散髪にゆく

2015年11月1日(日) 晴れのち曇り

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 千春

★ 『散髪にゆく』★

 女性のことは良くわかりませんが、女性は髪をとても大切にして、ヘアケアもぬかりなくやっているように思える。わたしなどは無頓着で、毎朝、寝癖を直す程度である。しかし男性だといっても、手入れを入念にする人も少なくない。わたしだって、髪が乱れていれば気になるし、人前に出るのが億劫(おっくう)になる。そして自信をもって人前で振る舞うことができない。

短歌 (「新日本歌人11月号」に掲載)

上半期終え来し方を振り返り心新たに散髪にゆく


 女性は失恋したり、新しいことに挑戦したりするとき、髪をバッサリ短くしたり、あるいは髪形を変えたりするというのを聴いたことがある。男性もそれはほとんど変わらないように思う。男性一般にしてしまうと、誤解を与えてしまうといけないので、「わたしは」ということにしておきたい。わたしは6月30日に理容院に行った。それはちょうど半年が終わり、明日から後半の半年が始まるからである。そこには新しい気持ち、決意が秘められていた。正月前にも行くが、それは新年をよりよく迎えるという心持ちからである。こう考えると、女性も男性も新たなることに向かおうとするとき、美容院や理容院に行くということだろう。髪の手入れや理美容院にゆくということは、すぐれて精神・心の問題のように思える。



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鳥が落ちる

2015年10月31日(土) 晴れ

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 千春

★ 『鳥が落ちる』★

 みなさんは見たことがあるでしょうか。「鳥が落ちる」のを! 正しくは鳥が落下するように見えるということなのですが、そんな経験はありませんか。わたしはそんなことによく出くわす。たとえば、2階の書斎にいて、何気なく外を眺めていたりすると、まるで小石がサアーッと落ちたと感じる。それも垂直に落下するのだ。

短歌 (「新日本歌人11月号」に掲載)

垂直に落下するごと鳥が落つ窓に映りてまた飛翔する


 「あ!」とわたしは声を挙げる。「小石が落ちた」と思う。ところが、すぐに窓をよぎって鳥がふたたび飛び立つ。小石だと思ったのはそうではなくて、小鳥だったのだ。小鳥はなぜ垂直に落下するのか。餌さでも見つけたのだろうか、あるいは小鳥のたわむれなのだろうか。一瞬、小石だと思う、そして小鳥がすぐに飛翔する。それはひとつの感動である。



よりよく生きたい

2015年10月30日(金) 曇りのち晴れ

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★『よりよく生きたい』★

 「よりよく生きたい」、なんて、「わかもの」が言うような言葉である。もう定年になって、「サンデー毎日」、つまり毎日が日曜日の人間が、そうあくせくしないで、のんびり、ゆっくり生きていけばいいように思うのだけれど、なぜかそれがわたしにはできない。友人はパチンコに行ったり、釣りを楽しんだりしているが、そんな生き方ができたらいいなあ、と思うことがある。

短歌

「生きたい生きたいよりよく生きたい」と北斗星に向かいて立ちぬ


 これはもう人間の性(さが)でしょうね。わたしはしばしば「生きたい生きたいよりよく生きたい」と呟いている。「性(さが)」を辞書で引くと、「もって生まれた性質や宿命」というふうに記されている。こんな生き方はもう溝(どぶ)に捨てて、自由に気ままに生きてゆきたいと思うけれど、それができない。なんて悲しい性(さが)なんでしょうか。いまでもわたしは、闇のなかで一点の光を捜すような日々を送っている。それはたぶん自身の生涯が終焉を迎えるまでつづくに違いない。それは倖せのような、不倖せのような複雑な心境である。



アッケシソウ

2015年10月29日(木) 晴れのち曇り

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★『アッケシソウ』★

 「アッケシソウ」、この言葉を聞いてどのくらいの人が分かるでしょうか。たぶん初めて耳にする方が多いのではないでしょうか。それは日本国内ではめずらしい植物であるからだ。「アッケシソウ」は、アカザ科・アッケシソウ属で、名前の由来は1891年に北海道厚岸(あっけし)町の牡蠣(かき)島で発見され、その町名をとり命名されたものである。サンゴソウ・ヤチサンゴ・クラブグラスは別名である。北半球に広く分布し、日本では現在北海道・岡山県寄島町・香川県で生育が確認されている。わたしの棲む寄島町は本州唯一の自生地である。海水の流入する塩湿地に生育する1年草で、10~40センチになる。秋には全体が緑から紅色に変わってくる。

短歌

夕焼け色に深く染まりて一面にアッケシソウが燃え立ちている


 先日、現地に見に行った。少し遅かったので、紅色はすこし褪せていたが、それでも赫く染まっていた。そこは海を埋め立てた干拓地で、塩水が滲み出ているので、「アッケシソウ」の生育条件が備わっているのだろう。寄島町民は「アッケシソウ」を誇りにし、大切に見守り育てている。



死の家の記録

2015年10月28日(水) 晴れ

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★『死の家の記録』★

 瀬戸内海をはさんだ四国・丸亀にわたしの友人がいる。その彼女とは、岡山の「まがね文学会」で比較的ながく一緒に、小説を書いてきた。先日、彼女に電話してお互いの近況などを話しあった。彼女はいまでも小説を書きつつ、読書を意欲的にしている。単行本を年間、100冊くらいは読む読書家である。「いま何を読んでるの?」と訊いたら、ドストエフスキーの「死の家の記録」だということだった。

短歌

秋深まりてドストエフスキーの「死の家の記録」読みつぐ君はやがて古希


 ドストエフスキーの小説は難解なことでよく知られている。わたしも何冊か途中で投げ出している。しかし彼女はもうすぐ古希を迎えようとしているのに、旺盛な読書欲をもっている。「死の家の記録」も難解ならしいが、彼女は愉しんで読んでいる。わたしは小説から短歌に転向したので、おそらくもうドストエフスキーの本を手にとることはないだろう。わたしは文学のジャンルをかえたが、彼女とは永遠の友人であり、文学のよきライバルである。



オリオン座流星群

2015年10月27日 (火) 曇りのち雨

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★『オリオン座流星群』★

 先日、オリオン座流星群が見られるというので、村の比較的大きな公園にいった。午前0時ころから夜明けまでが見頃というので、それを狙ってその時間に公園に着いた。午前0時に着いて空を見上げた。すると雲ひとつない快晴であった。北は山なみ、南は島に囲まれた大きな空間が広がっていた。公園には1組の見学者が空を見上げていた。星はきらめき絶好の天気であった。

短歌

震えつつ夜空を見つめオリオン座流星群の走るのを待つ


 しかし一向に、星は流れない。それでも流星の一瞬を見逃すまいと、じっと夜空を見つめていた。あれがオリオン座流星群なのかどうか、確信が持てなかったが、1時間でふたつ流れ星のようなものをみることができた。一瞬のことで綺麗だという感慨はわかなかった。インターネットで時間と方角を調べて行ったので間違いはないと思うけれど、わたしは失望した。首は痛くなるし、寒さで震えてきたので、1時間ほどで切り上げてきた。失望はしたけれど、わが人生のなかでもっとも夜空と対峙した時間だった。いつかまた、夜空を走りゆく流星群を見たいものである。



人生って!

2015年10月26日(月) 晴れ

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「人生って!」

 今日はわたしの誕生日である。それなりの歳を重ねてきた。長い道のりだったようにも思えるし、一瞬だったようにも思える。あえて言えば、人生なんて一瞬だ、ということができる。それはそうだろう、宇宙の成り立ちから言っても、あるいは人類の起源から言っても、人間の命が燃え尽きるのは線香花火よりも短いと言えるだろう。

短歌

人生は挫折ザセツの連続でようやく新たな地平に立ちぬ


 しかし、その一瞬の人生の中に、いろんなことがつまっている。人生は一瞬のようでもあるし、また無限大のようにも思える。人生って不思議である。地球の起源や人類の起源にも、思いを馳せることができるのが人間であり、人生である。「人間の命は地球よりも重い」といった詩人がいるが、まさにその通りだ。

 その重い命、人生を振り返ってみると、決して平坦な道ではなかったし、紆余曲折の道を歩んできたように思う。大局的な人生の挫折というものはなかったけれど、小さな挫折は数えきれない。

 わたしは神も仏も信じてはいないけれど、もし神がおれば「懺悔」したいほど多くの「罪」を犯してきたように思う。それが「人生って!」いうものかも知れない。が、この歳になってわたしは「ようやく新たな地平に立つ」ことができたように思える。人生はこれからだ、という思いは、わたしを烈しくとらえている。



風と光りを

2015年10月25日(日) 晴れ

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「風と光りを」

 先日、数年来なかった風邪をひいてしまった。わたしは冬が苦手で寒がり屋である。にもかかわらず、風邪をひくということがなかった。正しくは、微熱がしたり咳が出たりという風邪の症状はあらわれるけれど、寝込むということがないという意味である。今回はまことに不思議だった。寒くて身震いするということもなかったし、疲れという状態でもなかった。

短歌

朝が来たさあ起き出して窓をあけ風と光りを部屋に入れよう


 それなのに、風邪は不意打ちのようにやってきた。熱は出なかったけれど、咳と鼻水がひどかった。わたしはだいたいこの程度の風邪の症状では病院に行くことはないのだが、今回は早々に行って、注射を打って貰い、薬をもらってきた。すると、注射と薬が効いたのか、翌朝にはすっかり良くなっていた。上記の短歌はそのときにできたものである。カーテンを開き、窓を明け、風と光りを入れたいという気持ちになった。健康というのはこういうことなのか、というのを実感した。風邪でぐずぐずしていたら、こんな心持ちにはならなかっただろう。



ふるさと(8)

2015年10月24日(土) 晴れ

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「ふるさと(8)」

ふるさとの山に向ひて
言うことなし
ふるさとの山はありがたきかな

石をもて追はるるごとく
ふるさとをい出しかなしみ
消ゆる時なし


 これは石川啄木の歌であるが、「ふるさと」は優しさと厳しさをもっている。

短歌

古里の海は吠えるだけああ悲し旅に疲れたわれを拒絶す


 わたしもまた「ふるさと」の優しさと厳しさを経験している。わたしも高校を卒業すると、「石をもて追はるるごとく」、「ふるさと」を逃げていったことを憶えている。わたしの場合は、追われるという一面と、もうひとつは「ふるさと」を捨てる、というふたつの面があった。厳密にいえば、村の保守性や後進性に対して、嫌気がさして「ふるさと」を捨てて、逃げていったというのが正しいだろう。
 しかし、わたしは街での暮らしに疲れ、病気になってしまった。精神安定剤を飲まなければならないような身体になってしまったのだ。わたしは行くところがなかった。そんなわたしを迎えてくれたのが「ふるさと」である。つまり、わが「ふるさと」は、厳しさと優しさをもっている。


ふるさとの海に向ひて
言うことなし
ふるさとの海はありがたきかな


 これがいまのわたしの心境である。



鴉が群れ立つ

2015年10月23日(金) 晴れ

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「鴉が群れ立つ」

 わたしの村では死人(しびと)が出ると、カラスが騒ぎ舞い飛ぶと言い伝えられてきた。いまではそんな風な話は影をひそめているが、いまもそれを信じている人は少なくない。たしかにカラスは不気味な鳥だ。真っ黒で鳴き声も美しくなく、道の上に死んだ動物がいると、それに群がって食いちぎっている。また墓苑にゆくと、供物や水をあさって墓所を荒らしてしまう。

短歌

死人(しびと)が出ると鴉が舞うという朱の西空に群れ立つ鴉


 先日、朱に染まった夕焼けに出会うことができた。その落日を見ようと、わたしはロケーションを探して、村のあちこちを巡った。西空が朱に染まり、夕陽が島影に落ちてゆく感動的な光景だった。が、その夕陽をよぎってカラスが群れ立って飛んでいる。夕陽を背景にしたカラスは、不気味そのものだった。ふと、むかしからの言い伝え、「鴉が舞うと死人が出る」という言葉が甦ってきた。



赫い陽が昇る

2015年10月22日(木) 晴れ

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「赫い陽が昇る」

 わたしは週3~4回「しんぶん」を配達しているが、なかなか大変である。だいたい配達日にあたる日の夜は、翌朝のことが気になってぐっすりと眠れない。頭のどこかに寝過ごすことはないだろうか、という思いを持って寝るからである。これが冬になるとますます困難が増してくる。寒いのに加えて車のフロントガラスが凍って、エンジンをかけて解けるのを待つからである。やがて秋が深まり厭な冬がやってくる。

短歌

島影を迫り上がりくる赫い陽に深き眠りより目覚めゆく村


 しかし、「しんぶん」の配達で感動的なシーンに出会うこともしばしばである。このシーンが配達を後押しして、わたしを励ますひとつのモチベーションともなっている。先日の光景はまさに感動的であった。わたしが北にある「しんぶん」主張所から、峠を越えて海に出たときだった。空は朱に染まりはじめていたが、まだ朝日は出ていなかった。そこで車を停めて、海の岸へ立って東の空を眺めていた。すると島影から爪のような朝日がのぞいた。じっとみつめていると、ステージがせり上がるように、朝日が昇ってくる。それはまさしく感動的なシーンである。島影から昇り切ると、わが村は金色に染まり、深い眠りから覚めるのである。「しんぶん」の配達はこのような出会いを演出してくれることもある。



待ち焦がれる日

2015年10月21日(水) 晴れ

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「待ち焦がれる日」

 わたしの棲むところは貧しい町である。漁師町、魚の行商人の町でもあるが、それらの人の中には豊かな暮らしをしている人もいるが、なかなか暮らし向きは大変ならしい。とくに、高齢者で国民年金だけという人も少なくない。そういう人が夫婦で、あるいは独り暮らしをしている。そんな人の家を訪ねると、都会に棲む息子さんたちからの援助で、なんとか遣り繰りしている。

短歌

ひそやかな銀行・店が賑わう日待ち焦がれたる年金支給日

「年金が出るまで待って」と聞こえくる町内会費の集金日なり


 そんな貧しい町が賑やかになるのが、年金支給日である。その日には日頃ひっそりとしている銀行が俄然忙しくなる。年金を下ろす人たちが列をなす。わたしもみっつの銀行を訪ねて出し入れを行う。どこでも少し待たされる。また、小さなスーパーも賑わって、いつもより人が多い。そんな年金が将来にわたって、減額されつづける仕組みがつくられている。大きな企業には減税、なけなしの庶民の年金は削られつづける。国民の暮らしを豊かにするのが、政治と社会の果たす役割の筈だが、それが逆行している。



神田川の世界

2015年10月20日(火) 晴れ時々曇り

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「神田川の世界」

 かぐや姫の「神田川」の歌詞を少し書いてみようと思う。

♪貴方はもう忘れたかしら
赤い手拭マフラーにして
二人で行った横町の風呂屋
一緒に出ようねって言ったのに
いつも私が待たされた♪


 この歌詞を書いたのは、喜多條忠である。まったくわたしと同世代だ。わたしはこの歌が好きで、この曲を聴くと青春時代が鮮明に浮かび上がってくる。

短歌

路地裏の風呂屋だったね君と手をつないで行った雪の舞う夜


 雪の舞う寒い夜だった。わたしも「神田川」と同じような裏通りの風呂屋に、彼女とよくいったものだ。わたしのような世代は、このような経験をした人が少なくないように思う。わたしの場合は、勿論いまふうのワンルームマンションではなく、6畳ひと間の安アパートだった。わたしたちの生活の在りようも「神田川」の世界だった。ただ、わたしたちは新しい時代、社会をめざして、ひたすらに生きていたように思う。



寅さん

2015年10月19日(月) 晴れ

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「寅さん」

 わたしは山田洋次監督とその作品が好きだ。そう言うと、山田作品は底が浅いという人もいる。けれど、そういう人に対しては、井上ひさしの次の言葉を噛みしめてほしいと思う。

むずかしいことをやさしく
やさしいことをふかく
ふかいことをゆかいに
ゆかいなことをまじめに  井上ひさし


 わたしは山田作品のほとんどすべてを観ているが、井上ひさしの言葉にそれは言い尽くされているように思う。

短歌

寅さんの財布にそっと札入れるさくらの思い強く胸打つ


 山田作品の中でも好きなものは「母べえ」、「下町の太陽」、「家族」、「同胞(はらから)」、「幸福の黄色いハンカチ」、「息子」、「学校シリーズ」、「時代劇3部作」などなどである。それに特筆すべきは「男はつらいよ」の48作品と特別篇である。「男はつらいよ」は、寅さんが馬鹿なことをやり、マドンナにいつもふられているような類型的な作品に見えるが、しかし決してそうではない。マドンナはいつも美人であるが、このマドンナに監督は社会や家族の確執や人間の深さを投影させている。つまり、美人のマドンナは「わけあり」の人生を歩んでいる女性を形象化しているのである。「男はつらいよ」を語ればきりがないが、山田作品を貫いているのは、ヒューマニズムであり、人間の尊厳と愛と優しさである。いまは山田監督が命の限り、いい作品を創りつづけてほしいという思いでいっぱいである。



心みだれて

2015年10月18日(日) 晴れ

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「心みだれて」

 年来の友人と言い争いをした。非正規労働者の増大によって、セクハラも増えているというのが、わたしの主張だった。が、友人はセクハラというのは、昔からあって非正規労働者の増大とは関係ないという反論だった。その口論は平行線をたどって、シンクロするということがなかった。それで別れて帰ってきた。

短歌

若き日の友といさかい帰りきて唇を噛み庖丁を研ぐ

 
 家に帰ってきても、わたしの心は乱れささくれだっていた。お互いの意見がシンクロしなかったということよりも、その言い争いそのものが無益のように思われた。とても淋しい心情に囚われ、虚しい思いがわたしの心を支配していった。そんな思いを吹っ切るのは、何かするほうがいいと思って、部屋の掃除をしたり、電気カミソリを洗ったりした。そうすると、心が静まり落ち着いてくるのが不思議だった。わたしの心は平常心に戻ったけれど、いまもなお和解はできていない。いつか遠くない日に、友情がふたたび復活することを願っている自分がいたりする。



さまよう日々

2015年10月17日(土) 晴れ時々曇り

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「さまよう日々」

 わたしは若いときに、あちこちへひとり旅をしたものである。短歌に詠ったように、函館、津和野、萩を初め信州、隠岐の島、京都、小樽などを訪ねた。函館は石川啄木、小樽は小林多喜二を偲んでの旅であった。その頃わたしは烈しく悩んでいた。自身の生き方に確信がもてなくて、人よりも劣っているという呪縛に囚われていた。

短歌

若き日に生き方求め旅をする函館・津和野・萩を彷徨う


 ひとり旅は自分探しの旅だった。二人、三人という、あるいは集団の旅では、決して自分探しはできない。そのころ、ふっと死ということも頭をよぎってゆくことがあった。錠剤を買い求めようとしたこともあったが、薬局のおばさんに断られたこともある。ひとり旅の思い出は、わたしの心の内に深く刻まれている。わたしの青春時代は、さまよう日々であった。ということは、自分の人生をよりよく生きたいという、渇望があったということだろう。



辛かっただろうね

2015年10月16日(金) 晴れ

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「辛かっただろうね」

 近所の25~26歳の娘さんである。職場で何かあったのだろう、大学を卒業して最初に勤めた会社を辞めてから、家に引きこもるようになった。父母、祖母ともとてもいい人たちで、町内会でも羨ましいような家庭であった。しかし社会の苛酷な荒波にさらされて、リタイアしたのである。その娘はとても優しくおとなしい人柄の持ち主である。

短歌

エンジンの音かろやかに響かせてニートの君が仕事に出てゆく


 そして、1年余引きこもっていたが最近、新しい職場へ勤めるようになった。3交代制の仕事場で、日勤務、準夜勤務、深夜勤務のきびしい職場である。その彼女が車のエンジンをかけて、軽やかな響きを残して家を出てゆく姿は感動的である。いままで、どれだけ辛かっただろう、苦しかっただろう、それを彼女は乗り越えて、外へ出てゆくようになった。彼女の心の中で烈しい葛藤があったに違いない。そして彼女の心が動きだしたのである。わが娘ではないがその心の在りよう、変化に拍手を送りたいと思う。引きこもり、ニートからの脱出である。



リビングの時計

2015年10月15日(木) 晴れのち曇り

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「リビングの時計」

 時間の流れというものは、普通見えないものである。たとえば暗室に閉じ込められたとしたら、時間というものを人間は認識できるのだろうか。たぶんそれは無理だろう。つまり人間は時間の流れを捉えることはできない。昔は月の満ちかけであるとか、太陽の動きによって時の流れを認識していたのだろう。いまでも牢につながれていたとしたら、太陽の動きによって、一日いちにちの変化をつかむことになるのだろう。

短歌

底なしの不気味な音だコチコチと吾に残されし命の時間


 ところがいまは時計というものがあって、時間というものを告げてくれる。先日、わたしは秋の日の昼下がり、リビングでくつろいで珈琲を飲んでいた。倖せのひとときを満喫していたときである。すると時計がコチコチと鳴っているのが聴こえてきた。普段はその音を気にすることもないのだが、静かだったのだろう、その音が異様に大きく響いてくる。
 ハッとして時計をみあげると、秒針がコチコチと、一秒、また一秒というふうに動いていく。わたしは不気味さを感じた。自分の命が切り刻まれているような、そんな感じだった。わたしの命の時間を告げられているようだった。そこでわたしは一日いちにちを悔いなく、大切に生きるということを考えさせられた。できうるならば、残された時間をよりよく生きたいものである。



珈琲を飲む

2015年10月14日(水) 晴れ

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「珈琲を飲む」

 秋の日の昼下がり、リビングにはやさしい光りが射し込んでいる。北面の白い壁には静物画の額縁がかかっている。絵には果物、グラス、瓶などが鮮やかに描かれている。リビングの時計はコチコチと静かな音を鳴らし、時を刻んでいる。部屋の温度は暑くも寒くもなくとても過ごしやすい。なんと平和な時間が流れているのだろうか。わたしはそんなリビングで珈琲を飲んでいる。

短歌

リビングで珈琲を飲むこの平和いつまで続くと憂う日々なり


 こんな平和な暮らしがいつまでもつづいて欲しい、そしてこの倖せのひとときを放したくないと切に思う。が、この平和、倖せは「砂の器」のようなものではないだろうか。なぎさに波が打ち寄せればたちまち「砂の器」はもろく崩れてしまうに違いない。わたしの家族はこれから、医療や介護の問題が生じてくるだろうし、戦争法(安保法)によって平和が脅かされてくるだろう。孫たちの世代は戦争へと巻き込まれてゆくかも知れない。そんな社会だけれど、しかし国民が共同して希求するならば、きっと平和な暮らしを築くことができると確信している。



枯れ葉を踏む

2015年10月13日(火) 晴れ時々曇り

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「枯れ葉を踏む」

 わたしは放浪の俳人、種田山頭火が好きである。そこでわたしのすきな句を三つ紹介しておきたい。

うしろすがたのしぐれてゆくか

どうしようもない私が歩いている

分け入っても分け入っても青い山


 その山頭火が、倉敷市玉島の良寛が若いころ修行した円通寺に、昭和11年に訪れている。そこで詠んだのが次ぎの句である。

岩のよろしさも良寛さまのおもいで

 これは、岩の多いお寺のその一つひとつに、厳しい修行時代の良寛さんの面影を偲んだ句である。

短歌

山頭火歩みし道をわれもゆく落葉をふめばカサコソと鳴る


 その円通寺はわたしの隣り町にある。わたしも先日この寺を訪ねた。わたしは放浪の俳人、山頭火が歩んだ同じ道を歩いていることに、深い思いが湧いてきた。わたしが辿った道には枯れ葉が落ちていて、それを踏めばカサコソと鳴って山頭火が偲ばれるのであった。この季節に山頭火が訪れたのであれば、やはり枯れ葉を踏んで歩んだに違いないと思われた。このとき、山頭火は酒に酔ってはいなかっただろうか、あるいは円通寺の山を下りて飲んだだろうか、などというふうな考えが浮かんできた。この小さな旅はわたしの心をとても豊かにする旅であった。



小さな淋しさ

2015年10月12日(月) 曇り時々晴れ

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「小さな淋しさ」

 わたしの町の秋祭りに3人の孫たちがやってきた。中・高校生たちである。彼女たちは小さいときから眺めているが、成長がめざましい。わたしの家ではピアノを弾いたり、談笑をしたり、夢を語り合ったりしていた。「わたしは保育士になりたい」、「わたしは看護師になりたい」、「わたしはあの高校に入りたい」などと、将来への希望を話すのだった。

短歌

孫たちが秋の祭にやってきて小さな淋しさ残して帰る


 とても賑やかで、明るい彼女たちである。そして神社にいって屋台でタコヤキなどを買ってきてくれた。昼には巻き寿司や刺身でもてなした。彼女たちが家にいる、その存在だけで家は豊かさに満ち溢れ、希望が湧いてくるようであった。しかしその満ち足りた時間もそう長くはなかった。夕暮れには彼女たちは、自分の居場所へと帰っていった。残されたのは妻とわたしのふたりである。祭のあとというのは、夏の終わりと同じように淋しいものだが、わが家にも「小さな淋しさ」を残して彼女たちは家路についた。わたしの心にちいさな空洞ができて、少しの間ぼんやりとしていた。



流れ星

2015年10月11日(日) 曇りのち晴れ

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「流れ星」

 もう何年になるだろうか。6~7年も前のことのように思えるが、保母(保育士)をしていた娘が多額のローンを組んで、ワンルームマンションの家賃も払えなくなったことがある。この娘は大人しく反抗期もなく高校・短大を卒業し、保母になった。その彼女がいくつもローンを組んで数百万の債務になり、生活が破綻するところまでいった。

短歌

いとし娘の多重債務の処理をして帰る夜道に流星を見る


 いま考えると、中・高校時代に反抗期もなく「いい子」で育ってきたことが、20歳を過ぎて多重債務という形であらわれてきたように思う。つまり、いままで「いい子」にしてきたことは、自分の思いや主張を抑えて生きてきたということだろう。そこで彼女は自身のストレスやプレッシャーを「物を買う」という行為によって、自分を解放しようとしたように思う。人間の「反抗期」というのは、「いい子」に育てようとする親や社会に対する、ひとつの異議申し立てのように思う。「自分の思うように、そして自分の速度で歩かせてくれ、生きさせてくれ!」という叫びだったのだろう。その彼女もいまでは一児の母となり、保母を元気よくつづけている。



たっぷりと生きたい

2015年10月10日(土) 晴れ

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「たっぷりと生きたい」

 わたしはもともと小説を書いていた。いやもっとさかのぼると、文学との出会いは高校時代で、文芸部で詩を書き始めたのが最初だった。それから10年間くらい詩を書いていたのだが、先輩に小説を勧められて始めたのが30歳ちょっと前だった。それから忙しい仕事のために中断することがあったが、ずっと書きつづけてきた。

短歌

たっぷりと生きてみたいと新年に短歌のための原稿紙買う


 しかし昨年のちょうど今ごろだろうか、テーマやモチーフが見つからなくなって、小説はもう無理だと思うようになった。そして約3ヵ月間、無為に過ごしてきて虚ろな日々を送っていた。「このままじゃいけない」という思いが強くなって、「何かしたい」という衝動にかられるようになった。そして出会ったのが短歌である。「たっぷりと生きてみたい」と、鬼藤千春用の短歌の原稿用紙を印刷して貰ったのが春だった。早いものでもう3ヵ月余もすれば、短歌を始めて1年になる。いまも「たっぷりと生きたい」という思いがつのる日々である。



コスモス

2015年10月9日(金) 晴れのち曇り

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「コスモス」

 次の短歌はフィクションのような、あるいはノンフィクションのような歌だが、わたしのお気に入りの歌である。それを「新日本歌人」がとってくれて、嬉しく思っている。これも遠い日の懐かしい物語である。わたしは線路沿いの古びた安アパートに棲んでいた。6畳ひと間で共同便所、風呂はなかった。そこへよく「君」は遊びにきていた。青春のひとコマに彩られた日々であった。

短歌 (「新日本歌人」10月号に掲載)

歯ブラシとカップ残して君は去る始発電車はコスモス揺らす


 「君」は「結婚したい」といってくれたが、わたしは決断することができなかった。お互いに26~27歳だった。わたしはまだ自分の生き方が定まっていなかった。仕事には就いていたが、果たして自分の生涯をかけてやる仕事だろうかと悩んでいた。「君」はそんな曖昧なわたしに愛想を尽かして遠い街に去っていってしまった。コスモスの花が風に揺れる情景と「君」が去ってゆく姿が重なるのである。



さんざめく蛙

2015年10月8日(木) 晴れ時々曇り

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「さんざめく蛙」

 田んぼに水が入る頃になると、急に蛙が鳴き出すから不思議である。蝉が鳴き出すよりもひと足先である。蛙の幼生はオタマジャクシで、卵から1~2カ月くらいで蛙になる。蛙は人間生活に近い存在で、田や雨の神ともいわれている。蛙の活動期は5~9月頃だそうで、その時期が繁殖期でもある。

短歌 (「新日本歌人」10月号に掲載)

さんざめく蛙の鳴き声求愛の喉震わせて夜の闇裂く


 蛙はなぜ鳴くのだろうか。昆虫や鳥が鳴いたり、光ったりするのは、だいたい求愛行動だと言われているが、蛙もその例にもれない。彼らは田植えの前後にひたすら鳴きつづける。それもやはり求愛行動である。子孫を残すために彼らは必死なのである。わたしが書斎にいても、夜になると蛙たちのさんざめく鳴き声が聞こえてくる。彼らは夜の闇を切り裂いて鳴くのだった。



タチアオイ

2015年10月7日(水) 晴れ

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「タチアオイ」

 まず先輩の歌を紹介したい。

不眠の夜を過せしわれの目に沁みて濃きくれないに咲く立葵

 この歌は「立葵」という題名で、ある文芸記念作品募集で入選した作品のひとつである。その作品はやはり初心者のわたしの作品より深いと思う。その先輩が「よく観、よく感じ、よく表現せよ」という言葉をわたしに贈ってくれたが、わたしはいまその言葉を反芻しながら歌をつくっている。

短歌 (「新日本歌人」10月号に掲載)

立葵根を深く張り伸びてゆく真紅の花びら光りを返す


 わたしの歌も短歌誌に掲載されたものであるが、先輩の言葉をたよりに詠ったものである。タチアオイは6月から7月にかけて咲く夏の花だ。わたしの村を歩いていると、あちこちで見ることができる。タチアオイは高く伸びてゆく。高いのはわたしの背丈くらいにもなる。おそらく大地に深く根を張って、空をめざして伸びていっているのだろう。紅、白、ピンクの花を梅雨空に咲かせている。わたしの好きな花のひとつである。



立ち尽くす墓碑

2015年10月6日(火) 晴れ

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「立ち尽くす墓碑」

 わたしの町は坂の町である。町の前は入江になっていて海が広がっている。そして背後にはなだらかな山が連なっている。その山がなだれ落ちるように海までつづいている。したがって、家々は海岸線から山へ山へと軒を連ねている。その山の中腹を一本の道が貫いている。海を眺めようと思えば、その道が格好の場所である。

短歌 (「新日本歌人」10月号に掲載)

戦死墓何も語らず立ち尽くせりはるかルソンを見つむる如く


 そこがわたしの散策の道である。しかしその道のすぐ下には地区ごとの墓地が点在している。その道から墓地を眺めると、戦死墓が多いことに気づかされる。日清戦争から太平洋戦争の敗戦までに、わたしの町の330人余の若者が戦死している。それらの若者の戦死墓である。墓地に下りて刻まれた文字を読んでゆくと、やはりルソン島をはじめとした南方で亡くなっている方が多い。その戦死墓は無言で戦争の悲惨さを告げている。



君はいずこ

2015年10月5日(月) 晴れ

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「君はいずこ」

 遠い日に出会った君はいまどこで、何をして暮らしているのだろうか。その出会いは一瞬輝き、そして別れとなってしまった。あの青春のはじけるような生き方が、うらやましくもあり、郷愁のようなものも漂ってくる。君は保母(保育士)をめざしていて、その前向きで活動的なようすは、周りの人をはらはらさせるほどだった。

短歌

君はいま倖せそれとも不倖せ遠い街より手紙も来ない


 風の便りで関東の方にいるときいたことがあるが、やはりその辺りで暮らしているのだろうか。そして、君は倖せな暮らしを送っているのだろうか。そんな想いがわたしの脳裏をよぎってゆく。君の古里はわたしの隣町だけれども、帰省するようなことはないのだろうか。君は倖せそれとも不倖せ、どんな暮らしを営んでいるのだろう。君は都会の空の下で、倖せに暮らしていることを願っている。



サルビアの花

2015年10月4日(日) 晴れ

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「サルビアの花」

 わたしはサルビアの花が好きである。何よりも真紅のあの鮮やかな花の色がいい。気分がいくらか沈んでいても、気持ちを引き立ててくれる。「サルビアの花」は、「もとまろ」も歌っていて、なかなかいい曲で気にいって時折り聴いている。サルビアはわたしの町の色んなところで見ることができるが、短歌で詠ったサルビアは、町の商工会の前の花壇に咲いていた。花壇一面がサルビアだった。

短歌 (「新日本歌人」10月号に掲載)

情熱のサルビアの花深紅なり戦争立法許さじと咲け


 サルビアの原産地はブラジルである。まさに情熱の国に情熱の花は似合っているように思う。わたしがサルビアを知ったのは、とても遅くて四十代のことだった。仕事で寺院を訪問したとき、その前の花壇にびっしりと咲いており感動したのが始まりである。そして仕事から帰り花屋へいって、花の名前を知ったというわけである。暑い盛りに咲く情熱の花、サルビアに惹かれるわたしである。



秋祭り

2015年10月3日(土) 晴れ

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「秋祭り」

 わたしの町の秋祭りは賑やかで、盛大である。町には東西ふたつの神社があって、東地区、西地区に別れて行われる。今日、明日が祭りの当日で、半月も前から地区のあちこちから祭太鼓の音が響いていた。千歳楽に乗る小・中学生が太鼓の練習をしているのだ。ヤッコ、お船、神輿、千歳楽などが町を練り歩く。祭のクライマックスは、宮入りでそれぞれの出し物が、お宮へ帰ってくる。

短歌

秋の日に祭太鼓の音がひびくお宮へ向かい車イスをこぐ


 神社の境内では、神馬の競走も行われる。盛大な祭なので近隣の町から多くの見学者が集まってくる。メディアでも流されたり、記事になったりする。祭もいまでは様変わりして、ヤッコを女子が振ったり、中・高校生が千歳楽をかついだり、少子高齢化の波が祭りにも現れている。わたしは近年、神社の宮入りには行ったり行かなかったりしているが、わが家の前まで千歳楽がくるので、迎えに出て見学している。いつまでもこの秋祭りが引き継がれていって欲しいと願っている。



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 1947年生まれの70歳で、
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 ゆきたいと思います。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

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