‘14年夢日記 「1月を回顧する」

2014(H26)年1月31日(金) 晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 「海外で戦争する国」断念迫る 参院本会議 山下書記局長が代表質問 
 集団的自衛権の憲法解釈「覆す権利 首相にない」

     タイトル 「1月を回顧する」

 1月どんなことがあったのだろう。そして、何ができ、何ができなかったのだろう。それを少しく回顧してみたいと思う。私は月初めに「何月をデザインする」というふうに、書き記すようにしているが、それとも照らし合わせながら、1月を眺めてみようと思う。

 まず、もっとも大きなできごとは、「磯の光景」という短編小説集を上梓したことである。これは一生のうちにできるかできないか、というようなことでもあり、多少の経費はかかったけれど、その喜びは決して小さくはない。

 「磯の光景」は300部発行したが、いま150冊の配本を終えたところである。岡山県の公立図書館は68館あるが、そのすべての図書館に寄贈して、すでに活用されている。インターネットで検索すれば、アクセスできるようになっている。

 また、中国地方の民主文学会の仲間をはじめ、全国の友人・知人への郵送も終え、お祝いのメッセージなども少なからず届いている。そのメッセージなどに接すると、出版して良かったという思いを強くしている。

 ふたつ目は、ブログを欠かすことなく毎日更新できたことである。これはアクセスして下さったみなさまに、くれぐれもお礼を申し上げたいと思う。その励ましがなければ、おそらく挫折していたのではないかと痛切に思う。これからも毎日更新してゆくことをめざして、日々過ごしてゆきたいと考えている。

 みっつ目は、なんといっても、共産党の26回大会の成功である。とくに、2010年代に、50万の党員、50万の日刊紙読者、200万の日曜版読者にするという壮大な目標は、私たちと国民を大きく励ましている。

 そして、若い世代を党に迎え入れ、世代的継承をしてゆくという方針は、未来を照らし出すものになっている。それは、国民が主人公の民主連合政府をつくるという展望を切り開くものとして、大きな意義のあることだと思っている。

 ただ、「1月をデザインする」というなかで、目標としていたものが二つできなかった。それは、右遠俊郎の本を読むということと、創作に取り掛かるということが出来なかったことである。が、それらのことを、それほど悲観しているわけではない。それは、2月以降の宿題として心がけてゆきたいと思っている。

 こうして、1月を眺めてみると、2014年のスタートが比較的スムーズにできたといえるのではないだろうか。先は長いのだから、ゆっくり、たしかな歩みを心がけてゆきたい。1月は風邪を引いてしまったが、何よりも健康であることを祈りつつ、2月が愉しく充実したものになるように、願っている。



スポンサーサイト

‘14年夢日記 「『ちょっといい話』を読む」

2014(H26)年1月30日(木) 雨のち曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 民意ぶつけ安倍政権と対決 志位委員長が代表質問 
 消費税増税中止・賃上げ 二つの転換を求める 衆院本会議

     タイトル 「『ちょっといい話』を読む」

 いま私は、図書館から「ちょっといい話」という本を10冊借りてきて読んでいる。この本は笠岡市の威徳寺住職、長田暁一さんが、8年ほど前から書き始めたものである。住職は20年以上にわたり、高校の国語教師を務めて、以後住職になったという異色な存在である。

 この本はもう25冊以上書かれており、いまもなお書き続けている。年に3冊以上、上梓しつづけているので驚くばかりである。私は墓石業界の営業を20年ほどしてきたので、この住職とは面識があるばかりでなく、いくらか深い付き合いもしてきた。しかし、手にとって眺めたことはあったけれど、じっくりと読むということはなかった。

 そして、今回小説の題材はないものかと、不純な動機からこの本を手にしたのである。しかし、読みすすむうちに、心が洗われるような、心が広く、深く、豊かになるような感動を覚えるようになった。そこで、その内容の一端を記してみたい、と思った次第である。

 「取り柄はどんな子供にも」
 PTAの会合から帰ったAさん、「うちの娘(こ)はどこにも取り柄がない」と、こぼします。「取り柄のない子はいないよ」と和尚。Aさんは、娘さんの通信簿を広げて、「見て下さいよ。本当に取り柄がないの」と、

 「親のあなたが、取り柄がないと決めるのはよくないねぇ。この通信簿の中だって、細かい、かしこい愛情でみてごらんなさいよ。子供さんの値打ちはあるはずですよ」 すると、Aさん夫婦は笑いながら「いやあ、ないですよ」と。

 和尚はいいました。「ここの身体測定のとこね、身長も体重も順調にふえたとほめてあげたら」 Aさん夫婦は当然だといわんばっかしに、声を立てて笑い出しました。

 「そうそう、去年だったかな、ほら隣り町の心身障害で亡くなった子供さん、三年生だったかな、あの子はね、不自由な手を精一杯に動かしてノートに書いていたんです。ぼくは死ぬ前に一ぺんでもいい校庭を思いっきり走ってみたいとね」

 あとは中略としますが、和尚が娘さんと会って、身長や体重が伸び、増えていることを褒め認めてやった。そして、心身障害児の夢をそれとなく話して、帰ったそうである。

 すると、数日後、Aさんから電話がありました。「和尚さん、娘の机の前の壁に〝全力疾走〟とはり紙がしてあるんです」 Aさんの、そのうれしそうな声。どんな子供だって、まことの愛情をもって話せば、必ず応えてくれるんですねぇ。

 以上のような話が綴られている。いい話だな、と私は思う。この本にはこのような話がちりばめられていて、心が癒される。また、国語の教師らしく、芭蕉、良寛、西行、一茶、相田みつお、柳宗悦、坂村真民などなどが登場してきて、広がりと深さを持たせているいい本である。



‘14年夢日記 「NHKはどこへ向かう」

2014(H26)年1月29日(水) 晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 冷たい都政転換 宇都宮さんで 都知事選 
 全国の弁護士251氏 アピール 2月9日投票

     タイトル 「NHKはどこへ向かう」

 私の家は自動引き落としにしているので、黙っていてもNHKの受信料はきちんと徴収されている。私はほとんどテレビを観ないけれど、それがあるというだけで、強制的に徴収されるのである。それは公共放送だという名目によってなされている。

 だとすれば、その放送は政治的に公正・中立でなければならないはずである。最近のNHKの放送をたまに観てみると、特定秘密保護法の問題などにしても、政府の主張をそのまま垂れ流すような姿勢が見受けられる。また、安倍首相の動静などがなんらの批評もされないで、流されている。

 そんな動きの中で、NHKの新会長が就任記者会見で、とんでもない発言をしている。それは、旧日本軍の「慰安婦」問題について、「日本だけがやってたようなことをいわれる。戦争をしているどこの国にもあった」と述べていることである。

 この籾井勝人新会長は、「日本もやっていた。しかし、ドイツ、フランスなど欧州はどこだってあったでしょう」と発言している。この文言だけに関わっていえば、「他の国だってやっていたのだから」ということで、日本の「慰安婦」問題を合理化し、正当化しようということである。

 俗っぽい表現をすれば、「日本も悪いことをやっていた。しかし、その国もあの国も悪いことをやっていたではないか。だから、日本は悪くない」というような、まるで先生に叱られた子どもが言い訳するような、ぶざまな発言である。

 また、第二次世界大戦で軍が組織的・系統的に「慰安婦」制度をつくっていたのは、日本とナチス・ドイツだけというのは、歴史的事実として明らかになっている。

 しかも、日本政府は1993年の河野官房長官談話で、「慰安婦」について旧日本軍の関与を認め、「強制的な状況の下での痛ましいものであった」としている。なのに、籾井新会長はそれを合理化し、正当化しようとしている。

 この籾井新会長は、NHK経営委員会で選出されたものだが、その委員会は安倍首相の息のかかった人物たちで占められている。そういう中で起こった暴言だが、これは安倍首相の意向に沿ったものといって差し支えない。

 公平・中立であるべき公共放送が、時の政権の広告塔のような役割を果たすことは断じて許されない。いったい、NHKは「どこへ向かおう」というのか。安倍政権が、「戦争できる国づくり、暗黒社会へと導こう」という戦略の中で、NHKはそれに迎合するようなことがあっては決してならない。

 しかも、テレビを持っているというだけで、受信料を強制的に徴収され、その資金を使って、政権の意に沿った内容のものを、放映するということは許されざることである。



‘14年夢日記 「思うことども」

2014(H26)年1月28日(火) 晴れのち曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 NHK会長資格なし 籾井氏の「慰安婦」発言 
 国内外の批判広がる 政府の代弁者か 山下書記局長

     タイトル 「思うことども」

 先日、ある文学会の会合があった。ほんとうは、その内容について記すつもりであったけれど、その中で私の感じたことどもを、綴っておきたいという気持ちがふくらんできた。それは内容以前のマナーともいえるようなものなので、その方が大切のように思えるからである。

 まず、エアコンの設定温度である。これはこの会合でなくともよく見受けられることなので、それに触れておきたいと思う。この会合では、先に会場に着いた人たちが3人いて、エアコンのスイッチをONにして、温度も設定していた。雨も降って寒かったが、ほどよい温かさになっていた。

 が、あとから部屋に入った来た人が、暑いと思ったのだろうか、席についてしばらくすると、急に席を立って、つ、つ、つとエアコンの操作盤までいった。そして、誰に何も言わず、勝手に設定温度を換えてしまったのである。

 すると、風邪がようやく直ったばかりの私の席には、寒いと感ずるような風が流れてくるようになった。あとからやって来た人が、自分の体感温度によって、エアコンの操作を勝手にする、というようなことがあっていいのだろうか。

 それは、あまりにも自己中心的な行為ではないだろうか。人が7、8人いれば様々な体感温度を持っており、病気の人もいるかも知れない。暑がりの人や寒がりの人がいるかも知れない。そういうことに気配りができないのであろうか。もし設定温度を換えるのであれば、ひと言参加者に声を掛けるべきなのではないだろうか。

 この会合は、文学会の集まりだったので、作品の合評をしたのだが、同人のいわゆる仲間内のものであった。仲間内の合評だから、甘くせよ! とはさらさら思ってはいないが、しかしそこには、おのずとルールのようなものもある。

 自分の作品の出来や水準は棚に上げて、よくもまあ人の作品について、あれだけ厳しい批評ができるものだ、とあきれかえっている。普通、自身の文学的水準というものは、自覚できるはずである。それができないようなら、いい作品は決して書けないだろう。自己批評できるかできないかは、作家にとって致命的なものである。

 その、自身の文学的水準を考慮にいれて、人の作品は批評なされるべきではないのだろうか。自身はいい作品が書けないくせに、人には辛辣な批評を通り越して、罵詈雑言のたぐいの言葉がよくも吐けるものだと思う。自身の文学的レベルを知れ! と言いたい。そうしないと、批評が批評でなくなって、傲慢な放言になってしまう。

 いまひとつは、「存在が意識を決定する」ということである。作品批評で、自身のおかれた境遇からしか作品が見えない、という傾向があるのを強く感じる。「存在が意識を決定する」のだから、仕方ないかも知れないが、しかし文学の真実を論じているのに、自身の存在にあまりに固執していては、真実あるいは本質は見えないであろう。自己を客観化することができるように望みたいところである。

 以上、先日の文学の会合で感じたことどもを記してみた。これらは、文学というよりも人間の在りようの問題でもあるような気がする。人を思いやる、我執を捨てる、というような、仏教にも通ずる心が求められていると思う。



‘14年夢日記 「ちょっといい話」

2014(H26)年1月27日(月) 晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 安倍政権 世界の流れに逆行 NHK番組 
 〝自共対決〟の討論に 山下書記局長が発言

     タイトル 「ちょっといい話」

 次の小説に何を書こうかと悩んでいる。題材もモチーフも、テーマも人物像も、何も浮かんでこないのである。やはり、小説を書くことは容易なことではない。しかし、この悩みは私ひとりのものではなくて、大方の小説書きの人々の悩みでもある。

私の経験からいえば、 日記や随想なら比較的書きやすい。が、一流の日記や随想は、決してたやすいことではないということは、申し上げておきたい。そうしないと、エッセイストや日記を書いている人たちに失礼にあたるし、誤解を与えることになる。

 が、そうであるにもかかわらず、創作はやはり難しい。それは同人誌などでも、本来小説を書く人が、創作をパスして随想にとどまっていることは、よく見かけることである。そのことによって、随想を低く見るということではないのでご了解いただきたい。

 なぜ、小説を書くのが難しいのだろうか。それは虚構を駆使して、物語を創造しなければならないということではないだろうか。つまり、ウソを書いて真実を表現しなければならないところに、その難しさがある。そして、物語なのでそれなりのストーリーが求められるし、しっかりした構成なども要求される。

 次の小説をいろいろと考えているうちに、私の中にひとつの光がさしてきた。まだ形をなしていないが、ひとつの方向性が見えてきたのである。やはり、悩みに悩んで汗をかかなければ、着想は天から舞い降りてこないというのを痛感している。

 いま、ひとつ閃いたのは、「ちょっといい話」を小説として書いてゆくことである。「ちょっといい話」というのは、笠岡市の曹洞宗の住職が何冊も上梓しているが、それが不意に閃いたのである。その中の話をモチーフにするかどうかは別にして、「ちょっといい話」というのは人間讃歌である。

 人間讃歌というのは、評論家の小林昭が、繰り返し主張している。彼は、「人間讃歌の小説を書け、人間讃歌の小説が読みたい」と、作家たちに呼びかけている。私がそのように思いついたのは、彼の言葉が私の心のどこかに留まっていたからである。

 「ちょっといい話」を書こうといっても、それですぐに小説が書けるわけでもない。ここまで至ったのは、まだ小説の端緒にたどりついたに過ぎないということである。これからもまだまだ模索がつづいてゆくことになる。が、一点の光が見えたというのは、決して小さくないことである。

 孫子の兵法に「一点突破・全面展開」という言葉があるが、ひとつの明かりが、大きな展望を開くということは考えられる。「ちょっといい話」を手がかりにして、小説の森へと足を踏み出してゆきたいと思っている。



‘14年夢日記 「ウオーキング再開」

2014(H26)年1月26日(日) 曇りのち晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 介護保険 安上がり事業に誘導 厚労省方針 
 認定締め出す「水際作戦」 要支援・要介護者減らす

     タイトル 「ウオーキング再開」

 今年になってまだ1回しかウオーキングができていない。それはDVDを視聴するのに忙しかったのと、風邪を引いたためである。風邪引きでは病院にもいかず、市販薬も呑まなかったので、治癒するまでに半月もかかってしまった。

 ようやく風邪も完治したので、ウオーキングを再開することにした。身体を動かして活動するということは、人間が本来的にもっているように思う。それは人間の狩猟時代のDNAが今日に引き継がれているからではないだろうか。

 それが生産とは直接関係のない運動・スポーツへと発展を遂げてきたように思う。そして、今日では一般の市民は、健康増進やスポーツをすることの喜び、愉しみを享受するために運動するようになっている。

 私もウオーキングをするのは、健康増進のためであるが、それが習慣化すると身体のほうがそれを要求するようになる。しばらくウオーキングから遠ざかっていたために、いまでは身体のほうがそれを欲求している。そのためにウオーキングを再開したというわけである。

 気候のいい時は、外でのウオーキングをするようにしているが、冬の寒い時季は室内でウオーキング・マシンを使ってやるようにしている。が、やはりウオーキングは、室外でやるものであるように思う。

 とりわけ私の棲む町は、豊かな自然に恵まれているので、ウオーキングには格好の場所である。青い海、青い山、青い空があって、それを眺めながらの運動は、身体だけでなく心も癒される。散歩道には、ウグイスやヒバリが啼き、スズメやツバメ、トンビが飛び交って私を歓迎してくれる。

 室内でのウオーキングは、景色が変わらないので単調なもので、時間がなかなか前に進まないということがある。そこで、私がやっているのは、パソコンで森田童子、山崎ハコ、高橋真梨子などの動画を観て、楽曲を聴きながらウオーキングをすることである。そうすることで、愉しく運動することができる。

 本などを読むと、私のような年齢のときに運動をするかどうかが、70代になっての老化に大きく影響を及ぼすといわれている。いつまでも若々しく健康で過ごすためには、今こそ運動をする必要があると説いている。

 この年齢の時に、運動をはじめとして日常生活を規則正しく送り、精神活動を旺盛にすることによって、老化は防げるということである。そうした健康的な生活をするか、あるいは怠惰な生活を送るかによって、老化に大きな差異が生まれるという。

 私は、適度な運動と旺盛な精神活動によって、いつまでも「健康で文化的」な生活が送れるように、と願っている。



‘14年夢日記 「シンプル・イズ・ザ・ベスト」

2014(H26)年1月25日(土) 曇り時々雨

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 安倍政権の暴走に国民的大反撃を 〝激突〟の国会始まる 
 党議員団総会 志位委員長があいさつ

     タイトル 「シンプル・イズ・ザ・ベスト」

 2014年の私の生き方が明瞭になってきた。それは、「シンプル・イズ・ザ・ベスト」という言葉に収斂される。1年のうちに、「あれもしなきゃ、これもしなきゃ」という想いが溢れて、糸がもつれたように見えるけれど、それをすっきりさせる考え方である。

 そうすることで、生き方の座標軸が決まってきて、ぶれない生き方が追求できるように思う。座標軸が決まれば、日常生活の複雑なことどもも上手に処理できるし、枝葉末節なことに振り回されることもなくなるだろう。

 私の複雑な生き方を収斂させて、シンプルな生き方を追求するとすれば、私の前にふたつのことが立ち上がってくる。ひとつは、1年のうちに2編の短編小説を書くということである。もうひとつは、400字詰め原稿用紙にして1,000枚のブログを紡ぐということだ。

 2編の短編小説を書く、といえば簡単なように思えるかもしれないが、決して容易なことではない。小説を書こうとすれば、題材やモチーフ、テーマやプロットなどを構想してゆかなければならないし、それが以外にむつかしいのである。

 1編は4月末が原稿の締め切りになっており、3カ月余に迫っている。これを3カ月もあると考えるか、3カ月しかないと考えるか、いろいろあるが、私には3カ月しかないという方が当たっている。いまは、いささか焦っているという状態である。それほど、創作するという行為はたやすいことではない。

 もうひとつの仕事は、ブログに1,000枚の記事を投稿するということである。これもまた厄介な仕事である。1年に1,000枚といえば、1日原稿紙3枚弱を毎日書いてゆくことになる。短編小説の創作と同じように、これも決して容易なことではない。

 私は夢日記として、毎日ブログを更新しているが、私の日常生活は、まことに変化に乏しい日々である。日によっては、家から半歩も一歩も出ないような暮らしをしており、空を見上げることがないことも少なくない。そんな中で、日記を紡いでゆくのだから、これも難儀な仕事である。

 しかし、私は2014年の自身の生き方をふたつに絞ったことで、生き方の座標軸ができて心が安寧になっている。まさに、「シンプル・イズ・ザ・ベスト」である。つまり、2014年の私の生き方・生きる方法は、ふたつである。

 つまり、ひとつは30枚くらいの短編小説を2編書くこと、ふたつには、ブログを毎日更新して、1,000枚の原稿を書くことである。枝葉末節なことどもは排して、このふたつの仕事をなんとか成就させたいと希望している。「シンプル・イズ・ザ・ベスト」という生き方である。



‘14年夢日記 「なぜ自費出版する?」

2014(H26)年1月24日(金) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 都知事選告示 宇都宮さん勝利で都政転換を 
 安倍暴走ストップ 東京から

     タイトル 「なぜ自費出版する?」

 自費出版することに否定的な見解をもつ人も少なくないが、「なぜ人は自費出版する」のだろうか。もちろん、自費出版を勧める出版社が多数あって、インチキくさい会社も少なくない。

 たとえば、詩や短歌、俳句などに出版社が接して、それらを大層褒めちぎって、自費出版を勧め高額な費用を徴収する、というようなことも起きている。このような場合には悪徳商法とも言えるもので、もちろん自費出版は差し控えるべきではなかろうか。

 が、そうではなくて、本人が自主的・自覚的に図書を出版する行為は、どういう意味があるのだろうか。自費出版するとなると、少なくない経費が求められる。しかも、どれだけの人々の手に渡り、それがどれだけ読まれるかというのも疑問の残るところである。

 しかし、自費出版は盛んになっており、インターネットで「自費出版」を検索すれば、多くの関連する項目にアクセスすることができる。自費出版は、1990年代の初め頃から盛んになったといわれている。25年近く前になるのだろうか。

 ひとつは、貧困と格差の広がりという問題が一方にあるが、経済的な豊かさ、豊かさといってもささやかなものではあるが、それが自費出版を支えていることは確かである。ふたつには、何よりも「自身を表現する」ということが、根底にあるように思う。

 スペインのアルタミラ洞窟の壁画を見れば分かるように、旧石器時代の末期、つまり、18,000年~10,000年前に、すでに野牛やイノシシ、馬やトナカイなどの動物が描かれている。これも、人類の表現の欲求から出たものに違いない。

 この壁画の意味は、いろいろな説があるが、「狩りの成功を祈る呪術的行為」というものが有力である。このように人類は、遠い昔から表現するという欲求をもっていたことは確かである。そして、今日の自費出版をする人々もまた、意識するかどうかは別にして、このアルタミラ洞窟の壁画の表現と深いところで、つながっているような気がする。

 私たちの「まがね文学会」の入会のすすめによると、「文学に関心を寄せているあなたに、私たちはこう呼びかけます。『書くためには、孤独も仲間も必要です』」と記されている。

 ここでいう仲間というのは、広義の意味として理解すると、読者をも指すことになる。書き手は孤独の作業を強いられるが、読者とつながってゆきたい、連帯してゆきたいという欲求があり、それが「表現する」という欲求にもなっている。

 自費出版という行為は、そうした「表現することによって、他者と連帯する」ものと言えないだろうか。つまり、表現する欲求があって、他者と連帯したいという欲求が生まれる。それはまた、連帯の欲求があって、表現するという欲求が生まれる、ということでもあるような気がする。

 私の場合、もっとも大きい理由は、自身の来し方の足跡を残しておきたいということと、自身の生きた証を自費出版の中に刻んでおきたい、ということである。それ以上でもそれ以下でもない。



‘14年夢日記 「短編小説集 完成」

2014(H26)年1月23日(木) 晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 介護保険改悪に反対 北海道で〝一点共闘〟 
 意見書自治体の1/4超す「アピール」賛同650団体

     タイトル 「短編小説集 完成」

 昨年の10月下旬から準備をすすめてきた「鬼藤千春 短編小説集」が、ようやく完成した。ちょうど3カ月要したことになる。もっとスムーズにいけば、年末までには出来上がっていたかも知れないが、印刷所との意思の疎通がまずかったために、1カ月ほど延びてしまった。

 短編集の題名は「磯の光景」で、巻頭小説のタイトルからとっている。私の初期の作品ではもっとも完成度の高いものなので、それを採用することにした。また、この作品集には「磯」に関係するものが、12編中5編入っているので、そういう意味からもこの本にふさわしい題名だと思っている。

 そのようにみてくると、「作家と風土」ということが考えられるように思う。昔、私の実家と漁港とは10メートルと離れていなかったし、子どもの頃は潮が引けば、必ず海の中に入って魚介類を獲りに出かけていた。毎日、海や磯を眺めながら暮らしていたので、私の身体の中で無意識に血や肉となったものと思われる。

 さて、短編小説集は364ページのもので、重厚感があり、比較的立派なものができたのではないか、と自負している。問題は中身だけれど、それは読者諸賢の忌憚のない批評を待つしかない。

 この短編集には、12編の作品が掲載されている。題名を挙げれば、①磯の光景、②文学教室、③炎立つ、④みかん、⑤潮騒の村、⑥父の納骨、⑦カミソリ、⑧鈴とアマリリス、⑨赤い傘、⑩ゴム長靴、⑪父、⑫母の潮汲み、という具合である。

 ひと口に短編小説集といっても、400字詰め原稿用紙で、6枚のものもあれば、30枚、70枚、100枚というふうに長短さまざまである。だから、長いものは苦手という方は、短いものを選んで読み進んでいただければいいのではないか、と思っている。

 ここで、「あとがき」の一部を紹介させて戴きたいと思う。そうすれば、この本の性格がだいたいつかめるのではないだろうか。

 評論家の小林昭は、次のように述べている、「一般文芸誌にあらわれる若い作家たちのかなりの部分が私には異様なものに思われる。価値観を多様化させ、何でも相対化することをおぼえた彼らに現実がよく見えないことはわかる。その目に映るありのままを描いているのだろう。しかし、文学は、何よりも思想だ」

 このたび短編集を上梓するにあたって、掲載する作品を選び出すなかで、はからずも小林昭の言った、「しかし、文学は、何よりも思想だ」という言葉が甦ってきた。

 今回、短編集に収めることになった作品群は、私のものの見方・考え方、つまり思想が、通奏低音のように流れているように思えてならない。それは、「思想」と言ってもいいだろうが、「作家の眼」という方があたっているかも知れない。

 この短編集は、私のひとつの一里塚である。経費が許すならば、第2集、第3集の上梓も考えないわけではない。



‘14年夢日記 「いよいよ創作に!」

2014(H26)年1月22日(水) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 暴走ストップ 都政転換を 東京都知事選あす告示 
 宇都宮候補が政策発表

     タイトル 「いよいよ創作に!」

 文芸誌「まがね」56号の原稿締め切りは4月末である。それまでに3カ月余と迫ってきた。1月初めから創作にかかりたかったが、DVDの観賞や読書をしたために、手がつけられずにいた。一応それらが片付いたので、やっと解放され自由な時間がとれるようになった。

 ようやく小説づくりにかかれる条件ができたので、これから原稿用紙に向かって書いてゆきたいと思っている。しかし、小説は手品のように帽子の中から鳩を出したり、薔薇の花を出したりするようにはいかない。原稿紙に向かったからといって、それでいきなり原稿紙のマス目を埋めてゆくことができるかといっても、決してそうはいかない。

 いま私はどのような方法で、小説を生み出そうかと悩んでいる。テーマを決めて、それにもとづいてプロットを考えてゆくべきか、あるいは題材をみつけて小説を構築してゆくべきか、迷っている。あるいは、魅力的な主人公をイメージして、小説の舞台で自由に動いてもらう方法を採用するか、を考えている。

 作家の「あさのあつこ」は、たいてい主人公の人物像をイメージすることからはじめるという。魅力的な人物像さえイメージすることができれば、プロットはおのずと決まってくると語っている。創作の方法は様々なので、小説の構想を練るなかで決めていきたいと思っている。

 これから手をつけようとする小説は、モチーフもヒラメキもないのだから、多分私は苦労するような予感がしている。小説を書こうとする場合、たいていヒラメキのようなものが頭に浮かぶのだけれど、今回はそれがない。つまり、「書きたいもの、書かねばならないもの、書いておきたいもの」という切実さがないのだから、荒れた海に小船で漕ぎ出すようなものだ。

 しかし、シンガーソングライターの「普天間かおり」は、ただ手をこまねいていても、詞も曲も天から降ってくるものじゃないと言っている。天から着想が舞い降りてくるのは、それなりの汗をかかなければならない。汗というのは、もちろん集中して頭脳を働かせるということである。そうしてはじめて、着想やヒラメキに出会うことができるのだ、と語っている。

 私も「普天間かおり」に倣って、しばらく空想の世界を漂ってみたいと思っている。ただ、私の想いの片隅にあるのは、今回は「あさのあつこ流」で小説を創ってみたいという願望がある。まず、魅力的な主人公を造形することである。そして、その主人公に小説の舞台で自由に動いてもらう、という考えである。

 原稿の締め切りまでには、3カ月余あるのでなんとか形にして投稿するつもりだ。やはり小説はむつかしい。いままで、いくら書いてきたとはいっても、新しく小説をつくるときには、白紙の状態からの出発である。が、だからこそ、書き上げた時の達成感は何ものにもかえがたいものがある。さあ! いよいよ岸をはなれて、沖へ漕ぎ出してゆこう。



‘14年夢日記 「宮部みゆき『火車』を読む」

2014(H26)年1月21日(火) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 「基地つくらせない 信念貫く」 稲嶺市長決意新た 
 名護 政府圧力「地方自治の侵害」

     タイトル 「宮部みゆき『火車』を読む」

 火車(かしゃ)とは、火がもえている車。生前に悪事をした亡者をのせて地獄に運ぶという。ひのくるま。ということが、単行本の冒頭に記されている。真に悪事を働いたのは誰なのか、社会なのか、それとも新城喬子なのか、その判断は読者に委ねられている。

 私は「火車」を読んで、「砂の器」の和賀英良を思い出した。和賀英良は元警察官殺しの犯人だったけれど、一流の音楽家に成長して、演奏会でピアノを弾いている時に、捕えられようとしていた。

 この「砂の器」は、ハンセン氏病を物語の背景として描いており、社会派推理小説といってもいい作品である。私は和賀英良に対して、憎しみも悪意もいだくことはなかった。それよりも、ハンセン氏病者への強制隔離や偏見に想いをはせて、その宿命の哀しみが私の心を捉えてはなさなかった。

 「火車」の犯人と思われる新城喬子にも和賀英良と同じように、憎悪も怒りも湧いてはこないで、社会に翻弄される彼女の運命が哀しくて、いとおしい。これもまた、社会派推理小説といってもいい作品である。

 この物語の背景は、消費者金融、カードローン、クレジット社会であり、それによって引き起こされる悲劇を丁寧に描いている。この物語を展開させてゆくのは、本間俊介という休職中の刑事である。彼の視点で「事件」の真実に迫ってゆくというものである。

 もうひとりの主人公は、新城喬子である。喬子の家族は、昔借金で一家離散していた。喬子の父親は、地元の企業のサラリーマンだった。安月給なのに、住宅ブームに乗ろうとして、無理をし一戸建ての家を手に入れたのだった。

 少ない頭金、高額のローン、生活苦から小額の借金をする。まずサラ金に手を出すようになる。だがそれは、危険な坂道のいちばん上であり、いったん転がり始めると、雪ダルマ式にふくらんでゆく借金に足をとられて、もう止めようがなくなってしまう。

 最後には、暴力団がバッグについているような悪質な十一(といち)金融につかまってしまう。その時、喬子は17歳の高校生であった。それから、厳しい取立てが始まるようになった。夜中でも家のドアや窓を叩いて脅すし、親戚の家まで押しかけるようになる。

 そして、一家で夜逃げすることを決めたのだった。が、喬子が就職しても、支払い義務のない彼女のところまで、取立ての手が延びるようになるのだった。そこで、彼女は新城喬子という名前を捨てて生きることを決意するのである。そこにこの物語の「事件」が画策されるのである。

 新城喬子は自分の名前を捨て、他人に成り済ます。悪質金融屋から身を隠すためである。イタリアン・レストランで、ふたりの刑事に見守られ、今にも捕捉されようとしているところで、この物語は終わる。なんと哀しい、いとおしい物語であろうか。

 真に悪事を働いたのは、新城喬子かそれとも社会の構造か、私は決して喬子を恨むことができない。この「火車」は、「砂の器」と同様、社会の裏面に迫ってゆく優れた作品である。



‘14年夢日記 「海にも陸にも基地はつくらせない!」

2014(H26)年1月20日(月) 曇り時々雨

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 名護市長選 稲嶺氏圧勝 〝新基地ノー〟揺るがず
 安倍政権の強圧はね返す

     タイトル 「海にも陸にも基地はつくらせない!」

 1月19日(日)、午後9時30分に2階の書斎に上がって、パソコンを立ち上げたら、名護市長選挙で現職の稲嶺進候補の当確が報じられていた。

 私はこの選挙に注目して、「辺野古の海にも陸にも新たな基地はつくらせない」と訴える稲嶺さんを心から応援していたので、その感動が時間を経るごとに高まってくるのを抑えることができない。

 選挙の世論調査では、稲嶺進さんが先行し、新基地の推進をかかげる対立候補が猛追しているということであったが、決して油断はできないと思っていた。

 それは、政府、自民党、企業あげてのアメとムチによって、稲嶺さん落としに総力を挙げていたからである。選挙終盤には自民党石破幹事長が、500億円の金を名護の振興策として投ずるという発言をして、名護市民の分断を図ろうということもやった。

 また、政府筋からは、「新基地をつくるかつくらないか、一自治体の首長が決める権限をもっていない」として、名護市民を恫喝することもやった。また、沖縄県建設業協会政治連盟も名護市建設業協会も新基地推進候補の推薦を決め、企業ぐるみ、地域締めつけを強引に推し進めてきた。

 しかし、政府、自民党、企業総がかりの新基地推進候補を打ち破り、新基地反対派が見事に勝利したのである。これは全国民、沖縄県民、名護市民の気高い誇り、尊厳を守る勝利である。恫喝や金によっても名護市民の、誇り高い心を砕くことができなかった。

 新基地建設予定地では、国の天然記念物に指定されているジュゴンが生息しており、美しいサンゴやウミガメが上陸して産卵する砂浜もある。こんな豊かな海を、10トントラックで350万台分の土砂で埋め立てるというのだから信じ難い。広さは東京ドームの約44個分にあたると言われている。

 新基地は米海兵隊普天間基地を返還する代わりの基地だと言われているが、しかし、その機能ははるかに強化されるもので、騒音や米兵の事件の横行などが危惧されるものだ。

 だから、映画監督のオリバー・ストーン氏やノーベル平和賞のマイレッド・マグワイア氏、そして映画監督のマイケル・ムーア氏などが、「辺野古の海兵隊基地建設は中止すべきであり、普天間は沖縄の人々に直ちに返すべきだ」と連帯の声明を寄せているのである。

 「海にも陸にも新基地は作らせない」とする、稲嶺進さんの勝利によって、私の胸は高鳴っている。今日は寒い夜で震えながら読書をしていたので、私はこの朗報を聴き心は熱く燃えている。おそらく今夜は、爽やかな眠りに就くことができるだろう。



‘14年夢日記 「2014年最初の試練」

2014(H26)年1月19日(日) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 新しい朝がやってきました。おはようございます。 
 本日もどうぞよろしくお願いいたします。

     タイトル 「2014年最初の試練」

 小寒を迎えて寒くなってきたが、ちょうどそれに合わせたように、風邪を引いてしまった。1月5日に鼻がむずむずして違和感があり、「風邪かな」という予感はあったけれど、まだその自覚がなくて、ウオーキング・マシンで30分トレーニングをしたほどだった。

 しかし、日を追うごとに風邪の症状が表われてくるようになった。山を登るようにだんだんとその症状が加速されてゆくのが分かった。鼻水が出る、熱が高くなる、咳が出るようになって、いよいよ本物の風邪だな、という意識をするようになった。

 私は寒がり屋で冬には滅法弱い体質だが、暖房器具のおかげか、ここ数年風邪を引いたことがなかった。風邪には比較的強い身体なのだが、今年はそれに見舞われてしまった。

 しかし、鼻水、熱、咳という風邪特有の症状は出たけれど、決して寝込むまいと心にきめて、日常生活を送ってきた。DVDを観たり、読書をしたりと、普段通りの生活リズムを崩すということはなかった。風邪には負けまいという心構えで、それが峠を越えるのを待った。だから、病院に行くということもしなかった。

 小寒から一週間くらいしたら峠の頂上を越えて、それからは下降するようになり、鼻水、熱、咳の症状が次第に和らいできた。そしてようやく完治したようだ。いくらか後遺症は残っているが、これで晴ればれとした心持ちで暮らすことができるだろう。

 普段通りの生活は崩さなかったけれど、鼻水、熱、咳というのは厄介なものである。いくら風邪には負けないぞ、という気持ちで暮らしていても、心が晴ればれとしなくて、憂うつな日々だった。2014年の最初の試練である。

 「たかが風邪、されど風邪」である。決して風邪を莫迦にしてはいけない、という思いで今はいる。完治までに少し長引いたのは、風邪薬も呑まず、病院にも行かなかったからではないだろうか。たかが風邪、というふうにあなどらずに、養生することも必要である。

 だから、新しい年を迎えてウオーキングも1回行ったきりで、足腰も弱くなったような気がしてならない。風呂に入る回数も減らしたし、読書の集中力も低下したように思う。そして、暖房器具をふんだんに遣ったので、その光熱費も我が家の経済に直接ひびいており痛いという実感がしている。

 2014年の最初の試練を乗り越えたので、これから新年の抱負にもとづいて、新たな出発を開始したいと思っている。



‘14年夢日記 「日本共産党 第26回大会」

2014(H26)年1月18日(土) 曇り時々晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 経団連包囲 春闘開始を宣言 全労連・国民春闘共闘 
 大幅賃上げ・雇用安定を

     タイトル 「日本共産党 第26回党大会」

 日本共産党の第26回党大会が、静岡県熱海市で1月15日から開かれており、今日が最終日である。第1日目は、志位委員長が中央委員会報告を行い、早速、討論が開始されている。

 中央委員会報告のなかで、私がもっとも注目したのは、決議案第5章(躍進を支える質量ともに強大な党建設を)についてである。その中でもいくつかの項目があるが、2010年代の党建設の目標として、ふたつの目標が提起されていることだ。

 第一は、「『成長・発展目標』を実現するために、50万の党員(有権者比0.5%)、50万の日刊紙読者(同)、200万の日曜版読者(2.0%)――全体として現在の党勢の倍加に挑戦する」ことであります。と述べられている。

 第二は、「党の世代的継承を、綱領実現の成否にかかわる戦略的課題にすえ、全党あげて取り組む」ことであります。という報告がなされている。

 このふたつは、決議案に謳われていることであるが、志位委員長は、この問題を全国の取り組みの経験と教訓にも触れながら、深く解明している。

 この間の国民のたたかい、たとえば、沖縄の基地問題、TPP問題、原発問題、秘密保護法の問題などなどは、大きな国民的盛り上がりをみせている。これらの世論調査をみても、それぞれ過半数の国民が政府の暴走にノーの意思表示をしている。その国民のたたかいと党勢・党建設の間には乖離が生じているということである。

 また、昨年の東京都議選、参院選の躍進、とりわけ参院選の比例で515万の得票を得たことは、党勢・党建設の条件が飛躍的に高まっていることを示している。決議案では、党建設を党活動の「最大の弱点」と定義づけている。

 民主連合政府の展望を切り開くうえで、この党勢・党建設の提起は、きわめて重要なものだということができる。50万の党員、50万の日刊紙、200万の日曜版読者の目標を完遂することができるなら、民主連合政府への展望が、いよいよ視野に入ってくるに相違ない。

 したがって、この提起はひとり党員のみならず、国民にとっても、ワクワク・ドキドキするような目標であり、大きな希望と展望を指し示したものとして歓迎できるものである。党建設のその条件はいま、飛躍的に高まっており、それを生かし切ることができるなら、その事業は必ず成功するに違いないと思う。

 また、党の世代的継承は、困難な仕事であるが、このまま決して放置しておくことのできない問題である。1960年代から70年代に、党に加入した人が多く、その世代が高齢化してきており、新しい世代を党に迎える仕事は急務である。したがって、この提起は時宜を得たものであり、その方針は歓迎されるものである。

 日本共産党第26回大会の成功を心から祈るものである。それは、「戦争をする国づくり、暗黒政治を許さない」力を強化するうえで、欠かせないからである。



‘14年夢日記 「『宇都宮健児・仕事の流儀』を観る」

2014(H26)年1月17日(金) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 たたかいと世代継承 しなやかに力強く 
 青年もベテランも活発討論続く 26回党大会2日目

     タイトル 「『宇都宮健児・仕事の流儀』を観る」

 NHKの「プロフェッショナル仕事の流儀」宇都宮健児編を視聴した。これは2006年2月7日に放映されたもので、ほぼ8年前のものである。宇都宮氏は今回の東京都知事選挙の候補者として、いま精力的に活動を展開しており、タイムリーな時に観ることができて幸運だった。

 彼は前日本弁護士連合会会長を務めた人で、サラ金、ヤミ金被害者の救済に奔走した人として知られている。また、「年越し派遣村」の名誉村長として、マスコミ等でも大きく取り上げられた。この番組は宇都宮氏の「人となり」を余すところなく描写しており、優れたものである。

 番組の最後に、「プロフッショナルとは」、という設問がされるが、彼は躊躇することなく、「弱者のために仕事をすること」、「もっといえば他人のために働くこと」だ、と答える。なんと潔い答えであり、志の高い人間であることだろうか。

 弁護士でも、サラ金やヤミ金などを扱わずに、企業の顧問弁護士などに就いておれば、ラクで収入も高い。が、彼はそうした接待や交際が苦手だったし、あえてその道を選ぶことをしなかった。そのために彼はイソ弁(イソーロー弁護士)を首になる。

 そして、彼は講師などをしながら、食いつなぐ仕事をしていたが、ある時弁護士会館に出向いたら、「誰もやってくれない仕事がある、やってみないか」と、誘われる。それがサラ金対策だった。それから彼は、サラ金、ヤミ金の神さまのような存在になってゆく。

 宇都宮弁護士と聞けば、泣く子も黙るような存在になってゆき、暴力団がらみの人々も彼の名前を聞いただけで、尻込みするようになる。が、初めからそうだったわけではなく、最初は「ナイフをちらつかせたり、夜道には気をつけろと脅かされたりした」

 宇都宮氏は、決して債務者を責めることをしないという。裏切られることも度々あるけれど、責めたら心を閉ざして開かなくなるということだ。だから、彼の信条は「人生も仕事もやり直せる」ということである。

 最初、事務所を訪れた債務者は、ボロボロの服を着て、髪はボサボサ、頬はこけ蒼白い顔をしているという。烈しい取立てにまいってしまって、焦点も定まらない目、髭も伸び放題の人が多いそうだ。が、彼が相談に乗り、相手に通知書を送ると、烈しい取立てがやむ。

 それから、債務者は、顔に赤味がさしてくるようになり、頬もふっくらとし、目も定まるようになってくる、ということである。宇都宮氏は言う。「取り返すのは単なる金ではなく、人生だ」。彼の気高い精神に魅せられた番組であった。弱者の立場に立つ彼こそが、東京都知事にふさわしい、と思うものである。



‘14年夢日記 「『ものの見方たんけん隊』を読む」

2014(H26)年1月16日(木) 晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 実力のうえでも「自共対決」時代を 日本共産党26回大会始まる 
 〝戦争する国づくり、暗黒日本への道〟許さない国民的共同よびかけ

     タイトル 「『ものの見方たんけん隊』を読む」

 私は毎日欠かすことなく、作家で高校の英語教師、渥美二郎のブログにアクセスして拝読しているが、その文章、内容は彼の独自の「ものの見方」で、読者を「ハッ」とさせることが少なくない。彼は作家であると同時に「哲学者」である。

 読者を「ハッと」させるのは、渥美二郎だけではない。「ものの見方たんけん隊」を著した長久啓太もそのひとりである。この本は、まことに優れた哲学書である。ただ単に「ハッと」させるだけでなく、「うーん、なるほど!」と読者をうならせる本である。

 奥付にあるように、長久啓太は39歳で岡山県学習協の事務局長、労働者教育教会の常任理事を務めている。趣味は読書(活字中毒)と書いているように、その片鱗がこの本の中にはちりばめられている。

 私は、この本が単にいわゆる労働組合の活動家だけが読めばいいという風には思わなかった。主婦であろうが、年金生活者であろうが、学生であろうが、幅広い人々が読むに値する本だという気がした。まさに、厳しい日本社会の現実のなかで、これから真摯に生きようとする人々に対するエールのように思う。

 この本の文章の特徴は簡潔で平易であることである。いろんな問題を分かりやすい言葉で解明しており、それでいて品性の高い文章と内容になっている。何よりもこの本の特徴は、読者に新しい発見をもたらすと同時に、明日への希望を語っていることである。読者はこの本から、勇気と展望をわがものにすることができる。

 内容については、紙幅がないのでいちいち触れることはできないが、ひとつだけ触れるとすれば、⑧「カフェのなかから」という章である。私はこれを読みながら心がウキウキしてきた。著者は「学習協の事務所をカフェのようにする!」と公言しているらしい。

  「ちょっと近くまで来たから」と、人が集まって
 こられる場所。用事をすませるだけでなく、少し長
 居しておしゃべりをしたくなる空間性。情報を発信
 することも、受信することもできる交流空間。

  事務所のカフェ化…。まず、整理され、清潔であ
 ることは大前提です。きたない事務所はそれだけで
 人が寄ってきません。次に、自然かつ心地よい配置
 でイスやテーブルが置いてあること。珈琲やお茶、
 お菓子が常時用意されていて、「まあお茶でも」、「休
 んでいって」と言えること。ちょっと好奇心をくす
 ぐる本や雑誌があり、閲覧自由であること。文化の
 香りがすること、などなど…。

 なんという発想、夢と希望があるじゃありませんか。日本中の民主的な運動団体の事務所が、こんな風になったらどんなにすばらしいことだろうか。こんな事務所だったら、私もふらりと寄って、何かしらしゃべったり、交流したりすることができるような気がする。

 この本は、一度読んだらそれでお仕舞いというものではなくて、時々開いて読んでみたい本である。何よりもひとりの人間として生きてゆくうえで、希望と勇気を与えられる本だからである。



‘14年夢日記 「二たす三は七か八」

2014(H26)年1月15日(水) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 自衛隊司令部に国民監視部署 
 情報保全隊と連携 秘密保護法の身辺調査に関与

     タイトル 「二たす三は七か八」

 ここに、倉敷医療生活協同組合が発行している「搏動」という雑誌がある。その中に面白い詩があるので紹介してみたい。

   夫の評
          江口 厚子

 あんたは、わしに自分の詩を見せんが
 夫が言う
 「搏動」と「道標」二冊ずつ見せた
 しばらくして
  あんたの書くものは良うわかった
  二たす三は五になる詩じゃ
  七や八にはならん

 何と評価されようと書き続けよう
 私は私

 私は江口厚子さんの詩に触れたのは初めてである。だから、彼女がいままでどのような詩を書いてきたのかどうかは分からない。したがって、その批評や感想を書くことはできない。しかし、この詩を一度読んで、忘れることができないものになってしまった。実にユーモラスがあって、夫の言葉が私の心をとらえてはなさない。

 妻の詩は二たす三は五だと、夫は言う。その詩を夫はあまり評価せず、いささか不満のようである。「二たす三は五になる詩じゃ」と、辛辣な批評を加えている。なぜ、二たす三は五ではいけないのか。妻はその批評が少し不服なようで、「何と評価されようと書き続けよう 私は私」と開き直っている。

 この夫の言葉は含蓄のあるもので、芸術や文学や詩の真髄を語っているように思う。普通、日常生活は、「二たす三は五」であり、それ以上でもそれ以下でもない。「二たす三は五」でなければ、社会生活は成り立たない。それが人間社会のルールである。

 ところが、芸術や文学や詩では、「二たす三は五」では、面白くないのである。詩に限っていえば、デフォルメや飛躍や想像力を駆使して、「現実」を超えて「新しい現実」を創造していかなければならない。それが詩というものであり、芸術というものである。

 これは、何も詩に限ったことではない。音楽であれ、絵画であれ、文学であれ、小説であれ、それは等しく同じようなことが言える。文学や芸術をめざしている人々は、大なり小なり「現実」を超えて「新しい現実」を創出しようと、懸命なのである。

それは、たいへん難しいことではあるが、文学や芸術をめざす人々は、「二たす三が七や八」になるようにと願って、日々研鑽している。小説の世界ではよく「体験と虚構」の違いを明確にして、体験に引きずられることなく、虚構の世界を構築してゆくことが求められる。

 詩の中の私も「私は私」と、開き直ることなく、夫の言葉に少しく耳を傾けてもいいように思う。が、それが簡単にみずからのものになるとは限らない。誰もが、文学や芸術をめざす人々はそれで悩んでいるし、日々挑戦しているからである。



‘14年夢日記 「『民主文学』に期待する」

2014(H26)年1月14日(火) 曇り時々晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 大企業内部留保 1年で 5兆円増 労働総研調べ
 賃金 ピーク時比 60万円減 広がる賃上げ世論

     タイトル 「『民主文学』に期待する」

 「民主文学」2月号の文芸時評で、風見梢太郎は次のように記している。「前回、文芸時評を担当したとき、一般の文芸誌の中にここで取り上げるべきものを見つけるのに苦労したことを覚えている。四年ぶりに時評を担当し、いっそうその思いを強くした。よい作品が極端に少なくなってきているのだ」

 「各文芸雑誌がそれぞれ一月号らしい編集を行っているが、『民主文学』の短編特集はやはり群をぬいている」と、風見梢太郎は「民主文学」の作品に高い評価を与えている。一月号については、一部をのぞいて私も異論はない。とくに、丹羽郁生「里かぐらと風」、横田昌則「手遊び」、須藤みゆき「ミドリの願い」、橘あおい「黒いぶち猫の絵」は、愉しく読ませて貰った。

 が、「民主文学」2月号の作品が、それでは他の文芸誌と較べて群をぬいているといえるのだろうか。一般の文芸誌は、もちろん現代社会の表層にあらわれたものだけにとらわれて、その本質、その深部にまで眼と心が行き届かないで混迷している。そこには、人間を根源まで遡って見る眼と、そして思想が欠落しているからである。

 しかし、私は「民主文学」2月号の作品が、「群をぬいて」いいとはどうしても思えなかった。ひと口でいえば、面白くなかったし、愉しむことができなかった。ここで、誤解があってはならないので、「面白い」ということについて、少しく触れておきたい。

 面白いとは、一説に目の前が明るくなる感じを表すのが原義で、もと、美しい景色を形容する語とあり、目の前が広々とひらける感じ、をいうのであって、決して、愉快である、楽しい、滑稽だ、おかしいという意味で私は遣っていない。さらにいえば、心をひかれるさま。興趣がある、また趣向がこらされている、という意味で私は「面白い」という字を当てている。

 笹本敦史「走り出す」は、民主文学会岡山支部で合評する予定なので、ここではあまり触れたくないが、4編のうちではもっとも良かったと思う。ただ、表面をなぞっただけのような作品で、やはり奥行きというか、深さというか、人間の哀しみや切なさにもっと迫ってゆくことが求められていると思う。

 工藤勢津子「山の端に陽は落ちて」は、老老介護を深刻でなく、爽やかに描いていて温かいものが流れている。が、それだけなのである。文学的に何を提起しようというのか、そこが不明瞭である。

 山形暁子「黄昏どきの街で」は、町内会でのあれこれを描写しているが、核心はやはり「おばあちゃんの虐待」であると思うけれど、それの追求が中途半端に終わっている。もっと、その問題に深く迫ることはできなかったのだろうか。

 吉開那津子「波濤の彼方」は、もっともすぐれている文章は、結末の二分の一ページである。ここを書くために、長い文章が綴られてきたように思う。その長い文章は、紀行文のようで退屈で仕方なかった。文学的と思われるのは、結末のみで決して興趣のある作品とはいえないと思った。

 が、「民主文学」の作品には期待しているし、これからも面白い、愉しい作品に出合えることを切望してやまない。



‘14年夢日記 「大型商業施設の功罪」

2014(H26)年1月13日(月) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 海にも陸にも 新基地つくらせない 名護市長選告示 
 稲嶺候補力込め 県民・市民の誇り示そう

     タイトル 「大型商業施設の功罪」

 先日のテレビニュースで、ベトナムのホーチミン市に、日本の大型商業施設がオープンされるという報道がなされていた。私は一概にこれを歓迎するということができない。この出店によって、快適なショッピングが楽しめる人々がいると同時に、ささやかな商店を営む人たちにとっては死活問題である。

 倉敷の地にも今から14年前くらいに、ベトナムに出店した商業施設と同じものがオープンした。もちろん、快適なショッピングを楽しむことができる、と歓迎する人々も少なくない。しかし、この施設によって、涙を呑んだ商店主たちが多数出たのも否定できない。この出店によって、どれだけの店舗がシャッターを降ろすことになったのだろう。

 この商業施設には映画館があり、私も時々それを利用することがある。他に映画館がないからである。私が映画を観ようと思えば、この施設か若しくは岡山市か福山市まで足を運ばなければならない。したがって、比較的近くて、駐車場もあるここの映画館を利用している。

 ここの映画館は、10スクリーンもあり、2000名以上が一度に観賞できるというものである。利用者にとっては、この上ないもののように思えるけれど、果たしてどうだろうか。

 1月25日より、山田洋次監督の「小さいおうち」がここの映画館で公開されることになっている。この映画はぜひ観たいと期待しているけれど、いまどうしようか迷っている。この映画を観ることは間違いないが、ここの映画館にするかどうかで迷っているのである。

 それは、映画館の施設内に大きな売店があって、ポップコーンやホットドッグ、そして様々なドリンクが売られているためである。映画館のホールに入ると、売店から漂ってくる油くさい臭いに包まれる。この臭いをかぐと私は思わず眉をひそめる。くさいし、胸焼けを起こすのである。

 文化施設にこんな売店が果たしているものだろうか。売店ならまだ顔をしかめるだけでいいけれど、館内でそれを食べたり飲んだりされると、実にいやなものである。館内で厭な臭いをかがされるし、食べる音がやけに耳について、映画に集中できない。

 映画館は、娯楽施設であると同時に文化施設である。あえていえば、文化施設としての比重のほうが高いはずである。ならば、「人生について考える」ような映画を観ている折に、隣でポップコーンをぽりぽりやられたらたまらない。

 山田洋次監督の「小さいおうち」はおそらく、ホームシアターで、観賞することになると思う。このように、大型商業施設は、資本主義的な浪費型社会の典型のようなものであり、それは功罪両面を合わせもっている。



‘14年夢日記 「876枚のブログ」

2014(H26)年1月12日(日) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 宇都宮氏勝利で都政転換を くらし応援・安倍暴走に審判 
 都知事選 革新都政の会が決起集会 市田書記局長が訴え

     タイトル 「876枚のブログ」

 ブログを開設して、「夢日記」を書いてきているが、このまま推移していくと、一年にいったい何枚書くことになるのだろうか。いま私は、ワードに「夢日記」を書いて、それをブログに貼り付けている。

 そのワードに、だいたいどのくらいの字数を書いているかというと、一列24字で40行というところである。つまり、24字×40行=960字となる。400字詰め原稿用紙だと、960字÷400=2.4枚となる。これを1年書くということになると、365日×2.4枚=876枚である。

 876枚という枚数は、決して半端な枚数ではない。これを単行本にすれば、2冊は上梓できるということになる。果たしてそんなことができるのか、それは小さくない冒険とはいえないだろうか。しかし、それは年初から分かっていたことで、それを承知のうえで、岸を離れ、船を沖に漕ぎ出したのである。

 沖に漕ぎ出したからには、もう後戻りはできない。対岸の岸に向かって、懸命に櫂を漕ぐのみである。対岸に無事たどり着くためには、ブログの内容を少しく考えなければならない。

 私は、政治問題は極力避けたいと考えていたし、今までそれをできるだけ抑えてきたつもりである。しかしこれからは、それにもいくらか触れなければ、到底対岸まで漕いでゆくことはできない。

 ひと口に言って、政治・経済・文化・私の周辺での出来事などが、「夢日記」の題材になるような気がする。しかし、その中でも「文化と私の周辺での出来事」に軸足をおきたいと思う。

 文化は小説の批評や本の感想などを書いてゆきたいと思うけれど、そのスタンスは、私の心に響いたものだけに触れたいと思っている。私の心を打たないものについて、あれこれと書きたくないのである。悪口を言っているようで、自身が傷つくような気がするし、自己嫌悪に陥りかねない。

 しかし、政治批評は趣が少し違う。平和や民主主義や人権、命や暮らしを脅かす政治に対しては、鋭く対峙して発言をしてゆきたいと思う。経済も同様である。いま、年金や福祉、医療や介護なども憲法の精神に反して、社会保障を解体しようとしている。これらに対しても、黙っているわけにはいかないだろう。

 このようにして、私はブログを紡いでゆきたいと思っている。400字詰め原稿用紙にして、1日2.4枚、1年876枚の「夢日記」を書いてゆくつもりである。作家で、英語教師の渥美二郎はそのブログを3,000回以上、8年余にわたって更新している。

 私はそれから大いに学んで、それに続きたいと思う。彼は第一線の仕事に就いておりながら、それをやり遂げている。ただただ敬服するのみである。それに励まされながら、新たな気持で櫂を漕いでゆきたい。



‘14年夢日記 「靖国神社参拝を考える」

2014(H26)年1月11日(土) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 沖縄県民は新基地許さない 名護市長選 あす告示 
 辺野古への「移設」断念を 県議会が意見書可決

     タイトル 「靖国神社参拝を考える」

 私は戦後生まれで、先の満州事変から太平洋戦争終結に至る、いわゆる15年戦争はまったく経験していない。が、私の小説のモチーフは、この戦争にかかわるものが決して少なくない。このたび短編小説集を上梓することになっているが、12編のうち6編が戦争にまつわる話である。

 なぜ戦争にこだわるのかといえば、その最大の根源は、戦後の政治が一貫して戦前への回帰を志向しているということである。その志向はますます露骨にすすめられようとしている。

 「海外で戦争する国づくり」をめざして、最近の動きだけを拾ってみても、特定秘密保護法の強行採決、集団的自衛権の行使、憲法9条の改正などをもくろんでいる。さらに、自民党の憲法改正草案は、まるごと日本を戦前の社会へと導こうとしている。

 私の小説のモチーフが、戦争にまつわるものが多いのは、こうした日本の政治と社会の動きと決して無縁ではない。短編小説集では、「磯の光景」、「炎立つ」、「みかん」、「父の納骨」、「赤い傘」、「母の潮汲み」の6編が、戦争とそれに関わる人間の在りようを描いている。

 そして、いま焦眉の的になっているのは、「安倍首相の靖国参拝問題」である。首相の靖国参拝がなぜ国内的にも国外的にも非難を浴びるのか、ということを少しく考えてみたい。

 1月12日号の赤旗日曜版によると、こう記されている。靖国神社は、①戦争中は国民を戦場に動員する役割を担った神社、②今も、日本軍国主義による侵略戦争を、「自存自衛の正義のたたかい」、「アジア解放の戦争」と美化、宣伝する特殊な施設、③戦争を起こした罪を問われたA級戦犯が、戦争の犠牲者として合祀されている施設です。という分析が加えられている。

 こういう靖国神社に、首相が参拝するということは、侵略戦争を肯定・美化する立場に立つことに他ならない。この立場に固執するからこそ、特定秘密保護法、集団的自衛権の行使、憲法9条の改正などへの策動を強めているのだ。この策動と、靖国参拝は軌を一にするものである。

 私は国民のひとりとして、断じて首相の靖国参拝を容認することができない。自民党政治はさらに、戦前への回帰の志向を強めようとしている。安倍首相が盛んに言う「日本を取り戻す」という言葉は、戦前のような平和主義と民主主義のない国、国民主権のない国を「取り戻す」ということに他ならない。

 私は、日本の政治と社会が、戦前への回帰を志向しているいま、やはり一文学者として、戦争をモチーフとし、テーマとする小説を書いていかなければならないと思っている。



‘14年夢日記 「DVD卒業」

2014(H26)年1月10日(金) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 原発手抜き審査 重大事故対策 事業者任せ 
 規制委、独自解析せず 福島事故以前より大改悪

     タイトル 「DVD 卒業」

 年末年始にかけて、私は40本の映画やテレビドラマをDVDで観賞してきた。1日に2本、3本と視聴するので、その他のことはほとんど何もできなかった。何も手がつけられなかったのである。

 しかし、40本のDVDで、つまらないものも何本かあったが、おおむね期待を裏切るということがなかった。もっとも印象に残っているのは、テレビドラマの「北の国から」である。「北の国から」は23本のDVDをすべて観賞した。

 23本といえば、1981年に初回が放映されてから2002年まで、実に21年間にわたっての物語である。小学校6年生の純が、結婚に至るまでの経過と、その波乱に満ちた黒板家の物語が展開されている。

 この物語は内容が豊富で、その紆余曲折のあった黒板家の在りようを、いちいち触れることはできない。しかし、田中邦衛の演じる黒板五郎、吉岡秀隆の演じる黒板純、中嶋朋子の演じる黒板蛍の人生は、幾度となく観る者の心を打って、彼ら彼女らとともに泣くことも少なくなかった。

 何といっても、田中邦衛の演じる黒板五郎の生き方は、現代資本主義社会の大量生産、大量消費のあり方に警鐘を鳴らし、独自の生き方を形象化した原作、演出、演技は傑出したものであった。その生き方に観る者の心はゆさぶられるのである。

  この作品は、多彩な俳優人に彩られている。黒板家の3人の他に、大滝秀治、地井武男、岩城滉一、ガッツ石松、笠智衆、いしだあゆみ、竹下景子、原田美枝子、美保純、宮本信子、宮沢りえなどの好演がこの物語に広がりと豊かさをもたらしている。

 この物語は、私の心にいつまでも残るに違いない。そして、私はこれからも一再ならずこの「北の国から」を視聴することになるだろう。それだけの名作と言ってもいい作品である。

 私が年末年始に観ると決めたDVDもあと1本となった。それで41本になり、ひとまずこれでDVDも卒業である。年末年始には本を一冊も読んでいなくて、少し活字が恋しくなってきた。そろそろ活字を読んだり、書いたりしてゆかなければならないと思っている。

 今もっとも気にかかっているのは、「民主文学」2月号である。この2月号には「座談会 2014年 日本文学の展望」が掲載されているし、何よりも日本民主文学会岡山支部の、笹本敦史の民主文学新人賞第一作「走り出す」が載っている。これを一刻も早く読み進んでゆきたい。

 これで、「DVD 卒業」をして、いよいよ長かった私の正月も終え、通常の日常生活に立ち返りたいと思っている。そして、2014年が実りある年になるようにと願っている。



‘14年夢日記 「坪井あき子さん」

2014(H26)年1月9日(木) 曇りのち晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 稲嶺氏勝利で新基地ノーを「大義われに 気概示そう」 
 名護市長選へ決起大会

     タイトル 「坪井あき子さん」

 1月7日(火)の「しんぶん赤旗」文化欄に坪井あき子さんの詩が載った。それは次のような詩である。

 十二月六日 深夜
 暗い洞穴への
 一つの法律が強行採決された
 色彩のない深夜に

 十二月十日
 旭川ぞいの道を
 南へと走っていた
 ふと左側の窓の外に
 色彩のカケラを感じて
 路肩に車を停め
 外へ出た

 生まれてはじめて見た
 こんな大きな大きな
 冬の虹を
 庶民の暮らしの街並みの上に
 午後四時の冬の虹だ
 あの色彩を
 わたしは決して忘れない

 この詩は「明と暗」を対比させて、特定秘密保護法の強行採決を鋭く糾弾している。が、その言葉は文学の言葉で紡がれており、政治的な言葉を極力抑えて「詩」として成立させている。

 暗い洞穴は、特定秘密保護法の「国民の目、耳、口」をふさぐ「暗であり影」である。しかも、国会の会期末の深夜に「暗と影」の中で強行採決された。「色彩のない深夜」であった。

 それに対して、川沿いで見た冬の大きな虹は、「明と光」である。わたしはその虹を決して忘れないと、言葉を刻んでいるが、読者もまたその虹がくっきりと空に架かった光景を忘れることができない。この詩は「明と暗」、「光と影」とを対比させて描いた優れた詩となっている。

 彼女は今まで多くの詩文集や童話、小説、エッセイなどを書いてきている。いろんな顔をもった文学者である。「しんぶん赤旗」でも、様々な欄に投稿してよく掲載されている。そのどれもが、人間の温かさを描いており、私の胸をやさしく打つものになっている。

 彼女は今何歳になるのだろうか。たしかもう75歳は越えているはずである。私は彼女のような生き方に憧れている。私より10歳以上うえであり、その生き方は私の今後の座標軸ともなっている。できるならば、彼女のように歳を重ねていきたいと願っている。

 坪井あき子さんには、いつまでもお元気で、いろんな文章・言葉で私たちを励ましつづけてほしいと願っている。そして私は「坪井あき子さんのように――」を合言葉にして、歳を重ね生きてゆきたいと祈っている。



‘14年夢日記 「おすそ分け」

2014(H26)年1月8日(水) 雨

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 再処理工場の稼動申請 破綻の核燃サイクルに固執 
 日本原燃 安倍政権の原発推進と一体

     タイトル 「おすそ分け」

 私の好きな「三大ブログ」のひとつにアクセスしたら、次のような言葉が綴られていた。

 東京都知事選挙候補の言葉。
 弱者が権力を握ろうとしています。
 弱者救済が行きすぎると社会はどんどん駄目になります。
 国を作ってきたのは時の権力者と金持ちです。
 言葉は悪いが貧乏人はおすそ分けに預かって生きてきたのです。

 私はこの言葉を誰が言ったのか、検証するためにインターネットで様々に調べてみた。しかし、該当する人物も言葉も発見することはできなかった。私はこの言葉を目の当たりにして、胸に衝撃が走った。この言葉に触れた彼は作家で、文学者の言葉でこれに反論を加えている。

 私は、その言葉の出どころを見つけることができなかったので、そのブログの言葉を信頼して、私なりにその言葉について少しく考えてみたい、と思っている。

 まず、「おすそ分け」ということばの定義である。電子辞書によれば、「裾分け」とは、「もらいものの余分を分配すること。また、利益の一部を分配すること」となっている。

 「貧乏人はおすそ分けに預かって生きてきたのです」という、都知事候補の言葉は、「利益の一部を分配すること」という、「裾分け」の定義からいって、決して的外れなことを言っている訳ではないことがわかる。

 問題は、その利益を誰が産み出してきたのか、ということである。マルクスの剰余価値学説によれば、その利益を産み出したのは労働者であることが説かれている。労働者は搾取の対象であり、それによって資本家は剰余価値を我がものにして、「権力者と金持ち」になったに過ぎない。

 利益、剰余価値を産み出したのが、労働者・国民であるのだから、「おすそ分け」をするその利益、剰余価値は元々労働者・国民のものではないのか。それを棚に上げて、貧乏人は「権力者や金持ち」のおこぼれに預かって生きている、という暴論を吐いていると言わざるを得ない。

 このような都知事候補が当選するようなことがあれば、ますます社会保障、福祉・医療・介護はなおざりにされて、大企業・大金持ちのための都政が行われることは、火を見るよりも明らかである。

 さらに、現代の資本主義社会は、労働者の搾取だけでなく、「大企業は、大きな富をその手に集中して、巨大化と多国籍企業化の道を進むとともに、日本政府をその強い影響のもとに置き、国家機構の全体を自分たちの階級的利益の実現のために最大限に活用してきた」(日本共産党綱領)とある。

 つまり、労働者が資本家から「おすそ分け」された賃金まで自由に可処分することができず、それを国家機構が収奪して、大企業の利益のために活用しているのである。かの都知事候補は、ものの見方がまったく180度逆転している。

 文学者らしくない分析になったけれど、私の考えは以上の通りだ。ほんとうは「権力者や金持ち」こそが、国民からの「おすそ分け」に預かって生きてきたのだ。言葉は悪いが、寄生虫と言っても過言ではない。



‘14年夢日記 「終わらない正月」

2014(H26)年1月7日(火) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 都知事選 宇都宮氏が出馬表明 共産党推薦 勝利へ全力 
 党本部で会談 志位委員長が表明

     タイトル 「終わらない正月」

 正月というのは、1年の1番目の月、つまり1月のことをいうらしいが、しかし常識的に正月と言えば、松の内までをそう呼んでいる。が、松の内も昔は元日から15日までを言っていたが、現在では普通7日までをいうらしい。

 しかし、仕事始めの前日までを正月と呼ぶほうが、生活感覚からいうと合っているような気がする。だとすれば、今年の仕事始めは1月6日だったから、たいていの人は5日までを正月と考えているような気がする。

 ところが、私にとっては6日になっても、正月が終わったという心持がしない。まだ私の内では「終わらない正月」なのである。というのは、私は年末年始を、ホームシアターで過ごすと決めていたのだが、その予定のDVDがまだ観終わらないのだ。

 私は年末から始めたホームシアターで、昨日まで31本のDVDを観賞した。私の生涯でこれだけまとめて、映画やテレビドラマを視聴したのは初めての経験である。だから、ビデオレンタル店の私の好みのDVDがもう底をつきつつある。

 田舎のビデオレンタル店なので、「鉄道員」や「ひまわり」、「カサブランカ」や「ローマの休日」などの名画を置いていない。それらは、2度、3度と観たが、何度観ても飽きない。それがないのである。

 邦画では、小津安二郎や黒澤明、山田洋次や木下恵介の作品は、「おもいで映画館」と銘打ってほとんどの作品が揃っている。それらも一再ならず観ているので、いまそれに手を伸ばそうとは思わない。いずれまた観ることもあるだろう。

 が、昨日ビデオレンタル店へ行って、DVD10本借りてきた。都合41本である。これだけ観賞したら、「終わらない正月」も「終わり」にしたいと思っている。それが終われば、私もいよいよ「仕事始め」であり、新年の抱負で述べたように、小説にかかることができる。

 DVDを観るのに夢中で、ウオーキングもおろそかになっているので、仕事始めからそれも再開である。しかし、ホームシアターはけっこう愉しかったし、人生について様々に考えさせられた。胸がキュンと締め付けられるようなことが度々あった。

 今までにいくらか感想を書いてきたが、あと10本観たら、少しくまた書いてみたいと思っている。私にとっては、最良の年末年始になったように思う。いい形で2014年のスタートが切れたのではないだろうか、私はそう思っている。



‘14年夢日記 「北の国から」

2014(H26)年1月6日(月) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 自民議員 ため込み 7億2千万円 
 政党助成金「余れば返納」原則が…

     タイトル 「北の国から」

 「北の国から」は連続テレビドラマで、1981年10月から1982年3月までの6カ月間放映されたものである。全24話の物語であるが、私は正月に夢中になってこれを観賞した。今から32年前のものだけれど、決して色あせないで、今日に生きる私たちにも鋭く語りかけてくる。

 まずロケ地がいい。ロケ地は富良野の麓郷というところである。冬には真っ白い雪に閉ざされるし、初夏にはいっせいに草花が花開き、緑の大地におおわれる。キタキツネやリス、キツツキなどの小動物や鳥が伸びやかに生きている。たまに熊の出没もあるといった人里離れた開拓地である。

 主な登場人物は、黒板五郎とその子どもの純と蛍である。五郎を田中邦衛が、純を吉岡秀隆、蛍を中嶋朋子が演じている。この3人を中心にして、彼ら彼女らにからんで物語は展開される。この作品も名作といえるだろうが、田中邦衛とふたりの子役がいなかったら、また違った作品になっていただろう。それだけ3人は適役であったということができる。

 3人は不倫した母を残して、東京から富良野の麓郷にやってくるのだ。五郎にとっては、古里を捨て東京へ出、久しぶりの帰郷である。五郎はその古里で暮らすことを決意して帰ったのである。

 五郎の家は、廃屋も同然の家であった。壁板ははがれ、屋根も穴があいており、水道もなく電気もなかった。水は1キロも先の沢から汲んでこなければならなかったし、夜のあかりはランプであった。純と蛍は、今まで何不自由なく暮らしていた東京の生活と較べて唖然とする。その生活は驚くばかりであった。

 ドラマは秋から翌年の秋までの約1年が描かれている。しばらくすると、五郎は1キロも離れた沢からパイプを引いて、水を汲みにいかなくてもいいようにする。沢から家の前庭までパイプが引かれて、水がほとばしる瞬間は感動的である。また、風車をつくり自家発電して、裸電球が点った瞬間もまた胸が熱くなった。

 このドラマは、日本の社会がここまで物質的に豊かになり、消費社会となったことへのアンチテーゼである。この資本主義社会の歪んだ発展の仕方に異議を申し立てている。大量生産、大量消費、その社会がいったい正常といえるのだろうか、という疑問である。

 純も蛍もその社会の申し子であり、豊かな物質社会で生きてきた子どもを過酷な自然の中に置いて、その人間の在りようを原点に返ってみつめ直そうというものである。純は豊かな東京の暮らしと母親が忘れられない。しかし、1年の富良野の暮らしで、少しずつ変わってゆく。

 その象徴が古くなった靴である。母の不倫相手が、新しい靴を買ってくれるのだが、古い靴を捨ててしまう。が、純も蛍もそのことに疑問を持つ。その靴は父さんがなけなしの金をはたいて買ってくれたものであり、まだ履けるではないか。そして、純と蛍はその古い靴を必死になって探すのだった。

 このドラマは、きわめてすぐれたドラマである。人間とは、人間らしく生きるとは、それを根源的に問うドラマとなっている。ほんとうの人間の生活とは? このまま、このような生活をつづけていて、人間はほんとうにいいのだろうか、を鋭く問いかけている。



‘14年夢日記 「台所と政治が直結」

2014(H26)年1月5日(日) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 開始された躍進を政治変える本格的流れに 党旗びらき 
 志位委員長あいさつ 安倍政権の暴走を包囲する共同を

     タイトル 「台所と政治が直結」

 国民はどのようなきっかけで政治に関心をもち、政治に目覚めるようになるのだろうか。国政や地方政治の選挙の投票率をみると、2人にひとり、つまり50%以上の人が棄権するという例は決して少なくない。このような情況をどうみたらいいのだろうか。

 この情況をひとり有権者だけの責任として問うことができるだろうか。よくテレビのインタビューなどに登場する有権者は、「誰がやっても同じだから」という答えが返ってくることが多い。それは一面の真理をついているということができるだろう。

 戦後から今日までの政治の大半は、自民党政治であった。その政権の在りようは、自民党政治の枠内での政権のたらい回しである。ならば、「誰がやっても同じだから」というのは、的を射た国民の声のひとつである。

 また現在の選挙制度の在り方も、民意を正確に反映するものになっていないので、国民の投票行動をにぶらせているということができるだろう。約4割の得票率で、7、8割の議席を得ることができる小選挙区制は、有権者の投票率と決して無関係ではない。それは得票率を正確に反映しない虚構の議席である。

 有権者の政治的関心を高め、投票率を上昇させるためには、民意を最大限正確に反映する「比例選挙」にする必要があるだろう。また、「誰がやっても同じだから」というのは、政権のたらい回しがおこなわれ、悪政が繰り返されるからである。まさに、「国民が主人公」の政治が行われるならば、決してそのような発言はなくなり、棄権も少なくなるだろう。

 さて、今日の政治をみていると、とてもそれが分かりやすくなっている。つまり、「台所と政治が直結している」からである。4月からの消費税増税や年金の引き下げ、生活保護の支給額の減額、軽自動車税の大幅増税、70歳から74歳までの医療費の窓口負担の増額などは、それを証明している。

 そして、それらの国民から収奪されたものがどのような使われ方をするかというと、大企業の復興税の免除、大企業の法人税の減税、大企業のための「国土強靭化政策」などに、そして軍事費にあてられようとしている。「国民が主人公」の政治ではなく「財界・大企業のための」政治が露骨に推し進められようとしている。

 これらの逆立ちした政治が行われれば、国民との間の矛盾はますます鋭く深くなってゆくだろう。国民はそうした「政治的経験・学習」を通じて、政治に関心をもち、政治に目覚めてゆくことにならざるをえない。

 だから、いくら自民党が国会で虚構の多数の議席をもっているといっても、99%の国民との矛盾が激化してゆくことになるだろう。大義は国民の側にある。「台所と政治が直結している」今日の政治は、やがて「国民が主人公」の政治を希求するようになるに違いない、それを私は願っている。



‘14年夢日記 「初心にかえる」

2014(H26)年1月4日(土) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 大企業 異常な長時間労働 三六協定の実態に迫る 
 残業が月80時間以上 7割 労働者の健康 かえりみず

     タイトル 「初心にかえる」

 NHK連続テレビ小説「おしん」の少女編完全版をDVDで視聴した。全4巻で、1巻が135分のものだ。つまり「9時間もの」である。この「おしん」を求めて、もう何年になるだろうか。私が現役の頃だから、かれこれ10年になるかも知れない。

 爾来、私は正月にこの「おしん」を観るようにしている。これには私の生き方の原点というものが映し出されており、これを観て私は「初心にかえる」のだ。おしんは、五反百姓でしかも小作農民の3女として生まれる。明治40年のことである。

 その時代というのは、小作料がおおよそ5割であった。そのために、おしんの家はやりくりができなくて、彼女は数えで7歳のとき、子守の奉公に出される。その前後に、母親は身ごもった身体を川に沈めて、赤ちゃんを堕ろそうとしたり、婆ちゃんは崖の上から川へ身投げを試みようとしたりする。それだけおしんの家は極貧の中にあった。

 おしんの奉公は、口減らしであると同時に、給金を前渡しで受け取るというものである。その当時おしんの家だけでなく、小作農家は極貧の暮らしを強いられていた。この「おしん」にはその暮らしと、おしんの奉公のようすが生き生きと描かれている。そのおしんの生活の在りようと生き方を観たら、涙が溢れてくるのを抑えることができない。

 「おしん」で特筆されるべきは、日露戦争に出征していた軍人が、脱走兵として登場することである。そして、奉公先から逃げて帰るおしんを、雪深い山中でその軍人が救出する。それからおしんは、山小屋でその軍人と炭焼きの爺さんと3人で、6カ月余をともに過ごすのである。

 おしんは、その暮らしのなかで、元軍人の俊作あんちゃんから、読み書きを教えて貰う。おしんは利発な子どもであった。旺盛な好奇心で、与謝野晶子の「君死にたまふこと勿れ」という詩に興味を示し、俊作あんちゃんから教わる。それをおしんは、暗唱し口ずさむようになる。

 この少女編は、貧しさと戦争とおしんの生きざまが活写されている。そして、何よりも、おしんの心根の優しさ、米問屋の人々の情愛が観るものの心を、熱くそして温かくさせるすぐれた物語である。おそらく、これを越えるNHKの連続テレビ小説は出ていないように思う。

 私がこの「おしん」を正月に観るのは、自身の生き方を初心にかえって見つめなおすためである。私の父は、おしんとほぼ同世代を生きてきた。父の青春時代は戦争という冬の時代であった。

 おしんと同じように、父は「戦争と貧窮」の底を生きてきたのである。私はその戦争を引きずっていた戦後を生き、貧窮を体験しているので、「おしん」が決して他人事として映らない。だから、正月に「おしん」を観て、「初心にかえる」のである。



‘14年夢日記 「孫たちの来訪」

2014(H26)年1月3日(金) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 北東アジア 平和協力構想 緊張激化のなかで広がる共感 
 響き合う壮大な提唱

     タイトル 「孫たちの来訪」

 短歌の世界では、「孫は可愛いと決まっているものを、可愛いと詠んでも当たり前すぎる」として、忌み嫌う傾向がないとはいえない。決して孫を詠むなということではなくて、「甘い孫歌」や「甘い短歌に陥りやすい」ということだろうと思う。孫を題材とする場合、それを自戒してかからなければならない、ということである。

 そんな風に言われる孫たちが、打ち揃ってやってきた。長男と長女、そして二女が打ち合わせをして、三家族揃っての来訪である。長男には2年の女子中学生と小学6年の女の子がいる。長女には高一の男子生徒と中学3年、1年の女生徒がいる。二女には4歳の男の子がひとりで、都合6人の孫たちである。

 例年なら、孫たちは泊まってゆくのだが、長女が看護師をしていて、この日しか休日が取れなかったので日帰りとなった。それぞれ午前11時頃やってきて、7時頃に帰っていった。「短歌の中の孫たち」ではないけれど、やはり例にもれず孫たちは可愛いものである。

 息子や娘たちであれば、その生き方や生活の在りようのひとつでも苦言を呈することがあるが、孫たちにはそれがない。孫たちに責任を負っているのはその親であり、祖父の私にはそれがないので、当然孫たちが可愛く、甘くなるのだろう。

 6人の孫たちのうちで、その主役は4歳の男の子である。が、その主役が厄介このうえなかった。人見知りが烈しくて、2、3時間は母親に抱きついて離れようとしないのである。その時間が過ぎると、彼は文字通り主役となって、はしゃいでいた。

 とくに、将来保育士をめざしている中学2年生の女の子は、4歳の彼の面倒をよくみ、彼も彼女を頼って和やかな雰囲気をかもしだしていた。が、保育士という仕事も難しいもので、子どもがただ可愛いということだけでは、すぐれた保育士にはなれないらしい。しかし、その出発は子どもが好き、子どもが可愛いというところから始まるに違いない。

 孫たちが可愛いといっても、彼ら彼女たち自身の悩みがないというわけではない。まもなく高校受験の孫はそれなりの重圧をかかえているだろうし、保育士をめざす彼女は背丈が低いという悩みをかかえている。

 さらには、この社会が戦前へと回帰しようという動きが強まり、社会保障制度が解体されようという時代に生きており、決して前途が明るく拓けているわけではない。「日本を取り戻す」という掛け声は、いったいどんな日本を取り戻すというのだろうか。

 それは、彼らの「憲法草案」にはっきりと謳われており、戦後の平和と民主主義を投げ捨て、戦前のような社会を取り戻すということに他ならない。私たちは、それらの狙いを排除して、よりよい社会を孫たちに手渡すことができるようにしたい、と願っている。



‘14年夢日記 「激流の魚」

2014(H26)年1月2日(木) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース  休刊日
 新しい朝がやってきました。おはようございます。 
 本日もどうぞよろしくお願いいたします。

     タイトル 「激流の魚」

 NHKの紅白歌合戦は、ほとんど観なかったけれど、「ゆく年くる年」は、心をしずめて視聴した。これはここ数年来同じような年越しである。ゆく年の15分間とくる年の15分間、各地の寺などのようすが放映される。

 メインキャスターは、東京の増上寺から全国各地と結んで「ゆく年くる年」のようすを伝えていた。その中で、北海道の酪農家や福島の漁業者たち、そして震災によって仮設住宅の暮らしを余儀なくされている人々が映しだされていた。

 酪農家たちにはTPPの問題が大きく影を落としている。TPPに加わることになれば、日本農業は大きな打撃を受けることは間違いない。政府は自動車産業をはじめとした輸出大企業の優遇策と引き換えに、農業や漁業、医療などの各分野を犠牲にしようとしている。

 福島の漁業は、果たして再生することができるのだろうか。首相は、汚染水は完全にブロックされているというけれど、こんなデタラメを世界に発信する、その人間性が問われている。今もなお、汚染水の問題は解決するどころか、解決を迫られている緊急の課題に他ならない。

 仮設住宅に暮らす住民たちに明日があるのだろうか。仮設住宅に住む住民は、音や話し声によって、そのストレスは限界点に達しているといわれている。また。粗雑なつくりのために、あちこちに不具合が生じており、新たな震災者のための住宅の確保が急務である。

 私はこういう酪農家や漁業者たち、仮設住宅に暮らす人々が、新しい年を平和に、そして平穏に暮らすことを祈らずにはいられない。しかし、2014年も決して穏やかに流れていくようには思えない。

 自公政権は、憲法の改正に向けて着々と準備を推し進めようとしている。その足音が日々重く、高く迫りつつある。さらに、先の酪農家や漁業者、仮設住宅の人々にも、否応なく消費税8%という負担が強いられようとしている。

 まさに、国民は穏やかな流れをゆったりと泳ぐというわけにはいかず、急流の中に投げ出された魚だということができるような気がする。歌人の渡辺順三は「激流の魚」という本を著しているが、まさに、いま国民の一人ひとりは「激流の魚」である。

 渡辺順三は激流に流されることなく、それに抗って上流へ上流へと泳ぎきることを願って「激流の魚」と名づけた。時代と社会は私たちにとって逆流であるが、「激流の魚」となって上流をめざしたい。そして、2014年が国民の一人ひとりにとって、よりよい年であるように、心から祈っている。



プロフィール

FC2USER634322BTA

Author:FC2USER634322BTA
FC2ブログへようこそ!

 1947年生まれの70歳で、
 日々の暮らし・想いを自由に 綴って
 ゆきたいと思います。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

♪♪♪リンクは、ご自由に!

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
リンク
カウンター