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夢日記 「新年への抱負」

2013(H25)年12月31日(火) 曇り時々晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 2013年労働者・労組のたたかい 
 解雇撤回勝ち取る

     タイトル 「新年への抱負」

 2013年も暮れようとしている。そこで、新年への抱負をしたためておきたいと思う。その抱負は内なる自身のことになるけれども、時代と社会の動向はしっかりと胸に刻んでおかなければならないだろう。時代と社会の中に生きる人間として、それは当然のことである。

 まず、私は30枚くらいの短編小説を2編書きたいと思っている。じつは、この希望が叶えられるならば、あとは何もしなくてもいい、というくらいの大切なものである。それは私の仕事だと言ってもいいだろう。

 「まがね」56号の原稿締め切りは、4月末となっている。また、57号の原稿締め切りは12月末頃になるだろう。この「まがね」の投稿だけでも、2編の短編小説が求められる。したがって、2編の創作は必定のことである。新年を迎えたら、ただちにその準備にかからなければならない、というわけである。

 ふたつには、ブログの更新を毎日することであるが、しかしここで断言することはできない。小説にかかることになれば、時間と心の在りようの問題で、決して容易でないことは推察することができる。

 自身の想いをブログという方法でなくて、手書きの日記帳などに書きつけるのであれば、それは可能である。しかし、ブログはいくらかおおやけになるのだから、そこには自制もおのずと働くことになる。内容と言葉をそれなりに選らばなければならないから、いささか難しい。が、毎日更新するということをめざして、沖へ漕ぎ出してゆきたいと思う。

 みっつには、やはり健康である。これは、自身の努力だけでは越えられない側面があるので、幸運を祈らなければならない。私も例にもれず持病をふたつ、みっつ持っている。腰痛や便秘やひどい水虫などなどである。新年もそれらをかかえながら、日常生活を送ることになる。

 「あなた、健康にいいこと、何かしてますか?」という声が聞こえてくる。取り立ててこれといったことは何もしてないが、ただ、ウォーキングを30~40分しているのみだ。その他に何もする予定はないので、その問いに対してはいい回答はできない。だから、幸運を祈るのが精一杯のことである。

 最後に新年の時代と社会は、歴史の進歩に逆行する動きが強まってくることは確実である。とりわけ、集団的自衛権行使などの問題が浮上してくるだろうし、消費税が8%に増税されて、国民への収奪が強化されようとしている。これらのことは、田舎でひっそりと暮らしていても看過できないものである。

 そういう時代と社会の中にあって、それから眼をそらすことなく生きてゆきたい。そして、みっつの抱負が実るように、2014年をよりよく生きたいと願っている。何よりも社会を変革してゆく視座をゆるぎなくもって、日々を過ごしたいと思っている。



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夢日記 「私の三大ニュース」

2013(H25)年12月30日(月) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 補助金交付先企業の献金 復興予算 首相に還流 
 4閣僚にも 被災者ら「予算を返せ」

     タイトル 「私の三大ニュース」

 私にとって、この一年はどんな年だったのだろうか。そこで、よく新聞がやっている何大ニュースというのに倣って、少しく振り返ってみたい。つまり、回顧である。さまざまなことがあったが、とりあえず三つのできごとに絞ってそれをやってみたい。

 ひとつは、短編小説集を刊行する準備を終えたということである。年末までに上梓する予定であったが、トラブルがあって、それは叶わなかった。が、校了もしたので、新年早々には完成してくるだろう。あと、印刷と製本だけだから、そんなに時間は要しない筈である。

 この出版は、私の一里塚になるものであり、これを起点として、足を前へ踏み出す意味をもっている。決してこれが終着駅ではないし、新たな始まりにほかならない。資金が許すならば、第二、第三の出版を考えないわけではない。そのために、小説をはじめとして、随想なども旺盛に紡いでゆきたい、と願っている。

 ふたつには、ブログを開設したことである。これによって、私の表現の場が大きく広がったと思っている。今までは「まがね」や「民主文学」、それに新聞への投稿という発表の場があったけれど、ブログはその場を画期的に広げることができた。

 ブログを開設して毎日更新してきたが、それが今後可能かどうかは未知の領域であり、それを述べることは、いまはできない。が、一日も欠かすことなく更新できればこれ以上のシアワセはないし、できればそうしたいと望んでいる。しかし、私の本来の仕事は小説を創ることなので、それにかかるようになれば、いささか困難をともなうだろう。

 みっつには、健康で過ごせたことである。私の生き方の基本には「健康で文化的な生活」というのがあるので、その「健康」な生活を送ることができたことは幸運である。幸運であると同時に「神」に感謝しないわけにはいかない。

 「健康」なんて、「神」の世界に委ねられているから、無神論者の私でもその幸運を、何かに感謝したいと思っている。私の友人や先輩のなかに、健康を害している人が少なくない。だから、幸運を「神」に祈るとしても、健康にいいことは、精一杯尽くしてゆきたい。

 が、まだ第一線で働いている人は、過酷な長時間労働や、パワハラなどの労働環境が、健康を蝕んでいることがあるので、その改善は急務であるだろう。そういう労働者は、幸運を「神」に祈るなどと悠長なことは言っておれない。健康は勝ちとるという性格のものでもある。そして、年金生活者といえどもそれは決して例外ではない。

 このように、2013年を回顧すれば、「短編小説集の刊行、ブログの開設、健康」が、私の三大ニュースである。これをみれば、何ということはないけれど、それが庶民のささやかなシアワセということになる。もっと、視野を広げれば、日本共産党の都議選、参院選の躍進などは、私の中で大きな位置を占めており、今後の展望を大きく切り拓いたといえるだろう。



夢日記 「北のカナリアたち」

2013(H25)年12月29日(日) 晴れ時々曇り

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 安倍首相、メディア対策躍起 〝批判封じ〟へあの手この手 
 来年度予算65億円 新聞・テレビ局幹部と次々会食

     タイトル「北のカナリアたち」

 この映画は、テーマやその創作方法、手法はまったく違うけれど、「二十四の瞳」を彷彿とさせる、小学校教師と生徒の交流を見事に描いた作品である。

 これだけ観客(私)の胸を打つ作品もめずらしい。まず、小学校教師役の女優がいい。それは、川島はるを演じた吉永小百合である。「二十四の瞳」では大石先生を演じたのは、高峰秀子だったけれど、この演技はともに実にすばらしい。

 「二十四の瞳」は、テレビや映画で繰り返しくりかえし撮られたが、いまだ木下恵介監督と高峰秀子を越える作品は生まれていない。高峰秀子の演技は秀逸であった。彼女が大石先生を演じなければ、この名作が生まれたかどうか疑わしい。

 「北のカナリアたち」もまた同じである。川島はるを演じた吉永小百合なくして、この映画が成立したかどうか疑問である。これもまた、「二十四の瞳」と同じである。70歳をまじかにした吉永小百合が、30歳代と思われる、小学校教師を演ずる姿に感動した。実に若々しくて、知性あふれる教師を見事に描き出している。

 「北のカナリアたち」もまた、「二十四の瞳」と同様、名作である。いまも私の耳のなかでは、吉永小百合の指導によって歌う生徒たちの「カリンカ カリンカ カリンカマヤ、カリンカ カリンカ カリンカマヤ」というロシア民謡が鳴り響いている。

 「北のカナリアたち」は「二十四の瞳」ではなく、「十二の瞳」であった。つまり、6人の男女生徒たちとの交流を描いている。北の島の女教師となった、川島はるは歌を通して生徒の成長ときずな、学園生活を豊かにしていった。が、ひとつの事件を契機にして、川島はるは島を離れることを余儀なくされた。

 それから20年、島の生徒だった信人が、殺人事件を起こしたということを、川島はるは耳にした。そして、はるは20年ぶりに島へ帰ることを決意する。帰島したはるは、かつての生徒たちと会い、夫がひとりの少女を助けようとして溺死したことの真相や、独唱することが決まっていた少女の声が出なくなったことの真実を知らされるのである。

 殺人犯として追われている信人も帰島して、昔の我が家に隠れていたが、ついに見つかってしまう。そして、逮捕にいたる。だが、かつての生徒たちは昔の教室に集まっていて、刑事の配慮で信人は彼ら彼女たちと会うことを許される。

 その教室で、川島はるとかつての生徒たちは信人を中心にしてまた歌うのだった。ここがクライマックスで、観客(私)は胸を熱くして、涙をこらえることができない。「カリンカ カリンカ カリンカマヤ、カリンカ カリンカ カリンカマヤ」のうたごえが鳴り響く。

 「北のカナリアたち」は、ミステリアスの手法で、生徒たちの中にあった確執を溶解させ、真実を追求して、彼ら彼女たちの友情をかたく結んでゆく。その過程を描き切った監督と、川島はるを演じた吉永小百合の、そして生徒たちの在りようが、この作品を名作に導いたと言えるだろう。



夢日記 「わたしには夢がある」

2013(H25)年12月28日(土) 曇り時々晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 沖縄の総意踏みにじる 辺野古埋め立て 知事が承認 
 押しつけた安倍政権の責任重大

     タイトル 「わたしには夢がある」

 これは大門実紀史参院議員の「お薦めの絵本」である。「エリカ 奇跡のいのち」という絵本と一緒に図書館から借りてきて読んだ。これも寒さに震えながら読んだけれど、胸は熱く心に希望の灯がともるのを感じた。

 「わたしには夢がある」という絵本は、1963年8月28日に、「職と自由を求めるワシントン大行進」の際、キング牧師がリンカーン記念堂の石段から語りかけた演説をもとに、描かれている。

 演説では、このように語りかけられている。
 今から100年前、ひとりの偉大な、アメリカ人(リンカーン大統領)が奴隷解放宣言に署名しました。それは過酷な差別の炎に焼かれていた何百万人もの黒人奴隷にとって、大きな希望の光でした。

 しかしそれから100年後の今、黒人はまだ自由を得ていません。100年後の今でも黒人は、隔離という手かせや差別という鎖で自由を奪われています。100年後の今でも黒人は、アメリカ社会の片隅で苦しみ、自分の国なのに追放された者のように暮らしています。

 「あなたたちは、いつになったら満足するのですか?」とたずねる人がいます。黒人が言語を絶する警察の残虐行為の犠牲になっているかぎり、私たちはけっして満足しません。

 黒人が旅に疲れた重たい体をハイウェイ沿いのモーテルや都会のホテルで休めることが認められないかぎり、私たちはけっして満足しません。黒人の子どもが「白人専用」という標識によって個性をはぎ取られ、尊厳を奪われているかぎり、私たちはけっして満足しません。

 この状況はきっと変えることができるし、変わる日が来ることを信じて。絶望の谷間でさまようのはやめましょう。

 私には夢があります。この国が立ち上がり、「すべての人間が平等につくられたことは言うまでもない」とする国の信条をほんとうの意味で実現する日がいつか来る、という夢が。

 私には夢があります。ジョージアの赤い丘の上で、かつての奴隷の息子と、かつての奴隷所有者の息子が兄弟として同じテーブルにつく日がいつか来る、という夢が。

 私には夢があります。
 私には夢があります。
 私には夢があります。
 私には夢があります。

 もしアメリカが偉大な国になろうとするなら、これを実現させなければなりません。ですから、ニューハンプシャー州の美しい丘の上から自由の鐘を鳴り響かせましょう。ありとあらゆる山から、自由の鐘を鳴り響かせるのです。

 黒人霊歌にはこうあります――
 「ついに自由だ! ついに自由だ! 全能の神に感謝しよう。私たちはついに自由になったのだ!」

 このキング牧師の、希望と勇気を高らかに謳いあげた演説を、絵本にしたのがこの「わたしには夢がある」というものである。この絵本は、読むものの心を高邁な精神にせずにはおかないものだ。読むものの心に自由の鐘を鳴り響かせるものになっている、すぐれた絵本である。



夢日記 「エリカ 奇跡のいのち」

2013(H25)年12月27日(金) 曇り時々晴れ

『しんぶん赤旗』TOPニュース
 戦後国際秩序に挑戦 安倍首相が靖国参拝 
 米政府が「失望」異例の声明 

     タイトル 「エリカ 奇跡のいのち」

 これは一冊の絵本の題名である。大門実紀史参院議員のお薦めの絵本だ。彼の国会質問はテレビやムービーでほとんど欠かさず視聴しているが、ユニークな雰囲気をもった議員である。そして、政府から有力な答弁を引き出すといった、そんな特徴を持っている。

 この絵本は、重い題材を描いているが希望に満ちた話である。読後感は、心にずしりと残る重さと、射してくる光に包まれる希望がある。その希望が決して軽くはなく、重く暗い背景が横たわっているから、余韻として心にいつまでも残る。

 私がこの絵本を読もう! と心に決めたのは、日曜日の午後5時30分だった。図書館は6時に閉館する。電話をかけこの絵本の有無を訊き、在庫があるということなので電話予約をして、車を飛ばして図書館に行った。着いたのは、閉館10分前だった。図書館員はこの絵本を用意して待っていてくれた。

 夕食を摂って私は、電気ゴタツに入ってすぐに読んだ。寒い日で私は震えながらこの絵本を読んだ。しかし、心は熱くなってゆき、この絵本を閉じたあとも、私はしばらくその世界に想いを馳せて、余韻にしたっていた。

 物語は1944年のことだ。その背景には第二次世界大戦でじつに600万人ものユダヤ人が殺されているという事実がある。銃殺されるか、飢え死にさせられるか、コンクリートの部屋に閉じ込められて、焼き殺されるか毒ガスで殺されるか、したのだ。

 エリカ(この名前は育ててくれた人がつけてくれたものである)は、生まれて2~3カ月の赤ちゃんだった。エリカは両親とともに、強制収用所に送られるために、牛をはこぶ貨車にぎゅうぎゅうづめに押し込められていた。

 母親は、エリカの顔中になんどもキスをして、「愛してるわ」と言って、涙を流し神さまにお祈りしたにちがいない。

 列車がある村を通る時、スピードを落としたので、両親は「いまだ」と思って、天井近くにある小さな窓を見上げた。窓にはとげのある針金が張られていた。それを押しひろげ、毛布にくるんだエリカをその窓から、ほうりなげた。

 絵本には、ピンクの毛布にくるまれたエリカが、空を飛び、そして、線路脇の草むらのうえに横たわっている絵が鮮やかに描かれている。モノトーンの色彩のなかで、ピンクの毛布は鮮やかである。

 そして、近くにいた人がエリカをひろいあげ、家につれていってくれて、育ててくれたのだった。エリカは大切に育てられて、結婚もし3人の子どもにも恵まれたのである。

 エリカはこう語っています。
 お母さまは、じぶんは「死」にむかいながら、わたしを「生」にむかってなげたのです。

 いまも私は、この絵本の物語を静かに受けとめ、そして重く、そして希望にみちた話に、心を打たれている。



プロフィール

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Author:FC2USER634322BTA
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 1947年生まれの68歳で、
「新日本歌人協会」の会員です。
 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。

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