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金子兜太の揮毫

2015年8月30日(日) 雨時々曇り

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 今日から三日間、神戸で短歌のセミナーがあります。それに出席しますのでその間更新ができません。ご了承下さい。

「金子兜太の揮毫」

 7月18日(土)午後1時ちょうどに、同じポスターを全国一斉にかかげよう、ということでその運動は成功した。聞くところによると、全国1000カ所以上で実施されたらしい。これは澤地久枝さんはじめ、瀬戸内寂聴、金子兜太、落合恵子、小山内美江子、小森陽一、鳥越俊太郎さんたちが呼びかけ人となって行われたものである。

短歌

「アベ政治を許さない」の書掲げ立つ道ゆく人が手を振り返す

炎天下金子兜太の「アベ政治を許さない」の書われ掲げ立つ


 そのポスターというのは、「アベ政治を許さない」というもので、俳人の金子兜太(とうた)が揮毫(きごう)したものである。筆で書かれとても味のある書(しょ)だ。このポスターは7月18日のみに使われたものではなく、今日に至っても全国で集会やデモンストレーションで愛用されている。



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遠花火

2015年8月29日(土) 曇り

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「遠花火」

 岡山県浅口市の花火大会が、わたしの村の公園で催された。海を背景にしたその公園は、花火の打ち上げには格好の場所である。午後八時から打ち上げられたが、周辺の町からぞくぞくと車でつめかけてくる。昨年は車の渋滞で、会場に着く前に終わってしまったというようなことも起こった。今年は新しい道がついたので、それほどひどい渋滞は起こらなかったようである。

短歌

合鍵を置き去った君浴衣着て見上げてるかも夜空の花火

われ独り遠花火みる合鍵を置き去った君夜空見上げて


 わたしは渋滞に巻き込まれるのが厭で、会場まで出かけなかった。家で打ち上げ花火を見ることにした。わたしの家の2階に上がると、瀬戸内海が見渡されるので、もちろん花火もよく見える。わたしは2階のベランダに出て、夜空に大輪の花が開くのを見ていた。花火が打ち上げられ少したって、ドーンという音が響いてくる。夏の終りの遠花火の観賞だった。



海の匂い

2015年8月28日(金) 曇り時々晴れ

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「海の匂い」

 わたしの村には漁港が三つあって、昔には半農半漁といわれていた。いまもそれはほとんど変わっていなくて、漁業が営まれ山裾の畑では農業が行われている。ただ、昔と違って、農も漁もその比重は小さくなって、色んな職業に就く人が多くなっている。いまは昔ほど魚が獲れなくなってきたし、農業もそれほど切実さがなくなって、スーパーを利用する人も増えている。

短歌

あかつきに人がうごめき高い声魚市場より海の匂いす

魚市場人がうごめき高い声海の匂いを集めて放つ


 それでも早朝の漁港と魚市場には活気がみなぎっている。あかつきに魚市場の前を通りかかると、漁業者と魚売りの人たちがせわしなく動き廻っているのが見える。市場の床は水で濡れて光っている。そして黒い人影がうごめいている。が、何よりも魚市場だと印象づけるのは、魚の放つ匂いである。それは少し離れたところまで匂ってくる。まさに海の匂いである。



夏を惜しみて

2015年8月27日(木) 晴れ

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「夏を惜しみて」

 認知症の予防にウオーキングと良質な睡眠と禁煙がいいと、Eテレでやっていた。そこで思い立って、中断していたウオーキングをふたたび始めることにした。しかし、夏のウオーキングは、陽射しが強く日中はとてもできそうにない。早朝、夜という方法もあるがわたしの生活リズムからは、いささか無理がある。

短歌

夏惜しむごと鳴き止まぬ蝉の声愁い抱きつつ散策路ゆく

愁い抱き散策路ゆく夏惜しむごと鳴き止まぬ蝉の声降る


 そこで考えたのが、午後4時を過ぎてからの散歩である。わが家の西に山があって、4時を過ぎれば、散策路が日陰になる。そうして始めたウオーキングである。その散策路を歩いてゆくと、森から蝉の鳴き声が降るごとく聴こえてくる。もうすぐ秋だ。蝉たちは夏を惜しむように、命の限りを尽くして鳴いている。わたしはその道を、時折森の木を見上げながら歩いてゆく。



耳鳴り

2015年8月26日(水) 曇り

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「耳鳴り」

 耳鳴りの症状が出始めたのは、もうかれこれ35年以上前のことである。わたしの30歳前後の時だ。いまこの原稿を書いているさ中にも、左耳が鳴っている。両耳が鳴るということはなく左耳だけである。この耳鳴りはわたしの体調のバロメーターともなっており、その日の健康状態を知ることができる。この耳鳴りが日常生活に影響を与えるということはほとんどないが、わずらわしいものである。

短歌

目覚めれば地虫のように耳が鳴る錠剤のみて三十五年

今日もまた耳鳴り止まず哀しけれ錠剤のみて三十五年


 これでも錠剤を飲んでいるから、ここまで抑えられているのかも知れない。当初は耳鼻科にいったり脳の検査をしたりしたが、どこも異常はなかった。そして心療内科で診てもらって、いまの薬を処方されている。しかし、その薬が合っているのかどうか、今でもわたしは疑問をもっている。が、いずれにしても永きにわたって錠剤と付き合っているものだ。



鏡の前に立つ

2015年8月25日(火) 雨

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「鏡の前に立つ」

 わたしたちの短歌会の仲間が歌集を上梓し、出版記念会を開いたことは昨日のブログに書いた通りである。しかし今日は短歌にまつわる話ではなく、彼女の生活の在りようについて少し触れてみたいと思う。それは百歳までの長寿の人は少なくないが、健康長寿の人は決して多いとはいえないからである。
 まず、彼女の衣食住の在りようである。「衣」については、彼女はとても「おしゃれ」だ。普段の生活においても、衣服には心をくばり、いつ外出してもいいようなものを身につけている。
 「食」は、朝食と昼食は自分で調理したものを食べるようにしている。夕食だけはお嫁さんがつくったものを食べている。自分で調理するということは、材料の買出しなどもスーパーへ自分で歩いて出かけるということだ。
 「住」は、独り離れの二階に住んでいる。百歳になっても階段を難なく上り下りしている。そして掃除、洗濯も毎日欠かさない。階段のある家に住んで、それを何の苦もなくやってのけるのだから、「凄い」といわざるを得ない。


短歌

百歳のおうな鏡の前に立ちくるりと廻り姿ながめる

百歳のおうな鏡の前に立ちくるりと廻り姿チェックす


 そして今でも全面、鏡になったタンスの前に立って、自分の立ち姿や衣服を眺めチェックするというのだから、その生き方こそが健康長寿の秘密だろう。百歳になって、「鏡の前に立つ」という心の在りように驚かされる。



百歳の出版記念会

2015年8月24日(月) 晴れのち曇り

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「百歳の出版記念会」

 わたしたちの短歌会の仲間が歌集を上梓し、その出版記念会が開かれた。その仲間というのは百歳の歌人である。彼女はいまでも心が動くと折々に歌を詠んでいる。ここで彼女の歌をいくつか紹介してみたいと思う。

ぼたん雪舞い乱れつつ細雪みぞれに替わりてあわれ解けゆく

年令よりも若いと言われ気にかかり歩く姿をガラス戸に映す

頬をさす風にさからい帰路急ぐ歌会のあとのぬくもり抱いて

孫六才バレンタインのおくりもの女の子からキスと書かれて


 以上のような短歌を詠む人である。とても百歳とは思えない瑞々しい精神と身体に恵まれた歌人である。次の歌はわたしが詠んだ百歳の歌人に「贈るうた」である。

短歌

百歳の歌人の出版記念会人生と歌赤裸に語る

百歳の歌人は炊事洗濯を独りでこなし紙とペンとる


 もう次の歌集の話も話題にのぼっている。百五歳になったら、第二歌集を上梓し再度出版記念会を開こうという風に話がすすんでいる。彼女ならきっとそれが叶うような気がする。



ヘッドスライディング

2015年8月23日(日) 晴れ 

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「ヘッドスライディング」

 高校野球の選手たちは、一塁ベースにヘッドスライディングをよくする。ヘッドスライディングとは辞書によると「走者が両手を伸ばして頭から塁に滑りこむこと」というふうに記されている。

短歌

頭よりベースへ滑る球児たちその懸命さこころ打つなり


 ヘッドスライディングについては、一塁ベースを駆け抜けた方が速いという説があり、指や腕などを痛めるという危険も指摘されている。高校の監督はどのような指導をしているか分からないが、おそらく推奨はしていないような気がする。
 しかし高校球児たちは一塁だけでなく、すべてのベースに頭から滑り込んでゆくということが、よく見受けられる。が、それは選手たちの強い思いがそうさせているのだろう。球児たちの一生懸命さの発露なのだ。ちなみにわたしはヘッドスライディングは、無用な場合はしない方がいいという立場である。



戦後70年

2015年8月22日(土) 曇り

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「戦後70年」

 今年は戦後70年である。15年戦争と呼ばれる長い戦争を経て、1945年8月15日に終戦を迎えた。もちろんわたしは戦後生まれなので、戦争の体験はない。しかし戦後の苛酷な食料難は経験しているし、1960年頃まで戦争の傷痕は、わたしの生活にも影響を与えていた。戦争から庶民の暮らしが立ち直るまでには、10年~15年の歳月が必要だった。

短歌

「歴史はその巨大な頁をめくった」と終戦の日を書いた百合子よ


 宮本百合子はその戦争と終戦をどのように捉えているのだろうか。小説「播州平野」では、終戦の日のことを次のように描いている。「日本中が、森閑として声をのんでいる間に、歴史はその巨大な頁を音もなくめくったのであった」これは小説の中での一節であるが、作家としての百合子の実感に添っているような気がする。そして戦後を歩み始めたのである。
 今までも戦前へと回帰する現象はいくつもあったが、今日ほど戦争か平和かが鋭く問われたことはなかった。「巨大な頁」とは戦争から平和への歩みをも意味する。わたしたちは決してその逆流を許さず、ゆるぎない平和への道を歩みつづけたい、と希うものである。



和夏奈

2015年8月21日(金) 曇り時々雨

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「和夏奈」

 お盆に二男の息子夫婦がやってきた。二男は昨年結婚して、最初の子は流産だった。そして次の子が7月に誕生した。嫁は島根県の人で、郷里で出産をするために帰省していた。そして息子が島根まで迎えに行って、わが家にきたのである。「昼食は準備していくから、つくらなくていいよ」と言って電話がかかってきた。息子夫婦はビールと寿司を持ってあらわれた。

短歌

「ばあちゃんの夏をもらったよ」とやってくる息子夫婦が「和夏奈」を抱いて


 「ばあちゃんの夏をもらったよ」というのが第一声だった。ばあちゃんというのは、わたしの母で「夏子」という名前である。息子の名付け親は母であり、息子は母に対して敬愛の念を抱いている。それで平和の「和」と「夏」を名前に取り入れて「和夏奈」という名前にしたということだ。「和夏奈」が細い眼を開ける仕草はとても愛らしい。わたしは彼女、「和夏奈」が健やかに成長をすることを祈っている。



小さい秋

2015年8月20日(木) 曇り時々雨

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「小さい秋」

 お盆が過ぎて一気に秋めいてきた。それまで使っていた扇風機も朝夕はいらなくなった。いまの時期は夏と秋の気配が同居しているという状態だ。昼間には相変わらず蝉がしきりに鳴いているし、夏の花である夾竹桃や百日紅の花が太陽の陽を受けて輝いている。やはり日中は残暑が厳しい。そこでわたしはクールシェアで図書館に出かけている。

短歌

秋立ちて虫の鳴き声耳にする吾はそを聞きに出でてゆくなり

秋立ちて涼しい風が入りくる寒さを感じカーテンを引く


 しかし立秋になりお盆を経て、朝夕はめっきり秋らしくなってきた。夜になると蝉の鳴き声もやみ、虫の音(ね)が聞こえるようになってきた。その音に誘われてわたしは書斎を出てゆく。家の周りを歩いてゆくと、草陰から虫の鳴き声が聞こえてくる。が、まだその鳴き声は幼く、ためらいがちに鳴いている。まさに「小さい秋を見つけた」といえるかも知れない。



孫の庭草

2015年8月19日(水) 曇り

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「孫の庭草」

 近所に新しく家が建った。隣りの孫夫婦が住む家である。家ができるまで孫夫婦や子どもたちは、祖母の家に居候していた。その祖母はもう八十歳を超えているが、とても元気で今でもシルバー人材センターに登録して仕事をしている。新築の家の打ち合わせなどにも顔を出していたのだろう、そうすると孫娘に「おばあさんは、もう黙っといて!」とぴしゃりと言われたらしい。

短歌

「おばあさんは黙っといて」と言われつつ孫の庭草這いながら抜く

おばあさん孫の庭草這いながら抜いてゆきつつ一日が暮れる


 祖母はそれが悔しかったのだろう、近所の人に愚痴をこぼしていた。それはそうだろう、土地の取得や敷地の周りの側溝をつけることなども、市と交渉して段取りをすすめてきたのは祖母だった。しかし、その祖母の賢明なところは、そんなに言われ疎外感を味わっても、孫娘の庭の草を抜いてやるのだった。かなり広い敷地の草を一本残さず草取りをする。唇を嚙んで、黙々と這いずりながら草を抜く姿に胸を打たれる。尊敬すべきおばあさんである。



夾竹桃

2015年8月18日(火) 曇り

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「夾竹桃」

 お盆に父と母の墓参りをした。日頃はほとんど思い出すこともない亡き父と母であるが、墓参りのときにはふたりのことが甦ってくる。父と母はまったく逆の性格をしていた。母は活動的でよく喋る方だったが、父は反対にほとんど喋らない人だった。しかしわたしはよく喋る母よりも、寡黙な父の方が印象に強く残っている。

短歌

墓参り夾竹桃の道をゆく寡黙な父の声よみがえる

墓参り寡黙な父の声がするめしより好きな酒を手向ける


 父は15年戦争の間に3回も徴兵されている。まさに父の青春期は戦争の渦中にあった。人のかけがえのない人生を、殺し殺される戦争へと駆り立てた国の不条理を思わないわけにはいかない。そうした国家の犯罪ともいえる戦争を二度と許してはならないと思う。しかし日本の国は、ふたたび戦争への道を歩もうと画策されている。父の苛酷な青春を思うとき、いま参議院で審議されている戦争法案は、必ず葬り去られなければならない。墓参りをすると、寡黙な父の声が甦ってくる。



君がいとしい

2015年8月17日(月) 曇り時々雨

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「君がいとしい」

 わが家の近所の家の窓が、午前3時、4時、5時となっても明るく灯っている。二階の北の窓だ。その部屋にいるのは大学を卒業し、一旦就職したものの、職場で何かあって退職した女性である。齢は25~6歳だろうか、まだ若くおとなしい人である。引きこもっているという風ではないが、その部屋にいることが多い。深夜に起きていて、昼間寝るというような生活を送っている。

短歌

夜更けにも煌煌とつく北の窓ニートと呼ばれる君がいとしい


 深夜に起きて、ひとりで何をしているのだろうか。人と接することが厭わしいのだろうか。いまの社会は生きづらい社会である。正規と非正規社員の差別、ブラック企業化した会社、効率と成果を性急に求める体質、そのようなことが、真面目で優しい人たちをはじきとばしてしまう。わたしはその女性が悲しくていとしい。そんな想いで北の窓を見上げている。



君は女高生

2015年8月16日(日) 晴れのち曇り

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「君は女高生」

 お盆に孫がやってきた。この孫は歩いて10分くらいのところに住んでいるのだが、ひとりで泊まりにきたのである。もともとわたしの家で暮らしていたのだが、わが息子が家を新築して出ていった。この孫はとても優しい子で、わが家に来たって歓待されるとも思ってないのに、わたしたちに顔を見せるためにやってきてくれる。

短歌

自転車でアームカバーを身につけてやってくる君もう女高生

君はもう日焼け気にする女高生アームカバーを着けて出てゆく


 今年、彼女は高校生になった。やはり中学生のときより大きな成長をみせている。スマホも許されて持っているし、友だちと大型ショッピングセンターにも出かける。そしてわたしを驚かせたのは、アームカバーを身につけてやってきたことである。中学生のときにはなかったことだ。それは思春期のひとつのありようである。



ひまわり

2015年8月15日(土) 晴れ

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「ひまわり」

 笠岡干拓地(となり町)に向日葵を見に行った。百万本の向日葵ということであったが、そういう景観にめぐり合うことはできなかった。いつもは百万本の向日葵が畑を埋め尽くし、その雄大な眺めに息を呑むのだったが、今年は不作だった。なにより草が多く向日葵の花はそれにまぎれて、一向に目立たない。観光客も失望の色をかくさず、嘆息を洩らしていた。

短歌

太陽を追ってまわるか向日葵はそんな器用な花に会いたし


 向日葵は太陽を追って花がまわる、と子どもの頃から聞かされていたが、それは俗説で実際にはほとんど動かないらしい。しかし、ほとんどの花は、南東から昇る太陽に向かって咲いている。それはひとつの不思議なことである。

短歌

文字通り百万本の向日葵はいっせいに陽に向かいて咲きぬ


 来年こそは百万本の向日葵の雄大なけしきを見てみたいと思う。イタリア映画「ひまわり」を彷彿とさせるような、ひまわり畑であって欲しい。



汗と涙の土

2015年8月14日(金) 曇りのち晴れ

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「汗と涙の土」

 いま高校野球は熱きたたかいが繰り広げられている。わたしは高校野球が好きだ。一挙手一投足に懸命さがみなぎっている。その一生懸命さが見るものの心を打つ。ひとつの白球を追って、グラウンドを走り回る姿は印象的だ。野球の試合には当然、勝ち負けがある。そして勝ったチームが、そしてスター的要素をもった球児が注目されもする。

短歌

敗れたるチームの球児赤い目で甲子園の土かき集めたり


 しかしわたしは敗れたチームの選手に注目することが多い。試合後に、汗と涙にまみれた甲子園の土をかき寄せる選手たち。その敗れたチームの球児の悔しさが伝わってくる。涙を流しながら、そして唇を嚙んで記念の土を袋につめる選手の心を思うとき、胸に迫ってくるものがある。彼らにとってこの敗北は、永い人生のうえでのひとつの勝利といえるものかも知れない。



平和を希う

2015年8月13日(木) 曇り時々雨

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「平和を希う」

 終戦記念日があさってに迫って、戦争と平和を考える機運が高まるときである。そこで平和を希求する歌をふたつ紹介してみたいと思う。

這うこともできなくなったが
  手にはまだ
    平和を守る一票がある 八坂スミ

徴兵は命かけても阻むべし
   母・祖母・おみな
       牢に満つるとも 石井百代


短歌

戦争の足音高く寝つかれず布団の中で遠雷を聴く

戦争の想像力が欠如する為政者たちよ悪夢より醒めよ


 わたしもふたりに倣って、ふたつ歌を創ってみた。八坂スミ、石井百代のふたりには到底かなわないけれど、終戦記念日を前にして、また安保法制(戦争法案)が国会で議論されているので、詠わないわけにはいかなかった。まさに日本はいま、戦争か平和かの岐路に立たされている。わたしは毅然として立ち、平和を希うものである。



君の黒髪

2015年8月12日(水) 曇り

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「君の黒髪」

 今日の歌は相聞(そうもん)歌である。相聞歌とは、ご存知のように狭義には恋愛の歌ということができる。しかし、わたしのこの歌は想像上のものである。普通短歌は実際に合ったことを詠うものだ。だが創作、つまりつくりごとは駄目だというものでもない。今までもこれからも虚構の歌は存在してゆくことになるだろう。

短歌

匂い立つ君の黒髪イメージし窓の明かりを見上ぐる夜更け

闇の中明かりが灯る北の部屋窓に浮き立つ君の影ひとつ


 この歌は実際に見た窓明かりがモチーフとなっている。そのモチーフを手がかりに創作した歌である。短歌の世界では相聞歌は大きな位置を占めている。俵万智の「サラダ記念日」もその多くが相聞歌である。短歌は恋愛を描くのにふさわしい型式だ。これからもわたしは相聞歌に挑戦してゆくことになるだろう。



駐車場の白百合

2015年8月11日(火) 曇り時々晴れ

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「駐車場の白百合」

 暑い日だった。わたしの住む地方でも連日35度近い温度がつづいている。気象庁では35度を超えると「猛暑日」と名づけているが、まさに猛暑であり炎暑であり酷暑である。吹いてくる風が熱風を帯びている。そんな日にわたしは図書館にいて本を読んだり、新聞に目を通したりしている。最近はやりの「クールシェア」である。

短歌

灼熱のアスファルトより芽を出してしなやかに咲くカサブランカよ

アスファルト破りて生きる白百合はもえ立つ風にしなやかに咲く


 図書館から出ると、熱風が身体を吹きぬけてゆく。湿った生暖かい風だ。急いで車に乗り込もうとしたとき、ふと視界に入ったものがあった。駐車場の隅に咲いている百合に気づいたのである。ふとわたしはその百合に近づいていった。アスファルトの裂け目から、百合の茎が伸びて、花を咲かせている。それは白百合だった。わたしはそれに感動した。一陣の涼風が身体を吹きぬけてゆくようだった。



黒蝶が舞う

2015年8月10日(月) 晴れ時々曇り

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「黒蝶が舞う」

 黒蝶といえば「不気味」さを象徴するような印象をわたしは持っている。最近、わたしはその黒蝶によく遭遇する。森影の滝であったり、山道の竹林であったりする。決してわたしは黒蝶を厭(いと)っているわけではなく、むしろ美しいと思っている。だから、黒蝶が飛んでいるのを目にすると、視界から消えてゆくまで、あとを追っている。

短歌

燃える夏軍靴のひびき迫りくる翅ふるわせて黒蝶が舞う


 その黒蝶と重なるイメージは、安倍政権がすすめようとしている(安保法制)戦争法である。その戦争法と重なるとき、黒蝶は不気味さに変わる。戦争法案の行方は予断を許さない。わたしたちひとりびとりが、声を上げて法案の慎重審議を求め、憲法違反であることを、広く深く訴えてゆくことが求められている。



まるい月

2015年8月9日(日) 晴れ時々曇り

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「まるい月」

 先日の月は満月だった。あるブログでそのことを知り、寝に入る前にベランダに出て夜空を見上げた。まさしく「まるい月」である。午前0時を回っていたが、月明かりで山も大地も家もほんのりと照らし出されていた。その刻には月は中空に貼り付いていたが、はっきりと輝いていた。しかし、「長島は太陽だが、わたしは月だ」という、元野村監督の言葉が甦ってきた。

短歌

まるい月中空に出て何もかもわれの心の闇をも照らす


 その日は「しんぶん」の配達日だった。午前4時に起床して、家を出かけた。その刻には、月は西に傾いてぼんやりと輝いていた。その時、わたしは与謝蕪村の「菜の花や月は東に日は西に」という名句を思い出していた。わたしが見たのは「月は西に日は東に」であったが、やはり蕪村が見た月も満月だったといわれている。



赤い陽が昇る

2015年8月8日(土) 晴れ時々曇り

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「赤い陽が昇る」

 わたしは「しんぶん」を週2~3回配達しているが、赤い陽は滅多にみることができない。先日の朝日は遠くの岬の稜線を少し昇ったところだった。わたしが村の峠を越えて南に下り、海辺に出たときである。そのとき視界に入ってきたのが、丸い赤い太陽だった。わたしはすぐに車を左に寄せて停め、しばらくその太陽を眺めていた。

短歌

赤い陽を目にしたる朝もう今日は何もしないで寝て暮らしたい

紅い陽が東に昇り白き月西に傾く空はるかなり


 その感動が短歌にうまく表現できているだろうか。わたしの先輩歌人は「よく観て、よく感じて、よく表現すること」という言葉を贈ってくれたが、「よく観て、よく感じ」ることはできたのだが、「よく表現する」ということには自信がない。まだまだだと痛感する。自分の感じたこと、その想いをそのまま表現できないもどかしさがある。しかし、「太陽は赤く」染まっていた。その感動に嘘はない。



百歳の歌人

2015年8月7日(金) 曇り時々晴れ

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「百歳の歌人」

 わたしの村に「苫(とま)かげ短歌会」というのがあり、わたしもそれに加入している。その短歌会に百歳の歌人がいる。その歌人の短歌をいくつか紹介してみたいと思う。

老いたれど心華やぐ装いで背すじ伸ばしてバスに乗りたし

暮れやらぬ空を眺めて夕陽さす丘の緑葉日々たくましく

頬をさす風にさからい帰路急ぐ歌会のあとのぬくもり抱いて (以上、百歳の歌人)


短歌

百歳の歌びとありて詠いつぐ珠玉の百首上梓するなり (千春)


 百歳の歌人には真実驚かされることが多い。まず自立した生活を営んでいるということである。掃除、洗濯、食事などなんでも自分ひとりでやってしまう。買い物もスーパーまで自分で出かけてゆく。片道3~400メートル歩いてゆくのだから、驚くばかりである。介護保険のヘルパーにもまったく縁がない。歌会での発言もとても百歳とは思えない溌剌さである。耳、目、口も衰えを知らない。そして百歳の歌人は毎日歌を詠んでいる。



水ほとばしる

2015年8月6日(木) 晴れ

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「水ほとばしる」

 本題に入る前に、ひとこと触れておきたいことがある。それはNHKの世論調査で、広島の原爆投下の日を正しく答えられた人が、全国で3割だという事実である。これにはわたしも驚き、胸を痛めることになったが、しかしこれを国民の所為(せい)にするのはあたらない。いまの政権は先の戦争を「自存自衛の聖戦」としたい思惑があり、できれば戦争をなきがごとくにしたいのが本音だろう。そのもくろみと決して無縁ではない。

短歌

森影に白き流れの高い滝静寂やぶり水ほとばしる


 わたしの村に滝がある。「不動の滝」と呼ばれているものだ。先日、そこへ行ってみたが、この暑さの中でも滝が涸れるということもなく、いきおいよく流れていた。県道をちょっと入った森影の、高さ3~40メートルほどの滝である。滝の前に立つと、ミンミンゼミやツクツクボウシの鳴き声が降ってきて、黒蝶も舞っていた。涼風が頬を撫ぜてゆく「不動の滝」である。



ふるさと(7)

2015年8月5日(水) 晴れ

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「ふるさと(7)」

 ふるさと編の最終回である。これらの短歌は誠につたないものだ。というのも、短歌を始めて2~3カ月のうちに詠んだものなので、幼さは免れることができない。しかし、わたしの短歌が最初に活字になったものとして愛着がある。それから、一日一首と心に秘めて創ってきたが、短歌の底の深さと広さにたじろいでいる。

短歌 (「踏鞴」(たたら)32号に掲載)

遠き島紅い日輪昇りくるふるさとの村染まりゆくなり

闇が明けわがふるさとは目覚めゆく聳え立つ山シルエットなり


 朝日が昇りくるときは、やはり感動的である。村がまだ眠りをむさぼっているとき、東の空が茜色に染まってゆく。そして、島影から太陽が顔を出すと、村は金色に染められてゆくのだった。いよいよ村は眠りから目覚めて、人々もそれにつられたかのように一日の活動が始まる。海辺の村が甦る一瞬である。



ふるさと(6)

2015年8月4日(火) 晴れ

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「ふるさと(6)」

 短歌をやるようになって、空を見上げることが多くなった。それまでは日常の暮らしに追われて、ほとんど空を眺めるということなどなかった。ただせかせかと何かに追われるように過ごしてきたように思う。いま思うとそうした生き方というのは、ずいぶん危ういし怖いという気がする。それは自然や社会に対して、無関心であることを意味する。

短歌 (「踏鞴」(たたら)32号に掲載)

長い夜眠れぬままに起きるなり浜辺に出でて潮騒を聞く

キャンバスを裂くがごとしの飛行機雲夜明けの空にひと筋の白なり


 ふるさとの空を見上げると、新しい発見に満ちている。夜明けの虹色に染まりゆく空に感動し、白昼の青空やにび色の空に心が動く。夜空がまた美しい。星がまたたき、上弦の月に思いを馳せる。また、キャンバスを裂いたような一条の白い飛行機雲、そこには清冽さがあって、見る人の心を震わせる。しかし、それが軍用機のものであってはならない、と心に秘めている。



ふるさと(5)

2015年8月3日(月) 晴れ

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「ふるさと(5)」

 海辺に立って海を眺めていると、時おり海鳥がわたしの視界を過ぎってゆくことがある。それはカモメであったり名も知らぬ鳥であったりする。カモメの飛翔はやはり美しい。白い翼を広げてゆったりと飛んでゆく。が、漁師たちにとっては、厄介な鳥なのかも知れない。網を船に引き揚げるときになると、カモメがどこからか一斉にやってきて、船の周りを飛び交う。網に掛かった魚を横取りしにくる。

短歌 (「踏鞴」(たたら)32号に掲載)

薔薇の花茎が斜めに伸びてゆく空をめざしてゆく花もあり

海鳥が波に揺られて浮かんでるたわむれに石投げたし心


 一方、めったに空を飛ばないで、海の波の揺れにまかせて、漂っている鳥がいる。この鳥は漁師の船に近づいたりはしないで、もっぱら海中の魚を狙っている。幸せそうに波の揺れに合わせて漂っているが、時おり海にもぐって餌をつかまえてくる。幸せそうにしてはいるが、実は彼らは生きてゆくために必死なのだろう。ただ、海鳥は幸せそうに空を飛翔したり、海に浮かんだりしたりするだけではない。



ふるさと(4)

2015年8月2日(日) 晴れ

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「ふるさと(4)」

 わたしは冬から春にかけては終日図書館にいる。その図書館は、海から道をはさんだすぐのところに建っている。「海の見える図書館」として親しまれている。わたしはその図書館で、本を読んだり短歌を詠んだりして過ごすのだが、それに飽きると瀬戸の海をじっと眺めて過ごす。窓際に机が海に向かって、一列に配置されている。

短歌 (「踏鞴」(たたら)32号に掲載)

滑るごと漁船が走る春の海白く波立ち尾を引いてゆく

春の海なみ泡立たせ漁船ゆく海を切り裂くごとく走れり


 春の海はひねもす太陽の光りが輝いている。それを見ていると飽きるということがない。その輝く海の上を漁船がいきおいよく走りぬけてゆく。空にはカモメや海鳥がゆっくりと舞っている。美しい光景である。そんな村だが、思春期の頃はこの村が厭で、もっと大きな世界に憧れていた。誰でもが一度は経験する都会への憧れである。が、齢を重ねてくると、ふるさとへの愛着がよりいっそう増してくる。



プロフィール

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 1947年生まれの68歳で、
「新日本歌人協会」の会員です。
 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

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