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‘14年ささやき日記 「お知らせとお詫び!」

2014(H26)年9月21日(日) 晴れのち曇り

   タイトル 「お知らせとお詫び!」

 突然ですが、「鬼藤千春の小説」のブログをしばらく休ませて頂くことになりました。理由は、まとまった小説を書くことになったということです。

 私のブログを読み、見守って頂いたみなさんに、心からお礼を申し上げます。いつ再開されるか、その目途はたっていません。小説のすすみ次第です。

 今まで、本当にご愛顧頂き有り難うございました。「お知らせとお詫び」を申し上げることは、残念でなりませんが、くれぐれもよろしくお願い致します。



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‘14年ささやき日記 「彼岸花」

2014(H26)年9月20日(土) 曇りのち晴れ

   タイトル 「彼岸花」

 周平は夏江の骨壷を強く抱きしめた。

 台風が近づいて、雨と風はますます烈しくなっている。山の中腹にある火葬場から、つづら折りの坂道を車はくだっていた。疲れたのか、ほっと安堵したのか、車中の誰もが沈黙して窓外を眺めている。それぞれの深い想いを心の中に描いているようだった。

 車が大きくカーブして、前の視界が不意に開け、川の土手が眼前に拡がった。土手には一面に深紅の曼殊沙華(彼岸花)が風に烈しく揺れている。周平はその花々に心を奪われていた。そのとき車が揺れ、彼の抱いた骨壷の内で、母の骨が意外に大きく鳴った。

 それは切なく、乾いた音だった。

 これは、私が最近書いた「母の潮汲み」という小説の結末である。そこに鮮やかに咲く深紅の彼岸花を配して、主人公、周平の抱く骨壷のなかの母の遺骨が「切なく、乾いた音」で鳴るのを描いた。

 今日は「彼岸入り」である。一週間前に彼岸花を探して土手を歩いたときは、見つけることができなかった。だが、いまは彼岸花がそこここにいっせいに咲き誇っている。

 村の道を散歩していると、田んぼの畦道や池の土手、畑のほとりに深紅の花を見ることができる。彼岸花はいつも時期をたがわず、秋分の前後に花を開く。

 彼岸花は別名、「死人花(しびとばな)・幽霊花(ゆうれいばな)」と呼ばれて、忌み嫌われることもある。が、逆に「赤い花・天上の花」として、めでたい兆しとされることもある。私はこの「彼岸花」が好きである。



‘14年ささやき日記 「セクハラについて」

2014(H26)年9月19日(金) 晴れ

   タイトル 「セクハラについて」

 非正規労働者の増大と「セクハラ」の関係について疑問があったので、ネットで調べてみた。結論からいうと、非正規労働者の増大は、「セクハラ」の増加を生んでいるということである。

 「近年、非正規労働者の増加等、就業形態が多様化する中で、(中略)特にパワハラ・セクハラに関する紛争が増加しております」と述べているのは、中央労働委員会(北海道地方事務所)である。

 次に、平成23年度の神奈川県の労働相談の概況をみてみたい。「労働者からの相談では、非正規労働者が約4割(全相談件数11834件)、特に女性のパートからの相談が増加。職場のいやがらせ、パワハラ・セクハラ等の相談が大幅に増加」と、記している。

 また、連合の非正規労働ホットラインのまとめによると、3日間で寄せられた相談は1017件、内容は(中略)「セクハラ・嫌がらせ」の相談が10.1%となっている、述べている。

 このように、三つの資料をあたっただけで、非正規労働者の増大は、セクハラの増加を生んでいる、ということが疑問の余地なく明確に示されている。

 私がこの問題を意識したのは、2013年、第10回民主文学新人賞佳作の望月笑子「無機質な腐敗」という小説を読んでからである。

 この作品ではセクハラがテーマとして扱われていた。非正規労働者のセクハラの「ひとつの典型」として、描かれた作品である。

 「非正規労働者の増大とセクハラの増加は関係ない」という、「まがね文学会」の人もいるが、決してそんなことはない。それは三つの資料をみれば明らかなことである。したがって、非正規労働者を生み出す政治・社会構造は、この点でも罪深いといわなければならない。



‘14年ささやき日記 「長い夜」

2014(H26)年9月18日(木) 晴れ時々曇り

   タイトル 「長い夜」

 国民の20%、つまり5人に1人が不眠で悩んでいるという。そして、3~5%の人が睡眠薬を飲んでいるといわれている。実に多くの人が不眠のために「長い夜」を送っていることになる。

 私も30歳前後に不眠症になったことがある。たまらなくつらかった。床に入っても眠りに落ちてゆくことができなくて、布団の中で何回となく寝返りを打って、苦しんだことがある。

 今も早朝に目覚めるということはあるけれど、不眠で悩むということはない。しかし、多くの人が不眠で悩み苦しんでいるということを、聞いたり読んだりする。

 不眠の原因には、さまざまなものがあるといわれているが、いずれにしても辛いものである。なかでも「うつ病」や統合失調症の方の不眠は深刻である。

 「夜眠れない、頭痛がひどい、おなかがつる、手足がしびれる、夜中そわそわ、頭がおもぐるしい、夜中全身がかゆい」これは、私が愛読しているブログに、本人が記しているものだ。統合失調症の方である。

 誤解があってはいけないので、ひとこと述べておきたいと思うのは、たとえ統合失調症であっても、ごく普通に暮らしている人も少なくないということである。

 私の知人も統合失調症だが、自立して生活し自伝や小説を書いて暮らしている。が、そうではなくて、不眠で悩み「長い夜」を送っている人たちに寄り添って、励ましたい気持ちで一杯である。この不眠症というのは、日本社会の病理だといえるかも知れない。



‘14年ささやき日記 「恩師」

2014(H26)年9月17日(水) 晴れのち曇り


   タイトル 「恩師」

 過日、高校時代の恩師に会った。75歳前後だがいたって元気で、顔の色艶もよく生き生きとしていた。重い病気をしたというのを聞いていたので、意外に感じたほどである。

 先生は隣町に住んでいるのだが、なかなか会う機会がなかった。病後でいささかためらいはあったが、思い切って先生の家を訪問した。私が訪ねると、「おう、鬼藤か。上がれ」と、明るい声が返ってきた。

 先生は世界史の教師であった。ちょっと面白いところがあって、教科書通りに授業をすすめるというタイプではなかった。ベトナム戦争の話をしたり、時事問題の話をしたりしてくれた。

 文芸部をつくるというので、私にも声がかかった。数人の生徒が文芸部に加入して、読書会や文集づくりなどをやった。文集づくりでは、沢山の生徒から原稿が集まり、「さわらび」という文集を発行することができた。

 その文集に、私は詩を書いて投稿した。それを先生にほめられて、私は文学への道へすすむようになった。先生との出会いが、私の人生を方向づけたように思う。

 「人間とは何か、人間らしく生きるとは?」という疑問を持って高校生活を送っていた私は、先生との出会いによって、ひとつの光を見出すことができたのである。

 私の人生を導いてくれた先生が、いつまでも元気でいてくれることを願うものである。私もまた、「恩師」から学んだことどもを忘れずに、生きぬきたいと思う。



‘14年ささやき日記 「さて、次にめざすものは?」

2014(H26)年9月16日(火) 曇りのち晴れ

   タイトル 「さて、次にめざすものは?」

 わが人生を振り返って、真っ先に思い浮かぶのは、「感謝」という言葉である。まず健康に感謝したい。25歳から30歳くらいにかけて、「うつ」のような症状に罹ったが、いい薬にめぐりあって、それを乗り越えることができた。

 急性肝炎になったり、痔疾になったりして入院したことはあるが、さして大きい病気をしたことがない。この健康が、私の三つの仕事を支えてきたように思う。

 一つは、4人の子どもたち(男2人、女2人)を、無事自立させることができたことである。子育てには紆余曲折があったが、そのハードルをクリアして、彼ら彼女なりに生きている。

 二つは、家を持つことができたことである。多額のローンだったが、定年までには完済することができた。2世帯住宅で、私の定年後は息子がローンを引き継ぐ予定だったが、彼は自分の家を持ちたくて、さっさと家を出て行ってしまった。当初は困惑したが、それも乗り越えてきた。

 三つは、「鬼藤千春短編小説集」を上梓することができたことである。高校生の頃から詩人になるのが夢で、それは叶わなかったが、小説を書くようになった。「短編小説集」は、私の心の結晶であり、自身の生き方を写しとっている鏡である。

 さて、三つの仕事を遣り終えたように思うけれど、まだまだ私の人生は長い。高校時代に志した「一人はみんなのために、みんなは一人のために」という言葉を胸にいだいて、これからも生きてゆきたいと思う。



‘14年ささやき日記 「会いたい人」

2014(H26)年9月15日(月) 曇り

   タイトル 「会いたい人」

 沢田知可子に「会いたい」という楽曲がある。これは亡くなった恋人を想い、在りし日を回想した歌だが、私の「会いたい」は、消息が不明の人である。

 彼女は画家で詩人、歌人でもあった。さびれた港町で酒場のママをしていた。私はよくその酒場へ出かけて飲んだり、絵や詩の話をしたりしていた。

 朝露草の花摘みて 夜白粉のにほいのする指酒を注ぐ
 夢色の紅さす時に僅かにも 唇ひらき口づけするが如く
 今朝死のうか明日死のうか 儚くも落葉の柩に身を横たえて
 白きシーツに止まらば一匹の 虻も生命の黒点落とせり

 この短歌を読むと、彼女の繊細で鋭い精神、その才能の片鱗をみることができる。また、酒場のママの暮らしも不本意で、少し疲れた生活と生き方を詠い込んでいる。

 絵も詩もうまかった。うまかったというより、彼女のぎりぎりの生命の燃焼を、絵の中へ、詩の中に塗りこみ、刻み込んでいた。彼女の生命の叫びがあった。

 私はそんな港町に別れを告げて、ふるさとに帰ってきたのだが、それから一度も会っていない。かれこれ30年にもなる。ずいぶん歳月が流れたものだ。

 いろんな方法で彼女の所在を当たってみたが、ある町に棲んでいるというだけで、その先に進むことができない。その彼女が私の「会いたい人」である。



‘14年ささやき日記 「秋の気配」

2014(H26)年9月14日(日) 晴れ

   タイトル 「秋の気配」

 空を見上げる。心持ち空が高くなったように感じる。澄んだ空に鰯雲(いわしぐも)らしき雲がうかがえる。海には夏のようなギラギラとした光はない。湖面のようにゆったりと穏やかである。

 散歩に出かけると、稲穂が色づいてきている。それに雀が群がっている。が、農家の人も心得たもので、田んぼ一面に網を張って、鳥たちから実った稲を守っている。

 あと10日もすれば、彼岸花が真紅の花を咲かせる。もう蕾(つぼみ)を出しているかと思って、土手を歩いてみたが、まだ確認することはできなかった。

 いま書斎のパソコンの前に座っているが、窓を閉め切っていても虫の鳴き声が聞こえてくる。まるで耳鳴りのように、私の耳元まで届いてくる。

 コオロギか鈴虫か、その判別はつかない。とにかく秋の到来を歓迎するように、さんざめいている。窓を開ければ、波が打ち寄せるように虫の鳴き声が聞こえてくる。精一杯、いのちの限り声を上げているように思える。

 秋に敏感なのは、空や海、稲穂や虫だけではない。私は特に季節の移ろいを感じる方なので、夏布団を仕舞って、秋用に替えている。また、パジャマも秋用のものを出した。

 このように、まだ夏の名残りを留めつつ、「秋の気配」を感じるこの頃である。鮮やかな赤とんぼも庭先で舞っている。これもまた、秋を告げる昆虫である。



‘14年ささやき日記 「歯があぶない!」

2014(H26)年9月13日(土) 曇りのち晴れ

   タイトル 「歯があぶない!」

 先日、奥歯の歯茎が異常にハレ上がったので、予約なしで歯科医院に駈け込んだ。断られるかも知れないと不安だったが、快く受け付けてもらうことができた。

 歯の健康にはできるだけ気をつけているつもりだった。歯磨きは、普通ブラシ、歯間ブラシ、歯茎用ブラシの3本を使い入念にやっているつもりである。

 しかし、歯茎のハレは5月にも起こしている。そして今回が2度目である。何が歯茎のハレを引き起こしているのか、私は疑問でならなかった。

 歯科医師は、歯槽膿漏(しそうのうろう)が原因で、歯茎の炎症を起こし、膿(うみ)がたまっている、と言った。そして膿を出し、薬を処方してくれた。

 そもそも歯槽膿漏とは何なのか、自宅に帰ってネットで調べてみた。それによると、歯の表面に付着した汚れ(歯垢)をそのままにしておくと、歯の周りを包み込んでいる歯肉に、炎症が起きる。

 この歯周炎を放置しておくと、炎症はさらに進み、歯をささえている骨(歯槽骨)を少しずつ破壊し、歯はぐらぐら動くようになりやがては抜ける、というのである。

 ではいったいその原因は何だろうか。歯磨きを怠ったり、砂糖を取りすぎると、細菌が住みついて異常繁殖し、それらが産出する毒素や酸素によって、歯周組織に炎症を起こし、歯槽膿漏となる、ということである。

 さすが歯科医師である。たった1日で歯茎のハレは収まった。これからは、さらに歯磨きと砂糖の取りすぎに気をつけて、歯の健康を保ちたいものである。



‘14年ささやき日記 「平和の鐘つき」

2014(H26)年9月12日(金) 晴れ時々曇り

   タイトル 「平和の鐘つき」

 先日、9月9日に「平和の鐘」をつく行事があった。つまり、9の字にちなんで、憲法9条を守ろうという催しである。いま、憲法9条が危うくされている。

 そういう中で、岡山県倉敷市玉島、倉敷市船穂、高梁市などの寺院で、鐘つきが行われた。玉島2寺院、船穂1寺院、高梁15寺院である。

 これは各地の「9条の会」が主催しているもので、年々参加する寺院が増えてきている。それは、宗教者のみなさんも「憲法にたいする危機感」を持ってきているからだろう。

 各寺院では、9月9日9時9分9回の鐘が打ち鳴らされた。こういう催しがもっともっと広がって、「憲法9条を守り生かす」機運が高まることを願っている。

 私もこの行事を題材にした掌編小説を昨年書いたことがある。「長い夜だった。源さんのことが頭をよぎって、圭介はしばしば目覚めた」という書き出しである。

 「源さんのとこへ行くのはやめとけよ。愛想を尽かして女房は逃げたんじゃから――。もうどうしようもねえ男じゃ」

 源さんはひとり暮らし、酒飲みで生活は乱れていた。そこへ圭介は「平和の鐘」をつくので参加してほしい、と頼みにいったのだった。

 すぐにはいい返事は貰えなかったが、源さんは「鐘つき」にやってくるという物語である。あまりいい小説とはいえないが、「平和の鐘つき」が題材である。

 私は用事があって、その行事には参加できなかったが、来年には是非、鐘つきにゆきたいと思っている。「平和の鐘」が、全国津々浦々で鳴り響くことを願っている。



‘14年ささやき日記 「映画を観る」

2014(H26)年9月11日(木) 曇りのち晴れ

   タイトル 「映画を観る」

 吉永小百合が初めてプロデュースした「ふしぎな岬の物語」が、モントリオール世界映画祭で、審査員特別グランプリを受賞した。まず、「おめでとう」の言葉を贈りたい。

 吉永小百合主演で、千葉県鋸南(きょなん)町に実在するカフェが舞台である。阿部寛や笑福亭鶴瓶、竹内結子らが出演し、温かい雰囲気の人間模様が描かれているという。

 10月11日(土)から全国ロードショーが始まる。多分ショッピングモールの倉敷イオンにもやってくるだろう。今から楽しみな作品である。

 しかし、イオンなどに常設されている映画館は、好きではない。好きでないけれども、今では最寄りの映画館といえば、ムービックス倉敷しか存在しない。

 映画を観るといえば、やはり映画館に限るといわれているが、私もそれには異存はない。大きいスクリーンに音響、それらが観る者に迫ってくる。

 しかし、イオンなどの映画館は飲食が自由で、それが私には少しひっかかる。たしかに、飲み食いをしながら映画を観るというのも、楽しみ方のひとつであろう。

 だが、ポップコーンやポテトチップの、あの油くさい臭い。そして、泣けるようなシーンで、ポリポリと高い音を出して齧(かじ)られるのはたまらない。

 どうにかならないか、と思うけれど、映画館側が入口で販売しているのだから、そのモラルやモットーに疑問をいだかざるを得ない。

 だから、私はDVDをレンタルして、ホームシアターで観るのも好きだ。第一静かで、その映画の世界に没入することができるからだ。が、「ふしぎな岬の物語」は、映画館で観る予定である。



‘14年ささやき日記 「床ずれ」

2014(H26)年9月10日(水) 晴れのち曇り

   タイトル 「床ずれ」

 今まで何かとお世話になってきた文学の先輩は、重度の身体障がい者で、施設に入っている。週3日だけ、車イスに乗ることを許されている。

 高校3年の秋の体育祭で、首の骨を折ったのだ。それで下半身麻痺、腕や手も自由に使うことができなくなった。が、彼は小説やエッセイ、詩や短歌を書いて何冊もの本を発行している。

 パソコンのない時代には、鉛筆にグルグルと布を巻き太くして、字を原稿用紙に書いていた。今は、不自由ながらパソコンのワードに文字を打ち込んでいる。

 そうしてかれこれ10年、ほとんど毎日、ブログに日々のことどもを書いて発表してきた。しかし、3、4日前の日記を読んで、私は驚いた。

 「尻が破れていた」という、ブログのタイトルだったからだ。「尻が破れる」というのは、床ずれで皮膚がはがれるということである。

 彼は相当落胆していた。尻の薄い表皮が破れると、それがくっつくまでに年単位の時間を要する。以前には、2年、3年掛かってようやくくっついたのである。

 「尻が破れる」ということは、つまりは床ずれが完治するまでは、車イスに乗れないということだ。ベッドに365日縛られているということが、どんなに大変なことなのか。

 カラオケにも屋外への散歩にも行けないということである。それがどれだけ精神を滅入らせるか想像に難くない。ベッドから降りて車椅子に乗るということは、心のうっ屈をはらすことができるからだ。

 早く尻の表皮がくっついて、車イスに乗れるようになることを願うばかりである。そして、ふたたび小説や詩が書けるようにと、祈らずにはいられない。



‘14年ささやき日記 「1日1ページの読書を!」

2014(H26)年9月9日(火) 晴れ

   タイトル 「1日1ページの読書を!」

 私は30歳前後の頃、まったく本が読めなくなってしまった。その頃、大学の通信教育を受けていて、深夜の1時2時まで教科書を開いていた。

 フランス語なども大学から送られてきた教科書のみで独学していた。だいたいフランス語を独学で履修するというのは、私には無理な話だった。

 それを真面目にやっているうちに、頭が外部からの情報を受けつけなくなった。それで新聞や雑誌、本なども3行くらいしか読めず、それから先へ進めなかった。

 私の感じからすると、脳が鉄板のようになって、外からの情報を跳ね返していたように思う。つまり、真面目にやりすぎて、脳のキャパシティーを超える情報量を詰め込んだためである。

 ごく普通に本が読めるようになるまでには、かれこれ10年近くかかったように思う。読めるようになった喜びは忘れることができない。

 もともと文学が好きだったから、それから文学書をはじめ、ビジネス書なども読むようになった。が、今はともすれば読書をさぼりがちである。

 そこで考えたのが、「1日1ページの読書」ということである。その習慣をつけていけば、1ページが3ページになり、10ページになる。そして、第1章まで読みすすむことができるだろう。

 そうやって最近、みわよしこの「生活保護リアル」という本を、毎日1章ずつ読んで読了した。だから、これからも、「1日1ページ」の精神で、無理をしないで本に親しんでゆきたいと思っている。



‘14年ささやき日記 「行列のできる店」

2014(H26)年9月8日(月) 曇りのち晴れ

   タイトル 「行列のできる店」

 私の住む町は、小さな町だが「行列のできる店」が二つある。一つは漁師直売の鮮魚店である。魚市場を通さずに、漁師みずから店を開いている。

 午前7時に開店だが、6時30分くらいから玄関に並び出す。近隣の町からもやってくる。私もたまにその列に加わることがある。

 何よりも新鮮で安い。獲(と)れたての魚が、ショーケースに並べてある。スーパーで買えば、500円前後のカニが350円くらいで買える。

 大きな黒鯛が安く手に入るし、刺身にしてくれる。この店は漁師の奥さん連中が切り盛りして、漁師は自宅で休み一杯やっているのだろう。漁師町にふさわしい店である。

 もう一つは、コンビニである。人の噂によると、岡山県でもっともよく売る店といわれている。この店も行列ができる。ふたつレジがあるのだが、どちらも空くということがない。

 コンビニはだいたい高いのだが、この店を利用する客は絶えない。よく流行るコンビニの条件がそろっている。まず、小学校、中学校、専門学校がある。その生徒たちが立ち寄る。

 また、漁師や魚売りが行くし、近くにサッカーやグラウンドゴルフができる広いスポーツ公園がある。24時間営業のコンビには、深夜も煌々(こうこう)と灯かりを点けて、忙しくしている。これが我が町の「行列のできる店」である。



‘14年ささやき日記 「健康でいたい!」

2014(H26)年9月7日(日) 晴れ時々雨

   タイトル 「健康でいたい!」

 まず、ブログの読者のみなさんにお詫びをしなければならない。というのは、コメントの管理なのですが、今後は、管理者の承認後に公開とさせて貰いたいと思っている。

 「私はお金に困っていましたが、あるところに連絡したら、お金が思うように手に入りました。あなたも今すぐこちらにご連絡下さい」というようなコメントが何回もあった。まさに詐欺の手口である。

 また、不適切なコメントも何回か入ったことがある。その人は岡山県の人で、どんな人間かも特定することができた。というのは、私がコメントを見ていて、不適切なコメントが入ったので、すぐ訪問者リストを開いて確認した。

 その人は私がだいたい予想していた人だった。文面や内容からその人だと目星をつけていたのである。私はこういう場合、怒りよりもその人の人間性が哀れに思われて仕方がない。可哀そうな人だなァと思う。したがって、今後は管理者の承認後に公開するのがふさわしいと判断した。

 話は変わりますが、みなさんにご心配をかけていた右太もものしびれも痛みもなくなった。約20日間私自身も悩み心配してきたが、すっかり良くなった。霧が晴れたような思いである。有り難うございました。

 父や母は健康で長寿だった。90歳以上で亡くなったので天寿をまっとうしたといえると思う。私も両親以上に健康で長生きしたいと願っている。読者のみなさんの健康も深くふかくお祈り致します。



‘14年ささやき日記 「人間は変わるもの!」

2014(H26)年9月6日(土) 曇りのち雨

   タイトル 「人間は変わるもの!」

 近所に一人の青年がいる。いま、18歳だ。彼はよく問題を引き起こす青年だった。高校を中退したその子は、家庭内暴力なども頻繁に起こしていた。

 わが家の2軒先なので、わめき散らす声が毎日のように聞こえていた。16歳でオートバイの免許を取得してからは、騒音を立てて走り回っていた。

 オートバイを改造し、轟音を鳴り響かせて住宅団地の中や道路を駆け抜けていた。それを午前1時、2時の深夜にやるものだから、近所の人たちはびっくりして目覚めさせられていた。大変な迷惑だった。

 が、そんな子だったけれど、18歳になって自動車の運転免許を取ると、がらっと人が変わった。それまでは無職だったけれど、仕事に就いて朝早くから出勤するようになった。

 家庭でのいさかいもなくなり、外で騒音を出すようなこともなくなった。一生懸命に働いて、問題行動がぴたりと収まった。私は、「人間は変わるもの」という感慨をいだいた。

 しかし、その青年の訃報が9月4日、午後にもたらされた。仕事で広島に向かっている高速道路で事故に遭い、助手席に乗っていた彼は、車の外に投げ出されたのである。

 まったく偶然というのは怖ろしい。彼をモデルにして、「人間は変わるもの!」という文章を書こうと決めたのは、9月3日の夜だった。それがこんなことになってしまうなんて、残念でしかたがない。彼は4日午後5時に、無言で古里へ帰ってきた。



‘14年ささやき日記 「あいさつ」

2014(H26)年9月5日(金) 曇り時々雨

   タイトル 「あいさつ」

 私は子どもの頃、「あいさつ」が苦手だった。人に会っても、「おはよう」、「こんにちは」、「さようなら」というような「あいさつ」を、ほとんどした憶えがない。

 それは性格が消極的で、引っ込み思案だったことや、人に対する劣等感を強くもっていたからである。だから、人に会うと目をそらせるような子どもだった。

 それが解消されたのは、20代になってからのように思う。もって生まれた性格は、根っこのところでは変わらないかもしれないが、言動は大きく変わった。

 生き方が前向きで積極的になった。それは永く苦しんできた劣等感から解放されたということがあるだろう。子どもの頃、わが家は貧困でそれによる劣等感に縛られていたように思う。

 それで「あいさつ」も苦手だったのだが、近頃の子どもたちは違う。私は小学生や中学生の通学路をウオーキングしているのだが、彼ら彼女らに会うと、「こんにちは!」という大きな声がかかってくる。

 学校や家庭での教育がすすんでいるのを強く感じる。あいさつをしたあとで、「にこっ」と微笑む子どもたちを見ていると、こちらまで気持ちが爽やかになる。

 辞書によると「あいさつ」は、「相手に敬意、親愛の意を示す行為で、対人関係を円満にし、社会生活を円滑にする」と記されている。まさに子どもたちの「あいさつ」に出遭うと、そのことを痛感する。



‘14年ささやき日記 「8020運動」

2014(H26)年9月4日(木) 雨時々曇り

   タイトル 「8020運動」

 「8020」というのは、「80」が80歳、「20」が20本の歯ということだ。つまり、「8020運動」というのは、「80歳まで自分の歯を20本以上保とう」という運動である。

 今まで歯科医師会と厚生労働省が、各種団体・個人に呼びかけてきた。ではいったい成人の歯は何本あるかということだが、上下に14本ずつ計28本である。

 私は若い頃から、歯磨きをさぼってきて、なおかつ甘いものが好きなので、おおかたの歯が虫歯におかされている。それを歯の治療によって、今はなんとか治癒している。

 そこで、自分の歯は何本あるかということだが、私の場合は26本だ。2本が欠損し差し歯なのである。入れ歯でないので、よく似たようなものであるが少し違う。

 差し歯は、歯の土台は残っていて、それに人工の歯を継ぎ足している。入れ歯は、やはり人工の歯だがそもそも土台がない、という違いである。

 私が歯を失ったのは、高校生のときボクシングをしていて、顔面にパンチをくらったからだ。もう1本は、仕事中に釘を抜いていて、金槌が前歯を襲ったのである。

 私は今、通常のブラシ、歯間ブラシ、歯茎ブラシの3種類のブラシを使って歯磨きをしている。「8020」をめざして、歯磨きに励んでいるところである。



‘14年ささやき日記 「友人が被災者に!」

2014(H26)年9月3日(水) 曇りのち雨

   タイトル 「友人が被災者に!」

 広島土砂災害は、27日現在、死者72人行方不明2人となっている。避難所に596世帯、1295人が避難して、不便な生活を余儀なくされている。

 この土砂災害は、8月20日、午前3時20分から局地的な短時間豪雨によって、住宅地後背の山が崩れたものである。同時多発的に大規模な土石流が発生した。

 約50カ所で土砂流出が発生したといわれている。家屋の被害は、全壊23軒、半壊41軒、一部損壊56軒に及ぶ。このように、この豪雨は大規模災害を引き起こした。

 私はこのブログで、岡山県の隣なので他人事(ひとごと)とは思えないと書いたが、実際そんなふうになってしまった。というのは、小説を書いている仲間が、被災したのである。

 家族の命は無事だったけれど、土砂が壁を突き破って、襲ってきたらしい。私は本人とはまだ連絡が取れなくて、広島の文学仲間からの情報である。

 家に電話しても、虚しく呼び出し音が鳴り響くだけである。おそらく避難所へ身を寄せているのだろう。避難指示が解除になったので、今日もまた電話したけれど、つながらない。親しい友人をまきこんだ土砂災害は、私の胸を強くしめつけている。

 ちなみに、友人の家は、テレビなどで何度も放映された、消防士が子どもを救出していて、次の土石流に呑み込まれた家の、隣の家だそうである。



‘14年ささやき日記 「小さな町の大きな花火大会」

2014(H26)年9月2日(火) 晴れ時々曇り

   タイトル 「小さな町の大きな花火大会」

 私の住んでいる町は、もともと小さな町であった。8年ほど前に近隣の3町が合併して市になったが、まだ十分融合しているとはいえない。私はもとの小さな町が好きである。

 その小さな町では、年3回大きいイベントが行われる。一つは漁師町なので、魚介類を格安で提供する「よりしま海と魚の祭典」である。

 二つは、秋の豊作と海への感謝と安全を祈って行われる「秋祭」である。そして、三つめが花火大会だ。町民はこの三つのイベントをいつも楽しみにしている。

 その花火大会が8月30日に行われた。この大会には、近隣の町から大勢の人が詰めかけて、静かな町が賑わう。県道も何キロにもわたって渋滞するほどであった。

 夕方には雨が降るかも知れないといわれていたが、晴れて絶好の花火日和となった。午後8時から9時頃まで、途切れることなく打ち上げられた。

 私は自宅の2階ベランダに出て見物した。2階からは海も見えるので、海岸で打ち上げる花火は格好の見物場所である。ケーブルテレビの実況放送を聴きながら花火を見た。

 夜空に、赤、紫、緑、オレンジ、水色などの大輪の花が咲いて綺麗だった。夏の終りを彩る催しで、まさに、「小さな町の大きな花火大会」であった。



‘14年ささやき日記 「9月をデザインする」

2014(H26)年9月1日(月) 曇り時々雨

   タイトル 「9月をデザインする」

 いよいよ秋の到来である。9月8日は「白露」、9月23日が「秋分」にあたる。「白露」は、草の葉に白い露が結ぶという意味。夜の間に大気が冷え込み、草花に朝露が宿るようになる。

 秋分は、太陽が真東から昇って真西に沈み、昼と夜の長さがほぼ同じになる。太陽が、極楽浄土があるという真西に沈むことから、亡くなった人をしのぶ日とされている。

 私は夏の季節が好きなので、その別れが名残り惜しい。気象庁の区分によると、夏は6、7、8月で、秋は9、10、11月とされており、文字通り夏に別れを告げて、秋に向かうことになる。

 「読書の秋」ともいわれることから、少し本を読みたいと思っている。とくに、みわよしこの「生活保護リアル」と、田島一の「続・時の行路」を読みたい。すでに図書館に予約しているので、まもなく届くだろう。

 ちょっと心配なことが一つある。8月15日頃から、右太ももに違和感があって、痛みのようなしびれのような症状があらわれている。病院に行こうかどうしようか迷っているが、もう少しようすをみるつもりだ。

 夏が好きだといっても、凌ぎ易いのはもちろん秋である。「実りの秋」でもあるし、次々に果樹や稲がみのる。そんな季節を大いに楽しみたいと思っている。



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 1947年生まれの68歳で、
「新日本歌人協会」の会員です。
 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

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