風呂に入ることができるようでありたいと思っている。そのためには、60代のいまがとても大切な瞬間(とき)であるように思える。そして、今日わたしは運動をするために、部屋を片付け掃除をした。運動をする環境を整えたのである。そこでストレッチを行う計画だ。いついつまでも、健康長寿でありたいと願っている。



女子高生

2015年1月15日(金) 晴れ時々曇り

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♪♪♪ 【女子高生】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わが家の前には急な坂道の県道が通っている。その道は海辺から北に向かって貫かれており、わが家から300~400メートル行けば峠である。その峠に古い寺があり、わたしが時々訪ねるところだ。新緑や紅葉の時季にゆけば楽しめる。その道を自転車で登ろうとすると大変である。だから、峠を登ったところで、ひと休みしている人々をよく見かける。自転車にとっては難所の峠である。

短歌

坂道を女子高生は立ち漕ぎで白い息を吐きつつ登る

寒の入り女子高生は白い息吐きつつ登る峠の坂道


 その道を女子高生たちも通学に利用している。1月6日は小寒、つまり寒の入りであった。暖冬と言われてきたが寒の入りになって、平年並みの温度になってきた。夜明けにはセ氏0度前後の気温になって、通学の時間はまだまだ寒く冷たい。そんな冷気の中を女子高生が、自転車を立ち漕ぎしながら坂道を登って行く。首にマフラーを巻いて、白い息を吐きつつ登る女子高生の姿は感動的だ。困難に真向かってゆくようすは、どこか人生への挑戦のようにも見受けられるのである。



孫たちの夢

2016年1月14日(木) 晴れ時々曇り

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♪♪♪ 【孫たちの夢】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 正月に7人の孫たちがやってきた。夫婦二人きりの静かといえば静かだが、淋しいわが家に7人もの孫たちがやってきたのである。上は高校3年生、下は来年小学校に入学する。彼ら彼女らは淀んだ淋しいわが家に、新しい風を吹き込むのである。老いてくれば、年金生活の遣り繰りの心配だったり、健康の心配だったりするのだが、彼らにはそんなものはいっさいない。

短歌

正月に夢を語らう孫たちは看護、保育と栄養士への道

正月にわたしはわたしは栄養士、看護師、保育士 孫たちの夢


 「♪若かったあの頃、何も怖くなかった」という歌があるが、まさに彼らには怖いものが何もない。もちろん、高校や大学受験などへの悩みもあるに違いないが、そんなものを、彼らは乗り越えてゆく勢いをもっている。しかし、新年になって中学生や高校生の自殺も話題になっているので、彼ら彼女らも生きてゆくうえでの悩みを抱えているのだろう。だが、わが孫たちは電気コタツに入って、将来の夢を語り合うのである。看護師や保育士、栄養士や薬剤師などへの夢や希望を語るのだった。わたしは彼ら彼女らの夢が叶うことを祈るのみである。



正月

2016年1月13日(水) 曇りのち晴れ

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♪♪♪ 【正月】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 子どもがそれぞれに巣立って、妻とふたりきりになってから、わたしは世間の行事というものに、ずいぶん疎(うと)くなってしまった。季節ごとの行事や町で催されるいろんなイベントにも無関心で、遣り過ごすことが多い。一年でもっとも大きな節目である正月さえも、無頓着でただ過ぎてゆくのを待つだけという状態である。それなりの準備はするけれども、最小限のことにとどまっている。

短歌

それぞれに巣立った子どもが帰りくる正月という匂いを連れて

正月はどこにあるかと思いしが子や孫たちが連れてくるなり


 しかしわたしがひっそりと時を過ごそうと思っていても、正月は外から子どもや孫たちが連れてくる。今年も4人の子どもと7人の孫たちがやってきた。正月はどこにあるのだろうか? という思いでいるわが家に、彼ら彼女らが正月の風と匂いを連れてやってくるのである。2階のリビングは彼らに占領されて、わたしは室の隅のほうで小さくなっている。淀んだわが家の空気に彼らは新しい風を吹き込むのである。わたしは室の隅で、「ああ、これが正月というものか」と、人ごとのように眺めている。彼ら彼女らの活気に満ちた息吹が、わが家に正月というものを運んでくるのである。



初日の出

2016年1月12日(火) 曇り時々晴れ

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♪♪♪ 【初日の出】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 初日の出は久しく見る機会がなかった。「ゆく年くる年」の刻を、遅くまで起きているため、元旦はゆっくり過ごすので、初日をみることができなかったのである。しかし今年は「しんぶん」の配達があったので、その機会を得ることができた。「しんぶん」を配り終えると、東の空がいくらか薄紅に染まってきていた。まもなく初日が見られるのではないかと思い、むかし島だった場所に行ってようすをみようと、そこまで車を走らせた。

短歌

「しんぶん」を配りて磯に立ち尽くし昇りくる初日を震えつつ待つ

磯に立ち瀬戸の島影昇りくる朱に染まりたる初日の出見ゆ


 そこは日の出をみるスポットである。初日の出でなくても、いつもカメラマンが日の出の写真を撮っている場所だ。わたしが行くともう百名近くの人たちが、堤防に座ったり、海岸を行ったりきたりしていた。わたしは人が多いので、海岸を降り長くつづく砂浜まで歩をすすめた。わたしはそこに立ち尽くし、太陽が昇ってくるのを待った。待つ間、冷気にさらされて震えていた。すると、島影から朱に染まった太陽がわずかに覗いた。最初は細い爪だった。それがぐんぐん昇ってくる。感動の一瞬である。太陽はあかあかと染まり、海をも紅に染めてゆく。初日の出を見ようと集まった人たちも歓声をあげる。わたしは2016年、初日の出を迎えることができて、今年はなんとなくいい事がありそうな予感がした。



除夜の鐘

2016年1月11日(月) 曇り時々晴れ

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♪♪♪ 【除夜の鐘】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 NHKの紅白はほとんど観ないけれど、「ゆく年くる年」だけは、毎年欠かさず観ている。そこに映し出される人々の姿が、新年に向かって平和や家内安全や無病息災などの祈りとして、ひしひしと伝わってくるからだ。そういう人たちを見ていると、どうか政治や社会が庶民のためのものであってほしいと、願わずにはいられない。寺院や神社に集う人々に幸多かれと祈るような気持である。

短歌

深夜まで平和を願う賀状書く峠の寺の除夜の鐘聞こゆ

百八の煩悩を除す鐘を聴く酒を飲みつつ喧嘩をしつつ


 わたしは「ゆく年くる年」を見終わると、二階の書斎に上がって、パソコンでいくらかの作業をする。パソコンに向かっていると、村の峠の除夜の鐘が聴こえてくる。百八の煩悩を除く鐘といわれているが、わたしにとっては、新年に向けて心ひそかに気持を新たにするということの意味合いが強い。2016年のだいたいの予定や構想を描くのである。まず何よりも健康を願わずにはいられない。そして趣味のような仕事のような、短歌に携わる気持を新たにする。そして何よりも、平和で平穏な社会であって欲しいと願うのである。除夜の鐘は午前1時ころまでおごそかに鳴り響いている。



消費税

2016年1月10日(日) 晴れ時々曇り

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♪♪♪ 【消費税】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 国民はさまざまな税金を負担させられているにも関わらず、意外とその内容は知られていない。まさに国民は税金づけといっても過言ではない。それに消費税が加わったから、人間が生きてゆこうと思えば、税金を避けて通ることができなくなった。先日、友人に会って、「どう、忙しくしてる?」と訊いたら、「忙しいに決まっているではないか」、と言われた。「息をしなければならないし、メシを喰わなければならないし」と言うのだった。

短歌

消費税の正体はこれか手の平の二円切手をつくづく眺む

消費税の二円切手を手の平にのせその重さをつくづく眺む


 今のところ、空気税や太陽税は課せられていないが、息をする為にはメシを喰って健康でなければならないし、それには消費税がかかる。「息をし、メシを喰うために忙しくしている」友人だが、生きるためには、ほとんどすべてのものに税金がかかっている。そして、わたしが封書を投函しようと思ったら、従来の80円切手では駄目で、2円切手を追加しなければいけないことがわかった。そこでわたしが思ったのは、「ああ、そうか、これが消費税というものか」ということだった。その2円切手を手の平に載せて、つくづく眺めたしだいである。



大晦日

2016年1月9日(土) 晴れ時々曇り

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♪♪♪ 【大晦日】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 ふるさとの訛りなつかし
 停車場の人込みの中に
 そを聞きに行く


 これは石川啄木の有名な歌であるが、わたしもこの大晦日に、これによく似た心境になった。わたしは大晦日の2~3日前までには、大掃除や墓参り、年賀状書きやお飾りの準備などなどすべて終えて、あとは新年を迎えるだけになっていた。このような支度は近年にないことだった。多分、心持ちが前向きになって、新年に期する何かがあったからだろうと思う。

短歌

「ああこれが大晦日というものなのか」スーパーのレジの列に並びいる

大晦日そを感じたく梨ひとつ持ちスーパーのレジに並びいる


 したがって、大晦日には何もすることがなく、手持ち無沙汰になって退屈な時間を過ごしていた。そこで思い立ったのが、「大晦日の雰囲気を嗅ぎ、触れたい」という衝動に駆られたのである。そこでわたしはすぐに車を出し街に出かけていった。ガソリンスタンドに寄り、百均の店舗に立ち寄った。そして比較的大きいスーパーに入っていった。どの店舗でも行列ができ、ショッピングカートもないような状態だった。レジでは長い行列ができていた。わたしは「ああ、これが大晦日というものなのか!」というのを、肌で感じ妙に納得して家路についたのである。



白木蓮

2016年1月8日(金) 曇り時々晴れ

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♪♪♪ 【白木蓮】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 白木蓮はわたしの好きな花木のひとつである。わが家の庭には植わっていないが、「しんぶん」の読者の家に白木蓮が枝を広げている。春には清楚な花をたくさんつけて、とても心地よいものである。わたしは「しんぶん」を配達に行って、白木蓮に駆け寄り花木を見上げる。思わずその家の奥さんに「綺麗ですね」と声をかける。白木蓮は春の到来を告げる花である。黄蝶が羽を広げて花の周りを飛び交うようすは、なんとも清々しい。

短歌

凜とした空気の中でひっそりと白木蓮の花芽が膨らむ

北風の吹きつのるなか木蓮の鋭き花芽が天を突くなり


 その白木蓮が今は冬の冷気のなかで、花芽をつけて凜と空に向かっている。その花芽がいっせいに鋭く尖って天を突くようすは、人間の強靭な精神をおもわせる。もちろん白木蓮の花は美しいに違いないが、北風に耐えて春を待つ花芽のようすも、わたしの胸を強く打つ。じっと寒い冬を耐え抜いて春に見事な花をつける。人間だって辛い苦しいときがあるだろうが、それを耐え抜けば白木蓮のような花をつけることができるだろう。白木蓮の花芽のようでありたい、とわたしは思う。



タンポポ

2016年1月7日(木) 晴れ時々曇り

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♪♪♪ 【タンポポ】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 わたしが年の瀬に見たのは「セイヨウタンポポ」なのだろうか。冬の陽射しの中で鮮やかな黄色の花を咲かせていた。「セイヨウタンポポ」は生命力が強く年中咲くというので、もしかしたらそれかも知れないが、わたしには在来種のタンポポのように思えて仕方がない。全国の便りによると、ツクシが顔を出したとか、水仙が咲いたとか、蝋梅(ろうばい)が花開いたというので、わたしが見たタンポポは、本来春咲くものである可能性が高い。

短歌

年の瀬にタンポポの咲く異常さよ地球はきっと牙を剥いてる


 それほどに今年は暖冬である。わたしはひどい寒がり屋で、冬がもっとも厭な季節である。しかし今年はまだ石油ストーブを使用していない。40~50年ぶりのことである。石油ストーブなしの冬を越すということは考えられないことだが、石油ストーブはまだ倉庫で眠っている。電気コタツと電気ストーブを時と場所に応じて使っている。わたしにとっては歓迎すべき冬であるが、しかし地球温暖化ということを考えると、一概に喜んでばかりはいられない。それは憂慮すべき事態であり、地球は悲鳴を上げているかも知れない。地球の世界各地で起こっている異常気象は、地球温暖化と無縁ではないような気がする。



モチ搗き

2016年1月6日(水) 曇り

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♪♪♪ 【モチ搗き】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 遠いむかしの30日~大晦日にはどこの家でも家族・親戚総出でモチ搗きをしていたものである。わたしの家なども貧しい生活をしていたが、正月用のモチ搗きだけは賑やかにやっていた。縁側の前でモチ米を蒸して、玄関を入った土間でモチを搗いていた。モチ米を蒸したり、臼の米を返したりするのは母の仕事だった。座敷ではモチを丸めたり、餡(あん)を包んだりしていた。そのモチを1カ月近くも食べたものである。

短歌

大晦日モチ搗きの音(ね)が聞こえくる遠いむかしが甦るなり

大晦日モチ搗きの音(ね)が聞こえくる思わず寄りてその音(おと)を聞く


 しかし今はほとんどの家がモチ搗きをしなくなった。むかしは何処の家からもモチ搗きの杵(きね)の音が聞こえてきていたが、もうその音を聞くのは稀である。貧しい時代だったが、モチ搗きの光景は懐かしく、家族の絆のようなものも感じられていた。今は家庭用のモチ搗き機で搗いたり、出来合いのモチをスーパーで買ったりして済ませている。そういうわが家でも今年は八百屋で雑煮用のモチを買った。モチが搗かれないようになったのはいくつかあるが、核家族化ということも背景にある。希薄な家族の絆が透けて見えるのである。



四コマ漫画

2015年1月5日(火) 曇り

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♪♪♪ 【四コマ漫画】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 「しんぶん」の四コマ漫画は、ユーモアがあり、皮肉があり、スパイスがあって、毎日の紙面にはなくてはならないものである。その漫画がどのようにして作られているかということは、意外と知られていない。先日、漫画の作者が「しんぶん」に登場し、創作の秘密を語っていたが、とても印象的だった。わたしも短歌の創作をしているので、興味深くというか紙面を食い入るようにして読んだ。

短歌

「しんぶん」の四コマ漫画アイデアを二、三時間も掛けて生むらし

オダシゲは四コマ漫画のアイデアに二、三時間も頭をひねる


 その作者は、アイデアを生み出すために2~3時間うなりながら、頭をひねるそうである。彼は散歩をしながらとか、電車の中でとか、何かしているときにひょいとアイデアが生まれるということはない、と断言している。やはり書斎に座って、頭をひねらなければアイデアというものは生まれてこないという。それも毎日2~3時間机の前に座って、うなりながらはじめてアイデアが生まれるらしい。だいたいアイデアが9割で描くのが1割という配分だという。やはり何事をするにしても、企画やアイデアが大切なことを物語っている。そうして生まれた漫画をこれからも、楽しみたいと思っている。



眠りから覚む

2015年1月4日(月) 晴れのち曇り

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♪♪♪ 【眠りから覚む】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 岡山県には県北を除いて低い山が多い。岡山の名称の由来は、丘のような小高い山が多いところからきているという説があるくらいである。つまり丘山なのである。わたしの棲む周辺の山も低い山が連なっている。短歌で詠んだ竜王山というのは、標高300メートル余で、周りでは高いほうである。子どものころ、この山は畏敬と畏怖の対象であった。この山に登ることが、少年から思春期への登竜門のようなところがあった。

短歌

闇が溶け東の空が白むころ竜王山は眠りより覚む


 今でもこの竜王山は、周りの山から抜きん出て、聳え立っている。わたしの子どものころは、この山に松茸やメジロを取りに競って入っていたが、いまではほとんど登る人がいない。したがって、山は荒れ道も消えているような状態である。以前には風呂やかまどの「たきぎ」を取りに入っていたから、山は荒れるということもなく、片付いていたが今は荒れ放題である。そんな山だが夜が明け空が白むころになると、竜王山はシルエットとなって、深い眠りから覚めるのである。



クリスマス

2015年1月3日(日) 晴れ時々曇り

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♪♪♪ 【クリスマス】 ♪♪♪ (短歌とエッセイ)

 子どもたちが巣立って、夫婦ふたりだけになってから、クリスマスの夜を楽しく過ごすということもなくなった。それでも第一線で仕事に就いていた頃は、会社の親睦会からケーキやワインなどが贈られて、夫婦ふたりでもささやかなクリスマスイヴを過ごしてきた。が、今はまったくそのようなこともなく、ごく普通の夜を過ごすだけだ。しかし、それで淋しいという思いをすることもなく、いつものような夜が過ぎてゆくのみである。

短歌

妻からのクリスマスイヴの贈りもの短歌づくりのペンと紙なり


 だが、子どもたちはクリスマスの夜を、大いに楽しんでいる。ちょっと彼らの家を訪ねてみたら、ツリーを飾り、クリスマス用の食事セットを求めて、食卓を彩っていた。孫たちもウキウキと弾んでいる。わが家でも息子、娘たちが幼いときは、こんな夜を演出したものである。わたしの棲む田舎町でも、家の全面をイルミネーションで飾りつけしたところがちらほらと見受けられるようになった。こうしたクリスマスを楽しめるのも、平和であってこその行事であり、それがずっと続くことを祈らずにはいられない。



プロフィール

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Author:FC2USER634322BTA
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 1947年生まれの68歳で、
「新日本歌人協会」の会員です。
 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

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