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遠い日の君

2015年9月30日(水) 晴れのち曇り

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「遠い日の君」

 遠い、遠い日のことを憶い出すというのは、やはり秋という季節が導いているのだろうか。この頃、若き遠い日のことをよく憶い出す。秋の夜長に虫の音などを聴いていると、ふっと遠い日のことが憶い出される。あの青春の多感な日々は、人生のなかに深く刻み込まれている。知らない街での知らない人との出会いだった。そしてその出会いは、日々の暮らしのなかで深まっていった。

短歌

無意識に雑踏のなか探してる遠い日の君よいとしい笑窪


 わたしは時折、あの人が棲むという街に映画を観にいったり、絵画展にいったりすることがある。その街を歩いたり、会場に入ったり、人ごみのなかに身をおくとき、無意識のうちにあの人を探していることがある。おそらくあの人とふたたび会えることを、願っているのかも知れない。それはわたしの心の奥深くで眠っている想いなのだろう。それだけ遠い日は、わたしのなかでいまも生きている。



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ふうわりと浮かぶ雲

2015年9月29日(火) 晴れ

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「ふうわりと浮かぶ雲」

 秋の空がだんだんと深い色をともなって、高くなってきた。空に浮かぶ白い雲もやさしくなって流れている。その雲も深い白ではなく、淡い白に変わってきている。書斎の窓から空を見上げるけれど、飽きるということがない。

不来方(こずかた)のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし
十五の心 


 これは石川啄木の歌であるが、秋の空を見つめていると、そんな心境にもなる。

短歌

ふうわりとやさしく浮かぶ白い雲けがれなき君憶い出すなり


 わたしは秋の空に浮かぶ白い雲を見つめていると、遠き日の君を憶い出してしまう。職場の旅行にいった君が、人形の形をした栞(しおり)を買ってきてくれたことなども思い出す。宮本百合子の文庫本、「伸子」に挟んで持ち歩いたことなどが甦る。まさに、啄木が詠ったように、心が空に吸われるような気持になる、そんな秋の空である。



外へ出る

2015年9月28日(月) 晴れ

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「外へ出る」

 わたしの先輩が高校生のとき、首の骨を折って車イス生活になり、そのほとんどを施設で過ごしている。その彼が「外に出る」という小説を書いたことがある。車イス生活者が、外に出るという行為はなかなか大変なことである。ひとりで外に出ることはできず、必ず付添の人が必要だ。いまその小説の内容は思い出せないが、外の世界での発見や出遭いを作品化したように思う。

短歌

激流に逆らいて飛ぶ魚の群れ光を浴びて銀にかがやく


 わたしは自由に外に出ることができるのだが、しかしだいたい家に引きこもっていることが多い。いまわたしが外に出るのは、短歌の題材に困ったときである。毎日、短歌を詠むという営為はなかなか大変なことで、しばしばゆき詰まる。プロの歌人は、1日3首くらい詠んでいるらしいが、1日1首の歌を詠む愛好家はそれほど多くはない。原稿用紙に向かっていて何も浮かばなくなると、わたしはペンと紙をおいて外へ出てゆく。先の短歌は外に出て出遭った光景である。幸いにしてわたしの住む村は自然が豊かである。海があり山がある。そして田んぼや畑、家々の花木がある。外に出ればふたつ、みっつの題材を発見することができる。このようにわたしは時折、「外に出る」のである。



忘れ得ぬ人

2015年9月27日(日) 晴れ

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「忘れ得ぬ人」

 わたしの人生で「忘れ得ぬ人」は、幾人もいるけれど、とくに挙げるとすれば3人である。ひとりは高校時代の世界史の先生、ふたりはわが青春を彩った女性教師、あとひとりは文学の師である。わたしを文学の道に導いた人は、若くして亡くなってしまった。この導きの人は今でも思い出すと辛いし、同時にわたしの「小説や短歌」を読んで欲しいという思いがある。

短歌

あの空でまたたく星は君なりき夭折の友はコミュニストなり


 その人はわたしが20代の頃、「小説を書いてみないか」と誘ってくれた人だ。それまでわたしは詩を書いていたのだが、小説の世界へ導いてくれたのがその人である。彼は文学だけでなく、科学的社会主義の理論を深く身につけた人であった。その理論を押し付けるようなことはなかったけれど、自然にわたしは彼の世界観から学ぶようになっていた。その彼は夭折してしまった。時が経つにつれてわたしの中で彼の存在が大きくなってゆくのを感じる。人間の死というのは不思議なもので、歳月を経るにしたがって、わたしの中でその存在がふくらんでゆくのである。あの空でまたたいている星のひとつは、彼であろうと信じている。



墓参り

2015年9月26日(土) 曇りのち晴れ

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「墓参り」

 また秋彼岸がめぐってきた。わたしの墓参りは年4回である。正月、春彼岸、お盆、秋彼岸という具合だ。墓には父と母、それに祖父、祖母が眠っているらしいが、わたしは祖父、祖母を知らないので、おもに父と母を偲んでの墓参りである。父と母の生涯を想うとき、戦争と貧困をくぐりぬけてきた一生だったように思う。父は戦前3回も徴兵されて、中国大陸などに送られた。父と母は戦争下のもとで、苛酷な青春を送ってきたように思う。

短歌

ちちははよ花たずさえてまた来たよお墓のなかは寒くないかい


 戦争は当然ながら、庶民に貧しさをもたらした。わたしは戦前の生活ぶりは知らないが、戦後の貧しさは今でも身体に刻み込まれている。米のあまり入っていないお粥だったり、サツマイモだったり、それらが主食だった。わが家の戦後の貧困は10年から15年もつづいた。このように、父と母は戦争と貧困に翻弄されてきた一生だった。その父と母を偲ぶ墓参りである。



「こころ」と「からだ」(5)

2015年9月25日(金) 曇り

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「こころ」と「からだ」(5)

 「こころ」と「からだ」の(5)は、1日10,000ぽ歩くということである。歩くということは、単に足腰を鍛えるということだけではなくて、研究がすすんで脳のためにとてもいいということが解明されている。だから、脳の働きを活性化するためにこそ歩くということも考えられる。歩くということは脳の働きをよくする。だから歩く。そうすれば身体も鍛えられるということである。

短歌

アスファルト破りて伸びる白百合はもえ立つ風にしなやかに咲く


 わたしはウオーキングマシンを使って、朝、昼、晩の3回、20分ずつ合計1時間歩くことをめざしている。その通りにはなかなかいかないが、読書する前などにやると、本の内容をよく理解することができる。「ああ、こういうことなんだ」と、脳の活性化を実感させられている。まさにウオーキングは、「こころ」と「からだ」を鍛えるうえで格好の運動である。



「こころ」と「からだ」(4)

2015年9月24日(木) 曇り時々雨

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「こころ」と「からだ」(4)

 「こころ」と「からだ」の(4)は、1日1000文字以上読もうという呼びかけである。1000文字といえば、原稿用紙にして2枚半ということになる。これはとても簡単のように思うけれど、実際やるとなるとなかなか難しい。もちろん休日などにまとめて読書をすれば、相当読めるけれど、毎日というのがミソである。新聞でもいいのだけれど、本を読むということになると、ついつい後回しになってしまう。

短歌

つらい日もある人生よあきらめず半歩一歩と足を踏み出す


 わたしはやはり小説から短歌に移行して、めっきり読書量が減ってしまった。小説がうまくなるためには、小説をはじめとした本をどれだけたくさん読むかということがある。だから、年間100冊くらいの単行本を読んでいたこともある。が、短歌といえども、歌集を読んだり他の本を読んだりしなければ、決して上達しないといわれている。しかし、毎日読むということができなくて、読みかけの本が3冊もある。読書も毎日読むとなれば、きちんと時間を取ってゆくべきだろう。この読書も高齢期の健康を保持してゆくうえで、大切なことである。



「こころ」と「からだ」(3)

2015年9月23日(水) 晴れのち曇り

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「こころ」と「からだ」(3)

 「こころ」と「からだ」の(3)は、1日100文字を書くということである。日記でもなんでもいいから、とにかく100文字以上書こうという呼びかけである。書くという営為について考えるとき、赤ちゃんの成長を振り返ってみればいい。赤ちゃんはまず話し言葉を聞くことから始め、そして自分で声を発するようになる。つまり、話すことから始める。次に絵本を読んだり、漫画を見たりして、書くということは、その上の段階である。赤ちゃんは「話す、読む、書く」という階段をのぼってゆく。つまり、書くという行為は、人間の高い次元の営みである。

短歌

鬼怒川の土手の決壊わが村の四倍の家流れに呑まる


 わたしは小説から短歌に移行して、書くという営為がめっきり少なくなった。小説を書いていた頃は、8時間以上原稿用紙に向かっていることが多かった。が、短歌の場合は5・7・5・7・7・の31文字なので、5つ作っても約150文字である。そしてブログの文章ということになる。したがって、合わせても原稿用紙1枚分、400字くらいしか書いていないのではないだろうか。が、寝ても覚めても短歌のことは頭から離れることはないので、自然や社会と鋭く切り結んで、生きているということにはなるだろう。ともかく書くという営為は、高齢期の健康にとってとても大切だということである。



「こころ」と「からだ」(2)

2015年9月22日(火) 晴れ

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「こころ」と「からだ」(2)

 「こころ」と「からだ」の2番目は、「じゅう、10」で、「1日に10人の人に会う」ということである。「こんにちは」だけでも、顔を見るだけでもいいという。これは家にひきこもって人に会わないということは、孤独になりがちで、コミュニケーションがとれないということだろう。人間は社会的な存在なので、できるだけ人間と関わろうということだ。

短歌

「人間は何のために生きるのか」わが青春の深き悩みよ


 しかし、わたしはもう仕事から離れており、家で過ごすことが多いので、「1日10人の人と会う」ということは、とても難しい。1日誰れとも会わずに、過ごすということも少なくない。が、ほんとうは1日10人くらいの人と会ったほうがいいのだろう。人間と人間が会い、言葉をかけるという営みは、人間の脳の活性化にとって、きっと役立つに違いない。人に会うことは望ましいことだが、現在はいろんな方法で人と繋がることのできる社会である。わたしはわたしの方法で、社会と関わってゆけばいいと思っている。



「こころ」と「からだ」(1)

2015年9月21日(月) 曇りのち晴れ

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「こころ」と「からだ」(1)

 「こころ」と「からだ」を健康に保つために、「1日に一つ良いことをする。掃除でも、外の草1本取ってもいい」と、いわれている。これは「一日一善」といって、わたしの小・中学生のころに盛んにいわれていたことである。これには道徳的教育的な意味合いが、色濃く反映しているが、ここで言われているのは、そういう発想からではない。

短歌

国民連合政府の呼びかけは心がふるえ夢がひらける

国民連合政府の呼びかけにわれらは皆で乾杯をする


 「1日に一つ良いことをする」というのは、あくまで人間の心を前向きにさせ、健康な心を育むということである。わたしは外の草1本取ることもできそうにないが、私流に解釈すれば、「一日一首、短歌を詠む」ということになるだろう。「一日一首」というのは、簡単なように思えるけれど、これがなかなか大変な営為である。わたしの友人で俳句の会を主宰して、「一日一句」を提唱しているが、それができている人は皆無だそうだ。わたしは今まで、「一日一首」を守ってきているが、これからもそれを継続してゆきたいと思っている。きっと心の健康に役立つだろう。



「こころ」と「からだ」

2015年9月20日(日) 晴れ

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「こころとからだ」

 年金者組合の資料のなかに、「あ!」と、目を惹くチラシが入っていた。それは、「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん」について、というものだった。(1)は、1日にひとつ良いことをする。(10)は、1日に10人の人に会う。(100)は、100の文字を書く。(1000)は、1000の文字を読む。(10000)は、10000ぽ歩くということだ。

短歌

曼珠沙華野のおちこちに紅く咲く墓苑に眠るちちはは想う


 わたしはこのチラシを見て、おおいに示唆を受けた。年金者組合のものだから、「高齢期のこころとからだ」ということだろう。これを、わたしにあてはめてみると、(1)は、一日一首の短歌を詠み、一日に1回ブログを更新すること。(10)は、とても難しいので、心の隅に留めておくこと。(100)は、毎日のブログの更新でやること。(1000)は、たやすいように思うが、毎日となると意外とむつかしい。が、それをめざしたい。(10000)は、1時間のウオーキングをめざし、こうして「いち、じゅう、ひゃく、せん、まん」を日課として、「こころ」と「からだ」の健康を保ってゆきたい。



新たな始まりの日

2015年9月19日(土) 晴れ

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「新たな始まりの日」

 今日、午前2時30分頃だっただろうか、戦争法案(安保法案)は、参議院本会議で可決・成立してしまった。わたしはそのようすをテレビで視聴して、とても悔しい思いをさせられた。戦後70年の平和の歩みはなんだったのだろうか。日本はこの70年間、戦争で「ひとりも殺さず、ひとりも殺されていない」世界でもまれな「平和な国」だった。

短歌

戦争の想像力が欠如する為政者たちの夢を許さず


 それがこの法案の成立によって、「海外で戦争する国」になってしまう。「戦争か平和か」という岐路にあった日本は、大きく戦争への道を踏み出してしまうだろう。2015年9月19日(土)は決して忘れることができない日になった。まさに「戦後日本の歴史に汚点を残す日」である。が、それは決して「平和の終わりの日」ではなく、「新たな始まり」の日でもある。日本国民が「平和への道を歩み始める日」といえるだろう。この戦争法を「葬りさる日」はきっとくるだろう。

短歌

いつの日か
葬りさると
決意する
戦争法が
可決された日



軍靴のひびき

2015年9月18日(金) 曇りのち晴れ

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「軍靴のひびき」

 わたしは少々寝不足である。16日(水)午後6時から17日(木)深夜(午前3時30分)まで、参院の戦争法案(安保法案)をめぐる国会のテレビ中継を観ていたためである。さらに17日(木)午前9時より午後5時前までテレビに釘付けだった。それからわたしは、戦争法案反対のサイレント(無言の)行動に出かけて行った。

短歌

秋立ちて軍靴のひびき迫りくる翅ふるわせて黒蝶が舞う


 17日(木)の午後4時30分頃だっただろうか、参院の安保特別委員会は野次と怒号のなか、戦争法案を賛成多数で「可決」したと称している。しかし多くの国民がテレビの中継を観ていたと思うけれど、あれが「可決」といえるようなものだろうか。委員長の発言はまったく聞こえなかったし、速記録もとれていない。テレビのキャスターも何が起こったのか分からず、とまどっているようすだった。これが日本の国会の民主主義といえるものだろうか。立憲主義、平和主義、民主主義を踏みにじった暴挙と言わざるをえない。



戦争か平和か

2015年9月17日(木) 曇り時々雨

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「戦争か平和か」

 戦争法案(安保法案)の政府の説明に対して、国民の8割以上が「よく理解できない」とし、6割以上の人が今国会での採決を否定・廃案を求めている。にもかかわらず、政府は今日、明日にも採決を強行し、成立をはかろうとしている。これだけの国民が慎重審議を求めているのに、強行採決は決して許されない。

短歌

反戦の軽トラックのデモ隊に駈け寄りわれは手を振り返す


 わたしの市では戦争法案に反対する軽トラックのパレードが行われた。宣伝カー1台、軽トラック7台を連ねての行動であった。市民の大きな反響が寄せられた。手を振ると盛んに手を振りかえしてくる。市民の関心の高さがうかがえる。いま、まさに「戦争か平和か」が、鋭く問われている。憲法違反の法律を決して許すわけにはゆかない。



どうなってるNHK

2015年9月16日(水) 雨時々曇り

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「どうなってるNHK」

 NHKは商業広告放送をせず、国民の受信料によって経営されている公共放送である。したがって、国民の声をもっともよく反映されなければならない。ところが、9月14日(月)の「おはよう日本」の放映はひどいものだった。戦争法案(安保法案)に対する集会の模様を流していたが、賛成派の200人の集会を冒頭に映し出していた。

短歌

この秋は歴史に残る年になる二千十五年平和のたたかい


 ところが、9月13日(日)には、大阪で2万人の若者の集会が行われ、「戦争法案反対」「アベ政治を許さない」などの声が挙げられていた。賛成派200人の集会は映し出すが、2万人の集会は一切触れず無視して、札幌の400人の反対派の集会を、申し訳程度に放映していた。NHKは、戦争法案に対して国民の8割以上が「よく理解できない」、6割以上が反対・廃案の声を挙げているのに、その声を反映しない放送姿勢である。公共放送なら国民の声をよりよく反映してしかるべきだろう。



ママたちの願い

2015年9月15日(火) 晴れ時々曇り

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「ママたちの願い」

 1960年の「安保闘争」は歴史に刻まれるたたかいであった。もちろんわたしはそれを体験したわけではないが、映像や書籍によって間接体験をしてきた。「安保闘争」では、安保条約は国会で強行採決されたが、岸内閣を総辞職に追い込んだ。そのたたかいに参加した学生が、教師になった高校へわたしは進学することになり、そこで社会的に目覚めた。

短歌

「子どもたち殺させない」とママたちが国会前に集いて叫ぶ


 しかし、2015年の戦争法案に反対する行動も歴史的なたたかいである。60年の「安保闘争」は、労働組合を中心に全国に統一戦線ができ、国会周辺でのデモも労働組合や学生の動員が主体だった。が、いまのたたかいはその時から様変わりしている。労働者、学生に加え、ママたち、障害者、学者、宗教者、高齢者たちも広く深く、燎原の火のごとくそのたたかいに参加している。まさに空前の歴史的たたかいが展開されている。



若き日よ

2015年9月14日(月) 晴れ

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「若き日よ」

 いま、つくづく思うことは、青春はほんとうに良かったな、ということである。悩みに圧倒されそうになり、挫折しそうになったこともあった。その悩みも挫折も青春そのものだった。それはそうだろう、若き日は社会も人生もよく分からなくて、とりわけ視野が狭かった。いまの視野をもって、青春を生きてゆけたらと、思うことがある。

短歌

怖いもの何もなかった若き日よ老いや病をいま思うなり


 悩みをかかえながらも、若き日は怖いものが何もなかった。当然、将来のことも老後のことなども、まったく考えが及ばなかった。それが青春というものだろう。その悩みも挫折も人生の糧になっており、いまの自分を形成している。その地平の上に立って、後半生を生きてゆきたい、と願っている。



平和の鐘

2015年9月13日(日) 晴れ時々雨

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「平和の鐘」

 いま、憲法9条が危ない。日本の憲法は世界に誇るべき憲法である。戦力の保持を否定し、武力の行使を放棄している。いま国会で審議されている「安保法案」(戦争法案)は、元最高裁長官や元内閣法制局長官が、憲法違反だときっぱりと述べている。そしていまの政権は、圧倒的な憲法学者の憲法違反という声を無視して、戦争法案の成立をもくろんでいる。

短歌

寺の鐘九条守れと打ち鳴らす九月九日九時九分に


 先日、寺の鐘を打つ行事が行われた。岡山県でも各地の寺の鐘が打ち鳴らされた。憲法9条にちなんで、9月9日午前9時9分に一斉に岡山県の寺の鐘が鳴った。(年々、協力寺院の数が増えてきている)地元のケーブルテレビでも取り上げられて話題になっている。戦争法案によって憲法が蹂躙(じゅうりん)されようとしている今年の「平和の鐘」の行事は、とりわけ意義深いものとなった。



鬼藤千春

2015年9月12日(土) 曇り時々晴れ

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「鬼藤千春」

 ある短歌の本を読んでいたら、自分の名前を歌に盛り込んで「詠ってみろ!」と、いうのがあった。わたしの名前は鬼藤千春だ。それを歌に組み込ませて短歌をつくるなんて、とてもできそうにない、と思っていた。まだわたしは短歌の初心者だ。あまりに無茶な注文のように思えたが、「まあ、気楽にやってみよう!」ということになった。

短歌

まだ若い鬼藤千春氏逝くまでは夢を持てよとわれを励ます

はるかなる「夢を捨てるな」逝くまでは鬼藤千春よまだまだ若い


 それで出来たのが上記の歌だ。俳句のように季語もないし、とにかく五、七、五、七、七にまとめたものである。もちろんわたしは、短歌に対して「憧れの歌」を抱いていて、「こういうものが詠いたい!」という希望をもっている。が、このような短歌の遊び心も必要なような気がする。それを通して自分のめざす短歌に近づけたら幸いである。



金木犀

2015年9月11日(金) 晴れ

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「金木犀」

 わたしは金木犀の甘い香りがとても好きだ。いますぐには思い出せないが、これだけの香りを放つ植物があっただろうか、と思いを巡らしている。先日、ウオーキングをしている時だった。直線の道を曲がったら、不意に甘い香りが漂ってきた。わたしは立ち止まって、しばらく金木犀の樹木の下に佇んでいた。見上げると、橙黄色の小花が多数開いて芳香を放っていた。

短歌

われのこと忘れないでと言うように金木犀が甘い香放つ

夏去りてウオーキングの曲がり道金木犀が芳香放つ


 わたしは、「しんぶんの日曜版」をそれなりの数配達しているので、これからは家家の庭から、金木犀の香りが漂ってくるのが楽しみだ。その香りをかぐと、真夏に清涼飲料水をのんだように、疲れも飛んでいってしまう。金木犀は中国原産で、日本のものはすべて雄株だそうだ。したがって、結実しないらしい。しばらくは、この花の芳香をかぎながら秋の深まりを見守ることになるだろう。



たのしみは

2015年9月10日(木) 曇りのち晴れ

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「たのしみは」

 いまわたしは短歌にハマっている。毎日一首以上つくるということが、苦痛に感じられることもあるが、できるととても嬉しい。短歌を始めて、変わったと思われることは、日々の生活に敏感になったことである。空を見上げ大地をみつめる。自然や人間の在りように目をこらす。そして自分の心と向き合うようになった。

短歌

たのしみは歌会において添削をされたりしたり練り上げる

たのしみは歌会において削ったり書き加えたり話し合う

たのしみは歌会において集いくる仲間の歌を味わいし


 とりわけたのしいのは歌会(かかい)である。7~8名の参加者が、2~3首の短歌をもちより、お互いに批評しあい添削してゆく集いは大変たのしい。もちろん、厳しい批評にあって腹立たしく思うこともあるが、あとで考えれば的を射ており、大いに勉強させられる。上記の歌は「初句の(たのしみは)と結句に(時)を入れて歌をつくれ!」というもので、こういう楽しみ方もある。



短歌へのひたむきさ

2015年9月9日(水) 雨時々曇り

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「短歌へのひたむきさ」

 神戸での「短歌セミナー」で、宿泊が同室になった人は、新日本歌人の幹部で代表者だった。わたしはいままで小説のセミナーなんかにも幾度となく参加してきたが、会の幹部と同室になったことなどなかった。たいていそういう会の宿泊は、運営の打ち合わせなどもあって、幹部同士が一緒だった。ところが新日本歌人の場合は違っていた。

短歌

寝る前の布団の中で歌を読む君の姿に心打たれる

寝る前の布団の中で歌を読む君の姿は無言の教え


 その代表者と同室だったことは、わたしにとって幸運だった。それは代表者の短歌へのひたむきさを、まのあたりにすることができたからだ。代表者は部屋の灯かりを消して、みんなが就寝の準備に入っても、布団の中でかすかな光りをたよりに短歌を読んでいた。それは土屋文明の歌集だった。わたしはセミナーで学んだことよりも、代表者のその姿に感銘を受けた。



亜麻色の少女

2015年9月8日(火) 曇り

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「亜麻色の少女」

 わたしの家の前を県道が通っている。その道はかなりの勾配のついた坂道である。坂道を下ったところに隣町の高校の、サッカー場がある。サッカー部員たちは、その坂道を毎日上り下りしている。亜麻色の肌をした男子高校生たちである。サッカー部員たちは、坂道を自転車に乗り立ち漕ぎをして上ってゆく。

短歌

亜麻色の肌の少女が駆けてゆくテニスラケット胸に抱いて

亜麻色の肌の少女がラケットを胸に抱いて駆けぬけてゆく


 他の高校の女生徒たちは、坂道が急なので親に駅まで送迎して貰っている人も少なくない。が、元気な女高生は自転車で立ち漕ぎをして、懸命に坂道を上ってゆく。その姿がとても爽やかである。面を上げ自転車のペダル蹴って駆けぬけてゆく。そんな中に亜麻色に日焼けした少女がいる。



カレー記念日

2015年9月7日(月) 曇り

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「カレー記念日」

 いっとき、イチローが朝カレーを食べているというのが話題になった。実際、その頃は朝カレーを食べていて、テレビにも映しだされた。が、いまはもう朝カレーはやめて、そうめんだという話もある。朝カレーを食べているようすがテレビで放映されると、一時期ブームになった。わたしもそのテレビを観ていて印象に残っていた。

短歌

木曜の夕餉はいつもカレーなり年金暮らしの苦心の知恵


 わたしの木曜日の夕食はカレーと決めている。 (「この味がいいね」と君が言ったから七月六日はサラダ記念日) と詠ったのは、俵万智である。木曜日をカレーの日と決めたのは、やはりイチローの朝カレーというのがあった。そしてもうひとつは、年金暮らしの生活の知恵である。つまり節約だ。そういう意味で、わたしの木曜日は、「カレー記念日」である。 (「生活がきつい」と君が言ったから木曜日はカレー記念日)



蝉から秋の虫へ

2015年9月6日(日) 雨時々曇り

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「蝉から秋の虫へ」

 真夏にあれほど懸命に鳴いていた蝉の声もずいぶん衰えてきた。真昼に山道を歩いても、さんざめくという鳴き方を聞くことができなくなった。まったく鳴いていないのかというと、そうでもなくツクツクボウシなどが、名残り惜しそうに鳴いている。まさに夏が去ってゆくのを惜しんでいるようだ。

短歌

秋立ちて蝉の鳴き声衰えぬ夕べに聞こゆ虫たちの声

秋立ちて蝉のいきおい衰えぬ虫の鳴き声夕べに聞こゆ


 その蝉に代わって登場してきたのが、秋の虫たちだ。夜道を歩いてゆくと、秋の虫がしきりに鳴いている。もううるさいほどの鳴き方である。いろんな種類の虫がさんざめいている。いっせいに鳴くものだから、虫の種類も分からないほどである。ただ、コオロギだけは聞き分けることができる。季節は夏から秋へと確実に移行しつつある。



さんざめく虫の声

2015年9月5日(土) 晴れのち曇り

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「さんざめく虫の声」

 「またか」と、左耳を思わず押さえる。秋の夜半に耳が鳴っているように思えて、「またか」とつぶやく。耳鳴りは体調のよくない時に起こる。したがって、耳鳴りは健康のバロメーターである。だから、耳鳴りは厭だ。が、今日の耳鳴りは、どこか違っているように感ずる。

短歌

秋の夜にまた耳鳴りと疑いて窓を開ければさんざめく虫

降るごとくさんざめくなり虫の声いよいよ秋の到来を知る


 耳鳴りでなく、虫の音のような気配も感ずる。そこで書斎の窓を大きく開いてみる。すると、いきなり虫の鳴き声がいっせいに聞こえてくる。さんざめく虫の音だ。耳鳴りではなかった。うるさいくらいの鳴き声である。命の限りといった趣で鳴いている。わたしは玄関に降りて、裏山の森の方に出てゆく。森からは、まさに降るように虫の鳴き声が聞こえてくる。いよいよ秋の到来である。



買ってしまった本

2015年9月4日(金) 晴れ時々曇り

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「買ってしまった本」

 短歌セミナーの中で、「歌がうまくなるには」という話があった。そのなかで、第1は歌をたくさん作ること。第2は他人の歌をたくさん読むこと。第3は歌会に出ること。第4は短歌以外の本も読むこと。第5は一日一日を精一杯生きること、という以上5点が大切だと指摘された。
 第4は色んな本もしっかり読もう、ということだったので、その話に乗せられて1万円以上もの本を買ってしまった。わたしは経済的なことも考慮して、ここしばらくは本というものをほとんど買ってなかった。興味のある本は、たいてい図書館で借りて読んできた。
 「読みたい」という本があったら、ほとんど県立図書館にインターネットで予約する。すると、わたしの村の図書館まで届けてくれるのでとても便利である。たいていの本は県立図書館に揃っていて、利用が可能なのだ。
 しかし、県立図書館にない本もあるので、そんな時は本を購入するということになる。短歌セミナーで販売していた本は、図書館で手配できないと判断したので、1万円以上も「買ってしまった」のである。が、わたしはこれからも、「図書館派」である。「買ってしまった本」が、「しまった」と、後悔しないように、しっかり読み込みたいと思っている。


短歌 (「新日本歌人」9月号掲載)

足裏に力を込めて訪ねゆく戦争法の反対暑名



ふるさと

2015年9月3日(木) 曇り時々雨

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「ふるさと」

 神戸での「短歌セミナー」は、とても感動的で刺激的だった。今後十年間の目標をもって短歌に親しみ、「いい歌づくり」をしてゆくうえで、大いに役立つセミナーだった。会場は神戸市の郊外で豊かな自然、緑に囲まれとてもいい環境に恵まれたところだった。
 が、にもかかわらず環境の変化は、わたしの身体に異変をもたらした。ふるさとではなかった便秘の症状を引き起こした。わずか三日間ふるさとを離れただけなのに、ふるさとが恋しくなった。
 そこで、帰岡した翌日には少し時間をとって、小さな村をひと廻りしてふるさとの空気を存分に味わった。山の中腹を貫いている山道を車で走り、要所に車を停めて瀬戸内海を眺めた。「ふるさとは遠きにありて思うもの、そして悲しくうたふもの」と、室生犀星は詩に著している。そして、「ふるさとの山に向かいて言うことなし ふるさとの山はありがたきかな」と、望郷の念を詠ったのは石川啄木だった。
 が、わたしはふるさとのふところに抱かれて眠りたいという思いである。今日は海を眺め、山を見上げ、滝の流れ落ちる音を聴き、心の落ち着いてゆくのを感じることができた。ふるさとは遠くから思うものではなく、そのふるさとと一体になって暮らしたい、という思いが募るのだった。「ふるさとよ、おまえの広き胸にわれを抱け、そしてわれはその胸で眠りたい」


短歌 (「新日本歌人」9月号に掲載)

ほととぎす夜の闇裂き高く啼け列島はいまたたかいの中



神戸から岡山へ

2015年9月2日(水) 曇り時々雨

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「神戸から岡山へ」

 三日間の神戸の旅を終えて、いま(9月1日)家にたどりついたところだ。三日間は「短歌三昧」の日々だった。宿舎にこもって浮世のことも忘れ、短歌の勉強や仲間たちと交流していた。が、わたしがもっとも心配だったのが、30日の空模様である。30日は、国会周辺10万人・全国100万人の行動が呼びかけられた日である。その行動とは、「戦争法案(安保法制)を廃案に!」というものである。
 宿舎から、日本全国の空が青空であるように、あるいはせめて雨だけは降らぬようにと祈っていた。その集会や行動は成功したのだろうか。これから「しんぶん」を開いて、そのようすを確かめるつもりである。
 わたしは三日間の旅で英気を養ったので、明日から日常の生活に戻りたい、と思っている。きっとこの旅は、わたしのこれからの生き方の導きになるような気がしている。ブログも通常版になりますので、今後ともよろしくお願いします。

短歌 (「新日本歌人」9月号掲載)

ひなげしの一千万本咲く畑花もたたかえ戦争立法と


歌文集の夢

2015年9月1日(火) 

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「歌文集の夢」

 9月1日といえばわたしは神戸だ。8月30日から三日間、短歌のセミナーに出席している。その内容については、また触れることがあると思う。思えば、短歌を始めてまだ八カ月である。いまの感想を述べれば、小説よりも難しいというのが、わたしの実感である。自身の想いを三十一文字(みそひともじ)に凝縮して著すというのは、大変なことだ。
 散文なら、「指折り数えて」ということもなくて、自由に書くことができる。もちろん小説には、モチーフやテーマがあり、それに向かってどう描いてゆくかという問題があり、それはそれとして難しいものだ。小説は「何をどのように書くか」ということが問われる。しかし、定型詩ではないので、自由に綴ってゆくことができる。
 が、わたしは小説をいったん脇において、短歌を始めたのだから、それなりの仕事をするまでは、つづけてゆきたいと思っている。まあ、10年という単位で考えてゆく必要があるように思う。いつか「歌文集」を発行したいという夢を持っている。


短歌 (「新日本歌人」9月号に掲載)

多喜二たち命を賭したたたかいをいま引き継ぎぬ戦争立法



プロフィール

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 1947年生まれの68歳で、
「新日本歌人協会」の会員です。
 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

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