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掌編小説 「掌編小説 『朝日のあたる家』 (2)」

2014(H26)年4月6日(日) 曇り時々晴れ

   タイトル 「掌編小説 『朝日のあたる家』(2)」

 桐山は、民生委員として、自分にいったい何ができるのだろうか、という思いに囚われていた。
「芙由子さん、あの壁はどうしたんですか」
 桐山は、おもむろに西の壁を振り向いた。
「ああ、あれですか? ええ、弥生が……」
 芙由子はそう言いかけて、黙ってしまった。
 しばらく応接間は、沈黙に包まれていたが、やがて芙由子は小さい声で呟いた。

「夫が、引きこもっている弥生をなじったんですよ。『怠け者! とか、ごくつぶし!』とか言って、怒鳴ったんです」
 芙由子の声はかすれていた。
「すると、弥生が……、顔を赤く染めて、怒りに震えながら、コーヒーカップを、あの壁に投げつけたんです」
 芙由子は、壁をじっと見つめていた。

「それはまずいですね。もっとも苦しんでいるのは、両親でもなく、兄弟でもないでしょう。弥生さん自身ではないでしょうか」
 桐山に言える精一杯の言葉だった。
「家族の人たちにできることは、弥生さんの悩みにできるだけ、寄り添うことではないでしょうか」
 桐山は、民生委員の活動を通じて、相談者に寄り添うことの大切さを、学んできたような気がする。

 桐山は振り向いて、壁のへこみとシミを眺めて、弥生の心の在りように身がつまされる思いだった。すると、二階から階段を勢いよく、駆け下りてくる音が高く響いて、桐山は一瞬びっくりした。

 応接間のドアを乱暴に開いて、弥生が入ってきた。弥生は髪を乱して、パジャマ姿のままだった。二十三歳の彼女はいくぶん太っていて、少しふけているように見えた。
「母さん、スニーカーを買ってよ。明日から、ウオーキングをしたいの。ねえ、いいでしょう」
 弥生は、瞳を光らせて、芙由子を覗き込んだ。

「え? ええ……」
 芙由子は、信じられないというような、怪訝な顔をして、立ち尽くしていた。
 弥生は、それだけ言うと、また階段を駆け上っていった。

 桐山は、弥生の唐突な言動に面食らってしまった。弥生の心に何が起こったというのだろう。一年近くも引きこもっていた人が、外に出るという。彼は今でも信じられない思いでいた。それは、芙由子もまた、同じような心持ちに違いない。

 芙由子は、怪訝な顔をして立ち尽くしていたが、しばらくしてソファーに、崩れ落ちるように座った。彼女の眼は中空をさまよい、ぼうっとして気がぬけたようなようすだった。

 桐山は、そんな芙由子を応接間に残して、北村家の門を出た。そして、南東の二階の部屋を見上げた。弥生の部屋のカーテンは開かれて、部屋の中へ斜めに光が差し込んでいた。

 朝日は高く昇り、丘の上にある北村の家を、黄金色の光が柔らかく包んでいた。

                                      <了>



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掌編小説 「掌編小説 『朝日のあたる家』 (1)」

2014(H26)年4月5日(土) 曇り時々雨

   タイトル 「掌編小説 『朝日のあたる家』(1)」

 門の前で立ち止まって、民生委員の桐山は北村の家を見上げた。もう九時は過ぎていたが、南東の二階の部屋のカーテンは閉じられたままである。その部屋へ春の柔らかい陽が降り注いでいた。

 ハナミズキが、門の脇で純白の花弁を開いている。枝を張って、二階の部屋から手を伸ばせば届きそうである。ハナミズキが香りのいい匂いを放って、桐山を包み込んできた。

 開き戸を押して桐山は門の中に入り、玄関のインターホンを鳴らした。中から女の人の声がして、玄関のドアが開いた。顔を覗けたのは、主婦の芙由子である。
「おはようございます。ああ、済みません」
 芙由子は、爽やかな声を挙げた。

「どうぞ中にお入り下さい」
 芙由子はドアを大きく開いた。
「おはようございます。それじゃ、失礼します」
 桐山は腰を折って玄関に入った。

「どうぞお上がり下さい」
 芙由子は応接間に桐山を案内した。
「どうぞ、お掛けになって待っていて下さい。ちょっと奥へ……」
 彼女はそそくさと、応接間を出ていった。

 桐山はソファーに座って、応接間を見るともなしに見渡した。すると、西側の壁紙が茶褐色に染まり、しぶきを上げたようになっているのが眼に留まった。その壁は、何かがぶつかったように、へこんでいた。

 芙由子が戻ってきて、コーヒーカップを桐山のテーブルにおいた。芙由子は紅茶だった。
「それで弥生さんは、どうなんですか」
 スプーンでコーヒーを掻き混ぜながら、桐山は訊いた。

「手の打ちようがなくて困っています。昼と夜の生活が逆転してしまっていますからね。まだ、眠ってるんですよ」
 芙由子は、二階を見上げるような仕草をした。
「だから、あかずのカーテンなんですよ。もう、そろそろ一年になります。」
 芙由子は嘆息を洩らして、肩を落とした。

「それじゃ、夜は何をしているんですか」
 桐山は首をかしげた。
「それがよく分からないんですが、たぶんインターネットやゲームをしているようですね」
 芙由子は、紅茶のカップに口をつけた。

「弥生さんは、M自動車工業へお勤めでしたね」
「ええ、弥生は自動車部品製造工場に、派遣として勤めていました」
 芙由子は身体を抱くようにして、両腕を膝の上に載せた。

「それが大変だったんですよ。北村弥生という、れっきとした名前があるのに、帽子に付けた番号で呼ばれるんですからね」
 芙由子は、いくぶん身体を乗り出して言った。

「十三番、何をとろとろしとんじゃ。お前んところで部品が、たまっとるぞ。早うしろ。弥生はそんなふうに、怒鳴られてばかりいたそうなんです」
 芙由子は、桐山の顔を覗き込んできた。

「弥生さんが、十三番ねえ。それじゃ、人材じゃないですね。まさに、モノ扱いですよ」
 桐山は腕を組んで、うーんと唸った。
「昼食の時だって、派遣社員は食堂で食べさせてもらえないんですからねえ。工場の床にダンボールを敷いて、食べていたそうですよ」
 芙由子は、紅茶のカップに手を伸ばした。

「桐山さん、パワハラというんですか。派遣の担当者から、うすのろとか莫迦とか、しょっちゅうなんだそうですよ」
 芙由子の紅茶のカップが震えていた。
「それで、弥生は眼をうるませて帰ってきて、もう、明日から行かない、と言ったんですよ。それからですね。二階の部屋に引きこもってしまったのは……」
 芙由子は、また二階を見上げるような格好をした。

                                    <つづく>



掌編小説 「桜」

   桜
             鬼藤千春

 朝礼を終え、祥三は墓石のパンフやチラシを揃えて、営業に出る準備をしているところだった。まだ頭に靄がかかっているようで、身体も倦怠感に包まれていた。そこへ室の空気を震わすような、音質の高い電話のベルが鳴った。
「有り難うございます。姫井石材でございます」
 祥三は受話器をさっと持ち上げて、爽やかな声で答えた。
「あのう、ちょっと相談があるんですが。四十九日までに、お墓はできるでしょうか」
 低く、くぐもった女の人の声だった。
「ええ、石種とかデザインとかによって違うんですが、たいていは間に合わすことができますよ」
 祥三は不謹慎にも、声が弾んでいた。
「それじゃ、ご無理を言いますが、お墓の資料を持ってきていただけますか」
 いくらか明るい声だった。
「はい、承知しました。何時ごろ伺ったらいいでしょうか。あ、そうですか。十時頃ですね。それではこれから出かけます」
 祥三は受話器を置くと、自然に顔がほころんだ。
 こういう話は滅多にないのだ。祥三は、しめた、と思った。
「どうぞ、お上がり下さい」
 五十代だろうか、女の人が祭壇のある部屋へ案内してくれた。
 祥三は祭壇の前に座って、まずローソクに火をつけた。ぼうっとオレンジ色の炎が上がった。ローソクから線香に火を移して、香炉に二本挿した。線香から白い煙が湧き出すように、立ち昇っている。リンをふたつ打ち、合掌をして深く頭を下げた。
「このたびは大変でございました。お悔やみ申しあげます。失礼ですが、ご主人様ですか」
 祭壇から座卓の方に席を移して、祥三は言った。
「ええ、私の連れ合いです。まもなく定年という時に、残念です。でも、これも仕方ありません。この人の寿命だったのでしょう。それで、四十九日までにできますか」
 奥さんは、白いハンカチを右手に持っていた。
 祥三はパンフを出して、座卓の上に広げた。「墓石選びは、まず大きさ、デザイン、石種によって、決めていただくことになります」
 祥三はパンフを指差しながら、丁寧に説明していった。
「あ、そうですか。九寸角の先祖墓ですね。こ、このデザインでよろしいですか。石種はこだわらないんですね。でしたら、中国の黒龍江省で採掘される石をお奨めしますよ。この石は、硬い、吸水性が低い、変質しにくいという、三拍子揃った石ですからね」
 祥三は石見本を出して説明した。
「それでは、これでお願いします。主人を仮埋葬で、土の中に眠らせるわけにはいきません」
 奥さんは、ハンカチで口を押さえた。
 祥三は契約書を書いて、捺印して貰い奥さんの家を後にした。車を道の路肩に停め、祥三は煙草に火をつけて、大きく吸い込んだ。旨かった。契約した後、喫む煙草は格別なのだ。
 祥三は昼食をコンビニで摂って、事務所に帰った。彼はⅤサインをして見せた。自分でも、顔つきがやわらいでいるのが判る。凱旋である。
「星川さん、大変よ。さっき鈴木さんの奥さんから電話があって、キャンセルさせてくれと言ってきたのよ」
 女の事務員が、慌てて言った。
「なに、キャンセル?」
 祥三はあっけにとられて、言葉も出なかった。
「うるう年だから、建ててはいけんいうて、親戚のものが言うそうよ」
「うるう年?」
 来るものがきた、と祥三は思った。
 祥三は折り返し鈴木さんの家に向かった。彼は、うるう年と建墓についての説明を反芻していた。
 江戸時代のことである。もうかれこれ二、三百年も前のことだ。陰暦の時代、うるう年は一年十三カ月だった。だから、同じ年額給金で十三カ月暮らさなければならないので、ときの大名が布令を出し、仏壇や墓石の購入をやめさせたのだ。
 それが迷信となって、今も生きているのだ。祥三はどう説明したところで、どうせ駄目なことは判っていた。
「親戚の反対を押し切って、もし何か不吉なことが起こったら困るので、このたびはやめときます」
 ほとんど、こういう返事が返ってくるのだ。
 祥三は、思わず溜め息をついた。人間の心というものは厄介なものだな、と思った。
 祥三は車のスピードを上げながら、戦前の非合法政党のことが不意に頭をよぎった。まもなく百年が経とうとしている。が、いまも怖いという迷信がつきまとっているのだ。それを払拭するためには、どうしたらいいのだろうか。
 祥三は墓石の契約よりも、自分も所属するその政党のことが、頭から離れなかった。一陣の風が吹いた。木々の枝が揺れている。桜の花びらがひらひらと舞い降りていた。

鬼藤千春の小説

   桜雨
             鬼藤千春

 法廷は静まり返っていた。いよいよ判決が言い渡されるのだ。原告席に座っている耕治は、喉が渇いて、脇の下から冷や汗が落ちるのを感じていた。
 耕治は裁判長をじっと見つめていたが、靄がかかったように、ぼうっとかすんでいた。裁判を起してちょうど四年である。いろんなことが、走馬灯のように駆け巡っていった。
 大手自動車メーカーから、派遣切りをされたのは年末だった。宿舎を明け渡すように言われ、寒空にまるでモノのように投げ出された。耕治は途方に暮れた。たいした蓄えはなく、下手をすれば路上生活者になりかねなかった。
 耕治は当面の生活のために、父の年金に頼らざるをえなかった。四十歳を超えた男が、父の僅かな年金を、宛てにすることに耐えられなかった。悔しくて、悔しくて、恥辱に身を焼く思いだった。
 たった一枚の紙切れで、労働者をクビにするというは、受け入れ難かった。耕治はこの職場で五年三カ月働いてきた。労働者派遣法では、三年を超えて働かせる場合には、雇用契約の申し込みをする必要がある。
 が、このメーカーは、三年が経過する直前に、「サポート社員」として、三カ月と一日だけ直接雇用とした。そして、また派遣社員に戻すのである。これが、この裁判の大きな争点であった。
 耕治は、トランスミッション関連の職場に配属されていた。彼はモノづくりの喜び、愉しさを、次第に味わうことが出来るようになっていた。その労働者としての誇りを、傷つけられたのである。
 彼は他の派遣で働きながら、この四年間の日々を生きてきた。が、月十万ほどの収入だったから、不足分は生活保護を受給して、しのいできた。
 裁判をたたかうなかで、いろんな支援が広がってきた。労働組合はもちろん、名も無き人々から、声が掛けられた。
「ねえ、うちに空き家があるから、誰か使ってちょうだい」
 六十代に見える婦人からの申し出だった。
 駅前で裁判支援の訴えと、署名のお願いをしている時に、駆け寄ってきて、微笑みかけてくれたのだった。
 もう一人は、年配の紳士だった。
「うちには、みかん農園があるんだが、それを譲るから、自由にして貰っていいよ」
 紳士は署名簿に記入して、握手を求めてきた。
 婦人の空き家には、原告の二人がアパートを引き払って移り住んだ。年末にはみかん農園に入り、収穫をして原告団十五名の家に、みかんと餅を届けた。正月用の格好の贈り物となった。
 裁判長がゆっくりと、判決文を読み始めた。
「原告○○、同○○、同○○……および同○○」と、十三名の原告の名前が読み上げられた。その後、
「被告に対し、被告正社員としての労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する」
 裁判長はたんたんと、判決文を読み上げた。
 耕治はその文面が、何を言っているのか理解できないでいた。それは耕治だけでなく、他の原告も傍聴者も同じであった。法廷は一瞬、海の底のように暗く静かになった。
 が、原告側の席に座っていた、国会でもこの問題を取り上げて追及した弁護士が、
「よしっ!」
 と、力強い声で叫んだ。
 それでやっと、原告や傍聴席の人が、この裁判は原告側の勝利だということが、理解できたのだった。
 閉廷直後、傍聴席から、
「よっしゃー!」
 という、歓声と拍手が沸き上がった。
 大手自動車メーカー側の弁護士が、憮然とした表情で、法廷を出ていく姿が印象的だった。派遣十三名が正社員と認定されたのだ。
 裁判所前には、傍聴席に入りきれなかった、支持者の人々が待っていた。傍聴席の支持者が、「勝訴」という紙片を掲げて仲間のところに駆け寄って行った。「勝訴」という字は、骨太で力強く刻まれていた。
 原告団と支持者たちは、お互いに肩を抱き合い、叩き合って、勝利の感触を確かめ合っていた。原告団はじめ、支持者の多くの人々は、眼を紅く染めていた。ただ、二名は「サポート社員」の経験がなかったため、残念ながら認定はされなかった。
 耕治は、これで四年間の苦労が報われた想いがした。が、相手もしたたかだから、控訴の可能性は十分考えられる。しかし、今日は、今日だけは、この勝利に酔ってもいいように思った。それに自身の身を委ねたい想いだった。
「サクラアメ!」
 誰かが、そう叫んだ。
 福岡では、今日桜の開花宣言がなされたのだ。そして、雨である。
 銀色の雨は、糸を引いて静かに降っていた。

鬼藤千春の小説


   駅  鬼藤千春

 駅には風花が舞っていた。
 耕一が、ほとんど使うことのなくなった駅である。駅はずいぶんさびれていた。駅前の雑貨品を取り扱う煙草屋も、そのとなりのパン屋もシャッターを下ろしている。広場にはタクシーが停まっており、運転手は車から降りて、両腕を高く上げ欠伸をしていた。
 駅の売店も閉じられ、ひところは十人近くいた駅員も、一人か二人になっていた。耕一は窓口で、名古屋までの乗車券と岡山からの新幹線の切符を求めた。彼はこれから出向で名古屋まで行くのだった。
 耕一は地元の半導体メーカーに勤めていたが、そこが不況に見舞われたのだ。高校を卒業してちょうど二十年である。その間、多少の景気の波はあったが、なんとか無事にしのいできた。が、今回の不況は、小手先の遣り繰りで乗り切れるというものではなかった。
 四十歳までの社員、三十名が業務命令で出向になったのだ。それは、有無を言わさぬものだった。それに従わなければ、ベトナムへの派遣か、もしくは退職を迫るというものである。やむなく、耕一は名古屋への出向を受け入れた。
 出向先は、半導体の製造とは縁もゆかりもない、自動車のメーカーだった。仕事の内容も現地へ行ってみなければ分からない、という曖昧なものである。
 見送りには、妻と小学六年の亜希子と四年の詩織がやってきた。家から駅までの車の中で、二人の子どもは自分たちが旅行にでもいくかのように、はしゃいでいた。耕一は車を運転しながら、出向先での仕事の不安に囚われていた。怒ったように唇を嚙んで、前方をじっと睨んでいる。時折、振り向いて子どもたちを叱った。
「父ちゃんがいない方がええよ。父ちゃんはガミガミうるさいばあじゃもん」
 負けん気の強い詩織が、口を尖らして言った。
「父ちゃんは酒を飲んで、からんでくるから厭じゃ。ずっと、名古屋へいっときゃええんじゃ」
 亜希子が後部座席から、運転席の方に身体を乗り出してきた。
「そんなことを言ったらいけません。これから七ヶ月、父ちゃんは独り暮らしになるんよ。それが分からんの。あんたらも淋しくなるんよ」
 助手席の妻が甲高い声を挙げて、二人をたしなめた。
 が、二人の子どもは、相変わらずもつれ合って騒いでいた。耕一は怒りが突き上げてきて、二人を殴りつけたい衝動に駆られた。やっとの思いで彼はそれを抑えていた。
 四人は陸橋を渡って、上りのプラットホームに降り立った。構内には北の方から雪が降り注いでいた。空を仰ぐと、北の空は鉛色に曇っていたが、南の空は青く透きとおっていた。やがて、山口百恵の「いい日旅立ち」という曲が流れてきた。下り方面の線路の先を望むと、グリーンとオレンジ色の列車が、朝日を浴びて疾駆してきている。まもなく列車は、ホームに車体を揺らしながら、滑り込んできた。
 耕一は、二つの大きなバッグを持って、列車に乗り込んだ。車内は比較的すいていたので、彼は窓際の席に座って窓を開けた。肌を刺すような風が、彼の頬を打った。
「母ちゃんの言うことをよく聞いて、しっかりやれよ」
 耕一は、二人の顔を交互に見ながら言った。
 ガタンと列車はひとつ身震いして、ゆっくりと動き出した。その時だった。亜希子が不意に号泣し、それにつれて、詩織も嗚咽を洩らし、膝を折って泣き崩れた。耕一は不意をつかれて狼狽し、厳粛な気持ちが胸を駆けぬけた。別れを告げる手が震えて、止まらなかった。
 列車は風花を切り裂いて、小さな駅をあとにした。
プロフィール

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Author:FC2USER634322BTA
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 1947年生まれの68歳で、
「新日本歌人協会」の会員です。
 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

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