‘14年夢日記 「2月を回顧する」

2014(H26)年2月28日(金) 曇りのち晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 「臨時的・一時的」盛り込まず 派遣法改悪案要綱を了承 
 労政審部会 労働者側が批判 派遣の無制限拡大狙う

     タイトル 「2月を回顧する」

 1月は行く、2月は逃げる、3月は去るといわれるが、早いもので明日からは3月である。2月は文字通り「逃げる」ように、時を刻んでいったように思う。そこで、少しく2月を回顧しておきたい。

 2月はなにかと出費の多かった月である。「泣きっ面に蜂」というが、まさにそんなことが重なった刻となった。まず、大雪によるカーポートの屋根の破損があげられる。もちろん、東日本の大雪でイチゴハウスや、ブドウハウスの倒壊による農家の被害のようなことはなかったが、それでも手痛い出費となった。

 次は電子レンジの故障である。使用中に異様な臭いを発し、煙が出るというようなことになってしまった。電子レンジも炊事に欠かせないもので、早速求めることにした。そして、妻の礼服の新調、親戚の法要などが重なって、思いがけない支出となり2月は大きな赤字となった。

 昔はドンブリ勘定で我が家の経済は回っていたが、今はそうはいかない。ささやかな年金収入のみなので、毎月予算を組んでその中に納まるように遣り繰りしているが、それは決して容易なことではない。2月のようなトラブルが起これば、たちまち家計は火の車である。

 が、2月はわざわいばかりではなかった。12月、1月、2月という冬の季節を越えて、春の気配、兆しを感ずるようになったことは、心をほっこりとさせることである。暖かくなって、ウオーキングも外へ出て三つ山公園でできるようになった。ウオーキング・マシンでのトレーニングより、やはり自然のなかでの運動にこしたことはない。それがひとつの朗報である。

 また、ブログを毎日更新できたことも幸運である。これも読んでくださる皆さんのおかげに他ならない。深く感謝申し上げたいと思っている。そして、ブログを継続できているのは、私の友人たちのブログに励まされてのことである。

 岡山県で十指に余る私の友人・知人たちが、ブログを毎日更新している。その多くは議員であるが、忙しい中でよく書いていると思う。議員のブログは写真つきで楽しいけれど、私は文学に関わっているので、言葉を綴ることで表現することにしている。

 「甘くなるから孫のことは書くな」といわれるけれど、やはり孫のことに触れないわけにはいかない。2月14日のバレンタインデーには、中学2年生の子が手作りチョコをもって、我が家にやってきた。バレンタインデーといっても、私などは「うん?」と思うけれど、孫の心くばり、気配り、その心はいとしいと思わざるを得ない。

 2月も終わっていよいよ3月である。冬も終わり、3月、4月、5月が春ということになる。2月は風邪も引かず、健康で暮らすことができた。それが何よりも幸運であった。冬ごもりも終え、いよいよ外へという季節を迎える。



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‘14年夢日記 「春の音を探して」

2014(H26)年2月27日(木) 雨のち曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 「立憲主義守れ」共同広く  
 安倍流手法に批判噴出 与党・海外メディアからも

     タイトル 「春の音を探して」

 新年を迎えて、初めてウオーキングのために外に出た。12月からは寒くなったので、室内でウオーキング・マシンを使って歩いてきた。外に出たのは実に3カ月ぶりである。12月、1月、2月と文字どおり冬は室内にとどまって、暖かい部屋でのトレーニングに励んできた。

 私がウオーキングを始めるようになって、もうかれこれ3年になる。女性の知人は最初「鬼藤さん、日記と同じで三日坊主で終わるよ、もうやめときなさいよ」と忠告してくれた。その言葉は決して的はずれではなく、最近の統計によると、ランニングを始めて半年以内にやめる人は、7割に及ぶといわれている。

 ランニングとウオーキングは少々違うように思うけれど、が、さして大きな違いはないだろう。ウオーキングだって、続かない人、途中で投げ出す人は決して少なくない。それは単調で、他のスポーツのように面白みが少ないからではないだろうか。

 そこで、私は今日のウオーキングは「春の音を探す」というテーマをもって、三つ山公園を一周した。三つ山公園というのは、三郎島と対岸までを埋め立てた干拓地である。そこに何面かのサッカー場をつくったり、遊園地をつくったりしている。

 歩き出して、すぐに聞こえてきたのは、保育園の子どもたちの甲高い声だった。子どもたちも今までは、寒くて室内にこもって遊んでいたのが、暖かくなって外へ飛び出してきたに違いないだろう。これも「春の音」である。

 そのとなりの小学校では、チャイムが鳴り響き全員が外に出て終礼を行っていた。冬にはこういう光景が見られたのだろうか。さらに歩みを進めてゆくと、ウグイスのさえずりを聞くことができた。「ホケキョ、ホケキョ」という、もどかしい鳴き方ではなく、「ホーホケキョ、ホーホケキョ」と鳴いていた。

 さらに進むと、カラスやスズメや名も知らぬ小鳥たちが、盛んに鳴き交わしている。モズだろうか、時折鋭い鳴き声を挙げて、私を一瞬振り向かせたりした。そして、公園のなかにある底の浅い池に3人の子どもたちが入って、はしゃいでいた。ズボンを膝上までたくし上げて、小魚を追っている。

 まもなくウオーキングが終わろうというとき、空からけたたましい轟音が降ってきた。見上げると、青空に黄色いヘリコプターが西から東に向かって、飛んでいた。空からの音というのはよく響くものである。私は思わず顔を歪めて空を見上げた。

 この轟音を聞いて思い出したのが、津山市の「土蔵倒壊事件」である。2011年3月2日、米軍機の低空飛行訓練のため民家の土蔵が倒壊したのである。その日、その時刻には地震も雷を発生していないことが判明している。

 にもかかわらず、米軍は低空飛行との因果関係は認められないとして、賠償を拒んでいる。しかし、仁比参院議員が国会で政府を追及して、一定の前進がみられるようになった。が、その推移はしっかりと、見守っていかなければならないだろう。日本の空を我がもの顔で飛ぶ米軍の低空飛行訓練は、中止されるべきである。日本の主権は守られなければならない。

 いずれにしろ、「春の音を探す」ウオーキングは、爽やかで愉しいものであった。随所に「春の音」を感ずることができた。明日からも、外でのトレーニングをすることになるだろう。日に日にウグイスの鳴き声が美声に変わってゆくのが愉しみである。



‘14年夢日記 「平和は眠りを許さない」

2014(H26)年2月26日(水) 曇り時々雨

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 原発「重要な電源」明記 政府「エネルギー基本計画」案 
 再稼動・核燃サイクル推進 福島事故への反省がない

     タイトル 「平和は眠りを許さない」

 岡山県の認知度は、全国47都道府県のうち第41位だそうである。この数字は以外に感じるが、他県に住む人たちからの印象はいささか薄いらしい。が、倉敷市の美観地区というところはよく知られていて、上位にランクされている。倉敷のある岡山県と言った方が分かりやすいかも知れない。

 私はその認知度の薄い岡山県に住んでいるが、とても暮らしやすいところであり、不満といったものはこれといってない。さらに、私の住所は浅口市といって、さらに認知度の低い町である。数年前、合併される前までは市ではなく、浅口郡寄島町と呼ばれていた。

 岡山県はほぼ正方形に近い地形をしているが、寄島町はその西南端に位置する。重箱でいえば、左下の隅っこが寄島町である。そんなところに私は「生き、暮らしている」。田舎といえば田舎であるが、山間地のようなところではない。

 寄島町は実に自然に恵まれている。瀬戸内海の入り江の町である。終日穏やかな海の潮に洗われている。凪のときなどは、湖のような趣があり、そこに太陽が降り注いでいて、鏡のように海は光り輝いている。海の背後には、山がありその稜線が青い空を切り取っている。

 私の家の二階に上がれば、海が光っているのが眺められるし、背後には山がある。四季の移ろいも鮮やかである。その二階の書斎で私はたいてい「ひっそりと静かに」生き、暮らしている。私は定年退職となって、そこで、ものを読んだりものを書いたりしているのである。

 ところが、今の社会は「ひっそりと静かに」暮らすということができなくなっている。「海外で戦争をする国づくり」をめざして、時の政府が暗躍しているからである。特定秘密保護法の制定、教育制度の改悪、
集団的自衛権の憲法解釈の変更、憲法9条の改正などなどを推し進めようとしている。

 「平和は眠りを許さない」

 これは、宮本百合子の言葉である。

 「平和というものは、与えられるものではない、勝ちとっていくものである。また、それは守っていかなければならないものである」(瀬戸智子)

 私は自然豊かな田舎で、「ひっそりと静かに」生き、暮らしたいと思ってきたし、そのような生き方を実行してきたつもりだ。が、最近は胸が騒立つのである。「平和は眠りを許さない」という百合子の言葉が、鮮やかに甦ってくる今日この頃である。



‘14年夢日記 「嵐は木を鍛える」

2014(H26)年2月25日(火) 晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 法務省〝刑罰で威嚇〟に反対 秘密保護法検討過程わかる 
 「緊張感与える」の文言で押し切る 有識者会議報告

     タイトル 「嵐は木を鍛える」

 1月21日、岡山地検は法人税違反の疑いで、倉敷民主商工会の事務局員を逮捕した。そして、同地検や広島国税局、県警などが倉敷民商の事務所を家宅捜索したとのことである。これを知ったのは愛読している、あるブログからであった。

 その後、2月13日に、税理士法違反の容疑で倉敷民商の事務局長と事務局次長が逮捕された。また、起訴されている上記の事務局員も、同日ふたたび逮捕されるということになった。計3人の職員が逮捕されるという異常な事態になっている。

 民主商工会というのは、全国に約600の組織があり、会員約20万人、商工新聞読者30万人といわれている。民主的な商工団体として、中小業者の経営と暮らし、権利を守って活動を展開しており、自営業者のよき相談相手である。

 民主商工会は、新規開業、融資相談、税金相談、経営相談、記帳・決算・申告の相談、国保、社会保険など、商工業者の悩みに答える活動を旺盛にすすめている。民商は社会的にも認知された会であり、決して反社会的な活動を展開するような組織ではない。

 実は、私は約40年前20代の頃、倉敷民商の事務局員を数年していたことがあり、会の路線や方針、性格はだいたい認識しているつもりである。が、40年の歳月の中で、会も進歩・発展をとげていることだろうから、その委細は承知していない。

 その当時から民主商工会は、税務署をはじめとした国家権力とのたたかいの連続だった。私の所属していた頃は、「生活費非課税」というスローガンを掲げ、重税反対闘争の先頭に立って活動してきた。それは多くの業者と国民に共感を広げたものである。

 「生活費に税金をかけるな」という要求は、中小業者と国民にとって、道理あるものだったし、今でもそれは生きているのではないのだろうか。今では、応能負担ということがいわれ、それに反するような税制になっているのが問題視されている。

 例えば、自身の税金を振り返ってみても、所得税や住民税など、生活費として必要な所得に課税されるという理不尽さがある。また、生活費非課税といえば、消費税はその最たるものである。日常の食料品や日用品に課税するのだから、最悪の税金である。

 また、ささやかな土地・家屋は生きてゆくうえで必要なもので、それにも固定資産税が課せられる。あるいは、来年度から税金が倍加される軽自動車税なども、生活になくてはならない車に税をかけるのだから、それも庶民泣かせの税といわざるをえない。

 国の政治を見る場合、どのように税金が取られ、どのように使われているかをみれば、非常に分かりやすい。今の日本の政治は、1%の大企業や大金持ちに優遇し、99%の庶民から収奪するという構図になっている。民主商工会は、それを正すべく活動してきたのである。

 民主商工会の正当な活動を敵視して、その活動を妨害してきたのが、税務署をはじめとした国家権力である。そういう流れの中で起きた、倉敷民商への不当弾圧だといわざるを得ない。こうした攻撃を跳ね返して、新たな歩みを開始することを願っている。不当な国家権力の介入は許されざるものである。だが、「嵐は木を鍛える」、倉敷民商はふたたび甦るだろう。



‘14年夢日記 「春告鳥」

2014(H26)年2月24日(月) 晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 武器禁輸原則を放棄 政府素案 紛争国へも可能に 
 解説 「死の商人」の国家に変貌

     タイトル 「春告鳥」

 春告鳥(はるつげどり)というのは、ウグイスの異称である。田儀公夫倉敷市議のブログによると、2月21日の朝の散歩の途中、「鶯の初音」を聞いたと記されている。ホーホケキョではなく、「ホケキョと低い声」で鳴いていた、ということである。

 私も偶然2月21日の夕方、2階の窓を開けたら、「ホケキョ」という鳴き声を聞いた。耳を澄ませて身を乗り出したら、盛んに「ホケキョ、ホケキョ」のさえずりが聞こえてくる。「鶯の初音」である。

ウグイスを春告鳥というだけあって、二十四節気の雨水を迎えてすぐに鳴き始めた。まさに早春を告げにウグイスはやってきたのである。まだ、「ホーホケキョ」という、美しい鳴き声は聞くことはできないが、しかし初音は初々しくて、人間の心を爽やかにする。

 「うぐいすのなく野辺ごとにきてみれば
                うつろう花に風ぞ吹きける」

 これは古今集の中の和歌であるが、やがてこのような光景が、そこここに見られるに違いない。ウグイスの初音は、本格的な春を呼び寄せることになる。春爛漫の季節もそう遠くはないだろう。

 私の住まいの裏には山があって、雑木林となっている。ウグイスは笹の多い林下や藪を好むものらしい。ちょうどこの裏山は竹林があるし、藪もある。ウグイスにとっては、格好の場所となっている。ウグイスだけでなく、ホトトギスやメジロ、山鳩など、小鳥の絶好の棲家である。

 が、この山に新しい道路を通す予定があって、準備が進められている。小鳥たちにとってはいい迷惑である。と同時に、私たち人間にとっても騒音や振動が危惧されるところである。できるだけ乱開発はやめ自然をこわさずに、人間や小鳥が共生できるように望んでいる。

 ちなみに、「ホーホケキョ」と鳴くのはオスで、接近する他の鳥に対する縄張り宣言だといわれている。繁殖期の初夏には、オスは縄張りをつくり、1日1000回も「ホーホケキョ」と鳴くらしい。また、「ケキョ、ケキョ、ケキョ」と鳴くのは、縄張りに侵入したものへの威嚇だとされている。

 ウグイスで思い出したのが、修学旅行で行った京都知恩院の「ウグイス張り」である。改築されるという話があって、今はどうなっているか知らないが、歩くとウグイスの鳴き声に似た音がするというので、心をときめかせたものである。

 静かに歩こうとするほど、音が出るので「忍び返し」ともいわれ、曲者の侵入を知るための警報装置の役割を担っていたと聞かされたこともある。今も修学旅行の光景が鮮やかに甦ってきて、楽しい思い出となっている。

 なにはともあれ春だ。春告鳥もやってきた。「ホケキョ、ホケキョ」と鳴いている。冬のために閉じていた窓を、思い切り開いてみよう。ウグイスの鳴き声が聞こえるし、大工さんの槌音も聞こえてくる。いよいよ待ちに待った春である。



‘14年夢日記 「ジャズを聴きながら」

2014(H26)年2月23日(日) 晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 雪害1週間 深い爪痕 共産党 直後から救援活動 
 農業被害深刻 いまなお孤立も

     タイトル 「ジャズを聴きながら」

 詩人石垣りんは、1920(大正9)年生まれで、2004(平成16)年に鬼籍に入った。84歳であった。私の好きな詩人のひとりである。彼女は第4詩集まで上梓し、その他に選詩集などをいくつか出版している。

 石垣りんは、14歳で高等小学校を卒業し、事務見習いとして日本興業銀行に就職した。そして、55歳の定年まで勤めた。彼女は銀行に勤めながら詩を書き始め、次々と詩を発表していった。したがって、銀行員詩人と呼ばれることもあった。

 まず、彼女の代表作ともいわれている詩を紹介してみたい。これを読んで私は大きな衝撃と感動を受けたことを憶えている。「ああ、これが詩というものか」ということを感じ、しばらく「ぼうーっ」としていたものである。それは、今も私の心に深く刻まれている。

 表札

 自分の住むところには
 自分で表札を出すにかぎる。

 自分の寝泊りする場所に
 他人がかけてくれる表札は
 いつもろくなことはない。

 病室へ入院したら
 病室の名札には石垣りん様と
 様が付いた。

 旅館に泊まっても
 部屋の外に名前は出ないが
 やがて焼場の鑵(かま)にはいると
 とじた扉の上に
 石垣りん殿と札が下がるだろう
 そのとき私がこばめるか?

 様も
 殿も
 ついてはいけない、

 自分の住む所には
 自分の手で表札をかけるに限る。

 精神の在り場所も
 ハタから表札をかけられてはならない
 石垣りん
 それでよい。

 これは、ひとりの人間として、自主・自立でありたいという想いのこもった、強靭な精神が発露しているものである。あくまで自分は自分でありたい、とするところの強い思いである。

 自分を権力の力で、命令や指示で従わせようとすることも、自分が過大に評価されることも、認めることができない。「詩人・石垣りん」という肩書き(表札)もいらないのである。「石垣りん それでよい」という最終連の言葉に、毅然とした彼女の精神が吐露されている。

 彼女には詩の他に散文集というのがあって、3冊刊行されている。私は彼女の散文集があることを知らなかった。図書館へ行って偶然みつけたのである。早速それを借りてきて読んでいるけれど、詩精神と同様散文にも彼女の鋭い精神が息づいており、それに魅了されている。

 珈琲を飲みながら、そしてジャズを聴きながら、その散文集のページをめくる愉しさ、悦びはなんともいえない。今は亡き彼女の心・精神に触れることは、私自身の心・精神までも豊饒にしてくれる。

 まだまだ寒い冬の日に、2階の小さな書斎を暖め、ジャズを聴きながら、石垣りんの言葉に触れる幸せをどう表現したらいいだろうか。石垣りんのような言葉がある限り、私は健康で長生きをして、後半生をよりよく生きたい、と願っている。

 そうした言葉にいつまでも触れていたい。それが私の偽らざる望みである。



‘14年夢日記 「痛いカーポートの破損」

2014(H26)年2月22日(土) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 集団的自衛権・武器使用・教育めぐり〝暴走答弁〟次々 
 安倍首相 戦後民主主義と世界秩序に逆行

     タイトル 「痛いカーポートの破損」

 今回の大雪のために、各地で大きな被害をもたらしている。19日現在で、倒壊した建物の下敷きになるなど大雪による死者は8県で20人、けが人は471人、住宅の全半壊は68戸である。

 また、イチゴハウスやブドウハウスなどが雪の重みでつぶされ、農業にも甚大な被害をもたらしている。農民たちは「45年も頑張ってきたのに、何もかもだいなしだ」と、つぶれたハウスを茫然と眺めているといった状態である。

 それらの被害を見聞きするにつけ、被害者の痛恨の思いが伝わってくる。行政には災害救助法を適用するなどして、被害者の救済にあたってほしいと願わずにはいられない。被害者が希望をもって、歩み出せるような配慮を求めたいと思う。

 さて、2月8日には瀬戸内でも20年振りの雪が降って、我が家の周りでも約10センチの積雪があった。もちろん、東日本の豪雪と較べるわけにいかないが、10センチの降雪でも大きな被害をもたらした。車のスリップ事故なども多数発生した。

 我が家の被害はカーポートの屋根の破損である。20年振りの雪は、そんな被害を残して去っていった。一昨日、カーポートを修繕してもらったが、思いのほか多額の費用がかかって、頭を痛めている。このカーポートの被害は、我が家だけでなくかなり発生しているということである。

 カーポートの屋根の破損は、雪の重みでつぶれたのではなく、2階建ての屋根に積もった雪が解けはじめて、その落雪によるものである。2階から一度に雪がなだれ落ちてきたら、カーポートもたまったものではない。落雪がカーポートを直撃したのである。

 我が家の今月の家計簿は赤字である。雪はそんな痕跡を家計簿に残して去っていった。こんな雪はもううんざりである。東日本の豪雪と較べたら、ささいなもののように思うけれど、しかし、年金生活の身には、大きな痛手である。

 年金生活者というのは、標準世帯で年間収入が約280万円弱である。これから、いろんな税金を引かれ、国民保険料などを払うと、可処分所得は月20万前後になる。それで1カ月の生活を遣り繰りするとなると、決して容易なことではない。ギリギリの生活の中でのカーポートの修理は、手痛い出費である。

 最近の異常気象というのは、地球の温暖化と決して無関係ではないように思う。資本主義社会の利潤第一主義によって、「あとは野となれ山となれ」式の社会が、夏から秋の台風、ゲリラ豪雨、冬の豪雪などをもたらしているのだろう。

 人間の傲慢さや人間の利己主義が、地球の自然に大きな影響を与えていると考えるのは、決して的はずれではないように思う。これは、地球という星からの人間への警鐘であり、今こそ、人間の英知を結集して地球を守るために、足を踏む出すときである。



‘14年夢日記 「映画『小さいおうち』を観る」

2014(H26)年2月21日(金) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 タンクから2.3億ベクレルの汚染水 福島第1原発 
 基準の380万倍100トンも 東電 警報後も水位確認せず

     タイトル 「映画『小さいおうち』を観る」

 「小さいおうち」は、中島京子の同名の小説で直木賞受賞作を、山田洋次監督が映画化したものである。この映画は前評判も高かったが、女中のタキを演じた黒木華が、第64回ベルリン国際最優秀女優賞を受賞したことで、一気に話題となった作品である。

 私は2月19日に映画館に観にいったのだが、座席はほとんど埋まっており、人気の高さを示していた。私はもともとこの映画を観るつもりはなかったのだが、黒木華の受賞を聞いて、早速映画館に足を運んだ。観るつもりはなかったというのは、少し違っていて少し先でDVDをレンタルして観る予定だった。

 この映画は「小さいおうちでの密かな秘密」を描いた優れた作品である。私は最初「小さいおうちの大きな秘密」という風に思ったけれど、平井時子と板倉正治の恋は、決して大きいという表現が当てはまるものではなく、「小さいおうちの小さい秘密」とも呼べるものである。

 小さいおうちというのは、赤い三角屋根のあまり大きくない家で、時子と玩具会社の常務、そして息子の3人が暮らす東京の中流家庭が舞台である。その平穏な家庭に、玩具会社のデザイン部社員、板倉が自然な形で出入りするようになる。

 板倉は、なにくれとなく、平井家のことを思いやり台風の日などに、雨戸を板で打ちつけたりして親切にする。そして、時子は板倉に心を寄せるようになる。それが時子と板倉の恋であり、秘密であった。それを家の内からそっと眺めていたのが、女中のタキである。その女中としての控えめな、時子に尽くすタキの演技が評価されたのであろう。

 この映画の時代の背景は、昭和初期から終戦までとなっており、その背景をきっちり描き切った山田洋次の「監督の思想・監督の眼」を感じることができる作品となっている。そして、やがて板倉に召集令状がくる。時子と板倉の小さな恋の別れが迫ってくる。

 板倉が出征にゆく直前、時子は板倉に会いに行こうとする。出かける用意までして玄関へ出た時子をタキは強引に引き止める。今まで、時子を慕い仕えていたタキが、自分の主張をそこで前に強く押し出す。

 そして、タキは時子の手紙を持って、自分が板倉に会いにゆくのである。ここがまた、秘密・謎に包まれている。なぜ、タキは時子を板倉のもとに行かせなかったのか。そして、タキは時子の手紙すら板倉に渡さなかったのか。

 なぜか? これはこの映画のひとつの謎として残り、観客に余韻を与えることになった。私は三つ考えられると思った。ひとつは、タキの時子に対する嫉妬である。ふたつは、タキの板倉に寄せる恋心のためだ。みっつは、時子の不倫をやめさせようとする、タキの倫理的な考えからである。それはいつまでも余韻として、謎として残るだろう。

 いずれにしても、戦前の暗黒の時代に、小さな三角屋根の下で繰り広げられる、小さな秘密とその謎を、山田洋次監督は、見事に描き切っている。観たあとも、私の中で、秘密と謎は解かれないままでいるが、山田監督は、またひとつ、大きな仕事を残したといえる作品である。



‘14年夢日記 「雨水」

2014(H26)年2月20日(木) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 教育委「改革」露骨な政治支配 自民党了承
 制度の根幹変える大改悪 国・首長の権限強化

     タイトル 「雨 水」

 雨水(うすい)というのは、二十四節気のひとつで、立春・雨水・啓蟄というように季節はめぐっている。雨水というのは、空から降るものが雪から雨に変わり、氷が溶けて水になる頃という意味である。

 草木が芽生える頃で、昔から、農耕の準備を始める目安とされてきている。春一番が吹くのもこの頃だが、しかし本格的な春の訪れにはまだ遠く、大雪が降ったりすることもある。三寒四温を繰り返しながら、春に向かってゆくことになる。

 この雨水というのは、私にとっては朗報である。人一倍、春の訪れを待ちわびている私には、雨水は春の兆しを告げるひとつだからである。冬ごもりのような生活をしている私は、早く外へ出て陽の光を浴びたい、と思っている。

 春の兆しのせいか、私は2月17日に外に出かけてみた。私の棲む町からは比較的近い町の、歴史的建造物や明治の哲学者・漢詩人の生家を訪ねたりした。またわが町の突端まで車を走らせて、海や島々を眺めたりもした。これも人を外へといざなう季節になったことを物語っている。

 いまひとつ考えているのは、ウオーキングをいつから外で始めるかということである。今はまだ、室内でウオーキング・マシンを使って足腰を鍛えている。しかし、雨水も過ぎ、啓蟄もまもなくやってくるような季節になって、そろそろ外でのウオーキングを始めようと考えているところである。

 また、春になって、サクラが咲き始める頃からは、岡山県の名所旧跡を訪ねてみようと、心に描いているところである。私は仕事の第一線から離れ、いわゆる「サンデー毎日」だ。つまり、毎日が日曜日なのである。

 が、毎日が日曜日といっても、もの書きをしたり、本を読んだり、インターネットをしたりという日々を過ごしている。そういう生活を変えてメリハリのある生活を送るために、日曜日は「何もしない日」にしたい、と思っている。

 とにかく、日曜日には外へ出る。先に挙げたように名所旧跡を訪ねたり、人に会ったりする日にしたらどうだろうか、と考えている。岡山県内だけでも、まだまだ、訪れていない名所旧跡は沢山あるし、文学碑などを訪ねる旅も面白いのではないだろうか。

 こういう心持ちにさせるのも、立春を過ぎ、雨水となり、啓蟄を迎えようとしているからにほかならない。春はもうそこまでやってきている。3月から11月までは、私の好きな季節である。夏が厭な人もいるけれど、私は一向に構わない。

 3月から11月まで、思いっきり人生を愉しみたいものである。これも厳しく辛い冬を乗り越えたからこそ、この季節をワクワクした気持ちで迎えられるように思う。手を伸ばせば触れることのできるところで、春は待っている。



‘14年夢日記 「中山芳樹の本を読む」

2014(H26)年2月19日(水) 曇り時々晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 イチゴハウス全壊45年間頑張ってきたのに 小池・田村両氏現地入り 
 農家切々「支援ぜひ」 雪害の甲府・笛吹 共産党「行政に迫る」

     タイトル 「中山芳樹の本を読む」

 このたび、まがね文学会員の中山芳樹が「統合失調症から教わった14のこと」という本を上梓した。本の帯にあたる部分に、「仕事を失い、家族を失い、家を失いながらも、人間の尊厳をかけて心の病と闘った、ある教師のメッセージ」と記されている。

 彼は現在58歳、32歳で精神病を発病し、実に四半世紀にわたって心の病とたたかってきた。この26年の間に6度精神科病院に入院し、合計12年間病院生活を送ってきたのである。彼の心を余すところなく映しとった短歌が、この本に掲載されているが、まずそれを紹介しておきたいと思う。

 入院生活

 「ウォーウォー」と暴れる患者を見るたびに
                     精神病の姿恐ろし

 イライラに時にさいなまれただ一人
          独房にいればなぜか落ち着く

 づたづたに精神(こころ)も身体(からだ)も
            引き裂かれいつまで続く独房生活

 午前二時喫煙室にただ一人
           今日も眠れぬ梟の如

 三年間続きし我の手の震え
         タバコも吸えず食事も取れず

 退院の一縷の望み捨てきれず
          鉄格子より外を見るなり

 これは彼が、12年間の入院生活の中で詠った短歌の一部である。が、一部ではあっても、入院生活の過酷さ、その生活の在りようが充分映しとられており、読むものの心を厳粛にし、読むものの心を打たずにはおかない歌である。

 彼は「仕事を失い、家族を失い、家を失い」、今は退院し、自立した生活を送っている。「仕事を失った」、というその仕事とは、教師である。彼は32歳で心因反応を発症し、38歳で天職であった教師の仕事を失ったのである。この仕事を失うということが、彼の人生にとってどれだけ大きな挫折となったことだろうか。

 「家族を失った」のは、1998年、42歳の5月だった。些細なことで、妻と口論になり、それがきっかけで、20年間連れ添った妻と離婚することになった。もちろん3人の子どもは、妻に引き取られていったので、後に残されたのは自分ひとりである。この空虚感はどんなものだったろうか、と察すると心が痛む。

 そして、最後に「失ったものは家」であった。1994年、37歳の春、家族や嫁の親戚にも喜ばれ家を新築したのだった。離婚の為、それまでもらっていた障害年金の額も減り、月々のローンも払えなくなった。夢にまでみた家、5年間住み慣れた家を手放さざるを得なかった。

 こうして、彼は精神病を発症したことによって、「仕事、家族、家」を失ったのである。それらの一つひとつは、子どもが手のひらに握っていたタカラモノを、誰かにもぎ取られるようなもので、苦痛で彼の顔は歪んだに違いない。あるいは、奪われ去った虚脱感で放心状態に陥ったかも知れない。

 だが、彼はいつまでもそこに立ち止まってはいなかった。この本の優れたところは、ひまわりのような向日性である。人間の尊厳を求めて、自主・自立の生活を願って、懸命な努力でその生活を屹立させていることである。だから、この本は決して暗くはなく、明るい光に満ちている。

 今も、これからも、彼はこの精神病とつきあってゆかなければならない。この病は頑張ればいい、というものではない。未来を見失わず、それを展望しながら、上手に病気とつきあってゆくことが求められる。それは、彼自身がよく分かっている。

 14の言葉というのは、「慌てず、焦らず、急がず、いら立たず、落ちついて、奢らず、思いあがらず、欲ばらず、あるがまま、なるようになる、無理をせず、任せて、待つ」ということである。彼の四半世紀の心の病とのたたかいで掴み取った貴重な言葉である。



‘14年夢日記 「なぜ高い! 国保」

2014(H26)年2月18日(火) 曇り時々晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 若者の未来守れない 給付制奨学金実現迫る  
 宮本議員 異常な高学費、貸付制告発 衆院予算委

     タイトル 「なぜ高い! 国保」

 国民健康保険料を、インターネットにアクセスすると、「国保はなぜ高い」、「国保料が高くて払えない」、「国保に殺される」と、悲鳴のような声が数多く載せられている。私も年金生活者なので、国保に加入しておりそれらの声は痛いほど理解できる。

 ある市では、所得100万以下で国保料約16万円、所得の約15%にあたる。所得200万以下で国保料約35万円、所得の約18%にあたる。所得300万円以下で国保料約46万円、所得の約15%にあたるという試算が出ている。また、ある市では所得の20%以上の国保料というところもある。

 これでは市民の中から「国保に殺される」、というような悲痛な叫びが挙がるのも、無理からぬことである。なぜこのような事態になったかというと、第一に国の政策がそうさせているということである。

 国保会計への国庫支出金の割合が、1984年には49.8%あったものが、2008年には24.3%まで削減されてきたという実情がある。それによって、保険者である市町村の国保財政が圧迫されてきたのである。

 第二は市町村が国保というのは、「相互扶助の制度」だという認識から、一般会計からの繰り入れを渋っているためである。もともと国保というのは、「相互扶助」というものではなく、社会保障という位置づけをして、国保を運営していくのが道理にかなっている。

 岡山市議の竹永光恵さんのブログで、彼女の国保についての問題意識の高さに感心させられた。それは、岡山市の国保運営協議会の中でのやりとりについて、記されている部分である。

 市が一般会計から国保会計への繰り入れをして、市民の負担を軽減すればいいという議論の中で、公明党の議員から、「みんなの税金をここだけに投入するのは?」という意見が出され、いかにも不公正であるかのような発言をされたというのである。

 これに対して、竹永光恵議員は、「命に関わるこの制度、なによりも最重要課題と位置付けて、ほとんどの市民が最終的には国保になるので、税金の使い方は不公平ではないと、私は指摘させていただきました」と綴られている。

 この指摘はきわめて重要で、「いずれほとんどの人が国保加入者になる」というのは、見識の高さを示している。だから、決して不公平というのは当たらない。そして国保を「相互扶助制度」とみなすかどうか、本来国保は社会保障の範疇に入るという認識が求められているのである。

 岡山市は29億八千万円を一般会計から繰り入れしている。そして、今年も同様程度の繰り入れで、国保料も率も据え置きになったということである。このような立場で市民運動や署名活動をしてきたことが、共産党の市議会議員等の奮闘とあいまって、国保行政を後退させずにすんだのである。

 しかし、まだまだ国保の行政は「相互扶助の制度」という認識を変えておらず、市民・国民の運動を大きく進めることが求められている。それが、「国保に殺される」、という市民の悲鳴に応える道である。



‘14年夢日記 「追悼 右遠俊郎」

2014(H26)年2月17日(月) 曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 大雪 暮らし寸断 関東甲信 
 食・燃料不足 車両立ち往生

     タイトル 「追悼 右遠俊郎」

 「民主文学」3月号に、右遠俊郎の追悼特集が組まれている。追悼文を寄せた作家や評論家の文章は、それぞれに豊饒な内容のものであるが、とりわけ私には作家の草川八重子の「文学の地平」という文章が心に残った。

 私の最近の問題意識とも合致している内容だったので、眼に留まったのであろう。少し長くなるけれど、その部分を引用させていただくことにしたい。それで、いくらかでも右遠俊郎に追悼の意を捧げたいと思うものである。

 ――私が最初に右遠俊郎という名を目にしたのは、1967年10月号の「民主文学」だった。「告別の秋」をひっさげての登場である。それまでに同人誌に作品を書かれ、芥川賞候補になられたこともあった等、私はまだ何も知らなかった。

 ――作品を読んだ時の、脳天から竹刀で打ちおろされたような衝撃と感動は、今も鮮明である。目の前にあった壁のような空間が、音立てて後退し地平線まで見える気がした。作品の舞台は、朝日茂の狭い個室の中なのに、私は広い水平に連れ出されたのだ。

 ――岩面に彫りこんだような力のある文体、硬質で的確な美しい日本語、胸苦しくなるまでのリアリズム。そして緊迫した状況で発せられる、なにやらのびやかな岡山言葉。それらが織られ、形づくられて立ち上がる。

 ――これこそ文学だ、と私は感じた。道場で構えた、一分の隙もない剣士の姿が思い浮かび、私はこの人を「文学の師」と仰ごうと、即座に一方的に決めたのだった。

 長くなってしまったが、以上が草川八重子の追悼文の書き出しである。芸術作品、文学作品、作家との出遭いは、さまざまであるだろうが、このような出遭いも決して稀ではない。否、むしろ芸術作品との出遭いは、こうしたものだろう。

 「衝撃と感動」、これこそが優れた芸術作品に触れたときの想いである。そこには言葉はいらない。「なぜ感動したの?」、「どこが良かったの?」、このような問いかけは、あまりにも愚問という他ない。いちいち説明することができないほどに、「衝撃と感動」を受けたのである。

 とにかく黙っていてくれ、ひとりにさせといてくれ、という痛切な想いである。恋人とふたりでその芸術作品を観たのであれば、恋人と別れてひとりで電車に乗って帰りたい心境なのである。草川八重子はそのような「衝撃と感動」を右遠作品から感じとったのだ。

 私は彼からそこまでの衝撃を受けることはなかったけれど、「民主文学」の作家のなかでも、異才を放っていたように思う。彼の作品のなかには、「哲学」があったし、「独自の眼」を持っていたし、「彼自身の魂」が込められていた。

 彼は岡山の出身でもあったし、何かと「まがね文学会」に対して、厳しさと温かさで見守ってくれていた。私の作品に対しても、辛辣な批評でありながら、心のこもった励ましの言葉を贈ってくれたのだった。

 彼の死は残念でならない。が、彼は多くの果実を残して逝った。それは私への宿題でもある。彼の残した果実から、私はまだまだ多くのことを学びとらなければならない、と誓っているところである。



‘14年夢日記 「ひきこもり」

2014(H26)年2月16日(日) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 羽生が金 フィギュア 男子日本初 
 ソチ発 鼓動 挫折を向上心に澄み切る

     タイトル 「ひきこもり」

 交際範囲の狭い私の知るところでも、息子さんがひきこもっているというのをよく聞く。その中にはなぜか娘さんはいない。統計でも男性の方が7割前後に達しているということだから、私の身近な経験でもそのことをよく物語っているということだろう。

 子どもがひきこもっている親御さんの気持ちを察すると胸が痛む。私自身が子どもの金銭的なトラブルで心を痛めたことがあるので、ひきこもりの子どもを持つ親の痛切な気持ちもよく理解できる。ひきこもりからの脱出方法というのは簡単ではないし、そのノウハウがあるわけでもない。

 が、親の心の痛みも分かるけれど、その痛みをもっともかかえて悩み苦しんでいるのは、ひきこもっている本人だといわれている。ひきこもりは外から眺めれば、「怠けているだけだ」、「やる気がないだけだ」というふうに見られがちだが、決してそういうことではないらしい。

 現在、日本社会でのひきこもりの人数は、正確に把握することは難しいが、推計で70万人いるといわれている。そして、将来ひきこもりになる可能性がある人は、155万人だそうである。この数字は決して小さいものではないし、看過するわけにはいかない事態だといわなければならない。

 ひきこもりになる原因は、容易に分からないものとされているが、ある統計によると次のようなことが考えられるそうである。①職場になじめなかった~23.7% ②病気~23.7% ③就職活動がうまくいかなかった~20.3% ④不登校~11.9% ⑤人間関係がうまくいかなかった~11.9% 

 ⑥大学になじめなかった~6.8% ⑦受験に失敗した(高校・大学)~1.7% ⑧その他~25.4% ⑨無回答~3.4% ひきこもりの原因として以上のようなことが挙げられている。これは、ひとつのデータにすぎないので、そこはよく押さえて考えなければならない。

 このデータから分かることは、ひきこもりの本人たちが「怠けている」、「やる気がない」といって、簡単に片付けられない問題であるということだ。職場の問題、就職活動の問題、学校や受験の問題、これら一つひとつのことを掬い上げてみれば、その背景に社会が見えてくるような気がする。

 これは、ひとり子どもたちのかかえている問題ではなく、歪んだ社会、腐朽しつつある社会の、まぎれもない反映ではないのだろうか。職場のブラック企業化、就職活動の困難さ、教育の管理・統制・競争化などが、子どもたちの心を蝕んでいるのではないのだろうか。

 ひきこもりを素材にした、優れた文学作品に旭爪あかねの「稲の旋律」という小説がある。私はこの小説を読んで、ひきこもりの女性の心の痛切な声を聴くことができたし、そこから新しい地平へと向かおうとする、ひとりの人間の姿が感動的であった。ひきこもりを考えるうえでも、優れた文学作品として位置づけられるものである。

 ひきこもりは、家族だけが背負うものではなく、社会のひとつの縮図としてみなければならないし、その解決の方法も社会全体のものとしてアプローチしていくことが求められている。ひきこもりは、社会を映すまぎれもない鏡である。



‘14年夢日記 「感動的な再会」

2014(H26)年2月15日(土) 曇り時々晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 集団的自衛権容認に抗議 「九条の会」安倍首相を批判 
 著名829氏がアピール賛同

     タイトル 「感動的な再会」

 ある女性と40年振りに再会することができた。現在、彼女はある農業団体の事務局長をしている。そのことを知ったのは、「岡山民報」によってである。それによると、彼女がある農業団体の大会で、昨年の活動報告と今年の活動方針を提案したと記されていた。

 彼女と知り合ったのは、もう40年以上前のことである。ともに20代で、倉敷の地において青年運動を一緒にしていた。彼女の家は倉敷の町からは比較的遠く、夜遅く家まで送って行ったことなどがあった。あるいは、彼女の勤務先まで迎えにゆき、活動をともにしたことなどもあった。

 その頃の彼女は、比較的目立たない存在であったが、夜遅くまで地道に活動するような人であった。彼女は倉敷の青年運動にとって貴重な存在であったが、まもなく結婚のために広島の地へと旅立っていった。惜しまれての転居であった。

 私はそれ以来お会いしていない。実に40年以上も離れていたことになる。が、時折、彼女の噂は耳にすることがあった。確か、広島市長選挙に立候補するという情報が入ってきて、一緒に青年運動をした仲間で寄せ書きを贈ろうという話も持ち上がった。

 また、ご主人を亡くしたというような情報も入ってきていた。が、相変わらず地道な活動をつづけているというようなことも耳にしていた。そして、最近のことである。彼女は岡山へ帰ってきている、ということを友人から聞いた。

 そして、橋渡しは「岡山民報」である。それを読んで、農業団体に電話を入れてみた。すると、彼女が電話口に出て、少し話をした。「また、便があれば、事務所に寄って貰ってもいい」という話をいただいた。

 そこで私はすぐに思い立って、出かけることにした。ホームページで所在地を調べ、だいたいの場所が分かったので、身支度をして車を走らせたというわけである。が、事務所までゆくのに難儀をした。だいたい農村地域なので、とにかく広いのである。

 何軒もの家を訪ね、場所を訊いてみたが、心当たりがないという人がほとんどだった。広大な農村地帯を私はくるくると回り、行きつ戻りつしたが分からなかった。もうあきらめかけた頃、幸運にもある家の婦人が教えてくれた。それでやっと辿り着いたというわけである。

 事務所に着くと、来客者が幾人もいて大変忙しそうだった。税金の相談会・自主計算会が催されていたのである。だから、私は自主出版した「磯の光景」を差し上げ、簡単な挨拶を交わして事務所を辞した。

 昔、青年運動を一緒にしていた彼女が、今も生き生きと活動している姿に触れて感動した。40年といえば、いろんな困難が思いやられる。そういう中にあって、挫折もせずに今も人々のために献身している姿に心が打たれた。また、機会があれば、もう一度ゆっくり話し合いたいと思っている。感動的な再会だった。



‘14年夢日記 「盲目のランナー」

2014(H26)年2月14日(金) 曇りのち雪

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 立憲主義を否定する集団的自衛権への暴走は許されない 
 志位委員長が首相を批判 「海外で戦争する国」への暴走

     タイトル 「盲目のランナー」

 2月9日(日)、「50センチの温もり――ブラインドランナー 道下美里」という、テレビのドキュメンタリー番組を観賞した。とてもいい内容で、観る者の胸を熱くするものだった。私ははからずも、瞳から溢れるものを抑えることができなかった。

 深夜1・05分からの放映だったが、寒いダイニングルームを暖め、眠いのをこらえてテレビ画面に向かった。放映時間は30分の短い番組だったが、視聴者を充分に惹きつけるだけの、内容の濃いものだった。

 美里さんは、現在37歳である。小学校4年の頃から左目に異常が現れるようになった。この目の病気は、後天的に進行してゆくもので、3万人に1人が罹るといわれている。非常に稀な目の病気である。

 歳を経るにしたがって、病状は悪化してゆき、20代でほとんど視力を失うという悲劇に襲われることになった。明るい場所では、視界が真っ白になって何も認識できないという。したがって、部屋の中の明かりは、薄暗くして家事などをこなしている。

 調理の場面が、映し出されていたけれど、薄暗くしておくと僅かにものの形・輪郭が分かるという。番組では、ニンジンを調理していたが、上手にさばいていた。しかし、それはほとんど手探りと同じようなものだが、経験がそれを為さしめているのだろう。

 美里さんは、目が悪くなって、人から傷つくような言葉を投げかけたりして、厭になったこともあった。そして、自分は人に迷惑をかけるだけだと、自分の存在を否定したくなったこともあるそうだ。

 その頃、家族で営む書店が倒産したのだった。姉は祖父が起こした書店を、畳まなければならない悔しさのために涙を流していた。その悔しさはひとり姉のものではなく、両親、美里さんも同じ気持ちだったに違いない。

 そんな美里さんを救ったのが、ランニングである。はじめは、ダイエットが目的であったが、しかしすぐに走る喜びを知るようになる。そしてまもなく、障害者陸上の日本記録を更新し、フルマラソンへの挑戦も始めるようになる。

 障害者のランニングは、ひとりで走るというわけにはいかず、必ず伴走者がいる。そして、伴走者と美里さんを結ぶロープが必要なのである。この番組の題名になっている、「50センチの温もり」というのは、ここからきている。他の走者と交錯したりすることのないように、ロープの長さは50センチ以内と決められている。

 彼女がフルマラソン、42.195キロを走るのに3時間余りで走るのだから驚異的である。その日本記録も更新することができた。このように活躍する美里さんは、今では自分ひとりだけの喜びのために走っているのではない。

 伴走者の考え方を変えたり、周りの障害者ランナーを励ましたり、助言をしたりしている。また、現在では、さまざまなところから招待されて、講演活動などに精を出している。

 美里さんの笑顔はすばらしい。人間の可能性が無限であることを知らしめる。彼女の生き方・走りに大きな勇気をもらい、「人間はここまで輝けるものか!」と、「盲目のランナー」に大いに励まされている。



‘14年夢日記 「『ローアンの風』を読む」

2014(H26)年2月13日(木) 曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 戦後の国際秩序に挑戦 安倍首相を笠井氏が批判 
 靖国参拝は国益損なう 衆院予算委

     タイトル 「『ローアンの風』を読む」

 「民主文学」3月号の青木資二「ローアンの風」は、爽やかで読者の心を打たずにはおかない佳編である。「ローアン」という言葉は、初めて聴く言葉なので疑問を持って読み進んでゆくと、後半部分でその意味するところが分かってくる。

 「ローアン」というのは、「労働安全衛生」を略してそう呼ばれている。この「ローアン」の使い方は的を射ており、テーマを象徴する言葉としてふさわしいものになっている。タイトルの「ローアンの風」も内容に合致しており、的確な表現である。「名は体を表す」というが、まさにその通りである。

 主人公の香澄は、小学校の教師に採用されて、まもなく二年が経とうとしている。正確には二年目の二学期、終業式を終えたところである。作品は、その夜に約二年間の学校生活を、香澄の視点で振り返るというものである。

 この作品は、現代の小中学校教育が、国・教育委員会の管理・統制教育によって歪められ、教師が長時間労働を強いられていることを題材にしている。それは、学校が「子どもたちが主人公」ということがないがしろにされていることにも通低しており、そのことを問う作品にもなっている。

 教師の長時間労働はほんとうにひどいものがある。私たちが義務教育を受けていた頃と較べると隔世の感がある。現代の教師たちは、この作品で描かれているところに沿っていうと、まず、教職員の病休や精神疾患が急増していることである。そして、教職員の平均退職年齢が50歳であり(早期退職を意味する)、超過勤務は過労死ラインの月80時間を超えている。

 そういうなかで、親友の亜里砂は、うつ病にかかり、教職の仕事を辞していった。亜里砂はこの物語にほとんど登場しないが、教育の管理・統制教育の犠牲者として読者に大きな印象を与えている。このことが、この作品の深刻さをよく表している。

 この作品の主要な登場人物は、香澄と落合と笹岡の3人である。落合は、管理・統制教育を推し進めようという人間として描かれている。一方、笹岡はこの教育のあり方に疑問を呈し、職場を働きやすい、教師が自主的・自覚的に仕事ができるように変えたい、という意識を持っている。そして、そういう行動も起こしてゆくような人物として形象されている。

 笹岡の意識と行動によって、職場が少しずつ変わってゆくようすは、なんとも清々しい。まず、衛生委員会の設立の要請で、それが立ち上げられた。そして、産業医の講話実施、「ノー残業デー」、勤務割り振り変更簿、アンケート調査などが実施されるようになった。

 香澄は、「職場の雰囲気が変わった。何より、学校へ行くのが辛く、辞めたいと悩んでいた自分自身が変わったように思えた」という感慨を抱いて、二年目の終業を迎えたのだった。

 「ローアンの風」は、話が出来過ぎという風に思わないわけではないが、しかし、小説というものは色々あって然るべきだと思う。現実をありのままに描くのもよし、現実を告発するのもよし、現実の在りようを問題提起するのもいい。

 小説は自由で多様性があっていいと思うし、またそうでなければならない。この「アーロンの風」のように、いくらか無理はあるが、「未来を語る」小説があってもいいし、「未来は語られなければならない」。暗い現実のなかにあって、この小説はひとつの未来を描き、ひとつの典型を描いたものとして評価できる作品となっている。



‘14年夢日記 「宇都宮氏大健闘」

2014(H26)年2月12日(水) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 「戦争する国」許さない 安倍「教育改革」 
 「教育再生実行会議」「愛国心」と競争力と

     タイトル 「宇都宮氏大健闘」

 東京都知事選挙が、2月9日投開票され、宇都宮氏は、舛添氏に次ぐ得票を獲得し、大健闘だった。この結果に「深い無力感に陥っている」人もいるらしいが、しかし、決してそういう内容の選挙ではなかった。むしろ、未来への展望を切り拓いたともいえる選挙だった。

 投票率が、46.14%と前回よりも16ポイント以上下がるもとで、宇都宮氏の得票は前回得票を、1万3000票以上伸ばした。そして特筆すべきことは、得票率が20.18%であったことである。つまり、5人に1人が宇都宮氏に投票したことになる。

 一方、元首相コンビで、民主党、結いの党、生活の党支援の細川氏は、宇都宮氏よりも約3万票少なく、精彩を欠いたというのが実態である。宇都宮氏に候補辞退を迫り、細川氏への一本化をめざす動きもあったが、それは成功しなかった。それは当然のことである。

 一点共闘、の主張がむなしいという人もいるが、しかし、それは無原則的にやられるものではない。そもそも今回の都知事選挙は、一点だけの争点ではなかった。原発だけを争点とする細川陣営は、この選挙を矮小化するものに他ならないものだった。

 それは、細川氏が獲得した得票が如実に示している。昨年の参院選の民主、結いの党(みんなの党)、生活の党の合計得票は、110万票あり、原発反対1本で当選した山本太郎(彼はこの選挙で動かなかったが)の66万票を加えると、約176万票の基礎票があったのだ。この結果からみて、細川陣営は手痛い敗北といえるだろう。

 また、宇都宮氏を支援した共産党の吉良よし子は、参院選での得票は約70万票で得票率12.5%である。これに加えて社民党の推薦があったとしても、約100万の得票、20.18%の得票率は大きな前進といわなければならない。

 実際、今回の都知事選では、宇都宮陣営の支持は今までになく大きく広がった。選挙事務所へ託児所をつくり、若いママさんがたくさん、ボランティアで宇都宮さんの応援に駆けつけたし、ママさんと子どものパレードも創意工夫をして繰り広げられた。

 これらのことは、「東京を世界一働きやすい街にする」、「世界一暮らしやすい東京にする」という、宇都宮さんの支持の輪が、大きく広がったことを示している。「福祉・医療・介護」や「雇用やブラック企業根絶」、「大型開発優先の都政から都民本位の都政」などが共感を呼んだ。

 また、安倍政権が「世界一大企業が活躍しやすい日本をつくる」と公言し、大企業を優遇し庶民へ痛みを押し付ける、その政策へのノーの声も少なくなかった。宇都宮候補が存在することで、そうした安倍政権への審判という、投票行動へと結びついたのである。

 この都知事選の結果は、決して失望するようなものではなく、「民主主義と暮らしを守る」という、都民の良識が健在であることを、いかんなく示したものである。新しい道を開き、未来へとつながる選挙だったといえるだろう。



‘14年夢日記 「20年振りの大雪」

2014(H26)年2月11日(火) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 秘密法検討時 法務省が懸念 入手資料で判明 
 過失の処罰「慎重に」 政府法成立まで隠す

     タイトル 「20年振りの大雪」

 2月8日の深夜から降り出した雪は、午前10時頃には約10センチ積もった。瀬戸内でこれだけの積雪を記録するのは、何年振りのことだろうか。岡山気象台も土曜日は休みのため、確かめることができなかった。あとで知ったところによると、実に20年振りだそうである。

 実のところ私は、「しんぶん赤旗」の配達日だったので、午前4時30分に起床した。就寝前に明日は雪になると聞いていたので、パジャマのまま門までようすを見に出た。すると、4、5センチ積もっていた。

 商業新聞は、その時オートバイで配達していたので、私も配達に出かけようとして、門の前の道を歩いてみた。しかし、雪の上を歩くと滑って転びそうになったので、新聞の配達を断念した。とても車で走れるような状況ではなかった。

 10年ほど前に苦い経験をしているので、無理をしないことに決めた。その時には車輪が滑り、車が蛇行して、危ない目に何度も遭遇した。そうして、やっとの思いで会社に出勤したのを覚えている。その時、「学習」しているので、その教訓に倣った。

 8日(土)は、色々な買い物に出かける予定にしていたが、それがフイになってしまった。電子レンジや礼服、日用品などを求めるつもりだったけれど、午後3時を過ぎても、いちめん銀世界である。とても車で外出することはできない。

 今日は、外出しない方が賢明だろう。正午のニュースでは岡山県内で、170件のスリップ事故などが起きているということだった。その後、さらにその数は増えているに違いない。身の安全のために、室内で過ごした方がいいと思った。

 が、我が家のカーポートの屋根が被害を受けた。2階建ての屋根から雪が落下して、カーポートのアクリル製の屋根を直撃し、大きな穴があいてしまったのである。10メートルくらいの高さから雪が落ちてくるのだから、その衝撃は決して小さくない。

 経済が厳しいのに、そのうえカーポートの破損である。久し振りの大雪は我が家に大きな損害をもたらしてしまった。やはり自然は穏やかであってほしいものだ。東北地方の雪降ろしを他人事みたいにテレビで見ることがあるが、それがわが身に振りかかってきたのである。

 深夜から降り続いていた雪も、正午を過ぎるあたりからやんで、空もいくらか明るくなった。昔、小中学生の頃なら、このような雪は大歓迎だった。雪合戦をしたり、雪ダルマをつくったりして、嬉々として黄色い声を挙げて遊んでいたものだ。

 だが、もう今はこのような雪はいらない。日常生活が乱されるだけである。これも「立春寒波」によるものだろう。春はすぐそこまできているが、まだまだ冬が道をゆずるという気配はない。「春は名のみの風の寒さよ」というところである。



‘14年夢日記 「庶民の暮らしはもう限界」

2014(H26)年2月10日(月) 曇り時々晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 灯油高騰で北国悲鳴 アベノミクスの影 盛岡に見る 
 価格 業界任せに怒り

     タイトル 「庶民の暮らしはもう限界」

 ある生命保険会社の調査で、消費税増税を目前にひかえ、「2014年に見直したいもの」が、いくつか列挙されている。その家計の遣り繰りのようすは、涙ぐましい知恵と工夫が見てとれる。

 節約の対象として挙げられているのは、「外食・飲み会費」が68.8%(複数回答)、ついで、「旅行などの娯楽費」47.0%、「家庭の食費」46.2%、「水道光熱費」35.8%となっている。

 すでに行っている節約対策では、「友人との飲み会を極力減らす。休日はなるべく家で過ごす」、「食材は安いときに買って、日持ちする料理を作り、無駄にしない」、「節電家電品への買い替え、電気代や水道代など光熱費のプランの見直し」などが挙げられている。

 そして、「少しでも安く買い物をするために、遠くても安いスーパーに行く」、「トイレに使う水を風呂の残り湯でカバー」しているとして、実際の節約の工夫が語られている。

 こうした庶民の、痛々しいほどの家計の遣り繰りが、為政者には分からないのだろうか。分かっているとしても、彼らの視野には入っていないのだろう。庶民の生活や庶民の痛切な声などは、無視しているとしか思えない実状である。

 そして、とりわけひどいと思うのは、復興をめぐって、個人には、8兆円増税、企業には20兆円の減税がなされるということである。復興特別法人税が導入されたとき、まず実質5%の法人税減税を恒久的に行ったうえで、3年間に限り同額の復興税を課すというものだった。

 しかし、3年間の復興特別法人税を2年後、前倒しして今年の4月から廃止するというのである。復興特別法人税は、年間8,000億円であったのだが、これがなくなり、減税だけが恒久的に続くというわけである。

 一方、個人に対しては、復興特別税が昨年1月から所得税の納税額に2.1%を上乗せする形で増税が行われている。それが25年間続くというわけである。さらに、今年6月からは、個人住民税に年間1,000円の上乗せが課せられることになっている。住民税は10年間の増税である。

 こうしてみてくると、25年間で企業には20兆円の減税、個人には8兆円の増税ということになる。こんな理不尽な政治が許されるものだろうか。大震災の復興のために、庶民には8兆円もの増税を押し付けながら、企業には20兆円もの減税をするというのである。

 先ほども挙げたように、庶民は涙ぐましいばかりの節約をして、日々暮らしているというのに、大企業に対しては、至れり尽くせりの優遇策を施行している。

 そのうえ、この4月からは消費税の8%への増税(約8兆円)が強行されようとしている。まさに「庶民の暮らしはもう限界」である。大企業中心の政治から国民生活第一の政治が求められている。それは急務である。



‘14年夢日記 「立春寒波」

2014(H26)年2月9日(日) 曇り時々晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 後期高齢者医療の保険料 値上げ次つぎ 
 年4000円以上も 年齢差別の欠陥あらわ

     タイトル 「立春寒波」

 立春を迎えて急に寒くなってきた。立春寒波と呼ばれるものである。岡山地方は比較的暖かいところだが、しかし2月6日の最高気温が3度というのだから相当寒いといえる。室内にいても、暖房なしではとても過ごせるものではない。

 これは今季最強のシベリア寒気団が、日本列島の北西に発生しているためで、そこから次々と寒気が送り込まれている。それは西日本から東日本にかけて、今シーズン一番の冬将軍が到来しているという。朝、書斎の気温をみると6度となっており、今季一番の寒さである。

 この寒波がいつまでつづくかというと、2月中旬頃までだという。あと一週間というところだろうか。一日もはやく、この寒気は去ってほしいものである。何よりも、経済的な実害をもたらすのが痛い。灯油代や電気代が家計への大きな負担となっている。

 先日、テレビ放映されていたが、電気代を節約しようと、カセットコンロを電気ゴタツのなかで使用していて、家屋を全焼するということが起こった。これは笑い話では済まされない事件である。庶民は一円でも節約しようと苦労しているという、ひとつの象徴ではないだろうか。

 私も四季のうちで、もっとも厭な季節が冬である。経済的な負担はもちろん痛いが、それよりもその寒さに耐えられない。私は夏の暑さには比較的強いのだけれど、冬には凍えるような思いで過ごしている。動物たちが、冬ごもりするのがよく分かる。

 この立春寒波は、電気ゴタツで足を温めていても、上半身が震えるような寒さである。電気ゴタツをつけているのに、石油ストーブをつけるわけにもいかず、首にはマフラーを巻いて読書をしている。読書は一階の電気ゴタツ、もの書きは二階の書斎でというふうに分けているのである。

 うららかな春は
  きびしい冬のあとからくる
       かわいいふきのとうは
            霜の下で用意された。

 これは宮本百合子の言葉であるが、この立春寒波は春がそう遠くないところまできていることの証だろう。「夜明け前がもっとも暗い」といわれているのと同じように、「春を迎える前がもっとも寒い」ということであろう。だから、もう春は近い、そこまでやってきているということである。

 ちなみに、百合子の言葉は、ただ単に季節のことを謳っているのではないと思う。社会の暗さを冬の季節にたとえて、決して冬の時代はいつまでも続くわけではない、やがて「うららかな春」が必ずやってくるという、希望を謳っているように思う。そこには、彼女の凜とした強靭な精神が屹立している。



‘14年夢日記 「柳行李にいっぱい」

2014(H26)年2月8日(土) 雪のち曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 TPP 重要品目守れない 米議会法案 関税削減迫る 
 参院予算委 紙氏 「交渉撤退以外ない」

     タイトル 「柳行李にいっぱい」

 作家で高校教師の渥美二郎のブログを私は愛読している。先日の記事で、彼はもう20年文章を書いてきたし、ブログは10年以上になると記していた。それを読んで、私はいささか劣等感のようなものを感じた。

 作家はとにかく書かなければしようがない。作家の吉開那津子は、初心者に「柳行李いっぱい」書いて、ようやく一人前だというふうなことを語っている。だから、それだけ書かないうちは、作品がうまく書けないといって悩んでいる方がおかしいのであって、「まずくて当然」だというのである。

 それからいうと、私などはとてもそこまでいきつけてないので、作品がまずいといって悩まなくていいことになる。柳行李いっぱい書いて、はじめて悩む資格が得られるというわけである。そこまで書かないでいて、悩んだり、自身の筆力を卑下したり、愚痴ったりするのは、甘えだというわけであろう。

 その点、渥美二郎は20年も書き、10年以上も毎日ブログに日記を書いているのだから、やはり凄いと思う。毎日ブログを更新することは、思ったより大変な営みである。日々単調な生活を送っていれば、なおさらのことだ。それを続けている渥美二郎には頭が下がる思いである。

 ブログの更新を続けている近しい人はもうひとりいる。それは浜野博である。彼は高校3年の時に体育祭で首の骨を折って、車椅子生活を余儀なくされている。いま施設で暮らしているが、彼は多彩な才能を持っている。小説や詩、短歌やエッセイなどを創り、発表している。そして、ブログである。彼も毎日欠かさず更新をしており、その継続に私は尊敬の念を禁じえない。

 しかし、私はまだいかほども文章を書いていないのを痛感する。柳行李の底の方に原稿用紙が薄く積まれているような光景が頭に浮かんでくる。遅きに失したという思いは去ることはなく、渥美二郎のブログを読むと劣等感に襲われるのだ。

 が、いまさらそんなことに囚われても始まらない。これからのことだ。これからどうするか、それが問題だ。私の希望というか、夢は、あと10年ブログを書いてゆきたいということだ。あと10年すれば、私は確実に75歳になる。75歳まではブログを続けたいものである。

 「書くことは生きること、生きることは書くことだ」そんな後半生を送りたいものである。しかし、書くことが愉しくなければ、ブログを10年も更新し続けることはできない。渥美二郎は、文章はいくらでも出てくると言っている。それが、文章歴20年、ブログ歴10年のなせるわざであろう。

 私も、渥美二郎や浜野博に励まされながら、従いてゆくことにしたいと思っている。一日3枚、10年間書けば「柳行李もいっぱいになることだろう」。それを信じて、新たな出発をすることにしよう。その信条はあくまで「愉しく、愉しく」である。



‘14年夢日記 「事実と虚構」

2014(H26)年2月7日(金) 曇り時々雪

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 沖縄も本土も米軍大増強 参院予算委 仁比議員「どこが負担軽減」 
 辺野古に最新基地・岩国極東最大に 秘密保護法を追及

     タイトル 「事実と虚構」

 私もそれなりの数の小説を書いてきたが、いま「事実と虚構」ということを考えている。私の作品の多くは、虚実ないまぜて書いているが、そこで失敗の多いのは、事実(体験)を描いた部分である。

 ほんとうは、事実なので、リアリティーをもつはずなのだが、しかし、その事実を書いたからといって、リアリティーを持つとは限らない。私の経験からいうと、事実をそのまま小説のなかに持ち込むと、リアリティーを失うということはよくあることである。

 よく作品の合評会などで、批評を聴いていて面白いと思うのは、ここはリアリティーに欠けている、という指摘がなされると、作者が口をとがらせて、「これは事実なのだからそんなことは無いはずだ」と反論する場面である。

 作者にしてみれば、ほんとうの体験を書いているのだから、「リアルであるはず」と思い込んでいるのである。しかし、体験を書けばリアリティーを獲得することができるかというと、決してそうではない。随想なりノンフィクションならそれでもいいかも知れないが、創作ということになると、そうはいかないのである。

 私もそれでよく失敗する。つまり、事実と虚構の部分の描写が乖離するのである。虚構の部分はそれなりに読ませるが、事実の部分になると、リアルさを失うということがよく起きる。それは、小説にはテーマというものがあり、プロットというものがあるので、それから事実の部分が乖離するのである。

 もし、自身の体験を小説の中に盛り込もうとすると、その体験をいま一度解体し、改造し、再構築しなおさなければならないように思う。つまり、体験そのままを小説のなかに挿入しようと思っても、テーマやプロットとうまく融合しないということが起こる。

 小説はやはり、創作である。北海道の福山瑛子は「文学的真実は現実そのものではなく、虚構の真実だ」といっている。創作とは文字通り話を創ることである。テーマに沿って、プロットや構成を考え、虚構によって、ひとつの芸術作品を生み出すということだ。

 が、それでは創作をしてゆくうえで、体験をおろそかにしていいかというと、決してそうではない。体験というのは、ずいぶん貴重なもので、それはいい作品を生み出す宝庫ともなるものである。つまり、貴重な体験は、作品のモチーフとなるものであり、作家の筆を前にすすめるうえで欠かせない。

 いい作品になるかどうかの分かれ目は、モチーフの強弱といっても過言ではない。モチーフというのは、芸術作品を創るうえでの動機だけれど、それが強いことは、いい作品を生み出すひとつの条件である。が、私はそれがすべてというつもりはない。

 それは、いい作品を生み出すためには、モチーフとともにテーマという問題が介在するからである。モチーフとテーマが作用・反作用しながら、作品として昇華してゆくとき、そこに優れた芸術作品が生まれることになる。



‘14年夢日記 「パソコンの効用」

2014(H26)年2月6日(木) 曇り時々雨

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 NHK会長・経営委員 止まらぬ異常言動 
 問われる安倍政権 今度は長谷川氏 テロ行為礼賛の暴言

     タイトル 「パソコンの効用」

 私の文学仲間でも、まだまだパソコンを使っていない人が少なくない。文芸誌の原稿も手書き派が半数以上もいる。ただ、この原稿については、「文学作品というものは、手書きでやるべきだ」と主張する作家もいて、うなずける点もある。

 文学作品を手書きでなくパソコンでやると、原稿がすべるというか、安易になりやすいということがいわれている。ある作家は、まだ書き始めたばかりの人の原稿をみて、ここまでは手書きでここからあとはパソコンだ、というのを見抜いたというのだから、やはり文章が流されて、粗雑になるということがあるのかも知れない。

 しかし、私は断然パソコン派である。というより、今ではもうパソコンでなければ、文章が書けなくなっているといっても過言ではない。手書きでは、もう頭脳が文章をつくるというモードにならないし、極論すれば文章がもう書けないのである。ごく稀に、手書きをすることがあるが、頭脳の働きが鈍くて、ぎこちなくてなんとも心許ない。

 創作の原稿作成はパソコンだけれど、ただそれだけではなく、私は「パソコンがなければ生きてゆけない」ような生活リズムになっている。テレビはなくてもいいが、パソコンのない生活というものはまったく考えられない。私にとって、パソコンは切っても切れないものになっている。

 私の生活からパソコンを無くしてしまったら、鳥が翼を失ったようなものである。私はたいてい終日パソコンをONにしているが、読書などする時はスリープ(休止状態)にしておき、すぐに立ち上げることができるようにしている。

 パソコンのデスクトップには、30以上のフォルダーを作成し、そのなかにファイルを収めている。掌編小説や短編小説、創作ノートや批評などのフォルダーの他、家計簿や交際費、出来事や生活設計などのフォルダーである。その中には沢山のファイルが収蔵されており、すぐに取り出せるようになっている。

 いわば、私のパソコンは自身の生きてゆくうえで、なくてはならないものが、インプットされているのである。もし、電源でも落ちようものなら私はお手上げである。携帯用電子機器依存症、つまり携帯電話依存症やネット依存症ということがいわれているが、それでいえば、私はパソコン依存症かも知れない。

 しかし、パソコンの効用は、私にとって計り知れないものである。パソコンはすでに自身の分身となっており、生きてゆくうえで、また生活するうえで欠かすことができないものとなっている。が、私の場合依存症というよりは、よりよく生きてゆくために、上手に活用しているのではないか、と思っている。

 パソコンに依存するのではなくて、それをうまく活用できているのであれば、問題ないのではないかと思う。「酒を飲むのでなく飲まれる」のはよくないといわれるように、「パソコンに呑まれるのでなく、パソコンを呑む」つもりでいれば、このうえもない機器であり、人生を豊かにしてくれるものとして考えている。



‘14年夢日記 「生活者の目線」

2014(H26)年2月5日(水) 曇り時々晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 名護の民意受けとめよ 安倍首相、「県内移設」に固執 
 赤嶺議員 沖縄新基地断念迫る 衆院予算委

     タイトル 「生活者の目線」

 東京都知事選挙が最終盤を迎えた。各種世論調査によると、元厚労大臣が先行、宇都宮氏と、元首相が横一線で猛追というような報道がなされている。宇都宮氏は、新宿駅西口での街頭演説で、1年前に行われた都知事選挙と違って、今回は先行する候補者の背中が見えている、としている。

 今回の都知事選挙の焦点は、石原・猪瀬都政の「継続」か、暮らし・福祉第一の都政への「転換」かが問われている選挙である。先日のテレビ討論会で、4人の候補者に、他候補と違うところ、もっとも訴えたいことを書いて下さい、といわれて宇都宮候補がフリップに記したのが、「生活者の目線」ということだった。

 「生活者の目線」ということからいうと、宇都宮候補には今までの実績が豊富にある。「反貧困ネットワーク」代表や「年越し派遣村」の名誉村長をつとめ、常に弱い立場の人々に寄り添い、正義を貫いてきた。

 貸金業法の改正実現や多重債務者や、オウム真理教による被害者救済にも全力を尽くしてきた。宇都宮氏は、ただ単に政策を述べるだけでなく、それが絵に描いた餅にならないような、実証済み、試され済みの候補者である。

 宇都宮候補は、「世界一働きやすい東京」、「世界一暮らしやすい東京」を掲げてたたかっている。これは、安倍政権が「世界一大企業が活躍できる日本をつくる」というのと、まったく正反対の方針である。宇都宮氏は、そのスローガンを裏打ちする、具体的な政策を広く都民に訴えている。

 東京の福祉は石原・猪瀬都政以前では、全国トップクラスの位置を占めていたが、今では最低の水準にまで落ち込んでいる。それは、スエーデンの国家予算に匹敵するような13兆円もの税金を、福祉に回すのではなく、もっぱら大型開発事業に注ぎこんできたためである。

 宇都宮候補は、「特別養護老人ホーム増設」や「無料のシルバーパス復活」、「認可保育園の定員増」やブラック企業規制条例の制定」などを政策に掲げ、「福祉日本一の東京を取り戻そう」と訴えている。宇都宮氏が、もし仮に都知事になることができるなら、「世界一暮らしやすい東京」も決して夢ではない。

 私はいままで、宇都宮氏の講演を生で聴いたり、NHKの「プロフェッショナル・仕事の流儀」を視聴したりしてきた。そして、「大丈夫、人生はやり直せる」という著書を読んだり、宇都宮氏がモデルとなっている、宮部みゆきの佳編「火車」を読んだりしてきたが、その「人となり」は折紙つきである。

 一部に、どうせ宇都宮は落ちるのだから、候補者を降りて「原発反対の候補者を推すべきだ」というような意見もないわけではない。しかし、この東京都知事選挙は単に「原発」だけが争点ではない。東京の福祉や暮らしをどうするのか、戦争をする国づくりへとまい進する国の政治にノーを突きつけるのかどうか、などが問われている選挙である。そして、宇都宮氏は原発問題でも、具体的で突っ込んだ政策を指し示している。

 そういった声は、たとえ善意であっても、浅薄だと言わざるをえない。上記に記したように、この選挙の争点は多岐にわたっている。東京都民が安心して投票行動ができるような候補者が存在しなくてはならない。全国注視の東京都知事選挙で、金にも清潔で、憲法を守り、福祉を向上させる候補者は宇都宮候補以外にはいない、ということを銘記すべきである。「生活者の目線」を持った候補者は宇都宮氏だけである。



‘14年夢日記 「ちょっと変わった夫婦」

2014(H26)年2月4日(火) 曇り時々晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 大企業 減税20兆円 庶民 増税8兆円 復興税 この不公平 
 4月消費税増税中止を 衆院予算委 佐々木議員が質問 

     タイトル 「ちょっと変わった夫婦」

 我が家はいささか変わったところがある。普通、外部との折衝は夫の役割というところが多い。内部と外部を仕切っている窓口となるのは、たいてい夫ではないだろうか。ところが、我が家は少し違っている。もっぱら窓口になるのは妻の役目である。

 いってみれば、妻は外務大臣である。町内会とのつきあい、村とのつきあいなど、私はほとんど顔を出さない。だから私は町内会や村の動きなどほとんど知らない。外に向かって開かれている窓口にいるのは妻だからである。

 誰々が亡くなったとか、誰々が救急車で運ばれたとか、今度新しく喫茶店ができるとかの情報も、私は知る由もないから、妻から教えられるのである。私はなんとも外部の成り行きにうとく、妻がいなかったらお手上げというところだ。

 さらに、冠婚葬祭なども、どうしてもふたり参列しなければならない時以外は、彼女がひとりで出向いている。その仕事をいやがりもせず、粛々とやってくれている。また、その場で得た情報なども私に語ってくれるのである。

 そして、彼女のもうひとつの仕事は、総務大臣である。掃除・洗濯・炊事などの家事一切を引き受けてやっている。もし彼女がいなくなったら、どんなふうになるか、その想像もつかない。ごみ屋敷になるか、あるいは、それなりに工夫して生きてゆくか、さっぱり見当もつかない。

 それじゃ、私はどんな役目を負っているかといえば、財務大臣である。夫が財務大臣をするような家庭は増えてはいるが、まだまだ妻が家計の遣り繰りをしているのが主流だろう。が、我が家は私がその任を負っている。

 それは、4,500万近くの家のローンをかかえることになったので、それに私が責任を負うという形になったのである。妻にはやはりその荷物は重過ぎると判断したためだ。その判断は決して間違っていなかったと思っている。ローンを終えたあとも、私が我が家の経済に責任を持ってやっている。

 そんな我が家であるが、なんとか難破船ともならずに沖をめざして航行をつづけている。夫婦関係というのは、十人十色、百人百様なので、我が家がちょっと変わった夫婦に見えるけれど、あるいは特殊ではないのかも知れない。

 夫婦のあり方というのは、決して定まったものではないし、その家の歴史と伝統、人間の生き方の在りようが決定づけているように思う。何はともあれ、その家庭が、「健康で文化的」な営みができるようなものであればいいと思う。ちょっとは変わってはいるが、ヤジロベイみたいに微妙なバランスをとりながら、日々お互いが、生きたいように生きている。



‘14年夢日記 「家計簿から社会が見える」

2014(H26)年2月3日(月) 曇り時々晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 軍需企業で身辺調査 秘密法先取り 
 川崎重工元社員「指紋まで採ろうと…」

     タイトル 「家計簿から社会が見える」

 家計簿を付け出してもう何年になるだろうか。多分定年退職をした頃からだから、もうかれこれ5、6年になる。それまで我が家には家計簿というものに縁がなかった。それなりの収入があったし、どんぶり勘定で我が家の経済は回っていた。

 が、定年を迎えて、年金暮らしということになるとそういう訳にはいかなくなった。それから家計簿を付けるようになったのである。家計簿はめんどうなものという意識があったけれど、やってみると決してそんなことはなかった。

 我が家の家計簿はパソコンに入力してゆくので比較的簡単である。日に2、3分もあれば充分で、めんどうだと思ったことは一度もない。昔ならこうはいかなかったと思うけれど、いまはレシートがあるので、それを見て打ち込むだけである。

 家計簿は毎日つけるというのを原則にして、月末には収支の決算をするし、年末には1年間の決算をする。これで、「家計簿から社会と政治」が見えてくるから、その効用は決して小さくはない。家計簿をつけることによって、もちろん節約ということもあるけれど、私にとっては「社会と政治を見る」ことの方が大きい。

 最近のことでいうと、細かい数字までは触れないけれど、収入減となったのは年金である。12月の年金支給から1%減額されている。さらに、4月から1%(0.7%になる見込み)、‘15年4月から0.5%、都合2.5%減額される。標準世帯でいうと、年間約7万円の年金収入が削られることになる。

 また、物価についていうと、牛乳、ヨーグルト、ガソリン、灯油が値上がりしている。そして春から、電気、ガスが値上げされ、その他の食料品も値上げが計画されている。これが、アベノミクスの実態である。

 アベノミクスが庶民にとって、とりわけ年金生活者にとって、豊かな生活をもたらすということはまったくない。4月から8%の消費税の増税、さらに‘15年10月から10%へと計画されている。軽自動車の自動車税も倍加されることが決まっている。そして、国民健康保険料の値上げも噂にのぼっている。

 このように、庶民からの収奪は矢継ぎ早に実行しながら、大企業への手厚い施策は目を覆うばかりである。震災復興税の1年前倒しでの廃止や法人税の減税がもくろまれている。270兆円もの内部留保をもつ大企業に、さらに優遇措置をとるというのだから、これではまったく逆立ちした施策というほかはない。

 このように、家計簿をつけてみると、「社会と政治」がよく見える。今の政治は、庶民に痛みをおしつけ、そこから収奪したものを、大企業に振り向けるという最悪の施策が行われている。それは、安倍政権が「世界一大企業が活躍できる社会をめざす」というところからきており、庶民への温かいまなざしはまったく持っていないからである。



‘14年夢日記 「なぜこんな社会になったのか」

2014(H26)年2月2日(日) 曇り時々雨

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 福祉日本一の東京取り戻そう 新宿埋める人・人・人 
 宇都宮知事候補 熱弁にわく 山下書記局長が応援演説

     タイトル 「なぜこんな社会になったのか」

 私は団塊の世代だが、転職を7、8回繰り返している。が、そのすべてが正社員であり、非正規労働者という扱いを受けたことはない。だから、1カ所をのぞいて、厚生年金や健康保険の社会保険にも加入していた。こうしてささやかながら、年金生活者として生活できるのも、正社員であったからこそである。

 しかし、今日非正規労働者は、労働者全体の38.2%にものぼり、2000万人を突破して2043万人にもなっている。とくに、女性では57.5%が非正規、若者でも2人に1人が非正規だといわれている。このような働かせ方、働かせられ方は異常だとはいえないだろうか。

 福祉やサービス産業は女性が働く機会が多く、非正規の比率拡大につながっている。とくに、保育現場や教職員、市役所職員など子どもの命を守り教育をすすめる職場でも、非正規労働者が広がっている。サービス産業などで、パートやアルバイトを求める人もないわけではないが、保育士や教員のほとんどは、正規労働者を望んでいる。

 また、さらに問題が深刻なことはニートの存在である。15歳から34歳の若者のうち2.3%が働いていないということである。私の知人の息子さんでも、知っている限り、3人、4人というふうに、働く意欲を失ったニートの若者がいる。これをただ単に、若者の自己責任として片付けることができるだろうか。

 これらの若者は、将来、低年金、無年金さらに生活保護の受給者になる可能性が高い。これを若者自身の問題として社会が放置しておくことは、いずれ社会に返ってくるということを考えておかなければならない。いわゆる「倍返し」として、社会の負の遺産として残るだろう。

 また、転職時正社員であったものが、転職すると40.3%の人が非正規扱いになるといわれている。もちろん、ほとんどの人が正社員を望んでいるけれども、現実は10人のうち4人が非正規社員にならざるを得ないという現状である。

 非正規社員であれば、年収が200万前後といわれており、これでは結婚・出産・子育てを躊躇せざるを得ない。したがって、少子化高齢化社会がますます進むという悪循環が生まれている。この問題も決して手をこまねいて眺めているわけにはいかない、喫緊の課題である。

 1986年当時、非正規労働者の割合は17%程度であったが、それがいまや38.2%にもなっていることは異常という他にない。その原因は、時の政権が新自由主義を標榜し、製造業などにおける労働者派遣を解禁としたことなどが大きい。

 今後の社会のあり方として、正社員が当たり前の社会をつくることが望ましい。そのことは、社会が正常に安定的に発展してゆくことを保障するものでもある。この生き難い社会を変革し、誰もが人間らしい生き方ができる社会をつくることが求められている。



‘14年夢日記 「2月をデザインする」

2014(H26)年2月1日(土) 晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 代表質問 自共対決 くっきり 
 共産党 民意受けて 自民党 民意に背く

     タイトル 「2月をデザインする」

 2月3日が節分、4日が立春ということだけれど、一般的には12月、1月、2月の3カ月が冬といわれている。が、いずれにしても「春遠からじ」という感を強くしている。梅のつぼみもふくらみ、木瓜(ぼけ)の花も開き始めている。春の兆しはそこここにみられる。

 私のもっとも厭な季節がようやく終わろうとしており、心持ちとしては花のつぼみがふくらむのと同じような思いである。辛いこと、厭なことなどの境遇にあっても、すぐそこには希望があり、幸せの予感のようなものを感じることができる。

 さて、2月はどんな月になるのだろうか、あるいはどんな月にしたいと私は思っているのだろうか。できれば、歯をくいしばって頑張るというよりは、ゆったりとした気持ちで、愉しく過ごしたいと思っている。ゆとりをもって、「人生を愉しんでやるぞ!」というような思いで日々を送りたいものである。

 さて、具体的なものをあげるとすると、焦眉の問題は、「小説を書きはじめる」ことである。端的にいえば、2月というのはこれ以上でもこれ以下でもない。が、まだ小説の題材はこれといってみつかっているわけではない。

 威徳寺住職の「ちょっといい話」というのを数冊読んで、いくらかヒントになるようなものがあったけれど、まだ私の心と筆を動かすものとはなっていない。まさに、産みの苦しみというのを十二分に味わっている。しかし、「うん、うん」と唸りながら、原稿用紙に向かうようなことはしないつもりである。

 あくまでも、「話を創り出す喜び」を感じながら、創作の筆をすすめてゆきたいと思っている。原稿用紙の空白のマス目をひとマス、ひとマス埋めてゆくことの愉しさを体感しながら、筆を自在にふるいたいものである。だから、今回は「ちょっといい話」を書いてみたい、という望みをもっている。

 2月には、まがね文学会の総会があるので、これを成功させたい、と願っている。総会で1年間の方針が提起されるが、それは創造と組織の発展ということに収斂される。やわらかい言葉でいえば、より多くの人が作品を書き、よりよい、質の高い作品を書くことである。

 そして、組織的発展は、新しい書き手を会に迎え入れることである。とくに、まがね文学会が求めているのは、若い世代と女性の会員である。まがね文学会は中国地方では、もっともすすんだ文学会であるけれど、さらに高い目標をもって、豊かで大きい会をめざしたい。

 春はもうそこまでやってきている。夜明け前がもっとも暗いと同じように、春の直前がもっとも寒いけれど、それは春がそう遠くないことの証である。それを信じ、2月が私にとって、有意義で充実した刻になるようにと、祈っている。
プロフィール

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 1947年生まれの70歳で、
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